24 / 41
第三章 陰陽師、逮捕される
第二十三話
しおりを挟む
冷たい牢獄の中で、ハルアキはうずくまっていた。
「ハルアキ・アベ! もう一人、獣人の子供がいたはずだ! どこに行った⁉」
そう、看守から尋問される。
馬車から降りたときの騒ぎで、身の危険を感じたコエダは姿を消していたのだ。
「――知らない」
「嘘を吐くな! 判決に響くぞ!」
看守が鉄格子を掴みながら、そう叫ぶ。
「知らないものは知らない。それに、たとえ知っていて、それを教えたとしても、判決は変わらないんだろ?」
スカしたように言い捨てると、看守は「ふんっ!」と鼻であしらい、出て行った。
実のところ、あれからコエダと会話をしていない。
ハルアキからあえて声を掛けようとしないのだが、愛想を尽かしていなくなったのか? それとも、だだ黙っているだけなのかはわからない。いずれにせよ、一人になりたかったので、丁度良かったと思うのであった。
ハルアキがダンマリを続けていたとき、フィリシアは、彼が捕まったことを聞かされる。
「それで……罪状は何なの?」
ラウルは、内乱未遂罪だと伝えた。
「魔族と契約して、国を売ったのです。重罪に値します、姫様」
「国を売った――って、そんな証拠ないんでしょ?」
ラウルは、ハルアキがセパルを連れていたことを説明する。
「巧妙に擬人化してましたが、宝玉で捕まえることができました」
それを聞いて、フィリシアは大きな目をより丸くする。
「宝玉を使ったの⁉ 誰の許しを得たというの⁉」
「王代理陛下より許可をいただいております、姫様」
「おじいさんが……」
「四天王の一人、セパルを捕らえることに成功したのです。大変な成果ですぞ」
確かに上位魔族を生け捕りにするなんて、魔族との戦いにおいて、人類史上、最大の功績というべき出来事だ。もしかしたら、これによって、魔族と交渉できるかもしれない。
唯一無二の宝玉を使用したとしても充分見合うものであろう。
「……でも、なぜ上位魔族が単身でやってきたの? しかも、デルマーでの被害は無かったのでしょ? デルマーの占拠を放棄して、軍を撤退させたうえに、将軍だけ王都に来る理由は?」
「その点においては、こう考えております」
王都に魔族を潜伏させる何らかの目的がある。
そして、その前にハルアキと接触する必要があり、デルマーの占拠はそのための目くらましだった。
「ハルアキと接触する必要? 魔族にとって彼は何らかの利用価値があるということ?」
ラウルは「あくまでも仮定ですが……」と前置きして――
「ハルアキは召喚者です。我々の知らない知識を有している可能性があります。その知識を魔族が利用しようと考えているのかもしれません」
それに……と付け加える。
「ハルアキは妹を人質に取られています。そのため、魔族と何らかの取引を行ったとも考えられます」
「取引?」
「例えば、我々人間に利用価値が存在していて、ハルアキはその方法を魔族に伝えようとしているとか……」
人間の利用価値? フィリシアは息を呑む。
「その……利用価値とは?」
「あくまでも例えです。どんなモノかはわかりません」
どれもこれも仮定ばかりで、ハルアキを犯罪者にでっち上げよう――そう企てているように思えるのだが……
「いずれにせよ、彼のことは疑って掛かった方がよろしいでしょう」
今の時勢、疑心暗鬼に陥るのは仕方ないとして、それをハルアキに押し付けるのはどうかと思うフィリシア。
「……それで、ハルアキがどうやってデルマーまで行って、魔族と接触したの?」
「それについては、裁判の尋問で明らかになっていくことでしょう」
ラウルの言うとおりだ。今ここで議論する事ではない……
フィリシアが「わかったわ」と伝えると、ラウルは部屋を出て行った。
「フィリシア様、私はやっぱり腑に落ちません」
そう意見をしたのは、相談があると彼女へ会いに来ていた聖女エリーネであった。
「ハルアキ様と魔族が手を組む理由がわかりません」
「……さっきも言ったように、ハルアキは妹さんを人質にされている。だから、魔族の指示に従わざる得ない。そういうことなのでは?」
エリーネは頭を振る。
「確かにハルアキ様には理由があります。しかし、魔族が――あの、知略の優れた者が、そんな見え透いた相手と取引するでしょうか?」
そこがフィリシアにもわからないところである。
魔族なら、もっと緻密に作戦を練ってくるはずで、上位魔族が捕らわれる――なんてヘマをするとは思えない。
「それに、デルマーの件も気になります」
「デルマーの件?」
「魔族が街を占拠したというのに、何もせずに撤退するということがあり得るでしょうか?」
それはフィリシアも同意見であった。しかし――
「それじゃ、どうして撤退したのだと思う?」
エリーネは一息置いて、やはり言うべきと決心する。
「撤退したのではなくて、全滅したと考えられませんか?」
フィリシアは呆気に取られる。全滅?
