うたかた

雀野

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松前家の名でなく当主の名で葬儀を行ってほしい。
松前家へ戻ると、松前家の私有地でもある斎場で葬儀の支度を済ませた美琴が、自身の言葉に不満を抱えつつ俺に言った。松前の人間が喪主をつとめる葬儀となれば忽ち《老》の手が伸びる。ここまで来て葬儀を潰されては彼女の決意も共に潰されてしまう。
《老》達も今このタイミングで葬儀が行われれば松前静雄の事だと目に見えてはいるが確実な証拠がなければ葬儀が始まるまで《老》であろうと手は出せない。
これは、自身の名で父を葬る儀式を執り行いたかったであろう美琴の苦渋の選択だった。
彼女のその表情の真意に覚えがあった。かつての俺と同じ、無力な自分を呪う者の顔だ。
だからこそ、俺は黙って首を縦に降った。
「葬儀の日取りの連絡はとりあえず済ましたけど、皆お爺様達を怖がってるみたいで‥‥‥」
美琴はそこで口を閉ざした。松前静雄の死は突然の病死と伝えられているが、皆ただならぬ空気を察している。《老》が手を回しているのだろう。幼くして父を亡くした少女を不憫に思う気持ちと自分の家を守りたい気持ちとが入り交じり、二つ返事では返せなかったのだろう。
「爺に逆らえるもんなんてなかなかおらんから仕方ないか。だから俺の名前を使えっていったのに」

言ってから気づく。美琴なりに気を遣ってくれたのだろう。彼女が優しいのを俺はよく知っていた。俯く美琴の頭を撫でてやる。俺がいれば大丈夫だと伝わるように。

「まかせとけって。俺がちゃんとみんなに【伝える】から」

そして、その手を自身の額に添え、目を閉じた。風が俺の回りを包んで吹いていく。

―――《倭家》主、志摩譲より分家の者へ。明日、松前静雄の葬儀への参列を望む。
《倭家》の主・・・・《》、の頼みだ‥‥‥‥。
「志摩」
俺の言葉に皆は口々に俺の名を呼ぶ。
最後の言葉には俺にとっても皆にとっても大きな意味のある言葉だったからだ。

俺を覆っていた風が空へと吹き抜けた。風の力を利用し、言葉を広範囲に広げる事が出来る言霊。その言葉は伝えたい相手の頭にダイレクトに伝わる仕組みだ。只し、決して息を継いではいけないと言う条件付きだが。
「譲兄‥‥ごめんね」
美琴が心配そうな表情を浮かべ呟いた。
「馬鹿。何謝ってんだ。お前は、このあとの事だけ考えてればいい。忙しくなるぞ」
「志摩殿‥‥」
対して日向は固く閉じた瞳の淵にうっすらと涙を浮かべて心からの安堵の表情こちらに向けた。
「ようやく決意しましたか」
「‥‥‥そんなんじゃ、ねーよ」
俺の表情など伺い知るわけもないのに、すべてを見ているような日向から目を反らし、それ以上何も言わずに踵を返した。



