精霊使いのギルド

はるわ

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学園編

ルームメイトとあっちの世界

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  ナクロが寮の部屋で、メリカの大声でやられた耳を抑えてしかめっ面をしていたその時、玄関が開く音がした。
「ただいまー」
「今日で基礎座学終わりだろ?」
だが耳を抑えていたせいでナクロは気づいていない。リビングの備え付けのソファで座っていた。
  この部屋の共同のリビングは玄関を背にするようにソファが設置されており、ナクロの目には二人が入らなかった。だが二人にはナクロが視界にいる。
  茶髪の男はナクロの右に座って自身の目を塞ぎ、金髪碧眼の男はナクロの左に座り、同様に口を塞いだ。
  そしてしばしの沈黙が場を包む。
「……何してる?」
それをナクロが破った。
「何って……見ざる?」
と茶髪。
「聞かざる」
合わせるナクロ。
「………………言わざる……ってこれなんだよ!?」
逆ギレの金髪。
「もう!勝手に怒らないでよ!」
「そっちが提案したんじゃないか!むしろなんでこれでこいつと仲良く出来ると思ったんだよ!?」
「だってこれまさにも『見ざる・聞かざる・言わざる』のサルじゃん!あれ、『見ざる・言わざる・聞かざる』?」
「心っ底、どうでもいい!」
  ナクロを挟んで言い争いを始めた二人に対して、ナクロはまた耳が痛くなると、塞いだまま数分やり過ごすことにした。魔術で治せないことは無いが、自然治癒力を高めるためにもこれくらいなら放置だ。メリカに蹴られた頬はちょっと細工したが。レオンハルト、入学式の日はレオンと名乗ったが、とにかくそのピンクが別の校舎から見ていたため、メリカには悪いが相手してもらった。
「だいたい頭が悪いんじゃない?テストが出来ても柔軟さがなきゃ意味無いんだよ?」
「基礎ができない奴に柔軟さも何も無いだろ!」
「そうやってすぐ怒鳴るのがお堅いんですぅ」
「うがぁあ!もう我慢できるか!」
  昼に教師に怒鳴られ。昼過ぎに昔からの知り合いに怒鳴られ。夕方はルームメイトの口論に巻き込まれる。今日一日でナクロの耳はフル稼働だった。機械ならオーバーヒート寸前だ。穏やかに書物を眺めた午前中が、遠く過去のように感じる。ああそういや担任が来た時、本を借りずにそのまま図書室のテーブルに置いてきたな。明日取りに行……しまった、担任に明日は行くと言ってしまった。すっぽかせば今度こそ問答無用で連れ去られるだろう。寮室にまで来るかもしれない。
「はぁ……」
  ため息の数も多かった気がする。
「そこまで言うならこの『幽霊』と仲良くなる方法言ってみなよ!どうせ無理じゃんか!」
「……それはお前もだろが」
「そうだけどっ!……そうだけどさぁ!」
「それに、友情とはいつの間にか芽生えるもの……って本にあったぞ」
「その発言が友達少ないって言ってるようなもんだよ?」
「うるさいお世話だ!……少ないけどなっ!」
「ほら、コミュ症は引っ込んでて、僕に任せてよ!まだ僕の方が希望はあるし!」
この不毛な言い争いも聞き飽きたのでそろそろ腰を上げようかと思ったところで、金髪の口を塞いだ茶髪が話しかけてきた。その口が開くのを見て、手を耳から離す。
「えっと、ミッシェルハイズ……君?」
「……何」
ルームメイト=同級生。敬語は不要……とメリカが言っていた。
  どうも正面から見ると茶髪はそばかすがあって愛嬌がある顔をしている。言い争いの様子からだと性格は少し不遜な態度らしいが。
「はじめまして。僕はウラク・ロゴハス。君のルームメイトでクラスメイトだよ。よろしく」
「ナクロ・ミッシェルハイズだ」
「ナーくんって呼んでいい?」
「……構わない」
ナーくん、ナーくん。初めて呼ばれたがどうも耳慣れない、ほんわかした雰囲気を持つあだ名だ。
  すると、今度は自分ではない手が頭を抑え、ぐるりと方向転換をさせられた。約180°。首のどこかが軽快な音を鳴らしたのはこの際無視しよう。
「俺はフィシバル・テオリア。仲がいい奴はフィシーと呼ぶ。俺もクラスメイトだ。よろしくな、ナクロ」
「よろしく、フィシー」
「待って!僕ナーくんによろしくって言われてないっ」