「魔族――それも全軍が? こちらの損害も無しに? そんなことを誰が? どうやって?」
さすがに、それは考えられないという表情だ……
「どうやって――は、知識不足でわかりません。だけど、誰かは――」
エリーネの言おうとしている名前は、フィリシアにもわかった。
「ハルアキが、魔族を全滅させて、将軍を捕虜にしたというの?」
「もしくは、将軍を仲間にしたか……」
「仲間⁉ 味方に引き入れたというの⁉ そんなことできるわけが……」
さすがにそれは信じられないという表情をするフィリシアだが、エリーネはこう述べる。
「従属魔法のようなモノで魔族を従属させた――という可能性はあります」
従属魔法はこの世界にも存在する。ただし、相手を従属させるためにはいくつかの条件がある。最も重要なのは、相手を屈服させるのに充分な実力があること。対等で従属させることはムリなのだ。
「ちょっと待って! ハルアキに悪魔、それも上位魔族を従属させるほどのチカラがあるというの?」
エリーネはしばらく黙ってから、意を決したように口を開く。
「私、占ってみたんです。この世界のどこかに『勇者』様がいらっしゃらないのか……と」
「……えっ?」
「そうしたら、『もう勇者様に合っている。そして、今は北東の方向にいる』、そういう結果が出たのです」
エリーネの占いは百発百中であった。そのほとんどが抽象的な言葉のため、その時にはわからなくても、後々になって、それがどういう意味だったのかわかるのである。
王都の北東にある街がデルマー。つまり、エリーネが占った時、ハルアキは北東にいたのだ。
「だからといって、ハルアキが勇者というのは早計では?」
確かに、それだけの条件なら、該当する人物などいくらでもいる。
「わかっています。でも、占いの結果を見た時、真っ先に浮かんだ顔がハルアキ様だったのです」
「それだけで……」
やはり、まだ納得できないという顔のフィリシアだった。
それに、ハルアキが『勇者』であるとするなら、可笑しな点がいくつも出てくる。
「……もしそうなら、なぜハルアキは『自分にチカラが無い』と言ったの?」
ハルアキは王宮で、「自分には魔物を退治するチカラは無い」と断言していた。
「あの時は……ハルアキ様自身も、自分のチカラに気付いていらっしゃらなかったのでは?」
「……………………」
ハルアキは若い。確かに、まだ自分のチカラに気付いていなかった可能性はある。
「それじゃ、魔王が言っていたことはどうなの? ハルアキには『並みの人間の魔力も持たない』と言っていたのよ」
悪魔は人の魔力量を見極める能力がある。魔王が魔力量を見誤るとは思えないし、嘘を吐いたとも考えられない――のだが……
「もし、ハルアキ様が有しているチカラが、魔力ではない別のチカラであるとするなら……魔王もそれを気付けなかった可能性はあります」
「魔力以外のチカラ⁉ そんなのがあるというの⁉」
「ゴメンナサイ……そこまでは……」
申しわけなさそうに謝るエリーネに、フィリシアはため息をつく。
どうして、そこまでしてハルアキを擁護するのだろう……
自分の失敗を取り繕う――他の人間ならそんなことをするかもしれないが、エリーネに限ってそれはない……
(だからといったって……)
この際、ハルアキが勇者かどうかの結論は後に回して――
「それで、私は何をすれば良いの?」
エリーネは相談したいと言って会いに来た。何かを頼みに来たことくらい、今までの付き合いで良くわかっている。
「ハルアキ様を助けて欲しいのです」
「……エリーネの気持ちはわかったわ。でも、それは難しいのよ」
いくらこの国が王政を敷いていても、裁判への介入は難しい。
せめて、ハルアキが勇者のチカラを示してくれたら――
そう思うのだが……
「そうですよね……スミマセン。ムリなことをお願いして……」
悲しそうな表情のエリーネに、フィリシアはまたため息をつく。
「わかったわ。できるだけのことはしてみる」
そうは言ってみたものの、どうすればいいのか、まったく見当も付かないフィリシア。
また、厄介なことに首を突っ込んでしまったと、その時は後悔したのだった。
「ハルアキ・アベ! もう一人、獣人の子供がいたはずだ! どこに行った⁉」
そう、看守から尋問される。
馬車から降りたときの騒ぎで、身の危険を感じたコエダは姿を消していたのだ。
「――知らない」
「嘘を吐くな! 判決に響くぞ!」
看守が鉄格子を掴みながら、そう叫ぶ。
