【第二章】狂気の王と永遠の愛(接吻)を

逢生ありす

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悠久の王・キュリオ編2

《番外編》ホワイトデーストーリー21

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 日付も変わろうかという時分――……

 静まり返った自室の中で灯りも付けず、窓辺に寄りかかるキュリオ横顔は月明かりに照らされて冷たい美しさを放っていた。

「……」

(食事の場にも顔を出さないとは大した徹底ぶりだな……)

 アオイは帰宅してすぐ眠ってしまったとカイから報告は受けたものの、幼少期より深い絆で結ばれているふたりが互いのために偽りを述べるのは珍しくない。

”……お父様、お願いです。お城の中でワガママはもう言いません……だから、それ以外のところでは……もう少し自由にさせて頂けませんか?”

 耳に残る保健室でのアオイの言葉。外の世界が珍しいばかりに憧れを抱いていたのかと思っていたが、彼女はどうやらその先にある他者との交流に楽しさを見出してしまったらしいことがわかる。

「やはり城から出すべきではなかったか」

 不機嫌そうに呟かれた言葉を室内へ残しキュリオは部屋を出た。

 一方アオイの部屋では――

 昼間眠り過ぎたかと思いきや心にダメージを受けていた彼女にはやはり休息が必要だったらしい。
 ベッド近くの窓をほんの少し開けて眠りについた彼女は静寂の中、時折流れる涼やかな風に頬を撫でられながら深い眠りに落ちていた……が、この時間には相応しくない物音が響く。

 ――ガチャ……ガガッ

 スムーズではない何かが行き詰ったような聞き慣れない音だった。

「……スー……、…………」

 自然と耳に入ってきた不協和音が眠る姫の意識をゆっくり浮上させていく。

「…………?」

(なんの、……おと?)

 完全に目覚めていないアオイの思考はその音の根を突き止めることができない。聞き間違いかもしれないと思いながらも定まらない焦点は重い瞼の合間から顔を覗かせた。

「…………」

(……なにも聞こえない……夢でも見てたのかな……)

 アオイは肩からずれ落ちたシーツを手繰り寄せ、小さく息をつく。考えなくてはならないことはたくさんあるが、不足した睡眠のせいで今日のような失敗を繰り返す訳にはいかない。だからこそ今は手をこまねいている睡魔へ素直に身を預けようと再び目を閉じる。

 ――ギギッ、キィィン! ガッ……ギィッ……ドォオンッッ!!

「……っ!? な、なにっ!?」

 明らかにすぐ傍から聞こえた破壊行動による金属の悲鳴と建築構造を無視したことによる強行突破音。
 睡魔など一瞬にして退散するほどの強烈な破壊音がアオイを飛び上がらせ、驚きのあまりに早鐘を打つ心の臓に恐怖が重なり、額に滲んだ冷や汗が肝をも冷やしていく。

 破壊行動による風圧で天蓋ベッドの幕が大きく揺れて、その隙間から見えた銀色の影にアオイは竦み上がった。

「……っ!」 

 窓から隙間から差し込んだ月の光が近づいてきた人物の姿を映し出し、ギラリと光った鋭い視線がアオイの体の自由を奪う。

「……っ!!」

「鍵を掛けているとはな……よほど私に会いたくないらしい」

「ぁ……、あのっ……」

 見下すような冷えた眼差しに唇がどんどん感覚を失い、うまく言葉を紡ぐことができない。……いや、もはや言い訳など通用しない相手であることを重々承知しているアオイ。無理に抵抗しようものならば、さらなる強い力で抑えつけられてしまうことはすでにわかっている。

「来なさい。扉が壊れた部屋でお前を眠らせるわけにはいかない」

「は、はい……」

 そう言った彼は行く先を目配せすると、有無を言わせぬ気迫でついて来るようアオイに指示する。

 拒絶することも出来ず後をついて行くと、自室の扉が無残にも破壊され倒れている様子が目に飛び込んできた。
 最初の異音……それは部屋への侵入を許すまいとする錠の懸命な抵抗だった。しかし、その後の破壊音は……とある人物の尋常ではない力にひれ伏してしまった蝶番や錠の千切れ飛ぶ音と、支えを失った扉が大きな力によって倒されたものだったとわかる。

 まるで戦いのあとの惨劇を目にしたかのような衝撃に足を竦ませていると、突然浮き上がる感覚に口の端から小さな悲鳴が零れ落ちる。

「きゃっ」

「…………」

 恐らく金属片や木片で怪我をしないよう抱き上げられたものだと思うが、口を開かないキュリオにこれまで以上の不安が胸を覆い尽くす。やがてひとつの扉へと入り、暗がりの中をさらに歩いていくとアオイのベッドよりも大きなそれが目の前に現れ、その上におろされた。

 ――パサッ……

 彼の手により天蓋ベッドの帳が下ろされ、さらなる闇がアオイの視界を奪う。

「……」

(なにも見えない……)

 すぐ傍からベッドの軋む音がするものの、目が慣れるまで下手に動くことはできない。どうしようかと座ったままの姿勢を続けていると――……

「すこし話をしよう」

 言われて背後を振り返る。

「……はい」

 暗闇でもわかる色白のキュリオは、頬杖をついてひとかけらの笑みもなく定位置で横になっていた。

「…………」

(もう一度だけお話してみて、それでもわかっていただけなかったら部屋に戻ろう……)

 今回ばかりは自身を貫き通したいと心に決めたアオイはキュリオの前に正座すると頭を下げる。

「……お父様、私の気持ちは変わりません。どうかお許し……」

 最後までアオイが言い終える前に、頭上から降り注いだ声がそれを遮った。


「これから先、お前が自由にできるのはこの空間だけだと言ったらどうする?」


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