6 / 41
第一章 陰陽師、召喚される
第五話
しおりを挟む
(――なっ!)
声にしようとするが、言葉にならない。
ミハルを……いただく……?
「この娘に免じて、貴様らに一ヶ月の猶予を与えよう。一ヶ月後、貴様らを皆殺しにする。悔いを残さぬように、せいぜい残りの時間を有意義に使うことだ」
「――⁉」
次の瞬間、魔王の姿が消えた――
そして、ミハルも……
「はあ……」
玉座の間に溜め息が蔓延した。やっと、魔王という強力な気から解放され、息ができるようになったのだ。全員、安堵の表情をする。
しかし、ハルアキだけは目を見開き、今起きた出来事を理解しようと必死だった。
(ミハルが……連れ去られた……?)
自分の命より大事だと思っていた妹が、自分を庇い、そして、姿を消した――
その事実をいまだ受け入れられないでいた。
「た……助かった……」
煌びやかな貴族の衣装を纏ったブラネード公が力無くその場に崩れ、尻餅をつく。
「助かってはないぞ、ブラネード公。一ヶ月だけ命を長らえただけだ」
長身、白髪、長い髭のラウルがそう応える。
「そ、そうじゃ! それまでに何か対抗策を講じなければ――」
「父上、講じると言っても、相手は魔王……今のを見ていたでしょ? 一瞬で敵の中枢にまで入り込むことができる圧倒的な魔力と魔法レベル。わが国最強クラスのボナパルトを片手で投げ飛ばすだけの肉体……対抗手段など、いくら考えても出てきませんよ」
ラウルの弟子で、ブラネード公の息子――ムスカが落ち着いた声で言う。
「そ、そうだ! 息子よ!」
ムスカに言われて思い出したジェスパー侯爵レオパルトがボナパルトのところに向かう。
「う……う、う」
そう唸るボナパルトに、「生きてるぞ!」と叫ぶ。警備兵を呼んで、彼を寝かせるように指示した。
あれだけ吹っ飛ばされて、息のあるボナパルトも人間離れしている。
話が途切れてしまったが、ここに集まった面子で改めて意見を交わすこととなった。
「対抗手段がない……それじゃ、逃げるのか?」
「逃げるといっても、いったいどこへ? この国は四方を神獣の縄張りに囲まれて、外には出られないのですよ」
全員黙り込んでしまう。暫くして、ラウルが口を開く。
「籠城するしかあるまい……兵力を集中して、相手が現れたところを、全兵力で一気に叩く。とにかく、兵力を集中する事だ」
「ちょ、ちょっと待てよ! ミハルは……ミハルはどうなるんだよ⁉」
彼らの話を呆然と聞いていたハルアキだったが、会話に違和感を覚え、割って入る。ここに居る者達は自分の身を案じるだけで、ミハルのことを全く話題にあげないのだ。
「連れ去られた娘のことか……ソナタを兄と言っていたようじゃが……」
「そうだ、ミハルはオレの妹だ! ミハルを助け出すのが先だろ!?」
ハルアキの意見に、全員が「まいった……」という顔をする。
「ソノタも見ていただろう? チカラの差を……魔族に対抗するチカラなど私達にない。妹さんを助けたい気持ちはわかるが、残念ながら方法など……」
「そ、そんな……」
ハルアキはガックリと腰を落とす。
「そっちが勝手に連れてきて、今度は勝手に見放すのかよ……」
日本からいきなり召喚されたと思ったら、兄妹が離れ離れにされ、そのまま突き放す――そんなことが許されて良いのか?
「そもそも、あなたが嘘を吐いたのが悪いのでしょ‼」
「――えっ?」
聖女、エリーネが大声をあげるので、ハルアキは驚く。
「あなたが『魔物を追い払うチカラがある』と嘘を吐かなければ……私が本物の勇者様を連れて来ることができたなら、こんなことにはならなかった――」
「そ……そんな……」
確かに、勘違いとはいえ、勇者でもないのに「はい」と応えてしまったのは間違いない……ハルアキは何も言えなくなる。
「止めなさい、エリーネ」
玉座の方から声が聞こえる。王女フィリシアだ。ため息をついたあと――
「……異界の方……名を教えていただけますか?」
「ハルアキ……安倍ハルアキ……」
――と応える。
「そう……アベ・ハルアキ……わかりました。あなたの妹――ミハルさんは私達が責任を持って助け出します」
「――⁉」
「そして、二人とも元の世界へ戻れるように全力を尽くしましょう」
「――本当に?」
ハルアキも驚く。
「姫! 彼らを元の世界へ戻すと言っても……いったいどうやって?」
「宝玉を使います」
「――なっ⁉」
全員の顔色が変わる。宝玉とは?
