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第二章 新しい生活
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しおりを挟む「凛くん、起きて」
「ん……ゼン、終わったの?」
「終わって今来たとこ。ゼルは俺が担ぐから、帰ろうか」
そっか。なんか懐かしい夢見てた気がする。
「凛、帰る前に隆二と話してやって。ずっと話せてなかったでしょ?」
「あ……父さんいるの? ゼン、ちょっと話してからでもいい?」
「あぁ、話してき。俺はゼル連れて車に居るから」
う……車に行くのか。そっか、そうだよな。普通一緒に話聞かないよな。
「凛、そんなに長くならないわ。隆二にも話してあるし、そのぬいぐるみでも持ってなさい」
俺はぬいぐるみを抱えて、父さんのところへ行くと、父さんは俺に抱きついてきて泣いていた。
「ごめん、凛。父さんが悪かった。あいつに注意したつもりが……凛の事を……」
父さんが、俺に対してパパって使わないのは、なんか久しぶりだ。
「別に父さんが悪い訳じゃない。それにあの時、父さんが注意してくれたの知ってるし……あの人……俺の目……ヒュー、ヒュー……」
「凛!! 無理するな!! 話さなくていい!! 思い出すな!!」
だ、駄目だ。ここでちゃんと説明しないと。父さんが、いつまでも気にしちゃう。
「お、俺の目が……撮りたいって……だ、だから……あの時の目……撮る為に……はぁ、はぁ、はぁ……父さん悪くない。傷つかないで」
説明はほとんどできてないが、言いたい事を言えた事で、胸のつかえが少し無くなった気がした。俺は急いでぬいぐるみに顔を埋めると、父さんが俺の背中を押して、車まで連れて行ってくれる。
「凛くん、お話できたんか??」
俺がコクっと頷くと、ゼンは車のドアを開けてくれて、俺が車に入ったのを確認すると、何か父さんと話してるようだったが、俺は呼吸を整えるので必死だった。
「凛くん帰るで。大丈夫そう??」
「うん……落ち着いてきた」
「話せて良かったなあ。隆二さん、凛くんの事守りたかったんやろな」
知ってる。俺の為にこっちの採用試験受けてまで、一緒に来てくれたんだもん。俺には父さんの転勤でこっちにって話にされてるけど、本当は逆なんだ。だからちゃんと説明したかった。母さんは怒ってたけど、父さんのせいじゃないんだって。
マンションに帰ると、ゼンはゼルをベッドに下ろし、体温を測る。
「多分こいつのは、ただの知恵熱や。気にせんでも凛くんのせいやないし、どうせアホな事考えてたんやろ。明日には下がっとるから大丈夫や」
「先生の事かな……ねぇゼン!! 俺がゼルの看病したい!! いつもされっぱなしだし」
「だーめ。俺が寂しいやんか。ちゅーか、そいつ起きんと思うで。やる事は無し!! 熱さましでも貼っときゃええねん」
そう言ってベシッと、ゼルの額に熱冷ましを貼ったゼンは、俺を引っ張ってお風呂に行き、洗うところから乾かすところまで、全部やってしまう。
「俺の楽しみは、凛くんのお世話なんやから、こうして世話できる時くらいさせて欲しいわ。いつも土日だけやしな。帰りが同じ時間っちゅうのも、学校行ってからは無いしなあ」
昨日散々してたと思うんだけど。むしろ世話したくて、俺が腰立たなくなるまで、土日はやる事にしたんじゃ……
「あ、そういや忘れとったんやけど、今日佐良さんに、凛くん視点のやつ見せてもらったんよ。ほら、この前のカメラつけて、俺のスパイク付き合うてもろたやつ」
あぁ、あの時の!! 母さんやっと編集終わったのか。
「そんでな、普通に見とると、俺のコントロールが良いように思うんやけど、スローにすると凛くん、俺が打つ前っちゅうより、もはや跳ぶ時にもう動いとったんよなあ。なんでなん?」
「なんで?? んー、基本的にはその人の癖とか、打つ前の目線とか見て判断してるけど、最終的には打つ瞬間を見てるかなあ」
「それが見えん場合は??」
「見えない時ってブロックでって事?」
「ちゃうちゃう!! 普通に打つ瞬間が、見えん時とか無いんか!!」
ほとんど無いけど、あると言えば圭人みたいな、早いスイングかな。リズムずれると目が追いつかないし。
「目が追いつかない程の早いスイングかな。リズムがずれて咄嗟に対応できなくなる。だからある程度、打たれる前に予測しておくんだ。その為のコースデータでもあるかな」
「それやと、凛くんでも取れへんの??」
「いや、俺の居る範囲から、大きく外れさえしなければ取れるかな……手にさえ当たればだけど、俺の苦手なめちゃくちゃ重い強打以外なら、セッター位置にはあがると思う」
「そうかー。凛くん剛のスパイクは苦手やもんなあ」
剛さんのは……あれは重すぎだ。身体後ろに吹っ飛ぶし。でも逆に吹っ飛ばされないように、我慢するとボール弾いちゃうし。本番でそういう人にあたったら、拾える方優先にして、身体後ろに回転させるしかないよなあ。今度トシさんにお願いして、練習させてもらおう。
「そういえば、なんでそんな事聞いてきたの??」
「ん?? そりゃ凛くんが取れへんスパイクなら、どことやっても通用する思ったからや」
「え、俺はあのインナー取れないよ?」
「は!? なんで!? 凛くんなら取れるやろ」
「いや、一対一なら取れるけど、試合では6人居るし、あの位置にはスパイカーが普通は居るじゃん。取れたとしても、助走距離を取る時に危ないし、ぶっつけ本番で変に手出したら邪魔になるよ。ゼンなら分かるでしょ??」
「確かにそうやな。なら凛くんと真っ向勝負するんやと、厳しいかあ」
いや、どうだろう。全部同じトスで打ち分けできるようになったら、ゼンの武器は多くてギリギリまで迷ったあげく、横回転とかは弾きそうだな……まあ、これは本人には言わないけど。自分で気づいた方が、試合で自然と動けるようになるし。でも……
「インナー打つ時のゼン、空中で止まってるみたいでカッコ良かったし、俺が敵だったら多分見惚れて動けないな」
大好きな恋人には、ヒントくらいあげてもいいだろう?
応援ありがとうございます!
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