ウラクに正位置に首を戻され、満面の笑みで待ち構えられる。
「よろしく、ウラク」
「うん!よろしくね!」
かくしてナクロはやっとルームメイトと対面できたのだった。
  ウラクは割とどこにでもいるような見た目だが、フィシバルは貴族のようだからいいとこの出なのかもしれないな。性格は少し荒っぽくて高貴な雰囲気はない。二人とも普通の人で助かった。傲慢だったりしたら部屋から出ることは無かっただろう。
  ナクロは人付き合いが得意ではない。口は禍の元と言うし、極力喋るのは避けたい。表情も乏しい。多くの人間が「つまらない」と言う。だけど、折角のルームメイト。短くても一年はずっと一緒にいるのだ。少し、努力してみようじゃないか。
「それじゃあ一緒に晩御飯作ろうよ!」
「俺は食べない」
「えっ!?」
「少食なんだ」
「ええっ!?」
「た、食べないと、お腹空くぞ!?」
「おやすみ」
「「えええっ!?」」
『おやすみ』を言っただけでもナクロは仲良くしているつもりなのかもしれない。
  唖然とする二人を置いてナクロは自室に入った。その時少し覗いた部屋に、フィシバルは目を見開く。あまりにも、綺麗だ。数日も過ごせば多少散らかるか、いくら几帳面と言えど物が置かれているはず。なのに、引越し直後の部屋のように何も無い。何も無さ過ぎて人が住んでいないように感じる。
「もうっ。まだ五時だから『おやすみ』は早いよナクロ!……そういえばここらへんずっと冷蔵庫の中身、僕らが使った以外は減ってなかったよね?」
「……」
ぷりぷりと怒るウラクは、あの部屋について特に気にも止めなかったのか。
「フィシー?」
「あ、ああ、そうだな」
「聞いてなかったでしょ!?もういいよ……。でもさ、ナクロ細いし、ちゃんと食べてるのかなぁ?」
今度も返事をしなかったがそれは求めてなかったようで、ウラクはしばらく心配そうにナクロの部屋の扉を見つめていた。フィシバルも食べないのは少食どころか絶食だろうと思う。
  二人はやがて調理に取り掛かる。どうやらメニューは魚のフライと簡単なサラダのようだった。ウラクがドアの隙間から香りが届くように色々画策してナクロを誘い出そうとしていたが、それも結局失敗して、冷蔵庫に仕舞うこととなる。
  ナクロは別に食べられない訳では無い。好みに合わないだけで。それに、部屋が片付いていて、何も無いのにも理由がある。何も必要ないからだ。
  ナクロは小高い丘に寝そべるルシファーに近づいていった。寮室で裸足だったから、ここでも裸足で、チクチクと草が心地いい。一本の大きな木の根元で、頭をはみ出した根に乗せて、ルシファーは目をつぶっていた。パステルカラーの風景にまっ黒がごろりと転がって、長閑な雰囲気だ。
「ルシファーさん、来ましたよ」
「来ましたも何も無いだろう。毎日来る癖に」
片目を開けてルシファーは眉根にシワを寄せた。嫌そうな顔だ。
「ここは時間の流れ方が違うでしょう?」
「俺からすれば大して変わらん」
「そうですか」
「そもそもこんな場所に俺がいること自体がおかしいだろう?」
その言葉に、ナクロはあたりを見回してみた。川が流れ、その近くの河原で羽の生えた、耳の尖った精霊たちが水の掛け合いで楽しそうに遊んでいる。空を見上げると追いかけっこのように、速く飛んで、緩やかに飛んで、こちらも楽しんでいる。少し離れた花畑では女の子のような精霊が花冠を作っていて、本当に天使のようだ。
  確かに、こんな場所に魔族のルシファーがいることはおかしい……のだろうか。いや、ここはナクロの精神世界と精霊界が混ざっているようなところだからルシファーがいても理論上おかしくはない……のか?
「別にどちらでもいいがな。ナクロ、貴様の精神世界は随分とメルヘンだな」
「これは精霊たちが過ごしやすいように精霊界を真似てるんです。お望みならルシファーさんのために魔界仕様にもしますよ?」
にこりと笑ったナクロの後ろで、精霊たちが必死に首を横に振っているのを見て、ルシファーはその魔界仕様を諦めた。
「いや、いい。それより、貴様はよく笑うな」
ルシファーは話題を変えたつもりだったのだが、どうやら自身を危機に陥れることとなる。
「普段は違うんですけど。ルシファーさんの前だとどうしても……。美味しそうに見えて」
丘を下るようにしてルシファーは逃げ出した。
  来た。あいつの食欲がやって来た。殺られる。食われる!
「殺すわけないじゃないですか。食べますけど」
「心を読むな!」
「俺の世界ですし」
全速力で駆け出して、だがあちらこちらから植物が絡まって来るので一向に進めない。足に蔦が巻きついて、必死にそれを剥がそうと苦戦する。これも奴の仕業か。
「違いますよ。精霊が手伝ってくれるんです」
「だから心を読むなっ!」
  ルシファーはやっと抜け出せたがホッとしたのも束の間、いつの間にか戻って来た丘の上の大きな木が行く手を塞いだ。そのまま木が四方を囲み、新緑の籠に捕らえられたような錯覚に陥る。その枝の向こうから何人か精霊たちが申し訳なさそうにこちらを見ている。
  そう思うなら助けて欲しいんだがな!
「ダメですよ、逃げちゃ。言ったじゃないですか」
「がぁっ!」
後ろから左の首元にナクロが噛み付いた。焼けるような痛みが広がり、少しずつナクロの歯が埋もれる。犬歯が深く突き刺さって、青黒く、痛々しい噛み痕をつけてからやっと、ナクロは口を離した。
「ほら、じっとしてて……」
ドクドクと流れ落ちる真っ赤なソレを綺麗に舐め取り、そのまま傷に口づけて吸い取るように飲んでゆく。
  ぞわりと背筋を悪寒が駆け抜け、身を捩って逃げようとするがナクロが強く押さえつけるので逃げられない。
「離せっ!はなっ……うぐぁあっ!」
それでも抵抗するルシファーに今度は左肩に噛み付いた。今度はもっと強く。そしてそのまま、歯型に食いちぎる。
「うあああ!」
あまりの激痛に立っておられず、ルシファーは膝をついて横に臥した。右手で食べられたところより少し離れたところを強く握って、痛みをこらえる。
  どうして、こんなことになってしまったんだ?
  赤い血が地面を濡らし、波紋を広げる。丘の勾配に沿って流れ出る。ナクロは、それはそれは、極上の笑顔でそれを眺めた。紅を差したようなその口で、言葉を紡ぐ。
「安らぎを」
淡いピンクのベールがルシファーを包んで、特に肩口に注がれる。すると抉られたそこが再生して、まるで何もなかったかのように元通りになった。首の痕もすべて消える。だが、痛みだけはなくなってくれない。心音に合わせて患部だったところが脈打ち、いまだにじんわりと主張を続ける。
  こいつ絶対にサディストだ。絶対そうだ。そうに違いない。
  涙目でナクロを睨むが、こちらを見て微笑んだまま微動だにしない。
  出られないここに軟禁されて、追いかけられて、食べられて、治されて、精神がやられそうな状態すべてがナクロによって与えられるもの。自分がこの妖艶で美麗な少年に『飼われている』ことを強く実感する。
  どうして、こんなことになってしまったんだ?
  何度繰り返しても答えは出ない。
「ごちそうさまでした。今日も美味しかったです」
  血が少なくなるせいか、どうしてもナクロの食事に付き合った後は眠くなる。今回も薄れゆく景色にナクロがぼやける。また後ろの方で精霊たちが不安そうにしているが、もうどうでもよくなってきた。疲れたんだ、眠りたい……。
  ルシファーが眠りに落ちた時、後ろから精霊が話しかける。木々も元通りになり、唯一変わったのはルシファーの周りの血だけだ。
「ナクロ、ナクロ。どうして全部食べちゃわないの?」
「再生してもらうからだ」
ナクロはそれに答えるが、この『餌』である魔族を割と気に入ってるというのも理由の一つと考えた。……言わないが。
  そういえば。と思い出す。ルシファーが意識を失う前に思っていたことだ。
「サディストなんて心外だな」
その言葉に、自覚なかったのかと精霊たちが怯えた。ナクロもそれを感じてみんなしてそう思っていたのかと少しへそを曲げたのだった。
  ただ血に対して貪欲なだけだ。痛みを残したのは大人しく食べられてくれればいいと思ってだ。抵抗しない方がルシファーにとっても痛くないはず。
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