177 / 211
悠久の王・キュリオ編2
《番外編》バレンタインストーリー9
しおりを挟む
(アオイが隠そうとする理由は私か……)
二月十四日のこの日、毎年変わらず孤児院送りにしている数多の献上品の話を女官や侍女らに聞いていたのだろう。昨夜の彼女らの行動を見るからにそれは間違いなかった。
ふっと笑ったキュリオだが、それと同時にアオイへ気を遣わせてしまったことへの罪悪感が芽生え始める。
コソコソと動いていたアオイの事情を知らなかったキュリオは、ただその秘密を暴こうと躍起になり苛立ちさえ覚えていた。
(随分可哀想なことをしてしまったな……)
ようやく合点のいったキュリオは傷ついたアオイの指先を見つめると、小箱を持つ彼女の両手を慈しむように覆い、滑るような手つきで箱を受け取る。
「せっかくだ。頂こう」
「……あっ……」
指先を駆け抜けるくすぐったさに小さく声を上げたアオイは背後に控える女官の顔をちらりと見やり、嬉しそうに目を細めながら口角を上げて頷いた。
そして、極めて平静を装ったキュリオは小箱をテーブルに置くと銀のフォークに手を差し伸べる。が……
「アオイは私が甘いものを好まないのは知っているね?」
「は、はい……」
嬉しそうな表情が一変、とたんに悲しみの色へと染まってしまったアオイの顔を見ているとキュリオの心は不思議な感覚に囚われていく。
すると、意味深な笑みを浮かべたキュリオの口を突いて出た言葉は――
「このままではとてもじゃないが、食す気にはなれない」
「……っ、そう……ですか……」
俯きながら薄らと涙を浮かべてしまったアオイに本来ならば胸が痛むはずなのだが、それさえも自分へと向けられた特別な感情だと思わずにはいられない。
「しかし」
「……?」
潤んだ瞳でこちらを見つめてくるアオイの目を見返しながらキュリオはこう提案する。
「お前が私に食べさせるというのなら考えなくもない」
「…っわ、わたしがお父様に?」
まさかそんな事を言われるとは思わなかったアオイは女官を振り返りながら戸惑いの表情を浮かべている。
(私も意地が悪いな)
自嘲気味に笑ったキュリオは全ての出来事を把握してからは心に余裕が出来たようだ。
まるでアオイの反応を楽しむように次の行動を今か今かと待ちわびている。
『姫様、キュリオ様とどうかお幸せな時間をお過ごしくださいませっ♪』
にこりと聖母のような笑みを浮かべた女官が離れた場所からアオイを応援する。
『で、でも…っ…』
まだキュリオにバレていないと思い込んでいるアオイだが、女官はすでにキュリオの思惑に気付いて安堵しているようだ。もう悪い方向には進まないと判断した彼女は一礼しながら広間を出て行ってしまった。
「あっ……」
すがる思いで女官の背を見つめていたアオイに注がれる別の視線。
「そろそろ時間が押しているな……」
「え……」
キュリオの声にドキリとしたアオイがキュリオを振り返ると……
「アオイせっかくだが……」
今にも立ち上がろうとしているキュリオの姿が目に入った。
もちろんこれも彼の”演出”である。
「ま、待って下さいっ!」
大慌てしたアオイが懇願するような眼差しでキュリオの腕にしがみついた。
「……」
(どうしてこうも私のアオイは可愛いのか……)
なるべく顔に出さぬよう平静を装うキュリオ。
必死に自分を引き留めようとするアオイのその手を取って、愛の言葉を囁きたい衝動に駆られる。
「い、いま心の準備、をっ……」
まさか”アーン”をさせられるとは思っていなかったアオイの心臓は激しい律動を繰り返している。
キュリオの傍らに佇み、前かがみとなって自分の作ったチョコレートと対峙するアオイ。
「それではっ……」
意を決してフォークに手を伸ばそうとすると――
「待ちなさい」
突如キュリオの声に遮られ、アオイの体が宙に浮いた。
「きゃっ」
「そのままの姿勢では辛いだろう?」
軽々とアオイの体を抱き上げたキュリオはその身を自分の膝へと運ぶと、満足したような笑みを浮かべてこちらを見つめている。
「……お父様っ……?」
とたんに近づいた父親の美しい顔が間近に迫る。
どうしても胸の高鳴りが抑えられないのは血のつながらない親子だからなのだろうか?
