【第二章】狂気の王と永遠の愛(接吻)を

逢生ありす

文字の大きさ
71 / 211
悠久の王・キュリオ編2

王という存在

しおりを挟む
 現在いまが穏やかで恵まれているからといって、過去に多くの犠牲があったことを悠久の王は肝に銘じなくてはならない。だからこそキュリオのヴァンパイア嫌いは至極当然のことで、悠久の民を格好の獲物としか見ていない奴らに理解を示すことなど不可能なのだ。
 
(都合のいい言葉で片付けてしまえばこれらは"試練"というのだろうな。世界が均衡を保つために"犠牲"になったのは罪のない民だというのに――)

「くしゅんっ」

 知らず知らずのうちに眉間に皺を寄せていたキュリオは、腕の中の赤子の愛らしいくしゃみでようやく我に返った。

「……!」

 弾かれたようにアオイへと視線を戻し、キュリオは慌てたように自身の羽織で赤子を包み込む。

「すまないアオイ、体が冷えてしまったな」

 羽織の上から小さな体を擦るように優しく繰り返し撫でると、急いで室内へと戻りバルコニーのガラス戸を閉める。
 このまま寝間着に着替えさせるのならば、もう一度湯浴みをしてしまおうと考えたキュリオはそのまま湯殿へと向かう。

 アオイを胸に抱いて歩きながら身に纏う衣を脱いでいく所作は相変わらず美しく上品だ。
 羽織が肩から滑り落ちていくと銀の長い髪が白波のように揺れて流れ、帯を解くとそのしなやかな肢体が徐々にあらわになっていく。それと同時に愛娘の衣を脱がせながら次第に触れ合う肌の面積が増えていくと、その心地よさにキュリオとアオイは見つめ合い笑顔が零れる。

 あたたかな湯気の漂う湯殿へと足を踏み入れれば、靄の広がる夜空にも似た風景が目の前に開ける。ぼんやりと光る湯の中のオブジェや高い天井を揺蕩う光の粒子がアオイの目をいつも楽しませてくれる。
 
 慣れ親しんだ湯に身を沈めていきながら少しずつアオイの体に手で掬った湯をかけて慣らしていく。自身が腰を落ち着ける頃にはアオイがどのような姿勢で落ち着くかをほぼ見極めており、ややもすれば眠気が勝ってしまいそうなときは終始キュリオが腕に抱き、元気が有り余っているときは彼の膝の上に支えてもらいながら立っていることが多い。
 そして今夜は――

「うん? どうやら私の小さなプリンセスはまだ遊び足りないらしい」

 濡れた手で美しい銀の髪をかき上げたキュリオのこめかみ辺りに湯水がツゥと流れた。万人がうっとりするような切れ長の瞳が寄越す視線も、ドキリとする妖艶な仕草もこの赤子が理解するにはまだまだ長い時間が必要だった。
 
「んぅーっ!」

 真ん丸な瞳と唇が楽しそうに弧を描いて手足を動かすアオイにキュリオはふとあることに気づく。

「だいぶ脚力が付いてきたようだね。そろそろ摑まり立ちができる時期に差し掛かっているかもしれないな」

 日々アオイの成長を全身で感じているキュリオだからこそわかる僅かな変化。
 近頃ではアレスとカイの小競り合いが始まると、ふたりの顔を見比べながら楽しそうに声を上げているアオイの姿をよく目にし、キュリオの声に対するアイコンタクトもかなり増えたように感じる。
 

 ――人の世界で言う、七五三のようなこの成長を願う特別な行事は悠久の国に存在していない。
 子が無事育つのも、老若男女が分け隔てなく長寿をまっとうするのもすべて王の力により約束されているようなものなので不安を抱える民はほとんどいないのだ。
 <慈悲の王>の力は怪我や病を治し、浄化し護る力であり悠久の大地を巡るキュリオの力で満ち足りているため、小さな怪我などを手当する知識はあっても、この国には医療技術という人の手を借りた治療法は皆無に近い。
 