「それは国の宝ですぞ! 一度使ったらもう二度と使えない……それをこのような者に使うとは……」
「きっと、そのためにあった……そういうことなのでしょう……おじいさま、それで良いですよね?」
「フィリシアの決めたことじゃ、好きにするが良い」
「……」
ハルアキは何が何だかわからなかった――が、どうやら、元の世界――日本に帰る方法があるようだ。しかし、それはミハルを取り返してから考えればいい。
「申しわけありません……私が失敗しなければ……」
エリーネが悔しい……という顔をしながらうつむいてしまう。
「エリーネ……アナタのせいではないわ」
フィリシアは幼馴染で親友の頭を上げさせた。
「そうじゃ! もう一度、勇者を召喚すれば良いだけではないか!」
ブラネード公が名案とばかりに声をあげるが……
「それは出来ない……勇者召喚は聖人が一生に一度しか行えない大魔法なのだ」
「そ……それでは……」
部屋全体が絶望感に覆われる。
「諦めるのはまだ早い。我々には一ヶ月の猶予があるのだ」
ラウルがそう言うのだが、場の雰囲気は変わらない。
「そうね……手をこまねいていても仕方ないわね。せっかく、ミハルさんが作ってくれた時間。大事に使いましょう。ラウル宰相、ジェスパー将軍とジャン騎士団長でミハルさんの救出部隊の結成を直ぐに協議してください」
「…………」
ラウルは頭を垂れる――のだが、返事はなかった。
すると、フィリシアは玉座の壇上から下り始める。
「姫様、どちらに?」
「ハルアキを客間にお連れします」
「それには及びません」
ラウルが口を挟む。
「我々が客人をお連れします。姫はどうか大司教様と聖女様を送って頂けますか?」
フィリシアは「そうね……」呟き、ラウルの提言を承諾する。確かにエリーネのことが心配だった。
「うむ……ムスカよ、客人をお連れしなさい」
「――畏まりました」
ハルアキがいた世界なら、ハリウッド映画に出演していそうな超美形の青年が「どうぞこちらへ」と声を掛け、ハルアキを玉座の間から連れ出した。
「エスカフローネ」
「……はい」
外で待機していた使用人が近寄ってくる。黒のドレスに白いエプロン。俗に言うメイド服だ。
「西の間に客人をお連れする。準備をしなさい」
「――畏まりました」
エスカフローネと呼ばれた使用人は、ハルアキの服装に少し奇妙な――という表情をしたのだが、すぐに無表情を取り戻し、二人から離れて行った。
「……こちらへ」
ムスカが先にスタスタと歩くので、ハルアキも慌てて付いていく。
「なあ、いったいここはどこなんだよ? ミハルはどこに連れて行かれたんだ? 魔王って何だよ」
わからないことばかりだ。矢継ぎ早に質問するのだが――
「黙れ、無能者!」
「……えっ?」
突然、口調が命令的になるので、言葉に詰まる。
「……これは、失礼しました。それについては折々お話ししてまいります。今日のところはこちらでお寛ぎ下さい」
そう言われて入った部屋は……
「うわぁ……」
黄金に輝く装飾品の数々。世界遺産のテレビ番組で放映されていそうな絢爛豪華な部屋である……
「気に入って頂けましたかな?」
声を掛けてきたのは、ラウルと呼ばれていた、白髪長身の男性。玉座の間で別れた筈だが、どうやら後を追い掛けてきたようだ。
「え、えーと……」
何と言ったら良いのかわからず、戸惑っていると、ラウルはハルアキの前に紫色の布を差し出す。
何か? と思って覗くとその中にウズラの玉子ほどの白い石があった。
「これは、この国に伝わる幸運の石です」
それを聞いたムスカの表情に少し変化があったのだが、ラウルが目で合図する。
白く輝く石に気を取られていたハルアキはそれに気付かなかった。
「ミハル様が無事救出されるようにと念じておきました。是非こちらをお受け取り下さい」
「……貰って良いのか?」
ラウルが「はい」と応えるので、この世界ではそういうモノなのかと考えるハルアキ。貰えるモノは貰っておこうと、その石に触れた瞬間――
ハルアキの姿が部屋から忽然と消えた。
声にしようとするが、言葉にならない。
ミハルを……いただく……?
