精霊使いのギルド

はるわ

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学園編

入学『グロ……かもしれない。断面描写はありません』

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  学園。学びの園でナクロはその日、入学式を迎えた。
  ただし、絶賛迷子の中で。
  「一体どういうことだろうか。この廊下は三度目のはず……」
ナクロ・ミッシェルハイズ。音痴、味音痴、方向音痴の三連打を持つ人物である。学園に来たのは初めてだが、それにしても事前配布のパンフレットの地図があるはずなのに迷うという強者だ。
  「そうだねぇ。僕も君を見たの三回目だよぉ?」
一人の男子生徒がナクロ手を振った。教室の窓から顔を覗かせた相手におずおずと振り返すナクロ。男子生徒は自らをレオンと名乗り、案内役を買ってでた。
「この学園広いもんねぇ~。ところで何科の生徒さんなのぉ?」
「魔術科ですが。そう言うレオンさんは?」
「あはは、レオって呼んでぇ?俺はね、武闘科なの~、意外ぃ?」
「まぁ、かなり」
「あははは」
たわいない話をしながら歩を進め、ナクロはこの学園について再確認していた。
  私立アトランティス学園。初等部から大学院までのカリキュラムを備えた、多くの、特別な人々を育成するための学園。その中身は多岐に分かれ、魔術科、武闘科、武器製造科などなどが存在し、将来が広がる学園である。初等部から中等部、さらに高等部、そして大学、大学院へ上がる際にはその学科の適性試験を受けて志望理由を話せば変更もきく。さすがに高等部にもなれば変えるような者は滅多にいないが。
  ちらりと右を歩くレオンに視線をやると、目を細めて至極楽しそうに、鼻歌まで歌って、講堂を目指していた。そこで入学式が執り行われていたのである。
  武闘科というのはありとあらゆる武道が体験でき、流派を選んで入ることが出来る。掟なども厳しく、無骨な武人が多い。なのにというのになぜかレオンの髪は少し跳ねたくせっ毛がパステルピンクである。武人のぶの字もない。少し覗く耳にはピアスがいくつもついており、一体彼はどんな武道を嗜むのか、ナクロには見当がつかなかった。もしかしたら騎士道か……いや、髪色よりピアスはどこでも門前払いじゃあないのか……。
  「はい、この道をずーっとまっすぐに行けば講堂に出るよぉ。流石に一本道は迷わないでしょぉ?」
「ありがとうございます」
「いいよいいよぉ、僕はせんせに見つかりたくない諸事情があるから~、ばーい、ね?」
「はい。ばーい、ですねレオさん」
諸事情は気になったがそこまで聞くほど深くない付き合いだろうから、軽く流したナクロ。手を振りつつ彼の背中を見送り、彼とは手を振って出会い、手を振って別れたなと考えた。
「さて。別に俺は講堂を目指していたわけではなかったんだが……」
一人手を顎にやって思案する。美男がやるだけ様になっていた。
  美男と言えばレオンも整った顔立ちだった。甘え上手な世渡り上手とでもいうのか、どこか人に奉仕させるような気持ちにさせる。それに比べ彼よりも幾分か背の低いナクロは中性的。女物を着れば女に見えてしまうような綺麗な顔立ちである。
  さてさて話を戻そう。
  「確か……1―A。……現在地がわからなければこれはゴミだな」
近くのゴミ箱に案内図を捨ててナクロは教室を目指した。また誰かに会えたら送ってくれるだろう、それまで散歩だ。と、他人任せな作戦で向かうようだ。
  しかしそれもすぐに止めなければならなくなる。
  けたたましいサイレンが鳴り響いたかと思うと、ナクロはこの学園を包む空間魔法が揺らいだのを感じた。まるで結晶が割るような響きを持って、その一部が破壊されゆくのも。
  おかしい。この学園は理事長がかなりの実力者でその人の魔術で守られているはず……。
  「そこのボウズ、ちいと顔貸してもらおうか」
声がした。
  後ろを振り向くと見知らぬ男が立って……いや、男ではない。そこには生物学上は雄というだけの、魔族が立っていた。
  魔族とはそのまま、魔の族。漆黒に身を包み闇の中を駆け他種族を屠る、戦闘に特化した種族。普通は太刀打ちできないのだ。まだ訓練も受けてないようなナクロには。入学したてホヤホヤ新入生のナクロには。
「へぇ。いいものを見つけたな。俺をどうしたいんだ?」
「大人しくついてくりゃあ、がっ……!?」
