【第二章】狂気の王と永遠の愛(接吻)を

逢生ありす

文字の大きさ
91 / 211
悠久の王・キュリオ編2

辿る水の記憶

しおりを挟む
 その頃夕食を済ませたダルドとアオイは、眺望のよい特別室のような場所に立っていた。
 高い天井から垂れた淡い暖色の灯りが静かな夜を妨害することなく穏やかであたたかな輝きを放って、蛍の光のようにゆっくりと明暗を繰り返している。
 そしてダルドとアオイの頭上には紺色の布地に金の縁取りがなされた柔らかな布が縦横無尽に緩やかに張り巡らされて、まるで水の中にいるかのような感覚に陥るのも、わずかに開いた窓からの夜風がそれらを揺らして波紋のような曲線を描いているからかもしれない。

「不思議なところだね」

「んぅー」

 見上げるダルドを真似るように顔を上げたアオイが「そうだね」とでも言うように相槌を打った。

「僕はあまり深い水の中に入ったことはないけど、ここは水の底みたいだ」

「……」

 瞬きを繰り返すアオイもまた、この見たことのない空間を生きてきた少ない人生の中から近しいものを探して記憶を巡っている。

(おだやかな……水のながれ。穢れのない水に……深紅の色が流れて――)


 ――目を閉じると、見たことのある風景が瞼の裏に広がる。
 
 頬に感じる生ぬるい風は不穏な空気を抱いてアオイの髪を揺らして駆け抜ける。
 瞼を開いた先では蒼白い月に照らされた自分の影が足元に伸びる。
 その影をじっと見つめるアオイは足元から伝わってくる轟音と地響きに、悲しみにも似た感情と後悔の念に苛まながら突き動かされるように一歩踏み出した。

 自分の為すべきことはわかっている。

 アオイは夢中で誰かを探していた。力を持ってしまったが故に、引き寄せられた闇に彼が飲み込まれてしまわぬよう――。

 
「……姫? アオイ姫?」

「……」

 聞きなれた心地よい声に呼び止められ、アオイは足を止めた。

「わんわん……」

 先では銀色の神秘的な双球がこちらの身を案じるように覗き込んでいる。
 
「……」

(違う……彼じゃない)

 足を止めてはいけないと、アオイの心が叫んでいる。
 すると胸元でジタバタする彼女を落としてしまわぬよう抱くダルドの腕に力がこもる。

「……どうしたの?」

「だーめ」

 拒絶する言葉を発する彼女の声を聞いたのは初めてだった。
 何が気に食わないのかわからないが、ダルドはアオイを落ち着かせるために小さな背をさすりながら優しく声を掛け続ける。

「僕に抱かれるのがいや?」

「んーん」

 違うと言うように首を振るアオイの視線は窓の外へと向けられている。

(……早く、行かないと……) 

 手を伸ばした先では、涙に暮れる青年の姿が幻のように映っている。
 彼の纏った衣には、最悪の事態を思わせるどす黒い赤が……ただ一色に染まって死のにおいを放っていた――。

しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜

来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。 望んでいたわけじゃない。 けれど、逃げられなかった。 生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。 親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。 無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。 それでも――彼だけは違った。 優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。 形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。 これは束縛? それとも、本当の愛? 穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

巨乳すぎる新入社員が社内で〇〇されちゃった件

ナッツアーモンド
恋愛
中高生の時から巨乳すぎることがコンプレックスで悩んでいる、相模S子。新入社員として入った会社でS子を待ち受ける運命とは....。

魅了の対価

しがついつか
ファンタジー
家庭事情により給金の高い職場を求めて転職したリンリーは、縁あってブラウンロード伯爵家の使用人になった。 彼女は伯爵家の第二子アッシュ・ブラウンロードの侍女を任された。 ブラウンロード伯爵家では、なぜか一家のみならず屋敷で働く使用人達のすべてがアッシュのことを嫌悪していた。 アッシュと顔を合わせてすぐにリンリーも「あ、私コイツ嫌いだわ」と感じたのだが、上級使用人を目指す彼女は私情を挟まずに職務に専念することにした。 淡々と世話をしてくれるリンリーに、アッシュは次第に心を開いていった。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

処刑された勇者は二度目の人生で復讐を選ぶ

シロタカズキ
ファンタジー
──勇者は、すべてを裏切られ、処刑された。  だが、彼の魂は復讐の炎と共に蘇る──。 かつて魔王を討ち、人類を救った勇者 レオン・アルヴァレス。 だが、彼を待っていたのは称賛ではなく、 王族・貴族・元仲間たちによる裏切りと処刑だった。 「力が強すぎる」という理由で異端者として断罪され、広場で公開処刑されるレオン。 国民は歓喜し、王は満足げに笑い、かつての仲間たちは目を背ける。 そして、勇者は 死んだ。 ──はずだった。 十年後。 王国は繁栄の影で腐敗し、裏切り者たちは安穏とした日々を送っていた。 しかし、そんな彼らの前に死んだはずの勇者が現れる。 「よくもまあ、のうのうと生きていられたものだな」 これは、英雄ではなくなった男の復讐譚。 彼を裏切った王族、貴族、そしてかつての仲間たちを絶望の淵に叩き落とすための第二の人生が、いま始まる──。

ナイナイづくしで始まった、傷物令嬢の異世界生活

天三津空らげ
ファンタジー
日本の田舎で平凡な会社員だった松田理奈は、不慮の事故で亡くなり10歳のマグダリーナに異世界転生した。転生先の子爵家は、どん底の貧乏。父は転生前の自分と同じ歳なのに仕事しない。二十五歳の青年におまるのお世話をされる最悪の日々。転生チートもないマグダリーナが、美しい魔法使いの少女に出会った時、失われた女神と幻の種族にふりまわされつつQOLが爆上がりすることになる――

処理中です...