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第二章 新しい生活
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しおりを挟む翌日、俺とゼルはウキウキしているゼンの車で、体育館へ向かうと、先生が入り口で仁王立ちしていた。
「凛……お前また脱走するなら、ゼンかゼルに抱えてもらえよ。それか紐でも付けるか??」
そう言ってトレーニング用のゴム紐を、俺に見せてくる。
なんで!! 先生が陣の場所教えてくれたんじゃないか!! それにちゃんと行くって伝えたのに!! 紐なんか付けるのは絶対にやだ!!
「凛くん抱っこしよか?? それとも、俺と手繋いどく??」
「俺はポジション違うからなあ。センセ、今日ってポジション練習はどのくらいやるん??」
「今日からは最初の3時間だけだ。あとは試合をこなしてもらう……ゼンも入るんだっけ?? 仕方ないから、圭人とトシとゼンでレフトまわすしかないな。あの二人、特に圭人の勉強になるだろう」
あ……それなら圭人に教えて欲しい事あるんだよな。
「ゼン、圭人に細かい打ち分け教えて欲しいんだ。俺が言ったから、頑張ってるみたいなんだけど、いまいち手首の使い方が分かってないっていうか、そっちに気を取られると、折角のスイングの速さが無くなるんだよ」
「凛くんの頼みならええけど……俺から絶対離れんのやったらええよ」
ゼンはぬいぐるみを持っていない方の、俺の手首を掴んでゼルは俺の背中に手を添える。それを見た先生はゴム紐をしまい、中に入って更衣室に向かい、俺達もそれについて行く。
「凛~、おは……うぐッ」
「おはようございます!! 凛もおはよう、脱走から回収されたのか??」
シズは俺に抱きつこうとして、圭人に止められる。いつも通りだが、今日の圭人は一言多い。
「失礼な。俺は脱走してないし、回収されたわけでもない。ちゃんと先生には言ったのに、なんで脱走した事になってるんだよ」
「お前が言ったのは、練習中だろ?? てっきり行く前に声をかけてくるんだと思ったら、急に居なくなりやがって」
むぅ……だって先生に声かけたら、絶対ゼルの事呼んだじゃないか。
俺はプイッと目を逸らすと、向井さんが来て俺を庇ってくれる。
「まあまあ、もういいんじゃないの?? 凛くん、今日はカメなんだ」
「しかし凛、脱走するなら、今度から走って行けよ。どうせならトレーニングしないと勿体ないだろ??」
向井さんとトシさんはブレないな。それに俺、流石に神奈川から東京まで走ったら死ぬんだけど。
「お前等、今日は昨日伝えた通り、ゼンにも入ってもらう。いや、無理矢理ねじ込まれた。だからトシと圭人とゼンで三人で回すからな。勉強させてもらえ」
「監督サン、ねじ込んだわけやないやんか。白雷虎戦だけやらして言うただけやん。まあ、トシと圭人は俺と凛が教えたるから、特に圭人は……髭の兄ちゃんでええんよな?? 凛くんに頼まれとるから、教えたる」
ゼンが圭人に言うと、ビクッとしながらも少し嬉しそうだった。
「圭人、ゼンは打ち分け得意だから、手首の使い方教えてもらうといいよ」
「いや、俺も凛くんに気付かされたんやけど……無意識にやっとる事って、意識すると案外大変なんやけど、出来るようなると楽しいで」
「凛、ありがとう!! ゼンさんもお願いします!!」
俺等は練習の準備をして、他校も集まる体育館の中に入ると、視線が一斉にこっちに集まる。
ビクッ
だんだんと早くなる心臓の音が、ドカドカと聞こえてくる気がして、呼吸も少し浅くなる。俺はぬいぐるみをギュッと抱くと、急にゼンに担がれた。
「凛くん、大丈夫や。こうしてると見えんやろ?? それともお姫様抱っこが良かった??」
「う……それはやだ。ありがとう」
俺は後ろ向きになり、誰も居ないとこを見ると、ゼルが後ろに回り込んで、両手で俺の頬を挟む。そして軽いキス……見えてる人には見えてるけど、殆どの人には見えていない。見えてても風狼の人達だけだ。
「凛はキスすると安心するんやろ?? なら誰に見られようが、俺等は気にせんし、付き合っとるの隠しとる訳やないから、凛が嫌じゃないんやったら、全然したるよ」
「俺も気になるんはテレビだけやし、そのテレビも報道陣は前に凛くんの事調べろ言うたやん?? せやから多分凛くんには気遣うと思うんや。もしくはオカンがよく口にしとる、推しにでもなってくれたらええなあとは思っとる。俺等は凛くんの気持ちを優先すんで」