自身が呼んだとはいえ、松前の斎場には分家の過半数以上の当主が顔を連ねており、その言い知れない見えない何かに圧倒されつつあった。それに拍車をかけているのは時折俺を見つめる目に主を見る目と違う念が込められているからだというのは恐らく間違いないだろう。だが、参列者のうち俺に向かって礼を述べる者も数人あった。《老》に唯一抗える力を持つ俺が動いたことで彼を弔うことが出来たというものは大勢いるのだ。
受付に立つ満月の後ろで俺は皆一人一人の表情を見ていた。もちろん、今回の事件の犯人が分家当主陣の中にいると断定はできないが、何かしら関わりをもっていれば挙動不審くらいにはなっているかもしれない。葬儀の準備の間も二人の人間が襲われている事もあり警戒の意もある。
「武蔵、壱岐」
視線を光らすその先に、皆が一歩引く影があった。二人とも心底険しい表情でこちらを見据える。
「やってくれたな?志摩」
「《うたかた》の出来そこないが《老》を敵に回して自由に表を歩けると思うなよ」
乱暴に名を記すと、一羽の鴉が不気味に啼いた。
「‥‥今ここで美琴に手ぇ出したら、容赦せんぞ」
「ふっ、まさか。やられたものはしょうがない。僕らは少々松前の娘を甘く見ていたようだ。それに、お前もだ。あれほど《うたかた》として権力を振るうことを拒んでいたのに。まさか自ら名乗るとはな。どういう風の吹き回しだ?」
自らの《守護神》に名を「呼ばれた」《うたかた》として当然《倭家》を守る力の意《守護神》の存在を分家に示すことは必須条件である。だが、それよりもまず言葉を重んじる家として自ら「名乗る」ことは《うたかた》となった人間が本来最初に行う仕事のようなもの。
しかし、俺は自ら名乗ることを頑なに拒み続けてた。俺にはその資格がないと思ったからだ。
「ま、いくらお前が自覚したところで力がなきゃ何もできない餓鬼なんだ。僕たちがここで手を下さなくても、時期にお前は自ら膝を折るさ」
「‥‥そんなこと、私がさせません」
武蔵の言葉に返事をしたのは満月だった。彼女の回りを少し湿った空気が包む。いつでも【月詠】を発動できるといったところだ。
「まあ落ち着けって。相変わらずおっかねーな。お楽しみはもう少しとっとけって。――――母親の血だけじゃ足りないのは十分よくわかってるからな」
「っっ‥‥!」
「てめぇら‥‥」
「おいおい、松前の娘の晴れ舞台を主様自らぶち壊す気かぁ?
安心しろって。言ったろ?『やられたものはしょうがない』って。《老》はお怒りだが、長門にも《老》がいる。みすみす孫娘に手出しはさせないさ」
線香だけあげたら帰る。去り際に呟いた壱岐は、けたけたと笑いながら先を言った武蔵に続いた。
「満月―――。あ‥‥‥」
俯く満月に声を掛けようとしたが、俺は思わずそれを止めた。
葬列の中に奥州一の顔を見付けたからだ。一もまた俺に気付く。こちらを見つめる一の表情は激しい嫌悪と憤怒に満ちている。その近くも遠い間に気付き満月は筆ペンをそそくさと一に渡した。一が名を書こうと伏せた時を狙って満月はこちらを振り返った。満月の目は俺にここから退けと伝えているが、俺は無言で首を横に振る。ここで逃げたらこれからもずっと負い目や怯えを抱えて生きていく、そんな気がしたからだ。
「《倭家》主の名」を使った以上俺はもう逃げるわけにはいない。
書き終えた一を見据える。
一もまた、俺を見据えていた。
反らしたい。この目を反らせたい。思う気持ちを抑え真っ直ぐに視線をぶつけた。
「傷は――――」「罪滅ぼしのつもりか?」
俺の言葉を遮り、突然口を開いた一に身体がびくりと震える。針のように刺さる言葉。言い返す言葉もないまま、満月を間に入れるわけにもいかず前に出た俺に一は続けた。
「恵はお前を信じろと言ったが、とんだ世迷い言だ。俺はお前を信用出来ない」
「一さ‥‥っ!」
満月は椅子を薙ぎ倒さん勢いで立ち上がった。だが、俺は右手を広げ満月の前に掲げてそれを制止する。満月は、黙って引いた。代わりにと言うように礼服の裾を摘まんでいる。

「‥‥‥罪滅ぼしとは違う。おやっさんは俺を息子みたいに可愛がってくれた。俺が《うたかた》に、立派な主になるって信じてくれてた。だから、そう、恩返しだ」
皆から疎まれた俺に偽りない笑顔を向けてくれた人。
父親の墓の前で一人で泣いていた俺に優しく声をかけてくれたあの日から、俺にとって大切な存在になったんだ。
俺が主の任を全うする前に逝った彼に出来ることは弔うことだけだ。
「恩返し、か。そうやって自分を正当化したいだけなんだろう。松前も不憫な男だ。こんな子供を信じた末に死んだのだからな!」
「っ‥‥‥!」
刺さった言葉はとうとう俺を貫いた。
きっと、一はこう言いたいのだ。
恵の怪我も、松前の死も、全部全部俺の責任だ、と。
「一おじさんっ!」
間を割って入ってきたのは、葬儀の身支度を終え、巫女服に似た正装となっていた美琴だった。香を焚き染めたその装いに昨日のあどけない少女の姿は微塵も感じない。
「ここは死者を悼む場所。松前家の聖地であり、生者を蔑む場所ではありません」
美琴はそのまま動けないでいた俺を庇うように両手を広げ、まっすぐ一を見つめて続けた。
「それに、譲兄は私たち家族に大切な人を弔う機会をくれたんです。私たちの主として。ここに来てくれたおじさんには感謝しています。でも、これ以上譲兄を傷つけるなら、ここで騒ぎを起こすなら私は―――松前家当主としておじさんをここから追い出さなくてはいけません」
美琴の言葉に確信を得た周囲はさらにざわついた。周囲同様面を食らったように目を丸くした一は、決して反らそうとしなかった瞳を伏せて踵を返した。
「一さんっ!」
一は振り返らない。
「俺が、俺が《守護神》を呼び出して正式に《うたかた》として《倭家》の主になったら、俺を信じたおばさんに自分の間違いを認めてほしい」
俺を信じろとは言わない。しかし、せめて俺を信じてくれた人は信じてほしかった。
「‥‥‥主の命なら聞いてやる」
一は呟き、そしてそのまま斎場を後にした。最後の言葉にどんな意が込められていたのかはわからないが、俺はその背中を穏やかな気持ちで見送った。 振り替えれば、初めは心配していた二人の少女も俺に笑いかけてくれた。

