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八
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『百合。今日から一緒に住むことになった譲だ。お兄さんになるんだ、仲良くしてあげなさい』
それは、駿河家に引き取られた日。名目上兄と言うがその言葉に心などこもってないことがわからないほど愚かではなかった。叔父の一言に彼女は本を読み進める手を止め、幼いが整った顔をひどく歪めて罵声を吐き捨てたのをよく覚えている。
『お兄ちゃん?なんでよその人をお兄ちゃんだと思わなきゃいけないの?だって、この人は力だって持ってないんでしょ?当主にもなれないくせに』
幼い子供が吐き捨てるには少々度が過ぎる物言いであったが、唯一駿河の力を受け継いだと言う高いプライドを持った自信に満ちた瞳。両親に蝶よ花よと育てられていても決して世間知らずなお嬢様ではなかった。外面だけ見れば頭も気立てもよかった。蔑まれ疎まれはしたがきっと出来すぎた人間だった。と思う。いや、そう思おうとしているだけなのかもしれない。
兄さん。百合の実の兄は妹にどんな罵声を浴びさせられようとも決して恨み言ひとつも言おうとしなかったからだ。
†
「お願い、します。お父様が、殺される。助けて‥‥お願い」
そんな彼女が、俺を見るたび嫌悪が沸き立ったような顔をしていた彼女が泣きながらすがり付いている。見開いた瞳が、唇が何かを訴えている。だが、俺にはなにも聞こえない。掌の血だけが俺の中で異様な存在感を示す。
赤い、赤い、ただ赤い――――。まるで、あの日のように。
「っ!」
「譲君っ!」
俺の異変に最初に気づいたのは瑠璃だった。それは、松前の死体を発見したときと同じ感覚。激しい目眩に自身を支えきれなくなりガクンと膝が折れる。瑠璃は何が起こったかまるでわからないと言うような顔をした百合から俺を引き剥がし、凄まじい剣幕で叫んだ。
「あなた、駿河の‥‥。自分が何を言っているのかわかってるの?こんなになるまで追い詰めた彼に今さら助けろですって?虫がいいにもほどがあるわ!」
「っ‥‥私は」
「何も知らなかったって言うの?それこそ虫がよすぎるわ。貴女は、貴女の両親は死んで当然の事をしたのよ!」
ぐらぐらと揺れる意識で百合の顔も瑠璃の顔も見えはしなかったが、二人の、皆の抱く空気だけは感じていた。
憤怒、困惑、激昂、悲観、絶望。
「る‥‥ね‥ちゃん」
駄目だ。これじゃ、何も変わらない。
「あ、あかんよ。瑠璃姉ちゃん。偉いお医者さんがそんなこと言ったら‥‥」
「譲君‥‥‥」
俺を支えていた瑠璃の手を離し、よろよろと立ち上がる。大きな瞳に涙を溜めて、半ば方針状態となった百合に歩み寄る。過去の拒絶が尾を引いて、伸ばした両手は震えたがその右手を泣き腫らして真っ赤になった頬へと伸ばす。
「久しぶりやな、百合。どうした?何があった?」
「お、おと、おと・・・・様が」
「お前が自力で動かんとここまで来て助けを呼べたんやったらまだおじさん達にも有余はあるんやな?」
百合はなにか言いたげに口を動かしながら二、三度首を縦に振った。
「それならまずは落ち着いて話してくれ。そうじゃないと助けるにも助けられへんやろ?」
俺は困惑の表情を浮かべる皆に目をやった。
語るはずのなかった過去を語る日が来たようだ。
瞳に湛えた涙をぼろぼろと溢しながら百合は再び大声をあげて泣き出した。こうしていれば彼女もただの少女なのだ。
もしかしたら、彼女は俺と家の関係についてなにも知らないのかもしれない。泣き付いた百合の頭を撫でながら考えた。
それは、駿河家に引き取られた日。名目上兄と言うがその言葉に心などこもってないことがわからないほど愚かではなかった。叔父の一言に彼女は本を読み進める手を止め、幼いが整った顔をひどく歪めて罵声を吐き捨てたのをよく覚えている。
『お兄ちゃん?なんでよその人をお兄ちゃんだと思わなきゃいけないの?だって、この人は力だって持ってないんでしょ?当主にもなれないくせに』
幼い子供が吐き捨てるには少々度が過ぎる物言いであったが、唯一駿河の力を受け継いだと言う高いプライドを持った自信に満ちた瞳。両親に蝶よ花よと育てられていても決して世間知らずなお嬢様ではなかった。外面だけ見れば頭も気立てもよかった。蔑まれ疎まれはしたがきっと出来すぎた人間だった。と思う。いや、そう思おうとしているだけなのかもしれない。
兄さん。百合の実の兄は妹にどんな罵声を浴びさせられようとも決して恨み言ひとつも言おうとしなかったからだ。
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「お願い、します。お父様が、殺される。助けて‥‥お願い」
そんな彼女が、俺を見るたび嫌悪が沸き立ったような顔をしていた彼女が泣きながらすがり付いている。見開いた瞳が、唇が何かを訴えている。だが、俺にはなにも聞こえない。掌の血だけが俺の中で異様な存在感を示す。
赤い、赤い、ただ赤い――――。まるで、あの日のように。
「っ!」
「譲君っ!」
俺の異変に最初に気づいたのは瑠璃だった。それは、松前の死体を発見したときと同じ感覚。激しい目眩に自身を支えきれなくなりガクンと膝が折れる。瑠璃は何が起こったかまるでわからないと言うような顔をした百合から俺を引き剥がし、凄まじい剣幕で叫んだ。
「あなた、駿河の‥‥。自分が何を言っているのかわかってるの?こんなになるまで追い詰めた彼に今さら助けろですって?虫がいいにもほどがあるわ!」
「っ‥‥私は」
「何も知らなかったって言うの?それこそ虫がよすぎるわ。貴女は、貴女の両親は死んで当然の事をしたのよ!」
ぐらぐらと揺れる意識で百合の顔も瑠璃の顔も見えはしなかったが、二人の、皆の抱く空気だけは感じていた。
憤怒、困惑、激昂、悲観、絶望。
「る‥‥ね‥ちゃん」
駄目だ。これじゃ、何も変わらない。
「あ、あかんよ。瑠璃姉ちゃん。偉いお医者さんがそんなこと言ったら‥‥」
「譲君‥‥‥」
俺を支えていた瑠璃の手を離し、よろよろと立ち上がる。大きな瞳に涙を溜めて、半ば方針状態となった百合に歩み寄る。過去の拒絶が尾を引いて、伸ばした両手は震えたがその右手を泣き腫らして真っ赤になった頬へと伸ばす。
「久しぶりやな、百合。どうした?何があった?」
「お、おと、おと・・・・様が」
「お前が自力で動かんとここまで来て助けを呼べたんやったらまだおじさん達にも有余はあるんやな?」
百合はなにか言いたげに口を動かしながら二、三度首を縦に振った。
「それならまずは落ち着いて話してくれ。そうじゃないと助けるにも助けられへんやろ?」
俺は困惑の表情を浮かべる皆に目をやった。
語るはずのなかった過去を語る日が来たようだ。
瞳に湛えた涙をぼろぼろと溢しながら百合は再び大声をあげて泣き出した。こうしていれば彼女もただの少女なのだ。
もしかしたら、彼女は俺と家の関係についてなにも知らないのかもしれない。泣き付いた百合の頭を撫でながら考えた。
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