「これでいい。さあアオイ、好きなようにするといい」
キュリオの濡れた眼差しがアオイを捉えて離さない。
「……は、い……お父様……」
まるでキュリオの魅惑の魔法にかかってしまったようにアオイの手は彼の思惑通りに動いてしまうのだった――。
二月十四日のこの日、毎年変わらず孤児院送りにしている数多の献上品の話を女官や侍女らに聞いていたのだろう。昨夜の彼女らの行動を見るからにそれは間違いなかった。
ふっと笑ったキュリオだが、それと同時にアオイへ気を遣わせてしまったことへの罪悪感が芽生え始める。
コソコソと動いていたアオイの事情を知らなかったキュリオは、ただその秘密を暴こうと躍起になり苛立ちさえ覚えていた。
(随分可哀想なことをしてしまったな……)
ようやく合点のいったキュリオは傷ついたアオイの指先を見つめると、小箱を持つ彼女の両手を慈しむように覆い、滑るような手つきで箱を受け取る。
「せっかくだ。頂こう」
「……あっ……」
指先を駆け抜けるくすぐったさに小さく声を上げたアオイは背後に控える女官の顔をちらりと見やり、嬉しそうに目を細めながら口角を上げて頷いた。
そして、極めて平静を装ったキュリオは小箱をテーブルに置くと銀のフォークに手を差し伸べる。が……
「アオイは私が甘いものを好まないのは知っているね?」
「は、はい……」
嬉しそうな表情が一変、とたんに悲しみの色へと染まってしまったアオイの顔を見ているとキュリオの心は不思議な感覚に囚われていく。
すると、意味深な笑みを浮かべたキュリオの口を突いて出た言葉は――
「このままではとてもじゃないが、食す気にはなれない」
「……っ、そう……ですか……」
俯きながら薄らと涙を浮かべてしまったアオイに本来ならば胸が痛むはずなのだが、それさえも自分へと向けられた特別な感情だと思わずにはいられない。
「しかし」
「……?」
潤んだ瞳でこちらを見つめてくるアオイの目を見返しながらキュリオはこう提案する。
「お前が私に食べさせるというのなら考えなくもない」
「…っわ、わたしがお父様に?」
まさかそんな事を言われるとは思わなかったアオイは女官を振り返りながら戸惑いの表情を浮かべている。
(私も意地が悪いな)
自嘲気味に笑ったキュリオは全ての出来事を把握してからは心に余裕が出来たようだ。
まるでアオイの反応を楽しむように次の行動を今か今かと待ちわびている。
『姫様、キュリオ様とどうかお幸せな時間をお過ごしくださいませっ♪』
にこりと聖母のような笑みを浮かべた女官が離れた場所からアオイを応援する。
『で、でも…っ…』
まだキュリオにバレていないと思い込んでいるアオイだが、女官はすでにキュリオの思惑に気付いて安堵しているようだ。もう悪い方向には進まないと判断した彼女は一礼しながら広間を出て行ってしまった。
「あっ……」
すがる思いで女官の背を見つめていたアオイに注がれる別の視線。
「そろそろ時間が押しているな……」
「え……」
キュリオの声にドキリとしたアオイがキュリオを振り返ると……
「アオイせっかくだが……」
今にも立ち上がろうとしているキュリオの姿が目に入った。
もちろんこれも彼の”演出”である。
「ま、待って下さいっ!」
大慌てしたアオイが懇願するような眼差しでキュリオの腕にしがみついた。
「……」
(どうしてこうも私のアオイは可愛いのか……)
なるべく顔に出さぬよう平静を装うキュリオ。
必死に自分を引き留めようとするアオイのその手を取って、愛の言葉を囁きたい衝動に駆られる。
「い、いま心の準備、をっ……」
まさか”アーン”をさせられるとは思っていなかったアオイの心臓は激しい律動を繰り返している。
キュリオの傍らに佇み、前かがみとなって自分の作ったチョコレートと対峙するアオイ。
「それではっ……」
意を決してフォークに手を伸ばそうとすると――
「待ちなさい」
突如キュリオの声に遮られ、アオイの体が宙に浮いた。
「きゃっ」
「そのままの姿勢では辛いだろう?」
軽々とアオイの体を抱き上げたキュリオはその身を自分の膝へと運ぶと、満足したような笑みを浮かべてこちらを見つめている。
「……お父様っ……?」
とたんに近づいた父親の美しい顔が間近に迫る。
どうしても胸の高鳴りが抑えられないのは血のつながらない親子だからなのだろうか?
