ゆびきりげんまん

奈良井 竜

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シルバーコード

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 「おねーさん。いいの?」

 寂しげに、2人が去った方を見つめ、ウリが問う。
 その問いかけは、決して実琴を責めるような口調ではなかった。
 ただ、ただ、実琴を気遣い、心配する問いかけ。
 しかし、当の実琴は、責められたかのように辛そうな表情で、ウリの問いから逃げるように、両腕に抱えた手を離し、うつむいた。

 「さて・・・と。じゃあ、私が帰るの、手伝ってくれる?」

 仕切り直しと言わんばかりに、実琴は顔を上げ、イズラとウリを見る。
 その口調とは裏腹に、表情が辛そうであることに、彼女だけが気付いていない。

 「私はどうすればいい?」

 イズラとウリは、互いを見合う。 

 「・・・無理だよ。おねーさん。」

 やがて、眉をハの字にして、ウリが答えた。 

 「え? なんで?」
 「俺達には、それぞれ出来ることってーか、分担があンだよ。」
 「ココをさ迷う『ミコト』はね、みぃんな『戻りたくない』理由があるんだ。おねーさんもそうでしょ?」

 優しく響く声ではあるものの、その内容は容赦のない言葉。
 実琴は、黙ったまま動かない。
 いや、動けない・・・が正しい。

 「その理由を聞き出して、解決策を与えンのがジブリ。」
 「で、帰りの道を作るのがカイル。」
 「だから、俺達2人じゃ、キミを帰すことは出来ねーんだ。」
 「ごめんね。」

 本当に申し訳なさそうに、そう告げる2人に、実琴は呟くように、言葉を綴ることしかできなかった。
 
 「・・・だって、さっきの子は、ウリちゃんが・・・。」

 そう。

 さっきの少女は、ウリが手を繋いで行ったじゃない!

 相手がカイルやジブリであったら、おそらく実琴は、威勢よく反論していたであろう。
 しかし、目の前の2人には、強く言葉が出せなかった。
 優しい声で、告げる彼らの言葉は、実琴に寄り添うように届くから。
 悲しそうに、困ったように、申し訳なさそうに・・・そんな表情をしながら、その告げる内容は、容赦のない言葉。
 なのに、優しく包まれてるように感じるのは、この2人だからなのだろう。

 「違うよ。僕は、カイルが作った帰り道に、連れて行っただけ。」
 「先に、ジブリが『戻れない』理由聞いてたしなぁ。ああいうパターンは、大抵、本音吐かせれば、解決したようなもんだし。」
 「後は、あの場所から連れ出すだけだったんだけど・・・。カイル、ちょっと短気だから。」

 最後に、ウリが肩をすくめて言えば、イズラも苦笑いをする。
 実琴に優しいように、この2人は、カイルやジブリにも優しい。
 先ほどまでのやりとりを思い起こしてみれば、カイルには力技で振り回され、ジブリには言葉で負かされているように見える2人。
 それは事実そうであるのだが、その一方で、2人の優しさに、カイルは止まり、ジブリは耳を傾けていた。

 「『ちょっと』・・・じゃないでしょ? あの単細胞。」

 優しさに包まれ、少しだけ気持ちが上昇したのか、実琴は憎まれ口をたたく。
 イズラもウリも、笑う。

 「人のコト、言えないよね。私も・・・だ。」

 途端、2人は笑う止め、眉をハの字にする。
 自分の感情に、寄り添ってくれるのが分かって、実琴はちょっと笑って見せた。

 「私って・・・いっつも、こう。売り言葉に買い言葉で。すぐに言い過ぎた事、後悔するけど、なんか訂正できなくて・・・。いじっぱりで・・・。」
 「大丈夫だよ。キミがイイコだって事は、カイルもジブリも分ってっから。」

 イズラが優しく微笑みを返せば、ウリは実琴のそばへと近づく。

 「あのね。おねーさん。カイルもジブリも、わざとおねーさんを怒らせたんだよ?」
 「おい! ウリぃ。」
 「いいじゃん。ちょっとぐらい。」

 内緒だよと言わんばかりのウリに、イズラは珍しく声を荒げたが、ウリは動じない。

 「わざ…と?」
 「うん。おねーさん、ああ言えば怒るでしょ?」
 「・・・なんの為に?」

 実琴が首を傾げれば、イズラがため息をついて見せた。

 「キミはさ、さっきシルバーコードが、消えかかってたんだ。」
 「シルバー・・・何それ?」
 「ん~、命の紐? みたいな?」

 ウリが両手で何かを掴んで掲げるしぐさをするが、実琴の首は傾げられたまま戻らない。

 「キミの体と、今のキミをつなぐ紐みたいなもンだよ。それが、今のキミから見えてんだ。」

 イズラの指が示すあたりを起点に、実琴は身体を捻りつつ、自身の周りに視線を向けた。

 「あー、キミには見えねぇよ。俺らだけが見えンだ。今は、強く見えっけど・・・それがさ、さっきキミが『シンドイ』っつった時に、消えかかってたんだ。」
 「それが消えちゃうと、もう二度と戻れなくなっちゃうんだよ。」

 続けるウリの表情は、寂しげだった。

 「それって・・・死んじゃう・・・の?」

 戸惑いながら、実琴は問いかける。
 イズラは、困ったように、笑って見せた。

 「怒りは、生きる力としては一番強ぇから・・・。手っ取り早いんだ。」

 シルバーコードは、体と魂をつなぐ紐。
 それが消えてしまえば、魂は――実琴は――体に戻れない。
 つまり、死んでしまう。
 単純な理屈だ。
 そして、実琴が弱音を吐いたとき、そのシルバーコードが消えかかり、怒った ――カイルに怒った―― ことで、強く見えるようになった。

 いや、強く見えるようにするために、実琴を怒らせた。
 

 つまり・・・。

 イズラとウリが言いたいことは、

 「何・・・それ・・・?」

 実琴の声が震える。
 先ほどの自分は、何をした?
 怒って・・・いや、怒らされて、そして、カイルを・・・叩いた。
 思い返してみれば、あの時、実琴以外、誰も動かなかった。
 カイルも、言い返してはきたが、叩かれたままだった。
 さらに叩こうとして、イズラとウリが止めようとしてきて、ジブリの意地悪な言葉で止まった・・・ような気がする。
 そう「意地悪な言葉」だ。
 だから、イズラとウリが「苛めたら可哀想」と、言ったのだ。

 「それじゃあ、私は知らないうちに、アイツらに助けてもらってたっていうの!?」

 助けてもらう。
 それも知らないうちに。
 その行為が、実琴にとってどういう意味を持つのか、きっと知らない。
 知らないからこそ、簡単にやって見せる。
 それが、実琴は悔しかった。

 そして・・・何より・・・

 そんな自分が・・・

 「・・・情けない。」

 絞り出すような実琴の言葉に、イズラが首をかしげる。

 「? 情けない?」

 イズラを見上げ、実琴の視界は、ゆがんだ。
 目の奥からこみあげてくるものを、懸命に押し留める。
 目から零れさせたらダメだ。
 コレは、象徴だから。
 自分は認めるわけにいかない。
 だから、ウリを見ることはできなかった。
 ウリは実琴より背が低い。
 彼の顔を見るためには、下を見なければいけないから・・・

 「私、強くなきゃいけないのに。1人でも強くなきゃいけないのに。」

 今、実琴が見ることができるのは、自分より背の高いイズラだけ。
 なのに、ウリが優しく自分の腕を掴んでくれるから、つい、彼を見下ろしてしまう。

 「やっぱり、誰かの助けがないと、生きられない。」

 ぼやける視界の中で、ウリは困ったようにイズラを見上げた。

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