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2話

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 ミエルとイースは二人して、『これはおかしい』と認識している。互いに整った容姿をしているという事実は理解していたが、とにかく小憎たらしく見えていたいはずの顔だ。
 それが、どうだろう。下手をすると、きらきらと輝いているように見える。ミエルはぐっと自身の胸をつかんだ。どきどきしている。ひどく耳の後ろが熱くてたまらないような気がするし、床にへたりこんだまま、はしたない姿をしている……と、考えるとひどく羞恥した。

 イースも同じだ。尻もちをついて片膝をたて、無造作にしているくせにまるでそういった髪型であるかのような自身の赤髪についた液体を指ですくった。どろり、と粘液性のある液体だ。辟易したが、指先をにおってみる。件のグリュンは混乱のあまり、げろげろ言葉を繰り返すのみだから、まったく役に立たない。自身で判断するしかない。

(媚薬……と、いうわけじゃ、ねえな)

 ミエルを見ると、イースの心臓が、どくりと高鳴る。不快であるはずなのに、心地よささえ感じる。無闇矢鱈と興奮しているわけではない。ミエルはイースを困惑の瞳で見つめた。いつもはギリリとイースを睨みつけるような気の強い女だが、イースと目を合わせた瞬間、真っ赤に頬を染めて、視線をそらした。そんな自身に嫌気がさしているのか、屈辱を感じているのか、小さな唇を噛み締めて拳を震わせている。かわいい。ではなく。

(お、俺、が、ミエルにこんなことを、思うだなんて、絶対におかしい……!!)

 なぜならイースは、彼女を女と扱うまい、と誓っている。ミエルとイースの実家同士が犬猿の仲であることは関係ない。相手がミエルだから、ただただ反発して、主席の座を譲らんと叩きのめし続けてきた。それは卒業し、騎士団に配属された今も変わらない関係だ。なのにおかしい。

 そのとき、ミエル自身も、自身の心境の変化に気がついた。思い悩むイースの姿がとにかくたまらなくかっこよくて、胸をつく。直接なんて見ていられるわけがない。心臓がもたない。唇を噛んで、必死に視線を逸らして、見まい、見まいと考えていたのだ。イースとミエル、二人が結論にたどり着いたのはほぼ同時だ。これは、まさか。

「「惚れ薬!!??」」

 騎士団内部の回廊で、ただただ男女の悲鳴が響いた。



 ***


 惚れ薬とは、どこの貴族も手を伸ばしたがる、秘薬中の秘薬である。
 それをなぜグリュンが保有していたのかというとわからないが、彼は薬学の天才である。そちらの方面での仕事を主にし、普段は研究所に閉じこもっている。
 決して、面白半分におかしな薬を作る人間、もといカエルではなく、どこぞからお忍びで依頼をもらったのだろう、とミエル達は推測した。なぜなら今もゲロゲロ言っているから。真っ赤な舌ががんばって伸び縮みするものの、頭の言葉が追いつかない。

「なるほどね、私は今あなたが好きだということなの」
「ははあ、俺はお前が好きってことか」

 ミエルとイースは瞳を見合わせた。ドキドキする。たまらない。しかし互いに反対を向いた。「「おっえ~~~~!!!」」 まったくの同時の仕草は、逆に息もぴったりに見える。惚れ薬とて万能ではない。表層は互いに惹かれるものの、奥に潜む気持ちまで変えられるものではないのだ。なんで私が、なんで俺が。困惑までは打ち消すことができず、彼らは互いに好きで嫌いで、頭の中がおかしくなってしまいそうだ。

 とにかく、もともと関わらぬようにと意識していたのだ。これ以降も、必要最低限、まあ長くても一ヶ月もすれば薬の効果は切れるだろう、とミエルとイースは仁王立ちのまま、語彙を激しくしながら叫んだ。そうでもしないと混乱の渦に巻き込まれてしまいそうだったからだ。

 一ヶ月の辛抱など、すぐに過ぎ去る。そう思っていたはずなのに、彼らは同じ部隊に所属している。剣の得意なミエルは第三部隊、魔法が得意なイースは第二部隊に配属されるだろうと誰もが思っていたのに、蓋をあけてみればどちらも精通する第一部隊になってしまった。学校を配属されたひよっこ達にしてみれば、異例の人事であったが、彼らがいかに優秀かを語る結果だった。

 なんにせよ、二人は並んで、ぴしりと直立し、団長の話をきいた。いつものことである。隣になにか物体はいるが気にしない、視線など送るはずもない。と思っていたのに、今はびりびり、そわそわしてくる。互いの体に近い半分が、熱くてたまらない。

(……惚れ薬って、こんなに強力なものか……?)

 頭の中に煮え湯をぶちまけられたような気分で、イースは目の前をくらくらさせた。あくまでも知識の中にあるものであって、経験では初めてだ。それに、薬学の天才であるグリュンが作ったものである。下手なものとは一線を画している可能性も否めない。グリュンはとにかく申し訳がなさそうにへたり込んでいたが、争うことに必死で周囲の確認を怠っていたイースとミエルにも非はあるので、責める気はないが。しかし。

 辛い。

 こんなに辛いものなのか、と混乱した。それはミエルも同じだ。団長の会話の傍らに、ちらりと見ると、彼女も熱っぽい瞳をしている。真っ青で氷のような瞳なのに、不思議なことだ。
 団長の話が終わり、訓練が始まると、すぐさま彼らの思考は吹き飛んだ。いや、吹き飛ばせた。訓練中に、男女の色恋など不要である。しかしそれがよくなかった。汗だくになりながら訓練が終了したときには、耐えきれない思いが襲ってきた。ミエルとイースは、睨みながら瞳を合わせた。

「おい…、ミエル」
「なによイース」
「そこだ。そこの木陰に行って、キスの一発でもしてくるぞ」
「望むところだわ……!!」

 ざしざしと立派に足音を立たせて、まるで決闘に赴くがごとく二人は歩いた。ちなみにミエルは処女であるが、イースとのキスを受け入れた。

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