君と僕達の英傑聖戦

寿藤ひろま

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第二章 手がかり

第7話 望まぬ悪夢

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「え…!なんでなんでなんで!??」
宏樹はそう言いながら急いで机から離れて部屋の隅へと避難した。
「どゆことー!!どゆことー!?」
ただでさえ追い詰められていた宏樹は、突如姿を現した怪異に動揺を隠せなかった。
…どうすれば………!!?
宏樹は初めての出来事を目の当たりにし、驚きのあまりその場で固まってしまっていた。
そもそも人玉を見ること自体があり得ないのにそれが自宅の中、ましてや自分の部屋に現れたという状況なんて見たことも聞いたこともない。
それでも、起こってしまったのだからどうにか対処しなければならない。

「とりあえずこうするしかねぇ」
宏樹は一瞬だけ自分の机へと近づき置いてあったコップを手に取った。
そして次の瞬間、コップの中に入っていたお茶を浮かぶ人玉目掛けてぶちまけた。だが…
「なんだ…?何も起きないぞ…!?」
確かにコップの水がかかったはずなのに、浮かぶ人玉が消えなかった。
「うわ!うわ!!なんだよ急に!?」
それどころか、部屋の中を自由に行ったり来たりし始めたのだ。
「燃える!燃える!!燃える!!!」
人玉は拳サイズほどの大きさだがあからさまに他のものに燃え移りそうな見た目をしており、このまま部屋の中に居座り続けられたら自宅が火事になってしまう。
だが、コップの水をかけても鎮火できなかった以上、今の宏樹には対処法が思いつかなかった。
こちらから動きを仕掛けたのがまずかったのか、初めから揶揄からかうつもりで現れたのか。
その理由は考えても到底思いつくはずもなかったが、今の宏樹にとって理由なんてどうでもよかった。

「くっそ!なんなんだよあいつは…!」
悩んだ末に、宏樹はスマホを片手に自宅の外へと飛び出した。
「消防を呼ぼう…じゃないと家がなくなる…!」
宏樹は手に握ったスマホを急いで開いて画面の上のダイヤルに手を滑らせた。
…本当に火災が起きたら、一人で対処するなんてまず不可能だ………
宏樹は緊急通報に発信するスマホを手に持ちながら消防と繋がるのを今か今かと待っていた。
宏樹はただ早く繋がってくれと懇願しながらスマホを握りしめていたが、そんな時続けざまに事が起こる。

「うわ!部屋から出て来たぞ…!!」
換気のために開けていた自分の部屋の窓からその人玉が出て来た。
「おい!こっちくんのかよ!!」
人玉はしばらくその場に浮かんでいたが、ゆっくりとこちらに向かってきたのだ。
宏樹はその光景に身の毛もよだつほどの恐怖を覚え、無我夢中で走り始めた。
民間の間を通り、畑の畦道を進み、小川を飛び越えて走り続けた。
宏樹は後ろを振り返らずにただひたすら走った。背後にすぐ目の前にあの人玉がいるような気がして、振り返られなかったのだ。

そうして15分ほどの間、何も考えずにずっと走り続けていた宏樹は、気がつくと見覚えのある場所へと辿り着いていた。
「ここは…」
それは、一番初めに謎の戦車と遭遇し“あの“戦車に出会った街中だった。
一息ついた宏樹は後ろを振り返ったがそこにはもう人玉の姿はなかった。
「よかったぁ…」
なんとか逃げ切れたという安心感と準備運動なしで猛ダッシュした疲労感からか、宏樹は付近の軒下にへたり込んだ。

1分か30秒くらいそこに座ってぼーっとしていたのだが、ふと気になって手に握っていたスマホの画面を見てみた宏樹は妙なことに気がつく。
「圏…外?」
通信が圏外となっておりスマホはどこにも繋がらなくなっていた。さらに、緊急通報にかけたはずの電話はなぜかかかっていないことになっていたのだ。
「いやいやいや、ここ普通に街中…だよな?」
やや解けかかっていた緊張が、再びぶり返す。
宏樹は設定でWi-Fiをいじってみたり、端末の電源を一度オフにしてみたりと。
考えつく限りの方法を試してみたが、何度やっても状況は改善されなかった…。

突如謎の人玉が襲って来たのだから、逃げるという選択は間違っていなかったはずだ。
「これから…どうすればいいんだ…?」
スマホが繋がらない状況になった宏樹は、自分がかなり絶望的な状況に立たされていることに気がつく。
近場とはいえ野宿するなんてとてもできない。今は4月だから日中は問題ないが朝晩は冷え込むから外で眠れたもんじゃないだろう。
急いで飛び出して来たため財布は持ってない。だからホテルに行くことも選択肢には入れられない。
自宅に帰らないといけない。しかし、今引き返したら自宅は火事になっているかもしれない。
そうなったらすぐに消防に通報しなきゃならないが、消防を呼ぶにもスマホがネットに繋がっていないから話にならない。
…かなりやばい………
冷静に考えれば他の家の人に連絡したり、自ら消防へと行くなどの解決策があったのだろうが、この時の宏樹にその代案が浮かんではこなかった。
「どうすんだよ…マジで………」
宏樹は狭い洞窟に入ってしまい、出られなくなったかの様な閉塞感と孤独感に打ちひしがれていた。
だが、そんな宏樹にさらなる災難が降りかかる。


「なんか…聞こえる………」
座り込んでから時間がだいぶ空いて呼吸も落ち着いてきた時、宏樹は周囲に自分以外の何者かの気配を感じた。
そして忘れかけていたことを思い出した。
…そうだった…ここは………
それはここに走り着いた瞬間から認識してはいたが、落ち着いた今この瞬間になって初めて、ようやく自分が置かれている状況を理解した。
「これは…多分」
よく耳を澄まして辺りに響く音を聞いてみると、それはゴゴゴゴゴという鈍い駆動音の様な音だった。

「まだいるのか…“アレ”が………」
宏樹は、危険を承知で音のする方へと近づいてみた。
湯通ゆどおりと呼ばれる道に合流する交差点に差し掛かった宏樹は恐る恐る民家の角から出で湯通りを覗いてみた。
!いる……!!
そこにはあの時みた奇妙な戦車の姿があった。
戦車はまたしても砲塔を動かして周囲を見回しているようだった。
ずっとここにいるのか…!?
あの時見たものと同じかどうかは不明だが、同じ場所に居座っているからきっとあの時と同じ戦車だろう。
宏樹はしばらくその戦車を観察していたが、その時信じられないことが起こる。

「っ…!!???」
なんと数体いた戦車の全ての砲塔が突然こちらを向いたのである。
言葉にならない恐怖を感じた宏樹は即座に頭を引っ込めた。
見つかって、ないよな…?頼む!頼む、気のせいであってくれ!!!
宏樹は息を殺してただただ祈った。
…どうか見つかっていないでくれ、と…。
…ドッッッッッッゴーーーーーン!!!!!!!
突然、鼓膜が破れるかと思うほどの轟音が鳴り響き、辺りに砂塵が舞い始めた。
この音は……………!!!!!間違いない………!
宏樹はただ静かに状況を察した上でその場に留まり続けた。
全力で走ったら逃げられるかもしれないが、呼吸も忘れそうなほどの恐怖に逃げる気力を奪われてしまったのだ。

1分ほどその場で待機していた宏樹だったが、周囲には再び静寂が訪れた。
息を殺していた宏樹もなんとかバレずに済んだと思ってホッとした。
…今のうちにここを離れよう!
そう思って宏樹が立ち上がったその直後だった。
…ッッッゴーーーン、バキバキドッガーーン!!!!!!
周囲にまたしても凄まじい砲撃ほうげき音が鳴り響いたと思ったら、目の前の民家が突如としてバラバラに倒壊し、その瓦礫の隙間から向こう側の様子がチラッと見えた。
「いっ……!!?」
その光景を目の当たりにした宏樹は思わず息を呑んだ。


そこには数体の戦車がこちらに主砲を向けて鎮座していたのである。
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