ゆびきりげんまん

奈良井 竜

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死神

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 実琴の頬が、優しくこすられた。
 それは、ウリの袖。
 ウリが、袖口を掌まで引っ張って、その伸びた布で、優しく実琴の目から流れる水滴を吸い取ってくれていた。
 それに気付いたと同時に、実琴の頭に大きな手が乗る。
 その持ち主を想定するのは容易い。
 ウリもイズラも、無言のまま、その動作を続けていた。

 やがて、水滴を全て拭き終わると、ウリが笑って見せる。

 「・・・おねー」
 「ウ~リたぁ~~~~~ん!!」

 一瞬で、ウリから笑顔が消え、実琴の視界からウリが消える。
 それとほぼ同時に、実琴は頭に乗っていた大きな手に、後ろへと引っ張られた。
 ウリが居た場所を、何か黒いものが通り過ぎる。
 実琴に判断できたのはそこまでで、実際、何が起きたのかは分からなかった。
 気付いた時は、実琴はイズラに横から抱きしめられ・・・というより、後ろに転ばぬように大きな体で支えられ、その体の向こう側、つまりイズラの背中にへばりつくウリが、おびえた表情で顔をのぞかせていた。

 「いったぁ~~~い!!」

 先ほど目の前を通り過ぎた黒い物体が、地面にへたり込んで大きな声を上げる。
 その横に、同じくらいの大きさの、これまた黒い物体がしゃがみこんだ。

 「いたそーーーー!!」

 愛らしいレースたっぷりのエプロンドレスに、踵の高い厚底靴、くるくるに巻かれたツインテールには大きなレースのリボン。
 その全てがお揃いの双子の美少女達。
 年齢はウリと同じか少し上ぐらいだろうか。
 唯一、彼女達を見分けられるのは、首を飾るこれまたレースのチョーカーを結ぶリボンの色が、ピンクか青紫かだけである。
 そして、彼女たちの服装の中で、そのリボンだけが黒ではなかった。
 つまり、それ以外、全て黒で統一されていた。
 ちなみに、くるくるツインテールも黒い。

 「ウリたん、ひどぉ~い!」
 「ひどーい!」

 へたり込んだ・・・青紫リボンの少女が、ウリに向かって涙目で訴える。
 途端、横にしゃがみこんだピンクリボンの少女が、声を重ねる。

 「お前らが、いつも抱き付いて吹っ飛ばすからだろー?」

 実琴を支えたまま、イズラがウリを自分の体で隠し、庇ってみせた。
 なかなかの器用さである。
 その慣れた様子と言動から、これが日常風景であることが容易にわかる。
 そして、先ほど何が起きたのかも察し易い。
 最初のウリを真顔にさせた呼び声は、青紫の少女のもので、彼女はその勢いのままにウリに突進・・・しようとしたのを、ウリが素早く避けたために、その場に豪快にすっ転んだ。
 一方、ウリはそのままイズラの後ろへと隠れ、イズラは、突進少女に巻き込まれないように、実琴を後方へ引っ張って避難させた。
 もちろん頭を引っ張られた実琴は、そのまま後へ転ぶところだが、それは大きな体を使って、きっちり支えきるという、やはり器用な男、イズラである。
 
 「イズラには言ってない!」

 ピンクの少女が立ち上がり、きっぱりと言い切る。

 「言ってなぁ~い!」

 今度は、青紫の少女が声を重ねた。
 そして、こちらも高い踵の靴などものともせずに、素早く立ち上がると、ウリに向かって両手を広げる。

 「ウリたん、あそぼぉ~!」
 「あーそーぼー!」

 ピンクの少女も両手を広げれば、イズラの後ろにいたウリが、ひょっこり顔だけ出した。

 「僕、今お仕事中だからっ。」

 そう言い切ると、再びイズラの後ろへ引っ込む。
 その声は明らかにおびえていた。
 少女たちは、ウリとほぼ同じ身長に見える。
 しかし、彼女たちが履いているのは、踵の高い厚底靴である。
 その厚底と踵分だけ、ウリは双方から見下ろされる形になる。