  殴打、掌打、かかと落とし、蹴り上げ、肘打ち、回し蹴り。そしてトドメにと頭を踏みつぶす。
  新入生のその未熟さを狙ってやってきただろう魔族は相手が悪かったと言わざるを得ない。もちろん、他の生徒相手ならば容易く攫えただろう。実際に彼以外の魔族は何人かを小脇に抱えて既に去っていた。ナクロに会った魔族は残念ながら戻る事はできなかったのだが、
「ここが魔族の巣窟ギルド……いい資料があればな」
代わりと言ってはなんだが、ナクロがその元にに向かっていた。
  穴蔵のような物が山の中腹にあり、どうもそれが入口の一つらしかった。なぜ知っているかは、『拷問したから』と答えるしかないのだがその詳細は省こう。作者だって好き好んで流血表現をする訳では無い。
  ナクロが形容するより素早く魔族を屠ったその後、学園では生徒会が魔族の死体を取り囲んでいた。
「会長、これは一体どういうことでしょうカ?」
猫耳の獣人、生徒書記。
「どうもこうも、この残骸を見ればわかるだろう。魔族が侵入し、何者かが撃退した。その誰かは既にこの場を離れている。ということだろう」
鋭い目つきの生徒会長。
「……殺傷痕照合結果、素手っすね……登録していないので一年生、しかも外部編入生っすよ……あはっ、超鮮やかっす」
ふざけた口調の会計。
「なかなか骨のあるヤツだな、手合わせ願いてぇ」
戦闘狂として知られる副会長。
  他の生徒は彼らを畏怖と尊敬を込めて呼ぶ。『四聖』と。
  はてさて話を戻してナクロの現状を見てみよう。
「さーくーらー、さーくーらー、いーまーさーきーほーこーるぅー」
呑気に、だが調子っ外れに歌っているが、その動作は尽く魔族を潰しゆく非道そのもの。一歩踏み出せば、右手で心臓を鷲掴みにして抜き出す。もう一歩踏み出せば、左手で頭を握りつぶす。さらに一歩踏み出せば、右足で顎を蹴り上げ、最後にと一歩踏み出せば、左足の回し蹴りで首を撥ね飛ばす。
  彼の前には魑魅魍魎の道。彼の後には血濡れ道。どちらが本当の地獄絵図であろうか。
「ああこれは別れの歌だ、思い出した」
「うがあああっ!」
「確か他に……四月の景気いい歌なんてあったか?」
「がああっ!はな、せっ!」
「……思いつかないな。諦めよう」
入学式だったはずの今日が魔族掃除になったため、なんとかそれらしさを出したかったのだが……どうもうまくいかないな。そもそも歌なんてしばらく忘れていた。さっきのフレーズもそこしか覚えていない。
  ふと、あるメロディが浮かぶ。それは数年前の思い出で、鮮やかに蘇る。これは言霊歌げんれいか、魔術が込められた唄だがまあいい。
「春の微睡みにつられて眠る羊たちよ」
瞳を閉じればいつだって笑顔が浮かぶ。
「春の温もりに包まれ眠る羊たちよ」
この唄は吟遊詩人だった人が教えてくれた唄。
「いつか還る日夢見て今はただ深く眠れ」
辺り一帯が桃色のベールを帯びて輝く。魔力の流れだ。それら全てがナクロに注がれる。言霊歌『鎮魂歌レクイエム』。周囲の人、物の魔力を奪って自分のモノにする言霊歌だ。
「真に神なる吾に力を与えるが為に」
やがてその煌々とした光も消えようという時、ナクロは大きな気配を感じた。体が大きいのではない。それは、禍々しい気配だった。
「これはこれは。お初にお目にかかります、ルシファー様」
「……人間、貴様何者だ」
真っ黒の髪に同じく黒の目。武官のようにローブを纏い、闇のオーラを放出する魔族。それはこの世界の裏側、魔界の王に従う幹部。しかもその第一席、ルシファーであった。ほとんど多くの人間はその姿を前にして、瞠目して気絶するという。
  だが、この小僧はどうだ。
  ルシファーは自分のいつもと違うところはないかと探してみるが、威圧の出し方、表情、喋り方、何一つ変わらない。なのに、恐れる様子もなく平然と立ち振る舞う。先の戦闘で周りの魔力を吸収したようだが、ここのは瘴気が含まれるため普通の人間には毒のはず。
「ただの学園の新入生です」
「そうか、貴様は普通ではないのだな」
「いえ、ただの、新入生です」
「なるほど、だとしたら奴等ごときがねじ伏せられたのも肯ける」
「だから一般生徒です」
「そうかそうか、して貴様はどこかのギルドに所属しているのか?」
「ああもういいです。一応はしてますが」
諦めたナクロはもうどうにでもなれというように質問に答えたが、そこで失敗に気づく。
  ギルド、とは。複数人で契約を交わし仕事を受注したり繁盛する会社のようなものだ。戦闘ギルド、建設ギルド、魔具ギルドなども存在する。逆に暗殺、殺人道具売買、高利貸しなどを生業とするギルドは裏ギルドと呼ばれる。
「ほう。貴様のような強者がいるギルドは既に調べあげてある。その上で聞くぞ。貴様はどこのギルドに所属している」
それまでは隠していたのか、途端にルシファーの魔力量が膨れ上がった。並の人間は気絶するどころではない。足掻き苦しみ、もがき死ぬ……よりも酷い苦痛を味わうだろう。だがそれでも新入生という男はまったく動じなかった。
  まずいことになった、とナクロは感じた。いや、ギルドを言うこともそうだがそれよりも、本当にまずいことだ。もう夕刻になっている。昼前に学園に向かったため、ナクロは食事を取り損ねたのだ。高々それぐらいで、目の前にあのルシファーがいるのに、なんて言われそうなものだがナクロは三大欲求の中でも食事の重要性に重きをおく。死活問題になる。文字通り、死につながる問題だ。
  さて、どうするか。
  なんて言葉だけのセリフを呟く。どうするかなど、ハナから決まっているようなものだ。ナクロは食べればいい。摂取すればいい。目の前のご馳走を。魔力の塊を。ルシファーという名の魔族を。
  ナクロは貪欲だ。普段は感情の起伏があまり見られないが、食事となると話は変わる。周りが許せばいくらでも食べ尽くす。それが叶わないのが最近の状況だが今は絶好の機会だ。
「貴様、聞いているのか?」
「すみません、俺限界なんで。頂きます」
ナクロはいつだって自分本位だ。人の気持ちなど考える暇はない。地を蹴って魔術で瞬発力を高めて、そのままの勢いで噛みちぎる。
「グッ!あっ……」
「はむっ……んぐ」
もぐ、もぐ。まさにそんな音を立てて、頬をいっぱいにして、ナクロはルシファーの左手を食らっていた。
  正確には肉体に宿る魔力を食べているのだが、肉も食べている。手を血が垂れ、腕を伝って制服も真っ赤に濡らす。
  ああ、これだ、この味だ。鉄臭いこの甘美な味ほど俺を喜ばせるものはない。
  『鎮魂歌』のように魔力を摂取できれば本来はそれでいい。それでもナクロが肉を味わうのは文字通り血に飢えているからだ。生き血を欲し、啜り、舐め取るのはそれが好きで好きでたまらないからだ。夢中で貪り続けるナクロは、嬉々として目を輝かせていた。
「ご馳走様でした。ルシファーさん、それでは契約しましょう」
カランカランと骨をそこらに放り、ナクロは未だ蹲るルシファーに向き合う。ナクロの藍色の髪、白い肌が異様におぞましく感じたルシファーは存在する右手を地について、漆黒の瞳で見上げ、ナクロに命ぜられるまま、藍色の目に見つめられてその言葉を口にした。
「俺の言葉を繰り返して下さい。血肉を分け与えし汝が為に我は契る」
「血肉を分け与えし、汝が為に、我は、契る……」
「よく出来ました」
ふわりと微笑んだナクロに一瞬ルシファーは痛みを忘れた。
「これで、ルシファーさんは俺のです。呼んだら、逃げずに俺に捧げて下さいね」
その笑みの奥に見た狂気に背筋が凍る。
  あ、れ、ヒトって、魔族を食べる……っけ?待て、それ以前に、生肉……え?待てよ、相手は、高校生、それも新入生で、俺の記憶にないから外部編入生で、それで、絶対に、弱い、はずで。ギルドに入ってたとしても、俺に勝てるはずなくて。
「俺が呼ぶまで、精神世界で待っててください。外に出てきたらダメですから。あなたは俺だけの餌です。他の人になんかくれてやりません」
俺が、雰囲気に飲み込まれる、なんて。魔界の幹部第一席、宰相の俺が、契約を交わされる、なんて。
「もうお休みになってください。今は訳が分からなくとも、次第に飲み込めます」
俺が負ける。そんなこと、あってはならないことのはずで。
「ルシファーさん、また今度」
だけど俺は、今ならこいつの力量を正しく測れると思う。俺なんかより数倍強いだろう。そしてギルドも今では予想がつく。こんな、肉を喰らうなんて所業はあそこしか思いつかない。
  瞼が落ちる中、俺はかつての契約者だった友人を浮かべた。それと似ても似つかない、最新の契約者が重なる。顔は違うが口元を血に濡らして妖艶に微笑む様は瓜二つだ。今度は、呆気なく殺されたりするな。お前は、今度こそ俺を喰らい、生き長らえる。
  大丈夫だ。お前は報われている。
  安心して眠れ、深く、深く、深淵の底まで。
  俺もお前と共に沈んでやろう。
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