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第四章 ハルマの館
第15話 知らない場所
しおりを挟む…ん?これは…なんだろう…?
宏樹は目を覚ましてからすぐに、体全体に何か薄いものが乗っている感覚を覚えた。
乗っているものはじんわりと温かく、宏樹の体を包み込むように覆い被さっている。
多分…あれかな…?
それに加えて、横になっている地面は土の上でも石の上でもなく、柔らかな布の上のようで宏樹は察した。
…布団…だな………
宏樹が横になっていたのはなぜか布団の中だった。
…でも、どうして布団なんかで寝てるんだろう…?
自分が置かれている状況がうまく飲み込めずに布団を被ったままでいると、何か独特な匂いが鼻の中へと入って来た。
…これ、嗅いだことあるな…なんだっけ?
匂いの正体が気になった宏樹は、少しだけ布団を剥がして外の様子を眺めてみた。
まず目に入って来たのは田舎の古い家によくある吸い込まれそうな木目模様の天井で、それから壁は今ではまず見ることのないザラザラした土壁が使われていた。
「ここ…どこ?」
宏樹はそう小声で呟く。
ようやく気がついたのだ。今自分が全く見知らぬ場所にいるということを。
布団から起き上がった宏樹は部屋の中をぐるっと見回した。
…和室……?
天井から吊り下げられた吊りランタンによってほのかに照らされたその部屋は、まるで時代劇で出てくるような古めかしい和室だった。
大きさは十畳くらいだろうか?左横には四季折々の花々が描かれた襖があり、襖側の足元には宏樹のリュックが丁寧に並べられていた。
右奥には廊下があるのか障子の壁が並び、部屋の端にはかなり年季の入った木製の古箪笥が置かれていた。
そんなふうにぐるっと部屋を眺めていると、宏樹は鼻につくような独特な匂いの正体を見つけて思い出した。
…畳だ、そうだそうだ!
匂いの正体は子供の頃、正月やお盆の日などには良く訪れていた祖父母の家で嗅いだことがあるもので、畳の素材に使われるイグサから発せられる特有のものだった。
…なんか懐かしいな……
祖父母の家へと行ったのはもう何年も前の話だから、畳の匂いを嗅ぐ機会のない宏樹にとってはなんだか染みるものがあった。
そんなエモーショナルな感情を抱いていた宏樹は、忘れかけていた本題を思い出した。
…いやいや、ここばあちゃん家じゃないよな…
自宅近くの山の集落跡に入ったところまでは、はっきり覚えていた。
…いやマジで、どこだここ?
だが、その後自分がどうなったのかはまるでわからず、今自分がいる所が祖父母の家じゃないとなると…。
「なんか…怖」
宏樹は少しばかり寒気を感じた。
こんな場所はまるで知らない…。
一体ここはどこでなぜ自分はここにいるのか。その全てが謎に包まれていた。
…とりあえず…人だな。人を探そう。
無難だが、今の状況ではそれが最善の判断だった。
人を見つけて事情を聞けば、少しは状況がわかるかもしれない。
…とりあえず廊下に出てみよう………
きちっと布団を整えた宏樹は、まず障子のほうへと進んでこの部屋から出てみることにした。
廊下伝いに部屋を順々に訪ねてみれば、いずれは誰かしらに出会えると考えたのだ。
だが、ゆっくりと開けた障子の先には予想だにしない光景が広がっていた。
「え…暗!真っ暗じゃん」
確かに宏樹の予想は当たっており、そこには庭と部屋の間を貫いている長い長い廊下があった。
しかし、外はすっかり夜になっていて、廊下は歩くのにかなりの勇気がいるくらいの暗闇に包まれていた。
奥に続いているであろう廊下の床は暗闇に飲み込まれているかのように見えて、とても不気味だった。
…やめとこやめとこ……
見慣れた場所の暗がりを歩くのとはまた訳が違う。
霊的な存在を信じているわけではないのだが、見ず知らずの真っ暗な廊下を歩くのは流石の宏樹でも気が引けた。
一度元いた布団の場所へと戻ってきた宏樹は、リュックの中からスマホを取り出して今の時刻を確認した。
「19時20分か…すっかり夜だな…」
宏樹にはその実感がまるでなかったが、とりあえず半日くらいは眠っていたのだと知った。
そうしてスマホを眺めていた時、ふと襖のほうへ目をやると宏樹はあることに気がつく。
「あれ…さっきも開いてたっけ…?」
布団の横の襖がほんの数センチだけ開いており、そこから光が漏れていたのだ。
宏樹は首を傾げた。
…いや、確か開いてなかったはず…。誰かが開けた…?
宏樹はその場に一度しゃがみ込んで、僅かに開いた襖から向こう側を覗いてみた。
…また部屋…
向こう側は宏樹が寝ていた部屋と似ており、右手にはさっきのものと同じ古箪笥が置かれていた。
ぱっと見では人はいないのだが、箪笥の後ろの土壁に人のような影がぼうっと照らし出されていることに宏樹は気がついた。
…誰かいる?
影の浮かんでいる位置からしてその影の主は左手前のほうに座っているはず…。
宏樹はそぉっと襖を開きその隙間から首を突っ込んで、部屋の中を覗いてみる。
…女性?
宏樹が影の主がいるであろう左手のほうを見てみると、そこには白衣を着た女性が椅子に座っていた。
誰だろう…?
なにかの書類に書き物をしているようで机に向かってペンを走らせていた。
「あ、あの…!」
宏樹は一瞬だけ迷ったが今は躊躇している場合じゃないと自分に言い聞かせ、女性に向かって声をかけた。
するとペンを握る手を休めることなく、女性は口を開いた。
「どうぞ」
低く落ち着いた声だった。
そう言われた宏樹は襖をもう50cmほど開けて女性がいる部屋へと入った。
「座ってていいわよ」
宏樹は女性に言われるがままに畳の上に座り込んだ。
部屋に入ったはいいものの女性はペンを走らせたまま、一向に宏樹に構おうとはしなかった。
…どうしよう…。忙しそうだけど…
部屋を移動したと思ったら、今度は女性と二人きりになってしまったもんだから、流石の宏樹も気まずさを感じ始めた。
女性と“二人きり”になるのは初めてじゃないが、見知らぬ場所の見知らぬ女性はまた話が違う。
まるで喋ってくれないのも気まずさをより一層助長させた。
「すいません、ここってどこですか…?」
流石に耐えきれなくなった宏樹はまたしても女性にそう声をかける。すると…。
「名前はなんていうの?」
「え…。な、名前…ですか……銀走って言います」
女性はまたしてもこちらに背を向けたまま話しかけてきた。少し失礼だとも感じたが今は事を大きくしたくないから、宏樹は聞かれるがままに答える。
「ふぅ~ん、どこの人?」
「えっと、御谷市内に住んでます…」
宏樹は次々に飛んでくる問いにただひたすら答える。
「幾つなの?」
「歳ですか?今17です。そこの御谷山高校に通ってます」
「17かぁ、まだ若いね」
初めはなんだか無神経な人だなと感じたが、低かった女性の声がワントーン上がって柔らかみを帯びたからか、不思議と優しさと温もりを感じて咎める気にはならなかった。
それに加えて、宏樹には今の状況に心当たりがあった。
…きっと、これは問診のようなものだろう…
白衣を着た人物と一対一で話すこの状況は、まさに病院で受ける“それ”だった。
そう考えてみれば振り向きもせずに机に向かっているのも、医療に関する急ぎの書類を書いているとすれば説明がつく。
もちろん確たる証拠はどこにもないのだが、逆にそれを疑うような証拠も疑う理由もなかった。
女性からは敵意が感じられないし、聞かれた内容も、今まで受けてきた健康診断なんかでよく問われるような、ありふれた質問ばかりだった
急に始まった問診もようやく終わり女性は動かしていたペンを机に置き、こちらを振り返った。
「よろしくね、銀走君」
彼女はサラサラしたミルク色の髪をなびかせながら、こちらに手を伸ばした。
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