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第二章 陰陽師、街へ行く

第十五話

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 三人は訓練所の塀際にある的の前までやってきた。


「先に嬢ちゃんの試験をやろう。十メートル先から、魔法でこの木の的を貫通すれば合格だ」

 的の厚みはだいたい五ミリほど。「貫通」に苦労するほどではないが、大きさは二十センチ四方。それを十メートル先から当てるのは結構難しそうだ。

「魔法の種類に規定はないが、だいたいファイヤーボールで受けるな」

 初級クラスの魔法ではファイヤーボールが最も扱い易く、攻撃力も高いらしい……まるでRPGの設定みたいだ。

「妾は火属性が使えぬ。そうじゃな、ウインドカッターにしよう。ジェットストームじゃ、塀まで壊してしまうからな」

 そう、コエダが伝えると、ロバートは「おいおい……」と呆れた顔をする。

「ウインドカッターじゃ余程の威力がないと貫通しないぞ」

 それでも大丈夫だとコエダが言うので、ロバートは溜め息を吐く。

「わかったわかった……それじゃ、この位置に立って」
「ここか?」

 言われたとおりに立つ。ロバートから「いつでも始めて良いぞ」と合図があった瞬間――


 バーン‼


「……………………えっ?」

 大きな音がから聞こえた。

「すまん。塀まで壊してしまった……」

 的があった位置には、それを立てていた柱だけが残る。的であった木片は粉々に飛び散り、雪のようにヒラヒラと舞い落ちていた。

 それであのような音が発生したわけではない。その勢いは的を超え、素焼きの煉瓦で作られた塀を破壊したのだ。

 このカラダでは威力のコントロールが難しい……と、悩ましい顔をするコエダだが、試験監督のロバートだけでなく、ハルアキも呆然としてしまう。


「まあ……『的を貫通する』という試験の課題はクリアしていると思うがいかがのう?」

 なんなら、もう一回やってみても良いが……というコエダに、ロバートは「もういい!」と慌てて言う。
「お嬢ちゃんは合格だ」

 訓練所の騒ぎを聞きつけ、「何だ、何だ?」と建物の中にいた冒険者が出てきた。

「よし! 次は兄ちゃんだ。通常なら、素振りや剣のかわし方を見て判断するが、気が変わった。オレと勝負しろ」

「……………………えっ?」

 勝負?

「これほど強力な魔導士のパートナーだ。さぞ、いい腕をしているのだろ?」

 そう言って、自分の剣を取りに向かうロバート。


(おいおい……ハードル上げんなよ!)


 焦りまくるハルアキ。だからといって、「実は素人です……」なんてとても言える状況ではない。

 ロバートが、「少し肩慣らし……」と言って、素振りを始めるが、その迫力だけでハルアキはチビりそうだ。

(マズい……あれをまともに食らったら痛いどころじゃ済まないぞ……)


「おいロバート! コイツの相手は俺にやらせろ!」

 先程、ハルアキ達を「ガキ――」と笑った肉ダルマの声だった。

「ドボルグか……まあ、それも良いか」

「……えっ?」

「ハルアキ、試験条件を変更だ。このドボルクと一分間戦って、一度でも相手のカラダに剣を当てられたら合格だ」

 この肉ダルマに剣を当てる?

 見たところ、身長は二メートル近い。おまけにリーチもある。武器は大剣というより、巨大な質量兵器だ!

(剣を当てろと言ったって……)


 ハルアキはコエダに耳打ちする。

「なあ、なんか妙案があるって言ってたよな?」

「あることはあるが……まあ、大丈夫じゃろう? あるじのチカラだけで勝ってくるのじゃ」

「ちょ、ちょ、ちょっと、ムリだって! あんなのとまともに戦ったら死ぬって!」
 ハルアキは慌てるが、コエダは――

「相手のフィールドで戦う必要はないぞ。自分のフィールドで戦うのじゃ」

「えっ? どういう意味?」

 
 コエダの言ったことがどういうことなのか――考えている間に、ドボルグが近寄る。

「時間を計る必要はないぞ。その前にコヤツをっちまうからな」
「――えっ?」

 野次馬逹から、「さすが、ルーキー殺しキラーのドボルグだぜ!」という歓声があがる。

「殺し……って? まさか本当に殺してないよね?」
「当たり前だ。ルーキーだって人間だから、殺せば冒険者資格を剥奪されちまう。まあ、再起不能くらいはあるけどな」
「……えっ?」

 再起不能……って?

「体だけは回復魔法で治してもらえるさ。まあ、殆どのルーキーは、精神が崩壊して冒険者を続けられなくなるがな」
「……えっ?」

「さあ、始めだ!」

 いきなり、ドボルグという大男の大剣が振り落とされる!
「うわっ!」

 辛うじて躱したが、大剣が地面にめり込む。それをチカラ任せに引き上げ、大量の土が飛び散った。

(絶対に殺しにきているって!)

「うりゃ!」

 再び、ハルアキの頭上に振り下ろされるので、横転しながらもなんとか回避する。容赦のない攻撃に逃げ回るのが精一杯だ。

「ちょこまかと動くな!」

(いや、そのご要望には応えられないから!)

 わざわざ相手の得意な状況に持ち込む必要はない。だからといって……

(動きは速くないからって、これじゃ、相手の懐に入り込む余裕なんてないぞ)

 何か手は……と、考えたとき、コエダの言ったことを思い出す。

(自分のフィールド……?)

 また、大剣が降ってくる。攻撃が単調なので、躱すことには慣れてきたが、懐に飛び込まないと、自分の剣が届くことはない。

 回り込んで、相手の死角から狙うか? でも、死角ってどこだ?

(相手の視界に入らないところが死角だよな……ん? 待てよ……視界に入らなければイイんだよな?)
 そう考えたとき、ある手を思い付く。

 上着の内ポケットに仕舞っていた、羊皮紙とペンを取り出し、ある文字を書き始めた。

余所見よそみをするんじゃねえ!」
「うわっ!」


 書くことに気が取られ、一瞬回避が遅るものの、髪の毛が数本切られたくらいで、体には触れていない。
(――てか、あのデカさで、カミソリ並みの切れ味かよ!)
 ゾッとするのだが、今はそれよりも――


 よし! 書けた!
急急如律令きゅうきゅうにょりつりょう!」

 そうつぶやき、手剣で羊皮紙を切る真似をする。

 すると――

「お、おい! どこ行った!」

 ドボルグはハルアキを見失い慌てる。ドボルクだけでなく、全員の視界からハルアキが消えた!


 次の瞬間――

「これでオレの勝ちだよね?」

 ハルアキの姿が見えたかと思ったら、彼の剣が相手の喉元に突き刺さろうかという位置にあるではないか!
 うなり声をあげるドボルグ。

「あ、ああ――ハルアキの勝ちだ」

 ロバートが認めると、ハルアキは剣を離して、その場に倒れ込む。

「や、やったあ!」

 喜ぶハルアキに、ロバートは「これで、ハルアキも冒険者だ」と笑顔で伝えた。

「バ、バカな……いったい何をした⁉」

「……えっ?」

「ふざけるなぁ‼」

 ドボルグは、顔を真っ赤にして、怒りの形相でハルアキに剣を振り下ろす。

「うわっ!」

 無防備に倒れ込んでいたハルアキは、とてもそれを避けられない。頭を抱えるのが精一杯だった――が⁉

 ガラーン!

 ドボルグの手にあった大剣が放物線を描き宙を舞うと地面に転がった!

 振り下ろすドボルグの腕をコエダが跳び蹴りで弾いたのだ!

「うぐっ」
 苦悶の表情で腕を掴み、屈み込むドボルグ。

「勝負はついたと言っておるじゃろ! 恥知らずめ!」
 そう言われ、ドボルグは悔しそうにうなだれた。


「ハルアキ、今の技はなんだ?」
 突然姿が消えた――それをロバートに質問され、苦笑いする。


 実は羊皮紙に「変幻自在」と書き込み、呪術を発動したのだ。

 変幻――つまり、自分の身を見えなくしてドボルグの懐に潜り込む。

 タネ明かしをするとつまらないのだが、言霊がハドソンにも利いたように、呪術で姿を消すことは人間にも有効だと考えたのだ。そして、その通りの結果だった。


 しかし、ロバートにどう回答すればイイのか悩む。

「えーと……オレのオリジナル強化魔法ということで……詳しいことはヒミツです」

 ハルアキの怪しい説明にも、それ以上は聞かれない。必殺技が他言無用という言い訳は、どの世界でも通用するらしい。


 ただ、翌日も――

「俺だけには教えてくれないか?」
 と、ロバートにしつこく聞かれることになるのだが……
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