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悠久の王・キュリオ編
初めての夜
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大理石でつくられた巨大な広間の中を移動すると、やがて使い慣れた王専用の食卓が見えてきた。そこで家臣は頭をさげ下がっていく。
中央に銀の燭台と美しく彫刻されたキャンドルが輝き、その光が照らしているのは人の世界でいうバロック調の椅子とテーブルだった。王は特別な宴や会食以外、誰かと共に食事をとることはないため椅子はひとつしかない。
さらに近づくと、にこやかにキュリオの椅子をひいて腰をおろすよう促したのは給仕担当の女官だった。
「待たせたね」
「とんでもございません。ジル様や料理人たちが舞い上がっておりましたわ」
「……そうかい? 邪魔をしてしまったようで申し訳なく思っていたんだ」
「まぁまぁっ そんなこと万が一にも有り得ませんわ」
おそらく料理を取りに行った際、彼らと顔を合わせたのだろうと想像がついた。
口元を袖で隠しながら上品に笑う彼女。薄化粧した色白の美人だが、なかなかに気の強いところがあり、名をサーラという。キュリオは一部親しい従者を名前で呼ぶが、そこに女性は入らない。王が伴侶を持ってはならないということはないが、その気がない自分の意志をてっとり早く理解してもらうためにとった行動だった。
少しの座談のあと、使い慣れた椅子に腰を落ち着けると、ほどよい弾力が肌を押し返し主の体にぴったりと馴染む。そして、ほっと一息つくと食前酒にはじまり、ジルや他の料理人たちの自慢の一品が次々と運ばれてきた。
まず、いつものように食前酒に手を伸ばすと……
「……しばらく酒は控えたほうがよさそうだな」
と小さく呟き、伸ばしたその手を水の入った別のグラスへと移動させる。
それからキュリオはジルのセンスが際立つ料理を口に運びながら、しきりに何かを気にしている。異変に気が付いたのは後方で待機している女官だった。
「如何なさいました? キュリオ様」
もぞもぞと何かを頬に当て、首を傾げている王の後ろ姿はとても不思議な光景だった。
すると振り返ったキュリオは思いもよらぬ言葉を口にする。
「人肌程度、とはいうものだが……難しいな」
「人肌……でございますか?」
驚いた女官は目を丸くしキュリオの手元を覗く。すると彼が握っていた小さな瓶のボトルを目にすると――
「……中に入っているのは何でございましょう?」
ただ不透明の白い液体。としか彼女の目にはうつっていないため悩むように首を傾げている。
「ミルクだよ。
自分では人肌がどのくらいか……よくわからないものだね」
静かに微笑むキュリオを見て、女官も「ふふっ」と声にして笑う。
「もしや……あの子にでございますか?
もしそうならキュリオ様が直々にやらずとも……」
と、そこで言葉を飲みこみ目を細めた彼女。
「キュリオ様にそのように微笑まれては……私も応援したくなりますわ」
今までになく幸せそうな顔をして笑う、このキュリオの微妙な変化は彼をよく知る者にはすぐにわかるのだった――。
「いい頃合いかな」
キュリオは食事もそこそこに適温になったであろうミルクのボトルを手にして立ちあがった。
「キュリオ様、……もうよろしいのですか?」
テーブルに並べられた料理の中には手が付けられていないものもあり、普段の食事量からしても足りていないことは明らかだった。
「あぁ、私はもういい。
おなかをすかせている子が待っているから部屋に戻るよ」
片手をあげ、退室しようとする王の後ろを離れて待機していた数人の女官や侍女が急ぎ足に追いかける。中には世話係として先程キュリオの部屋にいた女官の姿もあった。
「お待ちくださいキュリオ様っ! 赤ん坊の世話でしたら私たちが……!」
いくらなんでも血のつながらない赤子の世話など一国の王にさせるわけにはいかない。
しかし、キュリオの反応は薄く――
「君たちはそろそろ休みなさい」
そういう彼の瞳は女官たちの姿を映しておらず、ただ一点、己の寝室へと通じる長い廊下へ向けられていた。
「で、ですが……っ!」
彼女たちの呼びかけも虚しく、歩き続ける銀髪の王は広い階段を流れるように上り、ひときわ美しい重厚感のある扉を軽く押しのけると振り返りもせず扉を閉めた。
彼が取り巻く女性を愛でる対象として見ていないのは今も昔も変わらないが、城に仕えて間もない侍女などは淡い期待や恋心を持つ者も少なくない。だが、そんな期待はすぐに意味の為さないものであることを身を以て知る事となる。
部屋の外に取り残された女官たちはどうすることもできず、心配そうに扉をただ見つめているしかなかった。
――キュリオは月明かりに照らされた静かな室内をみまわし、寝台から一番離れているキャンドルへ小さな灯りをともす。