「これでいい。さあアオイ、好きなようにするといい」
キュリオの濡れた眼差しがアオイを捉えて離さない。
「……は、い……お父様……」
まるでキュリオの魅惑の魔法にかかってしまったようにアオイの手は彼の思惑通りに動いてしまうのだった――。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜
来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。
望んでいたわけじゃない。
けれど、逃げられなかった。
生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。
親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。
無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。
それでも――彼だけは違った。
優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。
形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。
これは束縛? それとも、本当の愛?
穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
兄様達の愛が止まりません!
桜
恋愛
五歳の時、私と兄は父の兄である叔父に助けられた。
そう、私達の両親がニ歳の時事故で亡くなった途端、親類に屋敷を乗っ取られて、離れに閉じ込められた。
屋敷に勤めてくれていた者達はほぼ全員解雇され、一部残された者が密かに私達を庇ってくれていたのだ。
やがて、領内や屋敷周辺に魔物や魔獣被害が出だし、私と兄、そして唯一の保護をしてくれた侍女のみとなり、死の危険性があると心配した者が叔父に助けを求めてくれた。
無事に保護された私達は、叔父が全力で守るからと連れ出し、養子にしてくれたのだ。
叔父の家には二人の兄がいた。
そこで、私は思い出したんだ。双子の兄が時折話していた不思議な話と、何故か自分に映像に流れて来た不思議な世界を、そして、私は…
ギルドの片隅で飲んだくれてるおっさん冒険者
哀上
ファンタジー
チートを貰い転生した。
何も成し遂げることなく35年……
ついに前世の年齢を超えた。
※ 第5回次世代ファンタジーカップにて“超個性的キャラクター賞”を受賞。
※この小説は他サイトにも投稿しています。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
転生者、有名な辺境貴族の元に転生。筋肉こそ、力こそ正義な一家に生まれた良い意味な異端児……三世代ぶりに学園に放り込まれる。
Gai
ファンタジー
不慮の事故で亡くなった後、異世界に転生した高校生、鬼島迅。
そんな彼が生まれ落ちた家は、貴族。
しかし、その家の住人たちは国内でも随一、乱暴者というイメージが染みついている家。
世間のその様なイメージは……あながち間違ってはいない。
そんな一家でも、迅……イシュドはある意味で狂った存在。
そしてイシュドは先々代当主、イシュドにとってひい爺ちゃんにあたる人物に目を付けられ、立派な暴君戦士への道を歩み始める。
「イシュド、学園に通ってくれねぇか」
「へ?」
そんなある日、父親であるアルバから予想外の頼み事をされた。
※主人公は一先ず五十後半の話で暴れます。
【第一章】狂気の王と永遠の愛(接吻)を
逢生ありす
ファンタジー
女性向け異世界ファンタジー(逆ハーレム)です。ヤンデレ、ツンデレ、溺愛、嫉妬etc……。乙女ゲームのような恋物語をテーマに偉大な"五大国の王"や"人型聖獣"、"謎の美青年"たちと織り成す極甘長編ストーリー。ラストに待ち受ける物語の真実と彼女が選ぶ道は――?
――すべての女性に捧げる乙女ゲームのような恋物語――
『狂気の王と永遠の愛(接吻)を』
五大国から成る異世界の王と
たった一人の少女の織り成す恋愛ファンタジー
――この世界は強大な五大国と、各国に君臨する絶対的な『王』が存在している。彼らにはそれぞれを象徴する<力>と<神具>が授けられており、その生命も人間を遥かに凌駕するほど長いものだった。
この物語は悠久の王・キュリオの前に現れた幼い少女が主人公である。
――世界が"何か"を望んだ時、必ずその力を持った人物が生み出され……すべてが大きく変わるだろう。そして……
その"世界"自体が一個人の"誰か"かもしれない――
出会うはずのない者たちが出揃うとき……その先に待ち受けるものは?
最後に待つのは幸せか、残酷な運命か――
そして次第に明らかになる彼女の正体とは……?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる