168 / 211
悠久の王・キュリオ編2
サイドストーリー28
しおりを挟む
キュリオとダルドの会話に恐れ多くも立ち会えたことを幸福に思いながらも、一切口を挟めるような立場にない少年は、彼らが発した言葉の数々を記憶に留めながら自分なりに調べようと秘かに画策しており、この夜に起こることをしっかり記憶に留めたいと願った。
(私の疑問など最初から口にすることは許されていないのはわかっている。キュリオ様とダルド様の御話が聞けただけで十分だ)
盗み見するように美しい人型聖獣の彼を見やるが、ダルドなどそこにアレスの存在があることなど忘れたように見向きもしないあたりがまた彼らしい。
「どこに行くの?」
アオイを抱いて歩き出したキュリオは広間の奥へと歩みを進め、その少し後ろをダルドが続く。
「君たちが居た場所の再現をと思ってね」
ダルドへと視線を向けることなく真っ直ぐ前を向いて言葉を発したキュリオ。無表情にも見えるその端正な横顔からは心の揺れなど見られなかったが、アオイを抱きしめる腕にはいつもより力が籠っている。
「それなら森の奥の……」
花冠を作ったその野原へと案内しようとするダルドを、ようやくこちらに向き直ったキュリオが軽く手を上げ制止する。
「おおよその場所はわかっている」
そうキュリオが言い終える前に、あたたかな風がアオイやダルドの頬を掠め、この広間にあるはずのない色鮮やかな花弁が目の前を舞うようにたゆたう。
「……え?」
異変に気付いたダルドが目の前で揺れながら降下していく花弁を受け止めようと手を伸ばすと、それはわずかな感触とともに手の平におさまった。
「きゃあっ」
脇ではアオイの興奮したような高く楽し気な声が聞こえる。
キラキラと輝いた瞳はあたりを見回し、舞い踊る花弁を掴もうとキュリオの腕の中から身を乗り出して手足をパタパタと動かしているのが愛らしい。そしてその頭上には柔らかな日の光が優しくこちらを照らしており、足元には床を埋め尽くすほどの花々が咲き誇っていた。
「凄い……これキュリオの魔法?」
「ああ。私も知っている場所の再現なら可能だ」
どうとでもないというようにさらりと答えた彼だが、キュリオの魔法がどれほど優れているかがわかる。
(感触に……匂いまで本物みたいだ)
鼻孔をくすぐる花の香り、数多ある花の品種や土の香りまでもが鮮やかに再現されたこれほどの魔法を使える人物をダルドはキュリオ以外に知らない。
「少し光を抑えようか」
再現の魔法の力といえど、この夜更けに日の光を浴びるのは少なからず不調をきたす恐れがある。魔法が心身に影響を与えるメリットもデメリットも理解している彼は、己の作り出した日の光を見上げただけで微調整していく。
――そして数秒後。まるで木陰にいるかのような心地さと風の穏やかさに確かな悠久の大地を感じたダルドは静かに腰をおろした。
「うん。あとは僕がアオイ姫に作った花冠があれば条件はまったく同じだと思う」
これが魔法なのか現実なのか? この広間の本来の姿を知らない人物がここへやってきたら、間違いなくこの一面の花々はここへ植えられたそういう部屋なのだと思うに違いない。
細部まで再現できるということは、キュリオがここまで鮮明に記憶しているからだと言えよう。茎の瑞々しさやしなり具合、花びらのしっとりとした指触り、どれもが感じたままの生きている植物そのものだった。
地におろしてもらい、疑うこともなく花々と戯れているアオイは、時折目の前を優雅に舞う蝶に目を奪われながらもキュリオやダルドを振り返っては一緒に遊ぼうとでも言うように笑いかけてくる。
「おいでアオイ姫。花冠を作ってあげる」
神秘的な眼差しで視線を合わせる様にしゃがんだダルド。優しくアオイの手を引きながら、自分の膝へ腰を下ろすよう促してくる。
アオイは一度躊躇うように振り返り、キュリオが微笑んで頷くのを見届けてからダルドの誘いに応えた。
「……」
アオイの髪の色に似た淡いピンク色の花を選びながら、器用に花冠を作っていくダルドの指先をアオイは楽しそうに見つめている。
(……そろそろだな)
複雑な想いを胸に抱えたキュリオは、覚悟を決めるように深い呼吸を繰り返した――。
(私の疑問など最初から口にすることは許されていないのはわかっている。キュリオ様とダルド様の御話が聞けただけで十分だ)
盗み見するように美しい人型聖獣の彼を見やるが、ダルドなどそこにアレスの存在があることなど忘れたように見向きもしないあたりがまた彼らしい。
「どこに行くの?」
アオイを抱いて歩き出したキュリオは広間の奥へと歩みを進め、その少し後ろをダルドが続く。
「君たちが居た場所の再現をと思ってね」
ダルドへと視線を向けることなく真っ直ぐ前を向いて言葉を発したキュリオ。無表情にも見えるその端正な横顔からは心の揺れなど見られなかったが、アオイを抱きしめる腕にはいつもより力が籠っている。
「それなら森の奥の……」
花冠を作ったその野原へと案内しようとするダルドを、ようやくこちらに向き直ったキュリオが軽く手を上げ制止する。
「おおよその場所はわかっている」
そうキュリオが言い終える前に、あたたかな風がアオイやダルドの頬を掠め、この広間にあるはずのない色鮮やかな花弁が目の前を舞うようにたゆたう。
「……え?」
異変に気付いたダルドが目の前で揺れながら降下していく花弁を受け止めようと手を伸ばすと、それはわずかな感触とともに手の平におさまった。
「きゃあっ」
脇ではアオイの興奮したような高く楽し気な声が聞こえる。
