【第二章】狂気の王と永遠の愛(接吻)を

逢生ありす

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悠久の王・キュリオ編2

《番外編》バレンタインストーリー4

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 そして人の時間でいう午前六時にもなろうという頃――

「あとはココアパウダーを振りかけてっと……」

(急がないとお父様が起きちゃう)

 振りかけたパウダーを乱してしまわぬようチョコレートを丁寧に箱へと詰めていく。

「美味しそうに見えないのはやっぱりセンスの問題なのかな……」

 ジルたち一流の料理人はどんな前菜もデザートも光輝く宝石のように盛り付けてくる。おしゃれなソースも飾りの花も嫌味がなく皿選びまで抜かりがないから尚の事だ。

「お店で買ってきた物だって言ってもお父様は信じてくれるかしら……」

 いくら上手く仕上がったとはいえ、ところどころ歪なこのチョコレートが売り物だと言えばキュリオは疑問に思うかもしれない。

 それどころか……

「こんなものを売りに出すとは……店の者をすぐに呼べ! その者が二度と商いが出来ぬよう取締りを強化しろ!」

「なんて言われたら立ち直れない……かも」

 キュリオの口調を真似ながらブツブツと独り言を口にして勝手に落ち込むアオイ。

「……」

(やっぱり食べるならおいしいものがいいもんね)

 そう思えば思うほど自分の作ったものたちがどうしようもなくちっぽけに思えてくる。

「お父様の反応をみてから来年のことを考えよう……」

 アオイは小さなため息をつくと普段のお礼にと別に包んだ箱と手紙を料理台の上に置いた。

「みんな喜んでくれるといいな」

 眉を下げながら呟いた少女はいくつかの箱を両手に持ちながら中庭へと急ぐ。

「よし、誰もいない」

 大きなガラス戸を押して中庭に出ると朝露に濡れ、ひんやりとした空気に頭が冴えわたる。

「気持ちの良い朝……」

 物心ついた頃からキュリオの腕の中で朝の散歩をしていた記憶が蘇る。

『お前はこのピンクの薔薇の花のようだ。その柔らかな眼差しは私の心を捉えて離さない』

 取り出した小さなナイフで薔薇を切り落としたキュリオはその棘を器用に削ぎ落し、腕の中のアオイへと近づけて見せる。

『この華凜な薔薇が枯れてしまわぬよう私は水を与えよう。その代わり……』

『その存在すべては私のために在り続け…お前には優しい香りと愛らしい姿で私を満たしてもらわなくてはね――』

『……』

 薔薇に向かって言っているはずのキュリオだが、なぜかこちらを見つめているキュリオの瞳に吸い込まれるように目を離せないでいるアオイ。
 だが、穏やかに微笑むその眼差しが嬉しい彼女は――

『きゃぁっ』

 甘えるように頬を染めてキュリオの胸の中に顔を寄せ、上機嫌な笑い声をあげる。

『ふふっ』

『お前の興味はまだ花ではなく私に向いているようだね。少し安心したよ』

 幸せそうな笑みを浮かべたキュリオは愛しさ余ってアオイの額へ口づけを落とす。

『……』

 しかしその美しい笑みを打ち消すように彼の眉間へと深い皺が刻まれた。
 わずかな痛みに視線を落とすとそこには削ぎ落し損ねた小さな薔薇の棘がキュリオの指先を傷つけて、真紅の雫を浮かび上がらせている。

『小さな過ちはある程度目を瞑ろう』

『だが目に余る場合……』

 キュリオは妖艶な動作で指先に舌を這わせるとその瞳にあやしい光を湛えながら呟く。


『二度と棘を出せぬよう……いずれ私は強い力でお前を縛りつけてしまうかもしれないね――』


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