 逆を言えば王で支えられている悠久の国から王が居なくなることは絶望を意味する。
 いくら魔導師や剣士がいるといって、ヴァンパイア相手に戦える者がどれほどいるだろう? そして、怪我を治癒することができる魔導師が居ようとも、キュリオのように一瞬でこの国の民すべてを癒すことなど不可能なのだ。悠久の魔導師や剣士が全員集まってもキュリオの足元にも及ばないこの国は王を失ったら一瞬で崩れ去ってしまう。

 王がすべてを支えている国は<悠久の国>くらいのものである。だが、<精霊の国>や<ヴァンパイアの国>のように好戦的な種族が暴走して他国を攻めようとすることもあるため、特にエクシスやティーダはそれらを制御するためにも無くてはならない存在なのだ。さらに、力のある精霊やヴァンパイアが束になってかかってきても玉砕できるほどの力を王は誇示し続けならなくてはならない。それが関係しているかどうかはわからないが、歴代の精霊王たちはそのほとんどが上位王として君臨しており、他国からも恐れられる国のひとつとして常に名があがるほどだった。

 民が力を持たないために王が強くある場合と、自国の民らを制御するために王が強くある場合。キュリオらの世界ではその線引きがはっきりしているように思えるが、もうひとつの世界ではどうだろう――?
しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

巨乳すぎる新入社員が社内で〇〇されちゃった件

ナッツアーモンド
恋愛
中高生の時から巨乳すぎることがコンプレックスで悩んでいる、相模S子。新入社員として入った会社でS子を待ち受ける運命とは....。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜

来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。 望んでいたわけじゃない。 けれど、逃げられなかった。 生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。 親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。 無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。 それでも――彼だけは違った。 優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。 形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。 これは束縛? それとも、本当の愛? 穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

四人の令嬢と公爵と

オゾン層
恋愛
「貴様らのような田舎娘は性根が腐っている」  ガルシア辺境伯の令嬢である4人の姉妹は、アミーレア国の王太子の婚約候補者として今の今まで王太子に尽くしていた。国王からも認められた有力な婚約候補者であったにも関わらず、無知なロズワート王太子にある日婚約解消を一方的に告げられ、挙げ句の果てに同じく婚約候補者であったクラシウス男爵の令嬢であるアレッサ嬢の企みによって冤罪をかけられ、隣国を治める『化物公爵』の婚約者として輿入という名目の国外追放を受けてしまう。  人間以外の種族で溢れた隣国ベルフェナールにいるとされる化物公爵ことラヴェルト公爵の兄弟はその恐ろしい容姿から他国からも黒い噂が絶えず、ガルシア姉妹は怯えながらも覚悟を決めてベルフェナール国へと足を踏み入れるが…… 「おはよう。よく眠れたかな」 「お前すごく可愛いな!!」 「花がよく似合うね」 「どうか今日も共に過ごしてほしい」  彼らは見た目に反し、誠実で純愛な兄弟だった。  一方追放を告げられたアミーレア王国では、ガルシア辺境伯令嬢との婚約解消を聞きつけた国王がロズワート王太子に対して右ストレートをかましていた。 ※初ジャンルの小説なので不自然な点が多いかもしれませんがご了承ください

ダンジョンに行くことができるようになったが、職業が強すぎた

ひまなひと
ファンタジー
主人公がダンジョンに潜り、ステータスを強化し、強くなることを目指す物語である。 今の所、170話近くあります。 (修正していないものは1600です)

借金まみれで高級娼館で働くことになった子爵令嬢、密かに好きだった幼馴染に買われる

しおの
恋愛
乙女ゲームの世界に転生した主人公。しかしゲームにはほぼ登場しないモブだった。 いつの間にか父がこさえた借金を返すため、高級娼館で働くことに…… しかしそこに現れたのは幼馴染で……?

処理中です...