異世界から来た馬

ひろうま

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第3章 危機

第19話 試乗 その3

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◆Side アイリス◆
「じゃあ、アイリスお願いね。」
リンさんは、そう言って私に乗った。
少し前に、私を買うという人が乗りに来たらしい。
これから、下乗りとして、リンさんが乗るということだった。

馬場に出ると、馬場の近くに見慣れない男の人が社長さん(以前、シメイに教えてもらった)と一緒に立っていた。
乗る準備をしているので、あの人が私を買おうとしている人だろう。
ちなみに、ここにシメイはいない。
騎乗前の手入れ後、仕事があるからと、厩舎作業に向かったのだ。

リンさんが私を乗せ軽く運動した後、私を買いに来た人と乗り代わった。
私は(大抵の馬もそうであるようだが)乗られた瞬間に、その人のおおよその乗馬レベルがわかる。
その感覚で言うと、私を買いに来たというその人は、あまりレベルが高くないようだ。
これなら、そんなに頑張って演技しなくても、ぎこちない運動になりそうだ。

実際運動してみると、思った以上にこの人は乗せ難いと思った。
技術的にも今一つなのだが、それより大きな問題があった。
言ってみれば強引なのだ。
運動中、人と馬とは主従関係であるべきではあるが、その中にもやり取りがある。
シメイは、主従関係を作る事に抵抗があるから……いや、今はシメイのことは置いておこう。
お父さんはやり取りという点は特に重視していたので、向こうの会員さんは技術的には足りなくても、そういうことには意識が高かった。
こっちでも、これまで私に乗った人はしっかり出来ていた。
しかし、今乗っている人はこっちの状態は無視して、自分がやりたいようにやる感じだ。
これでも、いわゆる『良い馬』はちゃんと運動するのだろう。
恐らく、この人はそういう馬を選んで買っているはず。
もしかしたら、私もそういう馬と思って買おうとしたのだろうが、生憎私は『良い馬』ではない。
むしろ、今日は悪い馬を演じることにしている。
とは言え、そんなに演じなくても大丈夫そうで、そういう意味では安心した。

◆Side 林藤◆
「酷いな。君、何かしたのか?」
アイリスの運動を見ながら、社長はそう言った。
「特に変なことはしてませんよ。私が乗っているのを見ていたからわかると思いますが。」
「そうなんだが、ちょっと異常じゃないか?」
「彼とアイリスが、よっぽど合わなかったんでしょうね。」
「君は嬉しそうだな?」
社長が私の方を見て、睨んだ。
どうも、私は嬉しさを隠せていなかったようだ。
「申し訳ございません。これで、アイリスが売られないで済むだろうと思いましたので。」
「君はあの馬を売りたくなかったんだからな……。確かに、あれではあいつも諦めるだろうな。」
「そうですね。社長としては、残念だと思いますが。」
「うむ。儲け損ねたな。まあ、私もあいつは嫌いだ。」
「そうなんですか?」
彼は以前にも、うちの馬(悠馬さんが調教した馬だったと思う)を買ったことがあった。
いくらかわからないが、社長が喜んでいたから、結構な金額だったのだろう。
だから、社長が彼が嫌いというのは意外だった。
「あいつは確かに金払いが良いが、馬を道具みたいに考える奴だからな。」
「……。」
その理由を聞き、私は更に意外に感じた。
恐らく、社長も元馬乗りとして、思うところがあるのだろう。

◆Side 紫明◆
馬装が終わり次第、アイリスは林藤先輩に託して、厩舎作業に戻った。
アイリスの運動を見ない理由は、作業が忙しいのもある。
しかし、最大の理由は、アイリスが無理にぎこちない運動をするのを見たくないからだ。

最近林藤先輩はあまり乗ってないが、今日は下乗りをすることになっている。
社長の指示だ。
スタッフが先に乗るのは、通常、買い手が乗る時に馬をより良い状態にすることで商談をやり易くする目的がある。
社長もそのために、林藤先輩に指示したのだろう。
しかし、今日はそういう目的としては、下乗りが意味を持たない。
アイリスは、買いに来た人と合わないかの如く、ぎこちない運動をすることになっているからだ。
乗り手のレベルが高いと、そういうことをするのも難しそうだが、今回の人はそんな上手くないそうだから大丈夫だろう。

「終わったわよ。手入れよろしくね。」
「はい。お疲れ様でした。それで、どんな感じですか?」
「今、例の人は社長と話しているけど、多分買うのは諦めると思うわ。」
「それは、良かったです。」
僕はそれを聞いて安心した。
「まだ結果は出てないから、安心するのは早いけどね。」
「は、はい。」
どうやら、僕の気持ちを読まれたようだ。
「でも、社長があの人を嫌ってるのは意外だったわ。」
「そうなんですか?」
林藤先輩は、社長と話した内容を教えてくれた。
僕も社長はお金が一番みたいな感じだから、意外な気がした。
「まあ、そういうのもあるから、今回は大丈夫かな?でも、今後もアイリスを買いたいという人は現れると思うわ。」
「そうですね……。」
競技会でアイリスの良さを皆に知ってもらったことで、こういう問題も出てくるんだな。
「だから、須崎さんに相談してみない?良かったら、私からお願いしてみるけど。」
確かに、須崎先輩は自分の馬を持っているし、相談するには良いかも知れない。
「わかりました。お願いします。」
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