異世界から来た馬

ひろうま

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第1章 出会い

第6話 手入れ(騎乗前)

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◆Side アイリス◆
厩舎から何頭か馬が連れ出されたのを見送った後、やっとシメイがやって来た。
彼の姿を見ると、安心する。
「アイリス、ここに置いてもらえることになったからね!」
「……。」
私は敢えて反応しないようにした。
誰が見ているかわからないからだ。
「ん?あまり食べてないね。食欲ないのかな?」
「……。」
私の飼い桶を覗き、そう聞いてくるシメイに、私は黙って首を振った。
この首を振る行動は馬がよくやるので、万一見られてもたまたまだと思うだろう。
「後で話聞かせてね。これから、運動するよ。これを着けさせてね。」
シメイは私の耳の側で小声で囁き、私に無口を着けた。

外に出た私は、繋ぎ場に繋がれた。
繋ぎ場には、既に数頭の馬が繋がれていた。中には馬装されている馬もいる。
「裏堀りするから、肢を持たせてもらうね。はい、この肢。」
「……。」
シメイは鉄爪を持ってそう言うと、私の左前肢を持った。
私はその肢を上げると……。
「ありがとう。……よし、次はこの肢。」
「……。」
シメイはそんな感じで、肢を持つ度に声を掛けて来る。
これ、私以外でもこうなのだろうか。
若干鬱陶しいが、気遣いは感じる。
「次は、ブラシを掛けるね。」
シメイは、ブラシを持ってそう言った。
私はブラシ掛けが好きではない。
元の世界ではクレアおばさんがクリーンを掛けてくれてたので、そもそもブラシを掛けてもらう必要はなかったのだが、お父さんが会員さんに手入れを覚えてもらうためにとブラシを掛けさせていた。
お父さんが見本を見せる時にはそんなことはないのだが、会員さんがやるとくすぐったかったり変な感じがしたり、兎に角気持ち良くない。
でも、こっちの世界ではクリーンを掛けてくれる人はいないだろうし、受け入れるしかないだろう。
ということで、シメイにブラシ掛けをしてもらったのだが……。
「……!」
気持ち良くてビックリ!
思わず声を出しそうになった。
そして、ブラシ掛けが進むに連れて眠くなっていった。
「凄くキレイだ。」
シメイの言葉に目が覚めた。
そんな、キレイだなんて……。と、思ったが、よく考えると私は馬房で汚れが付かない様にしているから、他の馬の様に汚れていないという意味だろう。
私は誤解したことを恥ずかしく思い、シメイをちらっと見ると、なぜか彼も恥ずかしそうな表情だった。

◆Side 紫明◆
アイリスは、今日は調馬索と井沢先輩が少し乗ってみるということになった。
井沢先輩は男性で、ここでは最もレベル高いと言われている。
アイリスが、満足してくれると良いのだが……。
僕はそう思いながら、アイリスの馬房に向かった。

「アイリス、ここに置いてもらえることになったからね!」
「……。」
さっきは社長がいて言えなかった事を、アイリスに伝える。
アイリスは用心のためか黙ったままだ。
僕は無口を持ってアイリスの馬房に入り、飼い桶の中を確認した。
「ん?あまり食べてないね。食欲ないのかな?」
「……。」
アイリスは、首を振った。
馬が時々やる様な仕草だが、もちろんたまたまではなく、僕の問いに否定の答えを返しているのだろう。
他の馬を見て、これなら問題ないと思ったのだろう。さすが、アイリス!
「後で話聞かせてね。これから、運動するよ。これを着けさせてね。」

アイリスを繋ぎ場に繋ぎ、先ずは裏掘りだ。
僕はアイリスを人間の女の子と同等に見てしまっているため、肢を持つのもちょっと憚れるが、やむを得ない。
裏掘りの後は、ブラシを掛ける。
しかし、ほとんど汚れてない。
綺麗好きな馬でも少しは汚れるのに、アイリスは全くと言って良い程汚れていなかった。
汚れていなくても、ブラシ掛けはマッサージ効果も有るし毛艶も良くなるので、欠かせない。
僕は丁寧にブラシを掛けていった。
アイリスは気持ち良さそうに……というか、ほとんど寝てるし……。
まあ、嫌がってないのは明らかで、僕はブラシ掛けを続けた。
ブラシを掛けると、アイリスの被毛の輝きが一段と増した。
「凄く綺麗だ。」
思わず呟いた言葉に、アイリスが反応した。
今の言葉を聞かれたと思うと、恥ずかしい。
ふとアイリスを見ると、なぜかアイリスも恥ずかしがっている様に見えた。
馬装は井沢先輩が自分ですると言ってたから、以降は先輩に任せた。

「終わったから、手入れは任せたぞ。」
厩舎作業をしていると、井沢先輩が声を掛けて来た。
「はい。どうでした?」
「良い馬だ。前進気勢も有るし、扶助への反応も良い。思ったより、調教も進んでるな。ちょっとやる気あり過ぎるが、まだ若いから仕方ないだろう。良いか拾い物をしたな。」
「それは、良かったです。」
歩きながら話している先輩に着いて行く。
拾い物って……と思ったが、捨て馬という設定にした僕には文句を言う資格はない。
「あと、思ったんだが、悠馬の調教に似てるな。」
「そ、そうなんですか?」
僕は内心焦った。
それは、悠馬さんが調教したから当然そうなる。
悠馬さんが調教した馬は、僕でもわかるのだから。
「ああ。悠馬に指導受けた奴が作ったのかも知れない。と言っても、そんな奴に心当たりはないが……。」
「そうですか。」
先輩の言葉を聞いてほっとした。
まあ、悠馬さんが異世界に行って調教したとか、絶対に思い付か……。
「悠馬が実は生きていて、どこかで調教したとか……なんてな!」
「ははは、先輩も冗談言うんですね。」
心臓に悪いこと言わないで欲しい。
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