精霊使いのギルド

はるわ

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学園編

教室と睡眠と魔力

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  春。それは麗らかな日差しの差す、陽気に包まれた季節。花花が咲き誇り、蝶が飛び交い、木漏れ日の下に雀が仲睦まじく並ぶ風景の季節。
  四月。それは春の月。
「なんでそんな支度が遅いんだよ!?」
「仕方ないじゃないか!君みたいな髪と違って僕の場合すっごく跳ねるんだから!」
「そこじゃない!それはよしとしてもどうして次の日の準備を前日にしないかって聞いてんだ!」
両隣からの大声を耳を塞いでやり過ごす、そんな登校風景は望んでいない。春ではない。
  ナクロは教室に初めて行くというその日の朝、ナクロが支度する音に釣られて起きてきたルームメイト達は一緒に行くと言い出したのだ。曰く、建前はクラスに慣れてないミッシェルハイズ君を馴染めるようにサポートしてあげる、だが、単に興味本位らしい。その証拠にニヤケを隠せていない。
  あの後現実に戻ってくると夜が明けていた。向こうは時間が遅く進む。おかげで寝てないが一ヶ月くらいなら気を引き締めて起き続けられる。まあ、そんなことはしたことないから大体の予想だ。とにかく軽く寝不足の脳を抱えてこの言い合いを聞くのは本当に疲れる。
「……いい加減にして。もう着く」
  俺の顔が珍しいのか、近くの生徒はジロジロと視線を寄越す。うざったいそれが熱意を持って皮膚を突き刺す。一部魔術組み込ませてやがる。倍返ししてやろうか、なんて黒いことを考える。考えるだけに収まらず、結局その相手には自分の教室に向かうよう仕向けた。何、軽く『お願い』をして、頭の中を少しいじるだけだ。
  俺の声が届いてなかったのか二人は全然口を閉じない。もう放って置いて、俺は教室に入った。
  最初は誰も気にせずに雑談していたが、一人が俺に気づくと口を閉ざす。それが伝染していき、俺が窓際の日当たりのいい最後尾にうつ伏せになった頃には誰も喋っていなかった。
「やっほー!おはようみんな!」
「おはよう」
空気読めよ。
  俺の安眠タイムを邪魔したルームメイトの二人はさも当然という風に俺の前と横に陣取った。本当にその席なのか、机の中に教材を詰めている。その間口論は止まらない。今更だが俺の席ってここでいいんだろうか。よくなくても奪ってやるが。
「ほらーお前ら黙って席に戻れー……って、やけに静かだな」
誰も彼も俺の睡眠妨害したいんだな、なるほど。寝てやる。
「あ、おい、ミッシェルハイズ!寝んな!今日は特に重要な伝達事項があんだよ!」
結局俺はその『重要な伝達事項』とやらを聞くことはなかった。また『お願い』をして周りの音をシャットアウトしたからだ。傍から見れば熟睡したようだろう。俺を知る三人が呆れたような目を向けたが、そんなことはどうでもいい。ただ、今からのことを考えれば憂鬱だ。
  時は過ぎて午後。どうやら俺は昼休み含め丸々午前を無駄にしたということだ。
「もう!ナクロ、流石に寝すぎだよ?グレハラン先生も怒ってたよ?」
「『来た意味がねぇ!』……ってな」
ウラクが怒り、フィシーが呆れる。この三人で次の移動教室に向けて歩いていたところだった。多目棟で何か大事なことをやるらしい。朝の担任が言ってたやつかもしれない。体育館のようなところで、よく演習に使われる。そこに行くためにはグラウンドか武闘科校舎を経由して行くが、外履きに履き替えるのが面倒くさいそうなので、仲良く横並びで武闘科校舎を歩いていた。
  座学があまりない武闘科は廊下が少し広い。横並びでも余裕で人とすれ違える。ただ、休み時間は人の往来も多いので小さくなったらどうかと口にしかけた時、声が聞こえた。
「ねえキミ達、ちょっと考えて動きなヨ?邪魔ってわかんないノ?魔術科って、魔法使えたって頭足りてないんじゃ意味無いネ」
灰茶の耳が上に向かって立っている。動物のような黒目が大きい目を向けて、その女子はニコリと笑った。
  側で突っかかりそうなフィシーの袖を引いて、俺は前に出る。
「ええ、確かにそうでしたね。今後気をつけます」
  眉根にシワを寄せ、ふん、と少女は嘲たようにこちらを見た。嘲る、ように。それでも、憐れみも含めて。よく顔を変え、声を変え、とても感情が豊かな器用な人だと思う。
「言われたことには従うのネ。おりこうさん、将来は国の犬に成り下がるノ?僕は絶対にヤだけど、君にならなれるヨ、お人形」
「冗談を。俺はともかく優秀な人は自分の将来を自分で決められるものです。それに、風潮に流されるような人には魔術なんて高度なもの使えませんよ。急いでるんで、これで」
ウラクの背中も押して、少女を避けて進む。フィシーは堪えてたが、売られた喧嘩は絶対に買う、というかからかわれるよりからかう方が好きなウラクまで黙っているのは珍しい。と二人の顔を覗けば、フィシーは怒りを顕に、ウラクは顔を真っ青に、実に対称的だった。
「ど、どうしよう……」
「あんなのがいるなんて一体どういうことだ!」
  あの少女が何なのかはわからないが、言った事は世間で言われていることだ。魔術師は卒業すれば国家魔術隊に配属されて死ぬか魔術が使えなくなるまで戦場に駆り出されるのがほとんど。一部はギルドに流れて長生きすることもあるがそこでも命の危険があるため、魔術師の平均寿命は30歳と言われる。今や警察はほとんど警備程度で、魔術師が活躍するのだ。
  だが、俺は大抵生きるか死ぬかだ。こいつらも、生きていれば運がいい。死ねば残念だなと、そうとしか言えない。
  なのに。なのになぜ、ここまで憤るのか、フィシー。拳を震わせ、唇を噛み締め、眉をきつく寄せて床の一点を睨みつける。共に暮らせば、そのワケも見えてくるのか。
  それとも、それより先に俺が――
「お、来たな、ひきこもりと四六時中喧嘩コンビ」
陽気な声が遮断した。
  担任だった。どうやら既に多目棟に到着したらしい。周りにもクラスメイトが多くいて、授業開始もすぐなのだろう。中央には大きな水晶のような玉があり、機械と繋がっている。三メートルが直径か?それより大きいかもしれない。
「それじゃ、これより魔力測定を行う!出席番号順に並び直して、整列して俺の前に集合!」
魔力測定……。全力を出せばアイツに捕まるだろうから、セーブして……。
  俺はアイツを恐れているのか?いや、それはない。ただ面倒なだけだ。そう、それだけだ。それだけなのだから。
  繰り返し、繰り返し、言い聞かせる。
  見つかるな。隠れ、逃れ、あっと言わすような大舞台を用意しろ。否応なしに引っ張りあげて、二人だけのステージで打ち負かせる。それが、一番だ。
  一番、アイツを痛めつけるやり方――
『緩い。緩いよ、そんなのじゃ。俺のこと殺す気あんの?ないなら回れ後ろして帰ってネンネしな。ガキは俺には適わねぇよ』
――そんなもの必要なかったな。
  何度も聞いた、宣戦布告の言葉。口争いでは負け続きな俺を滾らせた、魔法の言葉。アイツは同年代の中でも特に口が達者だった。よく大人達が泣かされていた。そんな思い出も、深く深くにしまい込んで、旧友との邂逅を喜ぶ心も押さえ込んで。ただ、闘争心だけを剥き出しに、ぶつかる。
  アイツはどうせ、俺がどうやって策を巡らそうがひらりと交わして絶対に捕まらない霞なんだ。なら真っ向からぶつかっても、先に退路を潰しても、変わらない。決着は早い方がいいんだ。全力でやってやろう。俺がここに来た時点で、舞台なんて登場してるも同然だ。
  そうだろ、ユグナ。気取って『俺』なんか使ってるお前が本当は女だなんてもう既に、俺くらいしか知らないんだ。俺もお前も同じ精霊魔法を使うなんて、俺らくらいしか知らないんだ。お前は潰した側だったけど、俺らが『アーサー一家』の最後の生き残りの二人だなんて、俺らくらいしか知らないんだ。
  おそらく俺の魔力を知れば潰しに来る。そしてそれを俺が返り討ちにする。最高のフィナーレだ。別に『家』に未練なんてものはないけど、ずっとやり合って来て、どちらが勝ち越してるとかおあいこだとか覚えてもないけれど、喧嘩し続けて、終止符は、きっと派手に。
「次、ミッシェルハイズ!」
きっと、きっと、派手に始まって、派手に終わる、そんな大喧嘩なんだ。
  笑うのは、俺だ。
  久方ぶりに、表の世界で俺の顔に笑みが宿る。口角が上がり、目も愉快そうに細めた。
  残党狩りしてたんだろ?俺で終わるんだ。来いよ。捻り潰してやる。
「魔力をありったけ流し込め。三、二、一……」
  折角の機会なんだ。楽しみながら待つことにしよう。
  ナクロの周りを眩い光が包んで、ガラスが砕けるような音を立てて、水晶玉が粉砕した。
  そのシャワーの中で、口に入った欠片で口内を切って、血を飲む。また来るかな。来るな。あの燃え盛る赤髪が。
  それでもいい。
「ミッシェルハイズ……測定、不能……」
  ユグナを相手にするにはたくさんの血を流さないと。俺に限らず、ルシファーも、周りの人間も、流さないと。全部貪るくらいじゃないとユグナには勝てない。誇張表現なしに、俺は皆の血肉を元にした支えがないと勝てないのだ。
「予測値……」
  さあ、そのために信頼の基盤を作ろう。まずは、俺が尊敬されるように。今までの無気力のままなら誰もついてこないだろうから、更に積極的に動こうじゃないか。
「……20000越えは、確定……」
担任の声に覇気がない。そうだ、教師さえも凌駕して、この学園の上に立とう。その頃にはユグナも準備はできている。
  一拍遅れて歓声が上がる。遠くでフィシーもウラクも頬を赤くして叫ぶ。
「すっげー!ナクロ、やるなっ!」
「20000越えなんて会長よりも上じゃねぇか!ナクロ、実質一番だよっ!」
思ったよりも道は易しいかもしれない。
「当たり前だろ。俺はトップに立つ」
俺は今不敵に笑えているだろうか。水晶玉壊して、何か咎められるだろうか。相手が相手だけに下手に出られるか、無視されるか。
  笑えてくる。どうして今までユグナが俺に手を出してこなかったのか、想像がつく。どうせあっちも温めていたのだろう。この激戦を二人の再会とみなして大事にとっておいていたのだろう。ユグナの女らしい片鱗だ。
  でもな、悪い。俺が先に壊しちまった。
  タイミングよく終業のベルが鳴る。
  歩いて、欠片を踏みつけてパキパキと音を奏でながら二人に近づく。
「帰るか」
「ああ!」
「うん!」
興奮冷めやらぬまま、寮についても質問攻めだろうから、速攻寝よう。
  友情なんて、いらない。愛情はなおさら。




表面上のお付き合い、よろしくお願いします、ウラク、フィシー。





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