そしてなるべく音を立てぬよう、そっとベッドの端に腰掛けた。
己の重みでわずかに揺れたベッド。そんな些細なことにハッとして……慌てたように眠る赤ん坊の顔を覗き見る。
中央に銀の燭台と美しく彫刻されたキャンドルが輝き、その光が照らしているのは人の世界でいうバロック調の椅子とテーブルだった。王は特別な宴や会食以外、誰かと共に食事をとることはないため椅子はひとつしかない。
さらに近づくと、にこやかにキュリオの椅子をひいて腰をおろすよう促したのは給仕担当の女官だった。
「待たせたね」
「とんでもございません。ジル様や料理人たちが舞い上がっておりましたわ」
「……そうかい? 邪魔をしてしまったようで申し訳なく思っていたんだ」
「まぁまぁっ そんなこと万が一にも有り得ませんわ」
おそらく料理を取りに行った際、彼らと顔を合わせたのだろうと想像がついた。
口元を袖で隠しながら上品に笑う彼女。薄化粧した色白の美人だが、なかなかに気の強いところがあり、名をサーラという。キュリオは一部親しい従者を名前で呼ぶが、そこに女性は入らない。王が伴侶を持ってはならないということはないが、その気がない自分の意志をてっとり早く理解してもらうためにとった行動だった。
少しの座談のあと、使い慣れた椅子に腰を落ち着けると、ほどよい弾力が肌を押し返し主の体にぴったりと馴染む。そして、ほっと一息つくと食前酒にはじまり、ジルや他の料理人たちの自慢の一品が次々と運ばれてきた。
まず、いつものように食前酒に手を伸ばすと……
「……しばらく酒は控えたほうがよさそうだな」
と小さく呟き、伸ばしたその手を水の入った別のグラスへと移動させる。
それからキュリオはジルのセンスが際立つ料理を口に運びながら、しきりに何かを気にしている。異変に気が付いたのは後方で待機している女官だった。
「如何なさいました? キュリオ様」
もぞもぞと何かを頬に当て、首を傾げている王の後ろ姿はとても不思議な光景だった。
すると振り返ったキュリオは思いもよらぬ言葉を口にする。
「人肌程度、とはいうものだが……難しいな」
「人肌……でございますか?」
驚いた女官は目を丸くしキュリオの手元を覗く。すると彼が握っていた小さな瓶のボトルを目にすると――
「……中に入っているのは何でございましょう?」
ただ不透明の白い液体。としか彼女の目にはうつっていないため悩むように首を傾げている。
「ミルクだよ。
自分では人肌がどのくらいか……よくわからないものだね」
静かに微笑むキュリオを見て、女官も「ふふっ」と声にして笑う。
「もしや……あの子にでございますか?
もしそうならキュリオ様が直々にやらずとも……」
と、そこで言葉を飲みこみ目を細めた彼女。
「キュリオ様にそのように微笑まれては……私も応援したくなりますわ」
今までになく幸せそうな顔をして笑う、このキュリオの微妙な変化は彼をよく知る者にはすぐにわかるのだった――。
「いい頃合いかな」
キュリオは食事もそこそこに適温になったであろうミルクのボトルを手にして立ちあがった。
「キュリオ様、……もうよろしいのですか?」
テーブルに並べられた料理の中には手が付けられていないものもあり、普段の食事量からしても足りていないことは明らかだった。
「あぁ、私はもういい。
おなかをすかせている子が待っているから部屋に戻るよ」
片手をあげ、退室しようとする王の後ろを離れて待機していた数人の女官や侍女が急ぎ足に追いかける。中には世話係として先程キュリオの部屋にいた女官の姿もあった。
「お待ちくださいキュリオ様っ! 赤ん坊の世話でしたら私たちが……!」
いくらなんでも血のつながらない赤子の世話など一国の王にさせるわけにはいかない。
しかし、キュリオの反応は薄く――
「君たちはそろそろ休みなさい」
そういう彼の瞳は女官たちの姿を映しておらず、ただ一点、己の寝室へと通じる長い廊下へ向けられていた。
「で、ですが……っ!」
彼女たちの呼びかけも虚しく、歩き続ける銀髪の王は広い階段を流れるように上り、ひときわ美しい重厚感のある扉を軽く押しのけると振り返りもせず扉を閉めた。
彼が取り巻く女性を愛でる対象として見ていないのは今も昔も変わらないが、城に仕えて間もない侍女などは淡い期待や恋心を持つ者も少なくない。だが、そんな期待はすぐに意味の為さないものであることを身を以て知る事となる。
部屋の外に取り残された女官たちはどうすることもできず、心配そうに扉をただ見つめているしかなかった。
――キュリオは月明かりに照らされた静かな室内をみまわし、寝台から一番離れているキャンドルへ小さな灯りをともす。
そしてなるべく音を立てぬよう、そっとベッドの端に腰掛けた。
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