 「エル達もだよぉ~!」
 「だよー!」
 「「だーぁ~かーぁ~らーぁ~」」

 双子は、互いに顔を合わせ、せーのっと言わんばかりに、声を合わせた。

 「あ~そ~ぼぉ~!」
 「あーそーぼー!」

 同じく仕事中だから遊べ。
 支離滅裂な双子に、言い返すのは無駄だと、日頃の付き合いで分かっているのであろう。
 ウリは、少しでも双子から離れようと、盾にしたイズラを引っ張って、後ずさろうとする。
 ウリよりはるかに大きい盾は、ため息とともに、実琴を解放して自分から遠ざけた。
 それが合図とばかりに、双子が動き出す。

 「あ~ん。イズラじゃまぁ~!」
 「・・・邪魔!」

 イズラに向かって、右から青紫の少女が、左からピンクの少女が、後ろに回ってウリを引っ張り出そうとする。
 ウリは、その伸びてくる4本の手をくぐる様に、イズラの脚を軸にしてすり抜け逃げ出した。
 その動きは素早く、逃げ慣れているのが、よく分かる。
 分かられても、本人は嬉しくないだろうが。
 当然のように双子は後を追いかけ、それは、イズラを中心に、周りをぐるぐると回る追いかけっこに発展する。

 「おい! コラ!」

 自分の3分の2ほどのサイズ×かける3が、自分を軸にぐるぐる回る。
 傍から見れば、それはとても苦痛な状況にしか見えないのだが、イズラ本人は、どっしりと動かないと言う軸としての役目を、文句言いつつも、ちゃんと務めていた。
 慣れというのは、恐ろしい。

 「何? この・・・ステレオツインズ。誰?」

 先に避難してもらえた実琴が、少し離れたところから、騒がしい中心へと問いかけた。

 「あー、こいつらは・・・あ。」
 「ん?」

 イズラの視線を追えば、そこには、長髪を一つに束ね、黒スーツをキッチリと着こなした長身の女性が立っていた。
 その容姿は、美女というより美形と称したほうが正しい。
 切れ長の目が、クールなイメージを印象付けているが、その手にしている物が、オカシイ。
 いや、物自体はオカシクない。
 よく見かける物だ。
 ただ、それを手にする女性との組み合わせが、あまりにも歪だった。
 プラスチック製の黄色と赤で彩色されたそれを構え、女性はダッシュで双子に近付くと、華麗に双子を撃破していく。

 ピコっ!!

「ぱゃにゃっ!!」

 ピコっ!!

「ぴゃっふぅ!!」

 素っ頓狂な擬音をあげ、双子が倒れる一方で、最後の決めポーズを披露するクール女性。

 「ふっ。またクダラナイものを切ってしまった。」

 決め台詞も完璧である。
 プラスチック製ハンマーでペコペコやっただけなので、切ってはいないが。
 手にしたソレを華麗に脇にしまい、女性は実琴たちに向かって、綺麗な一礼をして見せた。

 「失礼。うちの馬鹿ツインズが、お騒がせを。」

 女性の後ろで、双子がむくりと起き上がる。

 「いたーーーい。」
 「いたぁ~~い。」
 「仕事中に、遊ぶからだ。」

 自分の頭を撫でつつ、文句を言う双子を、女性は容赦なく睨みつけた。
 そして、ビシッとウリを指差す。

 「アレで遊ぶなら、仕事時間外にしろっ!」
 「「はーぁ~い!」」

 ちなみに、ウリは涙目でイズラにしがみ付いていた。

 「怖かったよぉ~。」
 「はいはい。怖かったなー。」

 イズラの慰め方に、手抜き感が伺える。

 「何気にひどい事言われてるけど、いいの?」
 「いつもの事だしなぁ。」
 「普通に来てくれれば、僕だって、逃げないのにぃ。」
 「・・・いいんだ。」

 実琴も、一連のやり取りに呆れるしかない。
 毎回、このやり取りをやっているのだろーか。
 やっているのだろーな・・・と、実琴はため息をついた。

 「おや? お前達、この娘は違うぞ?」

 ふと、クール女性が実琴を見て、後ろの双子に声をかける。

 「え? うそー!?」
 「うそぉ~!?」

 途端、双子は慌てたように、実琴に駆け寄って、眺めまわしながら、周りをくるくる回り始めた。

 「うそでしょ? うそでしょー?」
 「でしょ? でしょ~?」
 「え?」

 当然、イズラではない実琴は、くるくる軸にはなれない。
 そして、慣れてもいなければ慣れたくもない。
 
 「えーなんで? なんでー?」
 「なんで? なんでぇ~?」
 「何?」

 戸惑う実琴を完全に無視し、双子はくるくるし続ける。

 「確かに、この子なのにー。」
 「なのにぃ~。」
 「何なの?」
 「ちゃんとー」
 「ちゃぁんとぉ~」
 「「つながってるーぅ~!!」」

 双子は、実琴の足元から何かを辿るかのように、離れていく。

 「おかしいなー。」
 「おかしぃ~よ~。」
 「あるー。」
 「あるぅ~。」

 そして、実琴から離れること5m。
 2人同時に、コチラを振り返った。

 「姉御ー!」
 「あっねごぉ~!」

 呼ぶのは、どうやらクール女性のようである。
 しかし、彼女が反応する前に、双子は実琴を指差した。

 「「この子、生きてるーぅ~!!」」

 まるでそれがオカシイと言わんばかりのその様子に、いまだイズラの後ろに隠れていたウリが、即座に反論した。

 「あたりまえだよ! 僕達の担当なんだから!!」

 突然の抗議に、ビックリしたのだろう。
 ひと呼吸置いたのち、双子の顔がそろって歪んだ。

 「・・・ウリたんがぁ~、」
 「・・・ウリがー、」
 「「おこったーぁ~!!」」
 「やだぁ~~! こわぁ~い!」
 「こわーい!」

 それは、ワザとらしい泣きマネのようにも受け取れる反応ではあったが、彼女たちの表情を伺う限り、本気でそう思ってるようである。
 クール女性がため息をつくと、双子に近寄る。

 ピコン。ピコン。

 軽い音が2つ鳴る。
 
 「当り前だろう。お前たちが、間違えただけだ。」
 「ちがうもーん!」
 「もぉ~ん!」
 「アズ、間違えてないもーん!」
 「エルも、ないもぉ~ん!」

 ピンクの少女・・・アズが自信満々に答えれば、青紫の少女・・・エルも声を重ねる。
 もちろんこちらも自信満々だ。
 手をつなぎ、互いに顔を見合う。

 「「ねーぇ~!」」

 その様子に、クール女性は、その場で片膝をついた。
 地面に片手を伸ばすと、静かに指でなぞっていく。
 その視線の先には、地面しかないように見えるのだが、女性には、それ以外にも何かが見えているかのように、指先を動かしていった。

 「ふむ。確かに、このコードだ。間違ってはいなさそうだな。」
 「でしょー?」
 「でしょぉ~?」
 「アズもー」
 「エルも~」
 「「ゆーしゅ~、だもんねーぇ~!」」

 クール女性に肯定され、双子は嬉しそうに声を重ねる。
 一方で、女性はその表情を険しくさせており、双子たちとは非対称だった。

 「いや、しかし…。死の気配が、消えるなどと・・・。」

 何かを考えこむかのように、ブツブツとひたすら指で地面をなぞる。
 その両側で、双子は実に楽しそうに地面を覗き込んだ。


 「ねえ。何? アレ?」

 やっと落ち着いた雰囲気に、実琴はイズラにそっと問いかける。

 「ん? ああ。あいつら?」
 「アズとエルだよ。それと、シャインさん。」

 イズラの後ろからやっと出てきたウリが、答えにならない答えを告げた。
 実琴は首を傾げるしかない。
 その様子に、イズラは正しい答えを告げる。

 「さっき、説明ン時、話したろ? 死神。」
 「え!? ウソでしょ!?」
 「ウソじゃないよ~。だってほら、全身黒づくめ。」

 ウリが笑顔で、3人を指差した。

 「いや。・・・それはそうだけど・・・。」

 実琴は、死神たちを見た後、ゆっくりと、天遣2人をしみじみ見つめる。

 「? なに?」

 きょとんと、今度はウリが首を傾げる番だった。
 ちなみにイズラは、無言で実琴の反応を伺っている。
 その2人と最後に目を合わせ、実琴はため息をついた。

 「ま、この天使がアリなら、あーゆー死神がいても納得・・・とゆーか。諦めとゆーか。」

 納得しがたいけど、納得せざるを得ないと、実琴がボソボソと呟けば、ウリとイズラは、顔を見合わせて楽しそうに笑う。
 その様子に、実琴は、?マークを飛ばすことしかできなかった。
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