「この娘に免じて、貴様らに一ヶ月の猶予を与えよう。一ヶ月後、貴様らを皆殺しにする。悔いを残さぬように、せいぜい残りの時間を有意義に使うことだ」
「――⁉」
次の瞬間、魔王の姿が消えた――
そして、ミハルも……
「はあ……」
玉座の間に溜め息が蔓延した。やっと、魔王という強力な気から解放され、息ができるようになったのだ。全員、安堵の表情をする。
しかし、ハルアキだけは目を見開き、今起きた出来事を理解しようと必死だった。
(ミハルが……連れ去られた……?)
自分の命より大事だと思っていた妹が、自分を庇い、そして、姿を消した――
その事実をいまだ受け入れられないでいた。
「た……助かった……」
煌びやかな貴族の衣装を纏ったブラネード公が力無くその場に崩れ、尻餅をつく。
「助かってはないぞ、ブラネード公。一ヶ月だけ命を長らえただけだ」
長身、白髪、長い髭のラウルがそう応える。
「そ、そうじゃ! それまでに何か対抗策を講じなければ――」
「父上、講じると言っても、相手は魔王……今のを見ていたでしょ? 一瞬で敵の中枢にまで入り込むことができる圧倒的な魔力と魔法レベル。わが国最強クラスのボナパルトを片手で投げ飛ばすだけの肉体……対抗手段など、いくら考えても出てきませんよ」
ラウルの弟子で、ブラネード公の息子――ムスカが落ち着いた声で言う。
「そ、そうだ! 息子よ!」
ムスカに言われて思い出したジェスパー侯爵レオパルトがボナパルトのところに向かう。
「う……う、う」
そう唸るボナパルトに、「生きてるぞ!」と叫ぶ。警備兵を呼んで、彼を寝かせるように指示した。
あれだけ吹っ飛ばされて、息のあるボナパルトも人間離れしている。
話が途切れてしまったが、ここに集まった面子で改めて意見を交わすこととなった。
「対抗手段がない……それじゃ、逃げるのか?」
「逃げるといっても、いったいどこへ? この国は四方を神獣の縄張りに囲まれて、外には出られないのですよ」
全員黙り込んでしまう。暫くして、ラウルが口を開く。
「籠城するしかあるまい……兵力を集中して、相手が現れたところを、全兵力で一気に叩く。とにかく、兵力を集中する事だ」
「ちょ、ちょっと待てよ! ミハルは……ミハルはどうなるんだよ⁉」
彼らの話を呆然と聞いていたハルアキだったが、会話に違和感を覚え、割って入る。ここに居る者達は自分の身を案じるだけで、ミハルのことを全く話題にあげないのだ。
「連れ去られた娘のことか……ソナタを兄と言っていたようじゃが……」
「そうだ、ミハルはオレの妹だ! ミハルを助け出すのが先だろ!?」
ハルアキの意見に、全員が「まいった……」という顔をする。
「ソノタも見ていただろう? チカラの差を……魔族に対抗するチカラなど私達にない。妹さんを助けたい気持ちはわかるが、残念ながら方法など……」
「そ、そんな……」
ハルアキはガックリと腰を落とす。
「そっちが勝手に連れてきて、今度は勝手に見放すのかよ……」
日本からいきなり召喚されたと思ったら、兄妹が離れ離れにされ、そのまま突き放す――そんなことが許されて良いのか?
「そもそも、あなたが嘘を吐いたのが悪いのでしょ‼」
「――えっ?」
聖女、エリーネが大声をあげるので、ハルアキは驚く。
「あなたが『魔物を追い払うチカラがある』と嘘を吐かなければ……私が本物の勇者様を連れて来ることができたなら、こんなことにはならなかった――」
「そ……そんな……」
確かに、勘違いとはいえ、勇者でもないのに「はい」と応えてしまったのは間違いない……ハルアキは何も言えなくなる。
「止めなさい、エリーネ」
玉座の方から声が聞こえる。王女フィリシアだ。ため息をついたあと――
「……異界の方……名を教えていただけますか?」
「ハルアキ……安倍ハルアキ……」
――と応える。
「そう……アベ・ハルアキ……わかりました。あなたの妹――ミハルさんは私達が責任を持って助け出します」
「――⁉」
「そして、二人とも元の世界へ戻れるように全力を尽くしましょう」
「――本当に?」
ハルアキも驚く。
「姫! 彼らを元の世界へ戻すと言っても……いったいどうやって?」
「宝玉を使います」
「――なっ⁉」
全員の顔色が変わる。宝玉とは?
