異端魔法の加護

Rin.

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第一章「妄念の妖精」

02.七々瀬家の大博打

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 艶やかな声からはっきりとした言葉を聞いた睦月は、自分の耳を疑っていた。目の前の謎の人物が、自分の仕える家の専属魔法使いの名を突然呼んだからである。無論、その家の家族の一員である専属魔法使いの名が無関係の者に知れていることは殊更珍しいことではない。しかし、この七々瀬家のそれである海星空翔においてだけは例外であった。その特異な魔法の性質によりこの世では『異端』として扱われる彼の存在は、七々瀬家の中だけで留めておかねば危険だったので、一切その名を外に漏らすことなどなかったからである。
 しかしその名を呼ぶ人間が、確かにそこにいる。ここで空翔がいることを認めてしまうのは危険だと判断した睦月は、静かに言葉を返した。

「海星空翔...?当家にそのような名の方はいらしませんが...」

 咄嗟の嘘に、来訪者は一瞬戸惑ったような態度を見せる。それを見逃さなかった睦月は、自分の判断が正しかったことを確信し一つ安堵の息をつこうとした。しかし、一瞬目を離したその隙に、来訪者の態度は全く違うものになっていた。笑っていたのだ。声を出した訳では無いが口角が釣り上がり、不気味な笑顔がはっきりと貼り付けられていた。そしてその口角を下げぬまま、来訪者は口を開く。

「嘘つかなくていいのよ?私は全部分かってるんだから...それでも隠し通そうとするなんて、カワイイ従者ね...」

 恍惚の表情を浮かべ呟くその女性。その表情を崩すことなく彼女は続ける。

「時間を取らせたわね、ごめんなさい。次は空翔クンに会わせていただこうかしら...それでは、またの機会に会いましょう...フフッ」

 別れの言葉を告げ、これでこの不思議なやり取りが終わると感じた睦月は一息つく。しかしその相手の足は何故か七々瀬家の正門の反対―――睦月の方に向いていた。そして彼女は目にも止まらぬ速さで睦月に近寄り、そっと耳元に囁くのだった。


「期待の異端魔法使いクンをよろしくね、――――ナ」


 睦月の背筋が凍った。何故空翔が異端魔法使いであることを知っているのか。その疑問が睦月の脳内をひたすら駆け巡る。何故この家の者しか知らない秘密を知っている?どこから漏れた?一体これはどこまで広まっている?それになぜ、あの名を――――

「あなたは一体――――っ!」

 数刻遅れて我に帰る睦月。慌てて振り返るも時既に遅し、謎の来訪者はその姿を消していた。

「これは、相当まずいですね...一刻も早く当主様に報告を...」

 冷静になり、すべきことを考える。できる限り迅速に手を打たなくては取り返しのつかないことになると睦月の本能が知らせていた。そのために何をすべきか、思考を巡らせる。

「お、睦月いたいたー!あーそーぼー!」

「睦月おねえちゃん、今時間大丈夫...?」

「おー、たくさんあそぶぞー」

 しかしその思考も、三つの無邪気な好意により一旦掻き消されることとなってしまった。

- - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

「当主様、よろしいでしょうか。」

 時は過ぎ夜中の七々瀬邸。睦月のそんな言葉が向かう先は一つの書斎。現在この屋敷の当主である七々瀬椎也が様々な仕事を済ませるのに使用している部屋である。睦月の言葉が人気のない廊下に響いたその直後、書斎から透き通った男性の声が返った。

「おぉ、睦月か。いいぞ、入って。」

 その言葉を聞き睦月は、「失礼します」と一言発してから、丁寧な所作でその扉を開く。そして部屋に入りまた丁寧な所作で扉を閉め、部屋の奥にある大きな椅子に腰をかける椎也に近づく。椎也はその整った顔に笑みと疑問の色を同時に浮かべ、睦月に尋ねた。

「こんな時間に来るなんて珍しいじゃないか。何があったんだい?」

 その問いに答えるために睦月も口を開く。

「実は本日不可解な事がありましたので、そちらの報告に参りました。」

 そうしてこの屋敷全体を揺るがすほどの大きな話し合いが、小さな声で始まるのだった。


- - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -


 昼にこの屋敷を訪れた者がいたこと。その来訪者が空翔のことを知っていたこと。更に空翔が異端魔法使いだということをも知っていたこと。一般人であれば原因の推察ができるはずもなく、聞いているだけでも頭が痛くなりそうなその内容を、しかし目の前にいる大きな男性は、慌てることなく余裕を持ったような態度でその話を聞いていた。そしてその口を開き、睦月と話し始める。

「なるほど、そんなことがあったんだね。まさか空翔ちゃんの情報が漏れていたとは...」

「異端魔法使いだということも既に知られいるとなると早急に手を打たなければならないと思うのですが、当主様はどう思われますか?」

「ふむ...私もそう思うよ。と言うより、こんなこともあろうかと一つ策を用意していたのだけどね。」

 その言葉に睦月は目を丸くした。自分では想定すらしていなかった事態を、この家の主は考えるどころかその先まで準備しておいたのだから、彼女の驚きは隠すことのできないものだった。そしてそのことには椎也も気づいたようで

「ははっ、驚いたかい?これでも一応この家の主だからね。」

 そう、睦月に軽く声をかけたのだった。しかし睦月は、当主の主たる理由を肌で感じ過ぎてしまい、言葉を発することが出来なかった。それを見た椎也は更に言葉を続ける。

「しかし睦月、君も今日の昼はよくやってくれたよ。」

 その言葉に疑問を抱いた睦月。それもそのはず、自分では何をしたつもりもないからである。しかし椎也の言葉に嘘の色は見えず、睦月は混乱した。そして取り乱さないように椎也に問う。

「私は、特に何かをした覚えはないのですが...?」

 睦月の疑問を聞いた椎也は、その頬を緩めた。そして微笑みながら睦月に返す。

「空翔ちゃんの存在を隠してくれたじゃないか。あれは一見意味が無いように見えてね、実は関係者に肯定されるか否かはかなり大きな違いなんだよ。肯定されればすぐに行動に移せるけれど、否定されたら事実を確認するための手間が、つまり隙ができる、ということかな。」

 椎也の言葉は、睦月にとっては半分わかるような半分わかないようなものだった。しかし自分が褒められたことは確かであり、睦月は喜びを感じた。

「お褒めに預かり、光栄でございます。私がそんなに大きなことをした実感はなかったのですが、そう言って頂けるのはとても嬉しいです。」

 少し赤面しながら、そう椎也に返す。そしてそれから冷静になって、話が少し逸れ始めていることに気づいた。睦月はまた落ち着いた口調で椎也に問う。

「しかしながら当主様。空翔様のことの策とは一体どのようなものなのですか?」

 すると椎也の顔から微笑みがスッと消え、真剣な表示に変わった。そして睦月の目を見据え、一つトーンを落とした声を放った。

「実はこれはとても大きい博打だからね、ほんとは実行はしたくないんだ。しかしこうなってはやらざるを得ない。睦月、落ち着いて聞いてくれるかい?」

 睦月は無言で頷く。そして椎也の口から、その大博打の内容が語られた。






「空翔ちゃんを含む七々瀬家全員で、異端魔法殺しの都市インブヘルムに暫く移住しようと思うんだけど、どうかな?」
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