精霊使いのギルド

はるわ

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学園編

始まりのお話

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  ユグナは、大変憤っていた。かつて家族と信じていた者達に裏切られたからだ。悲しみを胸に、だけど血を滾らせて、切り裂き、串刺し、時に殴打し、そして涙を流し続けた。
  ユグナ、この時弱冠6歳。通常なら春から初等教育を受けるという時、春を迎えず二月の半ば、ユグナは生まれ育った『家』を背負った。政府に反し悪事を働く裏ギルド、『アーサー一家』の看板を背負い、罪を背負い、そして――。
「……俺はっ!俺はユクレーン!裏ギルド『アーサー一家』の――」
世界一凶悪と言われた『アーサー一家』のギルドハウスには、英雄、アーサー王の銅像がある。台座の上で大きな剣を掲げ、その切っ先に百獣の王の獅子の首をぶら下げているのだ。
  既にユグナによって家屋諸共粉々に破壊されていたが、まるでかの英雄のように、ユグナはその左手にギルドマスターであったオーガード・アーサーの首を持ち、高らかに、天に捧げるように、宣言した。
「――裏ギルド『アーサー一家』の、新ギルドマスターだっ!」
――彼女は、多くの秘密を背負った。
  彼女はオーガード・アーサーの実の娘だった訳では無い。『アーサー一家』の理念が『ギルドメンバーは家族』であっただけで、彼女自身は孤児と教えられた。
  総員五十四名の大家族の末妹のユグナはそれはそれは氷のように無表情な少女だった。無きも笑いもせず、子供らしくない子供。だが確かに姉貴分や兄貴分、そしてオーガードやその妻メロナミアは皆愛情を持って接した。そしていつしかユグナも彼らを本当の家族と思うようになり、顔には出ずとも行動で気持ちを示そうと必死にアピールした。その懸命な様子から癒しの存在となった。
  ユグナは彼らが人を殺めているのは知っていた。ユグナも訓練は受けていた。ただ、それが正義だと教えられて。
「何かされたらやり返さなきゃあいけない。それは誰が相手でも同じさ。ユグナ、あんたもあんたが信じた道を行きなさいな。それが、あたしら『アーサー一家』の本望ってもんよ」
いつか、武道家の女がそう言った。
  ユグナは思い出す。やはり私は『アーサー一家』の一員のようだ。私が信じるのは、『家』ではなくなってしまったけれど。
  明日は学園に入学する。やっとだ。やっと、終止符を打てる。この平和ボケした醜い世界に。私は何年かけても成し遂げてやろう。
  深く椅子に沈み込んで、目を閉じる。記憶の扉を開け、ユグナは思い出の海に浸った。
  あの時、私がギルドを壊滅させた時、多くのマスメディアが押しかけ、警備隊よりも数が多い有様だった。私の宣言は多くの人間に知られ、姿を眩ませば似た容姿の少女を探し出そうとする挙句、見知らぬ人が私だと摘発され殺害までされたらしい。知ったことではないが……。
  何をするにもこの見た目は目立つ。
  一体あの擬似世界である学園をどうやって掻き回してやろう……ああいけない、まだ『家』にいた頃の癖が抜けないようだ。普通にしなければ、普通に……普通にってどうやるんだろう。
  まあいい。別に目的は他だ。世界の混乱は後でいい。擬似世界もだ。私が成すべき事はただ一つ。それまで、獲物は何も知らずにのうのうと生きていればいい。一思いに喉をかき切ってあげよう。それともじわじわと首を絞め殺すのが……。ああ、まただ。もうやめて昼食をとろう。パスタがいいな。ミスト駅前にいいパスタ屋が出来ているらしい。行く価値がある。
  パチっと目を開けたユグナは服装を簡単なものに変えて、血の漂う裏ギルドから出た。残党がここの幹部になっていると聞いたがガセネタであった。死体全てを検分したが見知った顔はない。まったく、骨折り損のくたびれもうけだ。こんなことならもっと有意義な……いや、ガセネタとわかっただけでも儲けものか……。
  「いらっしゃいませー。何名様でしょうか?」
「私だけです。カウンターでお願いします」
「かしこまりました。こちらへどうぞ」
席に着くとバーのようにグラス、ボトルが並ぶ棚をバックに、マスターとでもいうのか、流麗な男装美人がいた。執事のような服だが胸があるからそうなのだろう。髪は藍色で、後ろで束ねて無造作に落としてある。
「ご注文はお決まりですか?」
「ええ。綺麗な肌だわ、あなたを頂こうかしら」
「ご冗談を」
「いいえ、正式なお願いよ。そうねぇ、夜にまた来るわ。取り敢えずこの海鮮のパスタをお願いするわ」
「……かしこまりました。少々お待ちください」
この会話はただのお巫山戯ではない。彼女らは秘密裏に契約を交わしたのだ。その内容は夜に話し合うようだが、それについては今後の展開の為に黙っておこう。
  さあ、やっと物語は準備を整え、登場人物が現れるのを待つのみとなった。ナレーターは口を閉ざし、後は自由自在に動く彼女らに任せてみよう。きっと、観客達を楽しませてくれるだろうから。え?読者様?あはは、何を言うのです。この話を読もうとしているあなたも登場人物であることをお忘れなく。あなたの思い次第で、幾様にも捉えられるでしょうから。手始めに一つ、ある文を。
  家族を殺した少女は後に真実の愛を知るが、裏切られるでしょう。
  さあ、あなたはこれを悲劇と見るか、喜劇と見るか。報いと見るか、哀れと見るか。何度でも繰り返そう。すべて、あなた次第だ。
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