そして、あれほど心配していた《老》の邪魔もなく、何事もなかったかのように松前静雄の葬儀が執り行われた。
一時ざわついた周囲も松前家の新たな当主として、静雄の娘として気丈に任をこなす美琴の姿を目の当たりにし、力の跡絶えた松前家だがこれで安泰だと揃って頷いていた。犯人についての手がかりを見つける事は出来なかった。だが、俺のお陰だと何度も何度もありがとうと美琴に頭を下げられた。これは彼女自身の力。俺の名の権力とは全く異なる強い力だというのに。

「でも、葬儀屋は今後美琴が継ぐとして、墓守のほうはどうするつもり?」
葬儀を終え、俺、日向、出雲、無月、満月、瑠璃は、他愛もない話をしながら本邸へ向かっていた。満月が切り出したのは松前の話に一段落ついた頃だった。
「そうやの。あのまま美琴が継ぐ、ってわけにもいかんじゃろうて」
「何より《老》方がそれを許すとは思えないわ。あの力を持つ者だけにその権利があるって言っていたもの」
琉璃が老閣に目をやり呟いた。死者との対話。美琴が継ぐことのできなかった力。かつて《倭家》の墓守だった松前静雄にはそれがあった。死者と語らい残されたものへ大切なことを伝える役目でありその逆も然り。一度でも無念のままに逝き、成仏できない魂がいることを知ってしまった俺達にとって、彼の力がないことは考えられないことだ った。故人の言葉を聞けず、言い残した言葉を伝えられず苦しむ。それほどに彼の力の存在は大きかったのだ。
「今さら受け入れられるかどうかだろう。我々はあの力に味を占めてしまっていたからな」
「日向の言う通りだな。私らは力に頼りすぎる節がある。今回のようにいつ途絶えるかわからないのに」
「‥‥‥それでも、頼らずにはいられないんでしょうね」
出雲と瑠璃が同時に腕を組んだ。
「で、お前はどう思っとるんや?主様としてはよ」
「‥‥そう、やな」
「譲君?」
無月の挑発に曖昧な返事だけを返す。松前の後を継げる「死者と関わりのある力を持つ家」を知らないわけではなかった。
だが、あの家は。
あの、家は―――――‥‥‥‥。

「お願いします っ!志摩譲に会わせてください!」
本邸の門にすがるようにしゃがみこんで叫んでいたのは、《倭家》領地から近い場所にある有名市立高校の制服を着た少女。ウェーブのかかる赤味がかった茶色の髪。聞き覚えのある声。
あれは、まさか――――
「あの制服。見慣れない子じゃな」
「‥‥‥様子がおかしくないか?」
門を叩く少女はなにか白いものを握りながらドン、ドンと門を叩くたびに付く真っ赤な跡。血?
有無をいわず満月と無月が少女へと走り寄った。
しかし、俺は言い知れぬ不安に駆られ、その場から動けないでいた。松前の死体を見つけたときのように動悸が激しく呼吸も苦しい。泣きじゃくる少女は最初に駆け寄った満月に何かを必死に訴えているが、その声さえもその音に掻き消される。後を追った皆が少女訴えを聞きこちらを一斉に振り替えった。満月に支えられ、よろよろと立ち上がった少女。その子は少し成長してはいたが、俺がよく知る人だった。
「‥‥‥っ」
駿河 百合。
駿河家の娘にして次期当主。 

そして、俺の義妹。

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