「それは国の宝ですぞ! 一度使ったらもう二度と使えない……それをこのような者に使うとは……」
「きっと、そのためにあった……そういうことなのでしょう……おじいさま、それで良いですよね?」
「フィリシアの決めたことじゃ、好きにするが良い」
「……」
ハルアキは何が何だかわからなかった――が、どうやら、元の世界――日本に帰る方法があるようだ。しかし、それはミハルを取り返してから考えればいい。
「申しわけありません……私が失敗しなければ……」
エリーネが悔しい……という顔をしながらうつむいてしまう。
「エリーネ……アナタのせいではないわ」
フィリシアは幼馴染で親友の頭を上げさせた。
「そうじゃ! もう一度、勇者を召喚すれば良いだけではないか!」
ブラネード公が名案とばかりに声をあげるが……
「それは出来ない……勇者召喚は聖人が一生に一度しか行えない大魔法なのだ」
「そ……それでは……」
部屋全体が絶望感に覆われる。
「諦めるのはまだ早い。我々には一ヶ月の猶予があるのだ」
ラウルがそう言うのだが、場の雰囲気は変わらない。
「そうね……手をこまねいていても仕方ないわね。せっかく、ミハルさんが作ってくれた時間。大事に使いましょう。ラウル宰相、ジェスパー将軍とジャン騎士団長でミハルさんの救出部隊の結成を直ぐに協議してください」
「…………」
ラウルは頭を垂れる――のだが、返事はなかった。
すると、フィリシアは玉座の壇上から下り始める。
「姫様、どちらに?」
「ハルアキを客間にお連れします」
「それには及びません」
ラウルが口を挟む。
「我々が客人をお連れします。姫はどうか大司教様と聖女様を送って頂けますか?」
フィリシアは「そうね……」呟き、ラウルの提言を承諾する。確かにエリーネのことが心配だった。
「うむ……ムスカよ、客人をお連れしなさい」
「――畏まりました」
ハルアキがいた世界なら、ハリウッド映画に出演していそうな超美形の青年が「どうぞこちらへ」と声を掛け、ハルアキを玉座の間から連れ出した。
「エスカフローネ」
「……はい」
外で待機していた使用人が近寄ってくる。黒のドレスに白いエプロン。俗に言うメイド服だ。
「西の間に客人をお連れする。準備をしなさい」
「――畏まりました」
エスカフローネと呼ばれた使用人は、ハルアキの服装に少し奇妙な――という表情をしたのだが、すぐに無表情を取り戻し、二人から離れて行った。
「……こちらへ」
ムスカが先にスタスタと歩くので、ハルアキも慌てて付いていく。
「なあ、いったいここはどこなんだよ? ミハルはどこに連れて行かれたんだ? 魔王って何だよ」
わからないことばかりだ。矢継ぎ早に質問するのだが――
「黙れ、無能者!」
「……えっ?」
突然、口調が命令的になるので、言葉に詰まる。
「……これは、失礼しました。それについては折々お話ししてまいります。今日のところはこちらでお寛ぎ下さい」
そう言われて入った部屋は……
「うわぁ……」
黄金に輝く装飾品の数々。世界遺産のテレビ番組で放映されていそうな絢爛豪華な部屋である……
「気に入って頂けましたかな?」
声を掛けてきたのは、ラウルと呼ばれていた、白髪長身の男性。玉座の間で別れた筈だが、どうやら後を追い掛けてきたようだ。
「え、えーと……」
何と言ったら良いのかわからず、戸惑っていると、ラウルはハルアキの前に紫色の布を差し出す。
何か? と思って覗くとその中にウズラの玉子ほどの白い石があった。
「これは、この国に伝わる幸運の石です」
それを聞いたムスカの表情に少し変化があったのだが、ラウルが目で合図する。
白く輝く石に気を取られていたハルアキはそれに気付かなかった。
「ミハル様が無事救出されるようにと念じておきました。是非こちらをお受け取り下さい」
「……貰って良いのか?」
ラウルが「はい」と応えるので、この世界ではそういうモノなのかと考えるハルアキ。貰えるモノは貰っておこうと、その石に触れた瞬間――
ハルアキの姿が部屋から忽然と消えた。
応援ありがとうございます!
1
お気に入りに追加
31
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる