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第二章 陰陽師、街へ行く

第十二話

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 しばらくして、道に出る。

 いくつかわだちが残っているので、馬車が頻繁に通っているようだ。


「おそらく、この先に街があるんじゃないかな?」

 セイは北に見える一番高い山を目指せと言っていた。道はそちらに向かっている。

 この道を進めばいずれ人がいる場所に出るだろう。問題はどのくらいの時間が掛かるか……だ。

 木の実をポケットに詰め込んできたが、一日で食べきってしまう程の量である。コエダでなくても、食料のことが気になって当然だ。

(今日中に街まで行ければイイのだけど……)

 そんなことを考えていたとき――


 遠くの方からなにやら聞こえてきた。進行方向の反対側からだ。
 耳をすます――

 カタカタという、馬の蹄が地を蹴る音……そして、車輪の音だ。

「馬車がこちらに向かってきているようじゃな……」

 コエダが大きな耳を音の方へ向けてピクピクさせる。どうやら、見かけだけでなく、実用性もあるらしい。


 馬車? それなら――

「街まで行くなら乗せてもらおう」

 間もなく、幌馬車が見えてきたので、ハルアキは手を大きく振った。

「おーい! 乗せてくれ!」

 ハルアキ達に気付いて馬車が止まると、御者の男が驚いた顔で二人を見る。

「ゴブリンが出たのかと驚いたぞ! お前ら、こんなところで何をしている⁉」
 そう言われて、回答に困る。


 少年と幼女の二人組が、人気のない森の中を歩いているのだ。着ている服も見たことのないモノである。怪しさ以外、何もない。


 こういう時には、「世間の目が届かない場所で暮らしていた……」という言い訳が、異世界モノの常套手段じょうとうしゅだんである。
 ハルアキは「二人で森に住んでいたがゴブリンに襲われた。ゴブリンは退治できたが、家は使い物にならなくなったので、これを機に街へ行ってみようということになった」という、作り話をしてみた。


「ゴブリンを退治した……? 武器も無しにか?」
 疑わしいという顔をする男。まあ、当然だろう。

「オレ達は魔法使いなんだ」

「魔法使い? 魔導士のことか?」

 そういえば、王宮でも「魔導士」と言っていた。この世界では魔法を使う者を魔導士と言うらしい。ハルアキは「そうだ」と応える。


 男はハルアキ達の容姿を改めて見回し、怪訝な表情を見せた。

「馬車に乗せろって……ちゃんとカネは持っているんだろうな?」

 なんだ? カネを取るのかよ……と、ハルアキは思ったのだが、この際、仕方がない。

「カネは無いけど、これを街で換金するつもりだ」

 そう言って、ポケットから見せたのは――

「そ、それは……魔石なのか?」

 男の顔色が変わった。

「大きさも色も良い。これなら、金貨五枚……いや、それ以上でもいける……」

 そのつぶやきに、ハルアキはニヤリとする。セイの言ったとおりだ。

 金貨の価値はわからないが、あの驚き方から考えて、かなりの価値であるのは間違いない。

 
「ところで、街へはあとどのくらい?」
「あ……ああ。デルマーならあと一時間くらいだ」

 あれ? 思ったより近いなあ……と考える。それなら、歩いても日暮れまでに余裕で辿り着けるだろう。

 カネを取られる位なら、歩いてもイイかと考える。そう、男に伝えると――

「わ、わかった! デルマーまで馬車に乗せてやろう。カネは要らない。その替わり、俺にその魔石を売ってくれ!」

 男は商人だが、両替商もやっているらしい。

 今は大金を所持していないので、街に着いたら払うという。ハルアキも「それでいい」と応えた。


「――そのコは獣人か?」
 男はコエダを見ながらそう質問する。

 獣人? この世界には獣人もいるのか?
 コエダの耳は、「飾り」とか言って誤魔化そうと考えていたのだが、獣人とした方が説明がらくそうだ――と思って肯定する。

「——わかった」
 男はそれ以上追求しない。


「後ろから回って乗りな」
 ハルアキは言われた通り、後方から中に入った。


「……ひっ!」
 短い悲鳴が聞こえる。

(……………………えっ?)

 馬車の中にも人がいたのだ。

 ハルアキはその人物と目が合う。御者の男は何も言っていなかったので、驚いて言葉に詰まった。

「どうした? なんだ、女子おなごか?」
 後から入ってきたコエダが目をパチクリする。


 馬車の中にいたのは、十二、三歳の少女だった。決して質の良いとは思えないゴワゴワした服を着て、うつろな目でハルアキ達を見つめていた。

 何より、首にはめられたモノに目がいく。金属製で、錠前がぶら下がっていた。

「こ、このコは⁉」

 ハルアキの声に、男は「それは奴隷だ」と応える。

「ど……奴隷⁉」


 男の話だと、親の借金のカタにそのコをもらってきたという。

「おい、こっち来い」

 御者の男は少女を呼ぶと、手を強引に引っ張る。

 そして、耳元でなにやらささやいた。

 すると、無表情だった少女の顔が見る見る青ざめ、首を大きく横に振った。

「イイからやれ!」

 男から背中を乱暴に押され、再び馬車の中に戻ってきた少女は、怯えながらハルアキを見つめている。


(は、は、は……オレってそんなに怖い?)

 確かに高校生になる今まで、ミハル以外、同年代の女の子と仲良く会話した記憶はそれほど多くない。しかし、それはミハルさえいれば、自分の心が満たされていただけで、別に他の女の子から嫌われていたわけではない。そう自己肯定していたのだが……


 あまりにも尋常ではない恐がり方に、ハルアキもショックを受ける。

「小娘。そんなに怯えるでない! あるじはスケベだが、童貞で小心者だから、いきなり押し倒すようなことはせんぞ?」

 コエダがいきなりそんなことを言う……フォローになっていないどころかかえって引かれるような発言に、ハルアキは慌てて、この非常識な式神の口を塞いだ。

「こら! 変なこと言うな! お前に俺の何を知っている⁉」

 コエダは首を振り、ハルアキの手を払いのけると……

「妾は主と記憶を共有しておるのじゃ」

「……………………へっ?」


 記憶の共有……?
あるじがエロゲーとかいうのをこっそりプレイしていたこととか、妹の入浴時、下着を見て欲情していたこととか……主が強く意識したことは、より鮮明に伝わるのじゃ」


 ――終わった。


 自分の黒歴史をぶちまけられて、クリティカルにダメージを受けるハルアキ。

(お、オレって、そんなに性欲にまみれたクズな人間だったのか……)

 まあ、落ち込む必要はない、思春期の男の子はそんなものだ――


「獣人?」
 女の子がコエダの耳に気付き、目を丸くする。

 男の反応もそうだったが、どうやら、この辺りで獣人は珍しいのだろう……

「えーと……こいつは……」

 なんて説明すればイイのか悩んでいると……

「カワイイ!」

 少女は、年相応の笑顔を見せて、コエダに抱く付く。

「これ! 勝手にくっつくな!」

 コエダが怒っても、少女は止めない。コエダのモフモフな頭と耳を撫で回す。

 どの世界の女の子でも、モフモフは好きなんだな……
 ハルアキは緊張から解放された少女を見てホッとする。

「こいつはコエダって言うんだ」
「……………………えっ?」
「オレはハルアキ。良ければ名前を教えてくれる?」

 短い時間でも、一緒に旅する仲間。相手が誰であろうと、仲良くしたいものだ。
 しかし、彼女は――

「名前は……もうない」
「……えっ?」

 どういう意味?

「いままでの名前は捨てろと言われた――」

 少女からそんな言葉が出てきて、ハルアキは狼狽える。

 奴隷の名前は主人が付けるモノ――この世界でのならわしであるらしい。

 奴隷として競売にかけられ、新たな主人が名前を付けるまで、無名なのだと説明される。

 こんな少女が、慣れ親しんだ自分の名前を突然捨てろと言われる。その絶望感はどれほどのものか――令和の世界で何も不自由なく育ったハルアキでも容易に想像できる。


 ハルアキは少女の耳元でそっとたずねる。

「オレだけに、キミの名前教えてくれる?」
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