【第二章】狂気の王と永遠の愛(接吻)を

逢生ありす

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悠久の王・キュリオ編2

《番外編》ホワイトデーストーリー15

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「……」

 強制的にベッドへ寝かされてしまったアオイ。硬めのシーツと枕のカバーは適度な快適さを保ちながらも、なかなか安眠を与えてはくれなかった。

(さっきカイが言ってたのってこういうことかな……)

 アオイは真っ白な壁の一点を見つめながらカイの言葉を思い出す。

”貴方を縛り付けておくことが許される、唯一のお方だから――”

(いままでお父様に守られてる自覚はあったけれど、縛られているなんて思ってもみなかった)

”判断を誤る年端もいかない子供を管理するのは親の役目だ”

(そしてやっぱりお父様の言われることも間違ってなくて……)

 睡眠不足であったことの自覚はある。あの寝室での朝、キュリオに眠らされていなければ本当に体調不良に陥っていた可能性は否定できない。
 頭と心を整理しきれないアオイはアランに扮したキュリオに背を向けながら真っ白なシーツを頭から被る。

(でも、この息苦しさは、なに……?)

 無理矢理目を閉じてみても、沸々と湧き上がる不安定な感情が胸をざわつかせる。
 持て余した想いが溜息となって唇の端から零れると、わずかに軋んだベッドに体が強張る。

 ギィッ

「……っ!」

(……嘘、アラン先生……?)

 まさか学校のベッドで添い寝をしようというのだろうか? 
 揺れ動いた背後へ意識を集中させながらも色々な考えが脳裏をめぐる。
 いつ急病人が入室してくるともわからない保健室で、いくらなんでもそれはないだろうと自分に言いきかせてみても、彼をよく知るこの思考回路は警鐘を鳴り響かせる。

「……」

 しかし、それっきり動く気配のないアラン。
 やはり教師を語っているだけあって、その辺は取り越し苦労だったと安堵していると、視界を覆っていたシーツが取り払われて。
 驚いたアオイが上体を起こし背後に顔を向けると――

「ひとりで眠れないのなら添い寝をしようか?」
 
 首元を寛げたアランが、溢れる色香を存分に放ちながら目の前で微笑んだ。
 アランに囲われるように再びベッドへ身を沈められたアオイは、返事に迷いながらも小さく首を振って答えた。

「……いまは添い寝も睡眠も必要ありません。私は……勉強がしたいんです」

 切実に訴える幼い瞳。しかし、そんな言葉はすべてお見通しとばかりに伸びてきたアランの指先が、アオイの前髪を愛おしげに梳いた。

「わざわざ遠いこの地へ足を運ばずとも勉強はできるだろう?」

「……っ今日の遅刻を数えても、お父様との約束にはまだ届いていないはずです!」

 激しくイヤイヤで訴える愛娘を宥めるように、まわした腕で背を撫でながら耳元で呟く。

「私が何故こんな教師の真似事をしていると思う?」

「そ、それは……」

(……そんなのひとつに決まってる)

 わかっていても口にするのは躊躇ってしまう。
 それは自惚れかもしれないというわずかな自信のなさからだった。

「お前が城の中で大人しくしているなら私の手間も省ける。それでも外の世界が知りたいというのなら共にどこへでも足を運ぼう」

 アランが翳した手の中で蜃気楼のように光るのは、見たこともない悠久の大自然や歴史的価値のある古びた建造物たちだ。

(そうじゃない、私が欲しいのは……)

 どこかズレてる父親との想いが親子の愛情ではない何かを感じさせる。


「……お父様、お願いです。お城の中でワガママはもう言いません。
だから、それ以外のところでは……もう少し自由にさせて頂けませんか?」


「良かったアオイ! やっぱり学校に来てたんだねー!」

「ミキ……シュウもごめんね、途中でいなくなったりして……」

(アラン先生が出て行ったあとで良かった……)

 四時限目の終了の鐘が鳴ると同時に教室を飛び出したミキとシュウ。
 シュウの記憶を頼りに保健室へとやってきたところで、扉を出ようとするアオイと偶然顔を合わせることができたふたりは嬉しそうにアオイを取り囲む。

「そーそー! シュウってば、アオイが消えた! って大騒ぎしちゃってー!」

「……さ、騒いでなんかねぇだろ! なあアオイ……アランに弱み握られてるとか、そういうのあったりすんのか?」

 赤くなって否定したかと思いきや心配そうに表情を曇らせたシュウ。
 彼の問いは紛れもなくアオイとアランの関係に疑念を抱いた故のものだった。

「……え?」

 アオイは親友の顔を見つめたまま硬直し、口にしてはいけないことを咄嗟に頭の中で整理し始める。

(どう言い訳しよう……。私は今日、体調不良で欠席のはずだってシュウが言ってた。顔色が悪いのは寝不足からくるもので、お父様はそれが心配で私をお休みさせようと……でも私が学校に来ちゃったからアラン先生は怒ってて……えっと……)

「……お前がアランにいい様にされてる気がして、さ。
もしそうだったら俺、絶対あいつのこと許さねぇから!」

 ガシッと両肩を掴まれ、熱い眼差しを受けながら愛の告白さながらの想いを激しくぶつけてくるシュウにアオイは慌てて首を横に振る。

「ううんっ……違うの! 
まだ顔色が悪い私を先生は心配してくださって……家に帰らないなら保健室で休んでなさいって。それでここに連れてきてもらったの」

「ちょっとアオイ! 言われてみれば顔色悪いじゃん! 無理して学校来ることないんだよ? いまからでも帰ったほうがいいって!」

 シュウを押し退けて身を乗り出したミキ。医療の心得など皆無なはずの彼女はアオイの手首をとると脈を測りはじめた。

「それでなんかわかんのかよ、ミキ……」

 話の鼻を折られたシュウは、もっともらしく頷いている親友を疑いの眼差しで見やる。

「ふむ、ふむふむ……」

「ミキ先生、私なにかの病気ですか?」

 なにかの病気に憑りつかれているとしても、それはきっと深い部分にある眠気のたぐいだとわかるが……それよりもミキが何と答えるかに興味のあるアオイはドキドキと期待に満ちた表情でミキの言葉を待つ。

「うーん……、……こ、これはっっっ!!」

「……これは?」

「……焦らすなって……」




「――反抗期――っ!!」




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