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第一章 陰陽師、召喚される
第六話
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「……えっ?」
ハルアキは混乱した――
自分は間違いなく、絢爛豪華な部屋にいた。それから一歩も動いていない。
なのに今、視界に入っているのは――
鬱蒼とした森――
ギャーギャーと鳥らしき鳴き声が聞こえ、耳元ではブーンという虫の羽音もする。
王宮の中に行き渡っていた良い香りは消え、替わりに何かが腐ったような悪臭を感じる。
後ろを見ると真っ白な巨石が横たわっていた。
「これって……」
先程、ラウルが見せた白石と質が良く似ている気もするのだが――
「ここは……どこ?」
今日はその言葉を何度使ったことだろう……しかし、ちょっとムカつく程のイケメンも、おとぎ話に出てきそうな白髪の老人も見当たらない。
「だ、誰かぁ!」
返事はない。
「な……何だっていうんだ?」
足元はぬかるんでいる……そういえば、履いていたのはスリッパだった。都内の自宅からそのままだ。あっという間にスリッパも靴下も、泥が染み込み重くなる。
「チクショー、いったいどうなっているんだよ?」
とにかく、人を探さなければ……そう思い歩き始める。
幸い正面に道らしきモノが続いているので、それを辿る。スリッパでは歩き難いが、裸足よりはマシだ。
暫く歩いた。恐らく一時間くらいは歩き続けたはず……
(日の入りまであとどのくらいあるのだろう……)
森の中なので太陽が見えない。まだ日は出ているようだが、日差しは先程より弱くなってきていた。
スマホも時計もない。あっても役に立たないだろうが……とにかく、時間がわからないというのはこんなに不安になるのかと改めて思う。
暗くなる前に人がいる場所まで出ないと……
ここが異世界なら、どんな動物がいるかわからない。肉食獣だっているかもしれない。暗くなり視界が狭くなったら、生き残る可能性は極端に減るだろう……
焦る気持ちとは裏腹に、体が動かなくなる。起きてから何も食べていないのだから当然だ。
何か食べられそうなモノは――
そう考えたとき、近くで物音がした。会話らしき声も聞こえる。
(――誰かいる⁉)
ハルアキは、音がする方向へ向かった。
(確か、この辺りだったはずだけど……)
茂みを掻き分けて進むと何か動くモノが見える。
(……えっ?)
二十メートル程先にいたモノは……
薄緑の肌に尖った耳。体毛はなく、下顎から白い牙のようなモノが突き出ている。
身長は一メートル程で、二本足で立っている――が、人間に見えない。ハルアキは家に残る古文書の中に、似ている「妖怪」がいたことを思い出した。
餓鬼……⁉
決して強い妖怪ではないのだが、今見えているだけで三……いや、四匹。同時に襲い掛かられたらとても敵わない。
しかも、相手は武器を手にしている。石を棒に括り付けただけの原始的なモノだが――
「マジかよ……」
いくら異世界だからって、魑魅魍魎の類がいるなんて……
餓鬼らしき妖怪が獣の死骸に顔を突っ込み、肉を貪っていた。
(気付かれないうちに、離れなければ……)
食うことに夢中な今なら、こっそり逃げられる――そう思い、体を向きを変えた――
「うわぁっ‼」
ハルアキは叫んでしまう。別の餓鬼がハルアキの真後ろにいたのだ!
「ギャー! ギャー!」
餓鬼が吠える。
それを聞いた四匹も、死骸を貪るのを止めて向かってきた。
体は小さいが速い! あっという間に囲まれてしまう。
血だらけの石斧を振り上げ、口から鮮血を滴らしながら、ハルアキとの距離を狭める。
(オレは……殺られるのか? こんなところで⁉)
一方――王宮、西の間では……
「ラウル様、今のは⁉ その石は⁉」
目の前にいた筈のハルアキが突然姿を消した! ムスカは目を見開き状況を把握しようとする。
白髪のラウルは手にした紫の布で白い石を丁寧に包み、ゆったりとした袖の中に仕舞う。
「これが『転送石』なのだよ」
その名に、ムスカは驚愕という表情をする。
「転送石⁉ 四神獣の縄張りに一つづつあるという、あの石のことですか⁉」
「そうだ。これは、東のドラゴンの地にある転送石の欠片でな……これに触れた者は、本体の石があるところまで飛ばされる……」
ムスカも大学の授業で聞いたことがある。
昔、人間が神獣の縄張りを攻めたとき、転送石を利用したという歴史が残っていた。
その転送石は行方不明となって久しい――そう聞かされていたのだが……
ラウルは『転送石』を袖の上から撫でる。
「まさか、このようなことで使うとは……数時間前までは考えてもみなかったがな」
「し、しかし――」
ムスカが慌てて、ラウルに問い質す。
「しかし、そんなところに、武器も持たない一般人が残されてしまったら、半日も生きていけないのでは⁉」
この世界の人類は中央平原と呼ばれる地域に居場所が限られている。
平原の東西南北は四神獣と呼ばれる強大な力を有したモンスターに支配され、人の侵入を拒んでいるのだ。
王国の歴史は魔物との戦いである。
神獣が縄張りから出ることはないが、ゴブリン等の魔物は中央平原にまで侵入して、人を襲ったり、町や農地に被害を及ぼす。軍や衛兵、そして騎士団によってそれらを駆逐してきたのだが、魔物による被害は後を絶たない。
百年ほど前、王国は魔物の駆逐と領土拡大を目的に神獣の縄張りへ一万の兵を送り込んだ。しかし、神獣の力に屈し、軍、騎士団の精鋭が全滅。国力が落ちた王国は、その後、南方から獣人族の侵攻を許すこととなった。
その後、中央平原を守ることに王国は注力し、国力回復を成し遂げる。この数十年、王国軍が神獣の縄張りに足を踏み入れたことはない……
「そうだな――お前の言うとおり、あの者では半日も生きてはいけぬだろう」
「では何故⁉」
「さて、何か問題でも?」
ラウルがとぼけてそう応えると、ムスカはハッとする。
「いえ、何も……むしろ好都合なことばかりです」
王女フィリシアは、ハルアキの妹、ミハルの為、救出部隊を編成するように指示した。
黙っていれば、一ヶ月の猶予があるというのに、わざわざ寝る子を起こすような真似をしようとしている。そうでなくても魔王軍の王都侵略阻止の為、戦力の結集を推し進めようというこの時期に――
まだある。フィリシアは二人を元の世界へ返す為に、宝玉を使用するという。
一度だけだが、宝玉を手にした者が、望む場所に移動できるという、『望郷の宝玉』のことである。
王国の宝物庫に眠る、貴重な宝玉の一つをハルアキ達の為に使うというのだ。
当然、王国にとっては何のメリットもない。
「姫様には、『客人がふらっと外に出て行って帰ってこない』とでも伝えよう」
ムスカも同意する。
そのタイミングで「西の間」に入ってきた者が――メイド姿の娘、エスカフローネだ。
「エスカフローネ、実はね……」
ムスカが耳元で説明すると、彼女は「わかりました」と応える。
「いいコだ……今晩、私の部屋へきなさい」
そうムスカが囁くと、彼女は耳を紅潮しながら、部屋を出て行った。
「……ムスカよ……お前の私生活にまで首を突っ込むつもりはないが、国王候補でもある身……慎むことも覚えなさい。女で滅んだ国はいくつものあるのだぞ」
忠告するも「肝に銘じます」とすました顔で応える弟子に、溜め息を吐く魔導士であった。
そういった企みに嵌められたと知る由もなく、ハルアキの命は風前の灯火となっていた。
五匹の餓鬼――そうハルアキは思っている――が周りを囲んで逃げられない。
(何か……何か武器になるようなものは……?)
周りを見渡しても小さいな枝や石ころばかりで武器になりそうなモノはない。ポケットを弄ると何かに触れた。
それを手に取り、見てみると……
「か、紙屑~っ⁉」
ダメだ、武器どころか脅しにも使えない……
他に何か……と思った瞬間――
餓鬼の一匹が石斧を振り上げ飛び掛かってきた!
ハルアキは混乱した――
自分は間違いなく、絢爛豪華な部屋にいた。それから一歩も動いていない。
なのに今、視界に入っているのは――
鬱蒼とした森――
ギャーギャーと鳥らしき鳴き声が聞こえ、耳元ではブーンという虫の羽音もする。
王宮の中に行き渡っていた良い香りは消え、替わりに何かが腐ったような悪臭を感じる。
後ろを見ると真っ白な巨石が横たわっていた。
「これって……」
先程、ラウルが見せた白石と質が良く似ている気もするのだが――
「ここは……どこ?」
今日はその言葉を何度使ったことだろう……しかし、ちょっとムカつく程のイケメンも、おとぎ話に出てきそうな白髪の老人も見当たらない。
「だ、誰かぁ!」
返事はない。
「な……何だっていうんだ?」
足元はぬかるんでいる……そういえば、履いていたのはスリッパだった。都内の自宅からそのままだ。あっという間にスリッパも靴下も、泥が染み込み重くなる。
「チクショー、いったいどうなっているんだよ?」
とにかく、人を探さなければ……そう思い歩き始める。
幸い正面に道らしきモノが続いているので、それを辿る。スリッパでは歩き難いが、裸足よりはマシだ。
暫く歩いた。恐らく一時間くらいは歩き続けたはず……
(日の入りまであとどのくらいあるのだろう……)
森の中なので太陽が見えない。まだ日は出ているようだが、日差しは先程より弱くなってきていた。
スマホも時計もない。あっても役に立たないだろうが……とにかく、時間がわからないというのはこんなに不安になるのかと改めて思う。
暗くなる前に人がいる場所まで出ないと……
ここが異世界なら、どんな動物がいるかわからない。肉食獣だっているかもしれない。暗くなり視界が狭くなったら、生き残る可能性は極端に減るだろう……
焦る気持ちとは裏腹に、体が動かなくなる。起きてから何も食べていないのだから当然だ。
何か食べられそうなモノは――
そう考えたとき、近くで物音がした。会話らしき声も聞こえる。
(――誰かいる⁉)
ハルアキは、音がする方向へ向かった。
(確か、この辺りだったはずだけど……)
茂みを掻き分けて進むと何か動くモノが見える。
(……えっ?)
二十メートル程先にいたモノは……
薄緑の肌に尖った耳。体毛はなく、下顎から白い牙のようなモノが突き出ている。
身長は一メートル程で、二本足で立っている――が、人間に見えない。ハルアキは家に残る古文書の中に、似ている「妖怪」がいたことを思い出した。
餓鬼……⁉
決して強い妖怪ではないのだが、今見えているだけで三……いや、四匹。同時に襲い掛かられたらとても敵わない。
しかも、相手は武器を手にしている。石を棒に括り付けただけの原始的なモノだが――
「マジかよ……」
いくら異世界だからって、魑魅魍魎の類がいるなんて……
餓鬼らしき妖怪が獣の死骸に顔を突っ込み、肉を貪っていた。
(気付かれないうちに、離れなければ……)
食うことに夢中な今なら、こっそり逃げられる――そう思い、体を向きを変えた――
「うわぁっ‼」
ハルアキは叫んでしまう。別の餓鬼がハルアキの真後ろにいたのだ!
「ギャー! ギャー!」
餓鬼が吠える。
それを聞いた四匹も、死骸を貪るのを止めて向かってきた。
体は小さいが速い! あっという間に囲まれてしまう。
血だらけの石斧を振り上げ、口から鮮血を滴らしながら、ハルアキとの距離を狭める。
(オレは……殺られるのか? こんなところで⁉)
一方――王宮、西の間では……
「ラウル様、今のは⁉ その石は⁉」
目の前にいた筈のハルアキが突然姿を消した! ムスカは目を見開き状況を把握しようとする。
白髪のラウルは手にした紫の布で白い石を丁寧に包み、ゆったりとした袖の中に仕舞う。
「これが『転送石』なのだよ」
その名に、ムスカは驚愕という表情をする。
「転送石⁉ 四神獣の縄張りに一つづつあるという、あの石のことですか⁉」
「そうだ。これは、東のドラゴンの地にある転送石の欠片でな……これに触れた者は、本体の石があるところまで飛ばされる……」
ムスカも大学の授業で聞いたことがある。
昔、人間が神獣の縄張りを攻めたとき、転送石を利用したという歴史が残っていた。
その転送石は行方不明となって久しい――そう聞かされていたのだが……
ラウルは『転送石』を袖の上から撫でる。
「まさか、このようなことで使うとは……数時間前までは考えてもみなかったがな」
「し、しかし――」
ムスカが慌てて、ラウルに問い質す。
「しかし、そんなところに、武器も持たない一般人が残されてしまったら、半日も生きていけないのでは⁉」
この世界の人類は中央平原と呼ばれる地域に居場所が限られている。
平原の東西南北は四神獣と呼ばれる強大な力を有したモンスターに支配され、人の侵入を拒んでいるのだ。
王国の歴史は魔物との戦いである。
神獣が縄張りから出ることはないが、ゴブリン等の魔物は中央平原にまで侵入して、人を襲ったり、町や農地に被害を及ぼす。軍や衛兵、そして騎士団によってそれらを駆逐してきたのだが、魔物による被害は後を絶たない。
百年ほど前、王国は魔物の駆逐と領土拡大を目的に神獣の縄張りへ一万の兵を送り込んだ。しかし、神獣の力に屈し、軍、騎士団の精鋭が全滅。国力が落ちた王国は、その後、南方から獣人族の侵攻を許すこととなった。
その後、中央平原を守ることに王国は注力し、国力回復を成し遂げる。この数十年、王国軍が神獣の縄張りに足を踏み入れたことはない……
「そうだな――お前の言うとおり、あの者では半日も生きてはいけぬだろう」
「では何故⁉」
「さて、何か問題でも?」
ラウルがとぼけてそう応えると、ムスカはハッとする。
「いえ、何も……むしろ好都合なことばかりです」
王女フィリシアは、ハルアキの妹、ミハルの為、救出部隊を編成するように指示した。
黙っていれば、一ヶ月の猶予があるというのに、わざわざ寝る子を起こすような真似をしようとしている。そうでなくても魔王軍の王都侵略阻止の為、戦力の結集を推し進めようというこの時期に――
まだある。フィリシアは二人を元の世界へ返す為に、宝玉を使用するという。
一度だけだが、宝玉を手にした者が、望む場所に移動できるという、『望郷の宝玉』のことである。
王国の宝物庫に眠る、貴重な宝玉の一つをハルアキ達の為に使うというのだ。
当然、王国にとっては何のメリットもない。
「姫様には、『客人がふらっと外に出て行って帰ってこない』とでも伝えよう」
ムスカも同意する。
そのタイミングで「西の間」に入ってきた者が――メイド姿の娘、エスカフローネだ。
「エスカフローネ、実はね……」
ムスカが耳元で説明すると、彼女は「わかりました」と応える。
「いいコだ……今晩、私の部屋へきなさい」
そうムスカが囁くと、彼女は耳を紅潮しながら、部屋を出て行った。
「……ムスカよ……お前の私生活にまで首を突っ込むつもりはないが、国王候補でもある身……慎むことも覚えなさい。女で滅んだ国はいくつものあるのだぞ」
忠告するも「肝に銘じます」とすました顔で応える弟子に、溜め息を吐く魔導士であった。
そういった企みに嵌められたと知る由もなく、ハルアキの命は風前の灯火となっていた。
五匹の餓鬼――そうハルアキは思っている――が周りを囲んで逃げられない。
(何か……何か武器になるようなものは……?)
周りを見渡しても小さいな枝や石ころばかりで武器になりそうなモノはない。ポケットを弄ると何かに触れた。
それを手に取り、見てみると……
「か、紙屑~っ⁉」
ダメだ、武器どころか脅しにも使えない……
他に何か……と思った瞬間――
餓鬼の一匹が石斧を振り上げ飛び掛かってきた!
応援ありがとうございます!
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