「知らないものは知らない。それに、たとえ知っていて、それを教えたとしても、判決は変わらないんだろ?」
スカしたように言い捨てると、看守は「ふんっ!」と鼻であしらい、出て行った。
実のところ、あれからコエダと会話をしていない。
ハルアキからあえて声を掛けようとしないのだが、愛想を尽かしていなくなったのか? それとも、だだ黙っているだけなのかはわからない。いずれにせよ、一人になりたかったので、丁度良かったと思うのであった。
ハルアキがダンマリを続けていたとき、フィリシアは、彼が捕まったことを聞かされる。
「それで……罪状は何なの?」
ラウルは、内乱未遂罪だと伝えた。
「魔族と契約して、国を売ったのです。重罪に値します、姫様」
「国を売った――って、そんな証拠ないんでしょ?」
ラウルは、ハルアキがセパルを連れていたことを説明する。
「巧妙に擬人化してましたが、宝玉で捕まえることができました」
それを聞いて、フィリシアは大きな目をより丸くする。
「宝玉を使ったの⁉ 誰の許しを得たというの⁉」
「王代理陛下より許可をいただいております、姫様」
「おじいさんが……」
「四天王の一人、セパルを捕らえることに成功したのです。大変な成果ですぞ」
確かに上位魔族を生け捕りにするなんて、魔族との戦いにおいて、人類史上、最大の功績というべき出来事だ。もしかしたら、これによって、魔族と交渉できるかもしれない。
唯一無二の宝玉を使用したとしても充分見合うものであろう。
「……でも、なぜ上位魔族が単身でやってきたの? しかも、デルマーでの被害は無かったのでしょ? デルマーの占拠を放棄して、軍を撤退させたうえに、将軍だけ王都に来る理由は?」
「その点においては、こう考えております」
王都に魔族を潜伏させる何らかの目的がある。
そして、その前にハルアキと接触する必要があり、デルマーの占拠はそのための目くらましだった。
「ハルアキと接触する必要? 魔族にとって彼は何らかの利用価値があるということ?」
ラウルは「あくまでも仮定ですが……」と前置きして――
「ハルアキは召喚者です。我々の知らない知識を有している可能性があります。その知識を魔族が利用しようと考えているのかもしれません」
それに……と付け加える。
「ハルアキは妹を人質に取られています。そのため、魔族と何らかの取引を行ったとも考えられます」
「取引?」
「例えば、我々人間に利用価値が存在していて、ハルアキはその方法を魔族に伝えようとしているとか……」
人間の利用価値? フィリシアは息を呑む。
「その……利用価値とは?」
「あくまでも例えです。どんなモノかはわかりません」
どれもこれも仮定ばかりで、ハルアキを犯罪者にでっち上げよう――そう企てているように思えるのだが……
「いずれにせよ、彼のことは疑って掛かった方がよろしいでしょう」
今の時勢、疑心暗鬼に陥るのは仕方ないとして、それをハルアキに押し付けるのはどうかと思うフィリシア。
「……それで、ハルアキがどうやってデルマーまで行って、魔族と接触したの?」
「それについては、裁判の尋問で明らかになっていくことでしょう」
ラウルの言うとおりだ。今ここで議論する事ではない……
フィリシアが「わかったわ」と伝えると、ラウルは部屋を出て行った。
「フィリシア様、私はやっぱり腑に落ちません」
そう意見をしたのは、相談があると彼女へ会いに来ていた聖女エリーネであった。
「ハルアキ様と魔族が手を組む理由がわかりません」
「……さっきも言ったように、ハルアキは妹さんを人質にされている。だから、魔族の指示に従わざる得ない。そういうことなのでは?」
エリーネは頭を振る。
「確かにハルアキ様には理由があります。しかし、魔族が――あの、知略の優れた者が、そんな見え透いた相手と取引するでしょうか?」
そこがフィリシアにもわからないところである。
魔族なら、もっと緻密に作戦を練ってくるはずで、上位魔族が捕らわれる――なんてヘマをするとは思えない。
「それに、デルマーの件も気になります」
「デルマーの件?」
「魔族が街を占拠したというのに、何もせずに撤退するということがあり得るでしょうか?」
それはフィリシアも同意見であった。しかし――
「それじゃ、どうして撤退したのだと思う?」
エリーネは一息置いて、やはり言うべきと決心する。
「撤退したのではなくて、全滅したと考えられませんか?」
フィリシアは呆気に取られる。全滅?
「魔族――それも全軍が? こちらの損害も無しに? そんなことを誰が? どうやって?」
さすがに、それは考えられないという表情だ……
「どうやって――は、知識不足でわかりません。だけど、誰かは――」
エリーネの言おうとしている名前は、フィリシアにもわかった。
「ハルアキが、魔族を全滅させて、将軍を捕虜にしたというの?」
「もしくは、将軍を仲間にしたか……」
「仲間⁉ 味方に引き入れたというの⁉ そんなことできるわけが……」
さすがにそれは信じられないという表情をするフィリシアだが、エリーネはこう述べる。
「従属魔法のようなモノで魔族を従属させた――という可能性はあります」
従属魔法はこの世界にも存在する。ただし、相手を従属させるためにはいくつかの条件がある。最も重要なのは、相手を屈服させるのに充分な実力があること。対等で従属させることはムリなのだ。
「ちょっと待って! ハルアキに悪魔、それも上位魔族を従属させるほどのチカラがあるというの?」
エリーネはしばらく黙ってから、意を決したように口を開く。
「私、占ってみたんです。この世界のどこかに『勇者』様がいらっしゃらないのか……と」
「……えっ?」
「そうしたら、『もう勇者様に合っている。そして、今は北東の方向にいる』、そういう結果が出たのです」
エリーネの占いは百発百中であった。そのほとんどが抽象的な言葉のため、その時にはわからなくても、後々になって、それがどういう意味だったのかわかるのである。
王都の北東にある街がデルマー。つまり、エリーネが占った時、ハルアキは北東にいたのだ。
「だからといって、ハルアキが勇者というのは早計では?」
確かに、それだけの条件なら、該当する人物などいくらでもいる。
「わかっています。でも、占いの結果を見た時、真っ先に浮かんだ顔がハルアキ様だったのです」
「それだけで……」
やはり、まだ納得できないという顔のフィリシアだった。
それに、ハルアキが『勇者』であるとするなら、可笑しな点がいくつも出てくる。
「……もしそうなら、なぜハルアキは『自分にチカラが無い』と言ったの?」
ハルアキは王宮で、「自分には魔物を退治するチカラは無い」と断言していた。
「あの時は……ハルアキ様自身も、自分のチカラに気付いていらっしゃらなかったのでは?」
「……………………」
ハルアキは若い。確かに、まだ自分のチカラに気付いていなかった可能性はある。
「それじゃ、魔王が言っていたことはどうなの? ハルアキには『並みの人間の魔力も持たない』と言っていたのよ」
悪魔は人の魔力量を見極める能力がある。魔王が魔力量を見誤るとは思えないし、嘘を吐いたとも考えられない――のだが……
「もし、ハルアキ様が有しているチカラが、魔力ではない別のチカラであるとするなら……魔王もそれを気付けなかった可能性はあります」
「魔力以外のチカラ⁉ そんなのがあるというの⁉」
「ゴメンナサイ……そこまでは……」
申しわけなさそうに謝るエリーネに、フィリシアはため息をつく。
どうして、そこまでしてハルアキを擁護するのだろう……
自分の失敗を取り繕う――他の人間ならそんなことをするかもしれないが、エリーネに限ってそれはない……
(だからといったって……)
この際、ハルアキが勇者かどうかの結論は後に回して――
「それで、私は何をすれば良いの?」
エリーネは相談したいと言って会いに来た。何かを頼みに来たことくらい、今までの付き合いで良くわかっている。
「ハルアキ様を助けて欲しいのです」
「……エリーネの気持ちはわかったわ。でも、それは難しいのよ」
いくらこの国が王政を敷いていても、裁判への介入は難しい。
せめて、ハルアキが勇者のチカラを示してくれたら――
そう思うのだが……
「そうですよね……スミマセン。ムリなことをお願いして……」
悲しそうな表情のエリーネに、フィリシアはまたため息をつく。
「わかったわ。できるだけのことはしてみる」
そうは言ってみたものの、どうすればいいのか、まったく見当も付かないフィリシア。
また、厄介なことに首を突っ込んでしまったと、その時は後悔したのだった。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
31
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる