異世界から来た馬

第１章 出会い

第５話 処遇

◆Side アイリス◆
こっちの世界に来て、初めての朝を向かえた。
向こうと同様、鳥たちは朝暗いうちからしゃべっている。
シメイが言った通り、昨夜人が来て私を見ていたが、私に何かをすることなくすぐに立ち去った。
恐らく、シメイが私のことを伝えていてくれたのだろう。

「おはよう！」
馬房の奥にいた私は、その声――シメイの声だ――を聞いて入口側に移動した。
私も挨拶を返そうとしたが、他の人が一緒なことに気が付いて黙った。
「この馬が例の馬か……。」
「そうです。」
シメイとその人は私の前で暫く話をしていたが、馬たちが騒がしくなったのに気付き話をやめた。
私は最初馬たちがさわがしくなった理由がわからなかったが、様子を見ていると飼い付けが始まった。
皆、食事が近いことがわかったから、騒いでいたのだ。

こっちに来て何も食べてないので、さすがにお腹が空いたが、食べることに慣れてないのでゆっくり食べた。
飼い桶の中身は乾草ばかりだった。
美味しいことは美味しいが、ちょっと味気無い。

◆Side 紫明◆
「全く勝手な奴もいたもんだな！」
「本当ですよね！」
朝皆が集まったとき、僕は例の書き置きを皆に見せた。
皆、書き置きの主に怒りを感じているようだ。
優しい人ばかりだからな。
その人達を騙していることに、僕は罪悪感を感じた。
しかし、黙っていると色々と疑問が沸いて来そうなので、その前に話を切り出した。
「すみません。それで、このアイリスっていう馬なんですが……。私が面倒を見ますので、置いてもらえないでしょうか。」
「まあ、元の飼い主もわからないから暫く置いておくしかないが……。紫明が面倒を見てくれるのか？」
乗馬クラブの社長がそう言った。
「はい。僕が最初に見付けたのも何かの縁でしょうし……。あ、乗るのは先輩方でお願いします。」
「自分は乗らずに面倒だけ見るとは、随分気に入ったんだな。紫明が良いならお願いしよう。まあ、トレーニング担当は何人か乗ってみて、決めるか。3歳位だと思うが、どこまで調教されているかもわからないしな。」
「年齢もそうですが、馬種も不明ですよね。サラではないでしょうから、スポーツホースとかですかね。健康手帳も置いていってくれれば良かったんですけどね。」
そう言ったのは、林藤さん。女性の先輩だ。
「健康手帳なんか置いていったら、元の飼い主の素性がわかるからな。年齢は歯医者が来た時に確認してもらおう。では、皆持ち場に着いてくれ。」
社長の言葉で、その場は解散となった。
なお、馬の年齢は歯でわかると言われているが、正確にわかる訳ではない。
以前僕が担当していた当時5歳の馬を診てもらったら、歯医者さんには3歳の歯だと言われた、ということもあった。
アイリスに聞けば本当の年齢がわかるかも知れないが、女性に年齢を聞くのは失礼だろう。

先輩方に続き、僕も動こうとしたら、社長に呼び止められた。
「紫明。俺もどんな馬が見てみたいから、案内してくれるか？」
「あ、はい。」
社長は事務仕事中心で、厩舎に顔を出すことは少なくなっていた。
新馬が入っても、たまに運動を見るくらいで、僕が知る限り厩舎に見に行くということはなかった。
アイリスに何か感じるものがあるのだろうか。

「おはよう！」
社長と一緒にアイリスの馬房に行くと、彼女は奥の方にいたので、声を掛けた。
彼女は、それに反応してこっちに移動して来た。
可愛い！
アイリスは口を開きそうになったが、社長の方をちらっと見て口を閉じた。
ちょっと危なかったな。
「この馬が例の馬か……。」
「そうです。」
社長の一言に、僕はそう返した。
その後、飼い付けが始まったので、社長と僕は厩舎を後にした。
「良い馬だな。手入れも行き届いているし、筋肉の着き方からしてトレーニングもしっかりしているようだ。」
「トレーニングのこともわかるんですか？」
「もちろん。私を誰だと思ってるんだ。」
「失礼しました。しかし、なぜアイリスに興味を持ったんですか？」
「お前は自覚がないのか？これまで、お前が自発的に馬の面倒を見るなどと言ったことはないぞ。と言うか、いつものお前と全く表情が違う。」
「えっ！？」
「お前をそんなに変えた馬に興味を持たない方がおかしいだろう。」
「……。」
社長のその言葉に、僕は何も言えなくなった。