キラキラと輝いた瞳はあたりを見回し、舞い踊る花弁を掴もうとキュリオの腕の中から身を乗り出して手足をパタパタと動かしているのが愛らしい。そしてその頭上には柔らかな日の光が優しくこちらを照らしており、足元には床を埋め尽くすほどの花々が咲き誇っていた。
「凄い……これキュリオの魔法?」
「ああ。私も知っている場所の再現なら可能だ」
どうとでもないというようにさらりと答えた彼だが、キュリオの魔法がどれほど優れているかがわかる。
(感触に……匂いまで本物みたいだ)
鼻孔をくすぐる花の香り、数多ある花の品種や土の香りまでもが鮮やかに再現されたこれほどの魔法を使える人物をダルドはキュリオ以外に知らない。
「少し光を抑えようか」
再現の魔法の力といえど、この夜更けに日の光を浴びるのは少なからず不調をきたす恐れがある。魔法が心身に影響を与えるメリットもデメリットも理解している彼は、己の作り出した日の光を見上げただけで微調整していく。
――そして数秒後。まるで木陰にいるかのような心地さと風の穏やかさに確かな悠久の大地を感じたダルドは静かに腰をおろした。
「うん。あとは僕がアオイ姫に作った花冠があれば条件はまったく同じだと思う」
これが魔法なのか現実なのか? この広間の本来の姿を知らない人物がここへやってきたら、間違いなくこの一面の花々はここへ植えられたそういう部屋なのだと思うに違いない。
細部まで再現できるということは、キュリオがここまで鮮明に記憶しているからだと言えよう。茎の瑞々しさやしなり具合、花びらのしっとりとした指触り、どれもが感じたままの生きている植物そのものだった。
地におろしてもらい、疑うこともなく花々と戯れているアオイは、時折目の前を優雅に舞う蝶に目を奪われながらもキュリオやダルドを振り返っては一緒に遊ぼうとでも言うように笑いかけてくる。
「おいでアオイ姫。花冠を作ってあげる」
神秘的な眼差しで視線を合わせる様にしゃがんだダルド。優しくアオイの手を引きながら、自分の膝へ腰を下ろすよう促してくる。
アオイは一度躊躇うように振り返り、キュリオが微笑んで頷くのを見届けてからダルドの誘いに応えた。
「……」
アオイの髪の色に似た淡いピンク色の花を選びながら、器用に花冠を作っていくダルドの指先をアオイは楽しそうに見つめている。
(……そろそろだな)
複雑な想いを胸に抱えたキュリオは、覚悟を決めるように深い呼吸を繰り返した――。
0
あなたにおすすめの小説
兄様達の愛が止まりません!
桜
恋愛
五歳の時、私と兄は父の兄である叔父に助けられた。
そう、私達の両親がニ歳の時事故で亡くなった途端、親類に屋敷を乗っ取られて、離れに閉じ込められた。
屋敷に勤めてくれていた者達はほぼ全員解雇され、一部残された者が密かに私達を庇ってくれていたのだ。
やがて、領内や屋敷周辺に魔物や魔獣被害が出だし、私と兄、そして唯一の保護をしてくれた侍女のみとなり、死の危険性があると心配した者が叔父に助けを求めてくれた。
無事に保護された私達は、叔父が全力で守るからと連れ出し、養子にしてくれたのだ。
叔父の家には二人の兄がいた。
そこで、私は思い出したんだ。双子の兄が時折話していた不思議な話と、何故か自分に映像に流れて来た不思議な世界を、そして、私は…
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
旧校舎の地下室
守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
処刑された勇者は二度目の人生で復讐を選ぶ
シロタカズキ
ファンタジー
──勇者は、すべてを裏切られ、処刑された。
だが、彼の魂は復讐の炎と共に蘇る──。
かつて魔王を討ち、人類を救った勇者 レオン・アルヴァレス。
だが、彼を待っていたのは称賛ではなく、 王族・貴族・元仲間たちによる裏切りと処刑だった。
「力が強すぎる」という理由で異端者として断罪され、広場で公開処刑されるレオン。
国民は歓喜し、王は満足げに笑い、かつての仲間たちは目を背ける。
そして、勇者は 死んだ。
──はずだった。
十年後。
王国は繁栄の影で腐敗し、裏切り者たちは安穏とした日々を送っていた。
しかし、そんな彼らの前に死んだはずの勇者が現れる。
「よくもまあ、のうのうと生きていられたものだな」
これは、英雄ではなくなった男の復讐譚。
彼を裏切った王族、貴族、そしてかつての仲間たちを絶望の淵に叩き落とすための第二の人生が、いま始まる──。
病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜
来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。
望んでいたわけじゃない。
けれど、逃げられなかった。
生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。
親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。
無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。
それでも――彼だけは違った。
優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。
形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。
これは束縛? それとも、本当の愛?
穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる