異端魔法の加護

Rin.

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第一章「妄念の妖精」

03.崩壊の始点

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「っ!?インブヘルムに...?」

「うん、そうだよ。何か疑問はあるかな?」

「疑問も何も当主様、それは流石に危険すぎではありませんか?」

 椎也の策に驚きを隠せない睦月。普段の冷静さを、彼女は欠いていた。そしてその態度のまま、さらに言葉を重ねる。

「インブヘルム...別名『異端魔法使い殺しの都市』。足を踏み入れただけで異端魔法使いは力を奪われ、立つことすらままならなくなると言われており、異端魔法を使えてしまう新生児の処分場でもある。あの都市に空翔様と共に住むのは、空翔様の身体に何をもたらすかわからないです。故にこの策は非常に危険だと、そう思うのですが。」

「そうだね。普通に考えれば確かにそうだ。」

「わかっているのになぜ、この策を執るべきだと考えるのでしょうか...?」

「うーん、まだ確信までは至ってないんだけどね、なんとなく予感がするだよ。空翔ちゃんはきっと...」

 そこまで言って言葉を詰まらせる椎也。そしてそこから、慌てたように言葉を足す。

「いいや、忘れてくれ。いずれ確信に至ったら、睦月にも話すからさ。」

「...?承知致しました。しかしやはり、確信に至れてないのであれば、移住までするのはリスクが高すぎるかと思われるのですが。」

「うむ...それもそうだね。よし、それなら。」

 椎也はそう言ってから、一つ間を置いて睦月に告げた。

「一度全員で、インブヘルムに旅行に行こう。そこでもし空翔ちゃんの体調が崩れるようだったら、すぐに帰る。そうならなければ全員で楽しめばいいのだし、何より私の予測の裏も取れる。これならいいだろう、睦月?」

「え、えぇ。それならば明日にも、皆様にお伝え致します。」

「あぁ、頼むよ。ただ行き先だけは伏せておいてくれるかな。悠姫には私から説明を入れておけるし、真衣夏と紅葉、それに雪奈はそもそもインブヘルムの別名を知らないとは思う。ただ璃衣花はきっと、インブヘルムに行くとなれば全力で止めるだろうからね。愛娘を騙す形になるのは心苦しいが、これも七々瀬家のためだ。頼まれてくれるかな?」

「はい、承知致しました。それでは明日の朝、皆様に伝えさせていただきます。」

「あぁ、ありがとう。」

 椎也がそう言い、この話に終着点が訪れる。その時睦月は時刻が既に0時を過ぎていることに気付き、内心慌てるがしかし静かに、その口を開いた。

「それではこれで失礼させていただきます。おやすみなさいませ。」

「おやすみ。夜更かしして体調崩さないようにね?」

 椎也の心遣いに、無言で頷く睦月。椎也にとっては何気なく発したその言葉だったが、しかし睦月はそこに、ほんのりと嬉しさを感じていた。そしてこの書斎に入ってきた時と同じ動作で扉を開け、再度椎也に一礼してから「失礼します」と発し、その扉を閉じた。椎也は机上の書類に目をやりながら、睦月の足音が遠くなるのを待っていた。そしてその足音が完全に消え、椎也は静かに



「もしも彼が...海星空翔が『超異端』だとしたら...」



そう、呟いたのだった。


- - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -


 椎也と睦月の話が終わったその次の日の朝。睦月は食堂に集まった一同に、頼まれたことをそのまま伝えた。

「皆様、昨日当主様と話した末に、七々瀬家一同で旅行に行くこととなりました。」

 突如告げられたその言葉に、元より知っていた椎也と、その椎也から説明を受けていた悠姫以外が一度固まる。そしてその次の瞬間には4人の少女が目を爛々とさせ、睦月に食いついた。

「え!ほんとに!?りょこー!久しぶりのりょこーだー!やったー!」

「旅行...暫く前にルベール行った以来だよね...楽しみっ」

「おおー、りょこー、ゆきな、はやくいきたいー」

 まずは真衣夏、紅葉、雪奈の瓜三つな三人が、それぞれ全く違った口調で同じ意味の言葉を繰り返す。普段からおとなしい紅葉ですらその頬を赤く染め、興奮を隠せないでいるのであるからその期待は絶大なるものなのだろう。そんなことを空翔は思っていた。するとそこから少し遅れて、空翔の隣からもう一つの声が飛ぶ。

「旅行...ほんと久しぶりね!ま、まぁ真衣夏たちほどは楽しみじゃないけど、すこーしくらいは楽しみねっ!」

「なんでそんな言い方...ってりぃお前なんかめっちゃ腕震えてんじゃん、耐えてるみたいだけど。もしかして、ほんとはすっげー楽しみなんじゃ...」

「うっさい!」

 叫びながら空翔の頬をつねり、半ば強制的に空翔の発言を中止させる璃衣花。その行動のせいで七々瀬家の中で最も旅行を楽しみにしていることは明らかになってしまっていたのだが、当の本人はそのことに気づく様子もなく、ただ空翔に対して顔を真っ赤にしていた。
 しかしその璃衣花の言葉も収まった頃に、空翔はふと疑問に思ったことがあった。そしてそのことをそのまま口にする。

「そういえば、旅行ってどこ行くんですか?睦月さん。」

「あ、そういえば確かにそれ聞いてなかったかも。睦月、どこ行くの?」

 当然の疑問に、しかしそう聞かれる前提で答えを準備していた睦月は、普段の調子で答える。

「今回の旅行の行き先は、既に決定はしているが着くまでの秘密だと、当主様が仰っていられました。そのため私すらも知らないのです。ただ、きっとそのように当主様が自信満々に仰るのですから、さぞかし楽しい旅行にしてくださると思います。」

「何も私はハードルを上げろとは頼んでないんだけどねぇ...」

「あら、それは失礼を致しました。」

 睦月の言葉に苦いような笑顔を浮かべる椎也と、それを見て珍しく微笑む睦月。その微笑みを浮かべられてはなにも言い返せないと椎也は思いながら、しかし笑顔を睦月に向け返した。
 その直後、それまで一切喋っていなかった悠姫が初めて言葉を発した。

「行くと決まれば早速準備しなくちゃね!みんなも早く、荷物準備するのよ?」

「お母さん、それは流石に早すぎない?まだまだ時間はあるんじゃ...」

「あ、そういえば言い忘れておりましたが、この旅行の出発は明日の早朝でございます。」

「「「「「「明日!?」」」」」

 睦月の告白に、揃って目を丸くする子供5人。しかしそのことを伝えた睦月に代わって悠姫が、あたかも自然に続ける。

「そう、出発は明日なのよー。だから今日中に荷物の準備してねっ。それにしても旅行なんて久々で、すごい楽しみっ。」

「早すぎるわよ...まあ幸い私は何も予定なかったからいいけど。って空翔、どうしたの?」

 璃衣花は悠姫の言葉に返した後に、空翔が顔面蒼白になっていることに気がついた。そうなれば放っておけない璃衣花は、彼に声をかけたのだった。

「明日さ、好きな魔法漫画の最新巻発売だから予約してたんだよ...あの店予約日1日でも過ぎると予約取消になるんだよね。絶対今巻人気ですぐに売り切れるだろうから、増版まで待たなきゃいけなくなるんだよ...」

「あー、空翔がいつも読んでるアレかぁ...なんかその、ドンマイ、ツギガアルサ」

「なんだその棒読み!?」

「ゼンゼン、ボウヨミジャ、ナイデス、Yo!」

「どうした!?何か残念なことでもあったのか!?」

「あんたが1番残念になってるわよ...」

「んー、なんて言ったー?」

「なんでもないわよ!バーカバーカ!」

「なんで怒られてんだろ...」

 すっかりこの世界の文化に馴染んでしまった空翔に親近感を覚えつつもそれ以上の残念さを感じる璃衣花。そんな璃衣花と空翔が、いつも通り若干噛み合わない会話をしていた。
 そんな何気ないいつも通りの会話ができる程には、空翔はこの世界にもこの家にも馴染んでいた。
 家族代わりの人々に恵まれ、七々瀬家の専属魔法使いというだけで世間からもいい顔をされ、今まで何事も平均だった自分には勿体なさすぎると感じてしまうほどの幸福を、空翔は日常から感じていた。














――――そんな幸せな日常がほんの数日で崩れ去ることになるとは、この時はまだ空翔も璃衣花も知ることはなかったのであった。
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