うぅ……恥ずかしい。けど、なんか不安はなくなる気がする。
「嫌じゃ……ない。けど恥ずかしいから、少しだけ」
「うん、脈も戻っとるみたいやし薬はいらんな。ついでに兄貴のキスの出番もないで」
「チッ……やっぱ横抱きにしとくんやったわ」
ゼンが舌打ちをすると、風狼のみんながビクッとするのが見え、山田は軽く悲鳴をあげる。
山田は本当にゼンが怖いんだな。そんなにあの時の練習が怖かったのか……メニューが辛かったのか。
俺はそのままゼンに担がれた状態で居ると、先生にノートを渡された。
「これがリベロの、昨日やったメニューだ。一応目通しておけよ。それとお前に懐いてた類が、うちのキャプテンがすみませんって言って、お前が来ない事に落ち込んでた」
別に類くんが悪いわけじゃないのに……ん?? このメニュー、俺が新田にやらせてたやつだ。
「おぉ、せやった。挨拶行かなアカンなあ……凛くん、このまま白雷虎に挨拶いこか!!」
こんな初心者がやるようなメニューをやったのか?? 大学生もいるのに?? なんでこんなメニューになったんだ。
「凛は集中しとるから、聞こえとらんみたいや。大丈夫やと思うで」
「そうか、ならええか。監督サン、俺等ちょいと挨拶してくるわ~」
「……ほどほどにな」
ーーーーーーーーーーーー
(side類)
うわっ、あの人ってファルコンのヴァルシア ゼン!? めっちゃおっかない顔しとるんやけど。凛さん抱えとるって事は……キャプテンがまたやらかしたんか!?
俺がキャプテンの方を見ると、キャプテンは季壱さんの後ろに隠れて、青い顔をしている。
「久しぶりやなあ、不破。何隠れとんのや。お前挨拶もできんのか??」
「い、いえ!! お、お久しぶりです!!」
あんなキャプテン初めて見たわ。てか、キャプテンってあの人のファンやったよな?? てっきり喜ぶんかと思った。
「俺等の大事な子が世話んなったなあ。いや、違うか……お前の趣味に凛くんを巻き込むなや。お前のせいで、凛くんがバスケにいったらどないしてくれんのや。バレーやめたらどうするん?? 俺等から離れたらどうしてくれるん?? なぁ、教えてや」
え……ゼルさんも結構執着しとる思ったけど、ゼンさんは怖いわ。テレビで見るゼンさんより、今の方がおっかないな。笑っとるのに、笑っとらん。ゼルさんは逆に無表情やし、凛さんはよく一緒に……あの人この状況で何しとるんや??
担がれてる凛さんを見ると、ノートを開いて震える新田と話していた。
「す、すんません!! そ、そん時は俺が責任を持って……」
「何言うとん。俺等が凛くん離すわけないやん。GPSに監視カメラ、明日から凛くんに渡しとくんやから、変な気おこすなよ。それ踏まえたうえで、これからお前に何が出来るんか言うてみ」
いやいやいや、もう怖すぎる!! ずっと二人から監視されるって……凛さん知っとるんか!?
俺がもう一度凛さんの方を見ると、何故か目があって手招きされた。
「類くん、ちょっと聞きたい事あるんだけど、昨日のメニュー覚えてる??」
「は、はい、一応日誌にも書き込んどいたんで」
「あれって全部、俺が新田用……つまり初心者用に考えたメニューなんだけど、みんな普通はやらないメニューなの?? 新田がみんな大変そうだったって」
いや、アレ初心者用やないよ!! まじでアレやらせとったんか。
「言いにくいんすけど、アレ初心者用やないと思います。バランスボード乗りながら、直上はまだええですけど、そっから視力検査やるとか……間違ったら3分のワンマンとか……セッターに返らんかったら5秒ずつ増えるって……キツいし、やった事ないですよ。凛さんってあんな事やってたんすか??」
「あれキツイのか……俺は視力検査はやってないけど、昔から陣と一緒に人の視線を避けて行動したり、母さんと対人しながら、陣が持つ紙に1から5までバラバラにして書いた数字を、レシーブで返して打たれるまでの間で、どの位置にどの数字が書かれてるかの把握とか、母さんに綺麗に返らなかったら、ワンマン5分だったし、あとは……」
「いや、もうええです!! 俺達のは確かに、凛さんからしたら初心者用でした!!」
いや、なんつう事しとったんや。全部視力強化やんか。それに加えてスタミナ強化。凛さんのワンマンってどんななんやろ。見てみたい。
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