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第三章 陰陽師、逮捕される

第二十三話

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 冷たい牢獄の中で、ハルアキはうずくまっていた。


「ハルアキ・アベ! もう一人、獣人の子供がいたはずだ! どこに行った⁉」
 そう、看守から尋問される。
 馬車から降りたときの騒ぎで、身の危険を感じたコエダは姿を消していたのだ。

「――知らない」
「嘘を吐くな! 判決に響くぞ!」
 看守が鉄格子を掴みながら、そう叫ぶ。

「知らないものは知らない。それに、たとえ知っていて、それを教えたとしても、判決は変わらないんだろ?」
 スカしたように言い捨てると、看守は「ふんっ!」と鼻であしらい、出て行った。


 実のところ、あれからコエダと会話をしていない。

 ハルアキからあえて声を掛けようとしないのだが、愛想を尽かしていなくなったのか? それとも、だだ黙っているだけなのかはわからない。いずれにせよ、一人になりたかったので、丁度良かったと思うのであった。


 ハルアキがダンマリを続けていたとき、フィリシアは、彼が捕まったことを聞かされる。

「それで……罪状は何なの?」
 ラウルは、内乱未遂罪だと伝えた。
「魔族と契約して、国を売ったのです。重罪に値します、姫様」

「国を売った――って、そんな証拠ないんでしょ?」

 ラウルは、ハルアキがセパルを連れていたことを説明する。
「巧妙に擬人化してましたが、宝玉で捕まえることができました」

 それを聞いて、フィリシアは大きな目をより丸くする。
「宝玉を使ったの⁉ 誰の許しを得たというの⁉」
「王代理陛下より許可をいただいております、姫様」
「おじいさんが……」

「四天王の一人、セパルを捕らえることに成功したのです。大変な成果ですぞ」

 確かに上位魔族を生け捕りにするなんて、魔族との戦いにおいて、人類史上、最大の功績というべき出来事だ。もしかしたら、これによって、魔族と交渉できるかもしれない。
 唯一無二の宝玉を使用したとしても充分見合うものであろう。

「……でも、なぜ上位魔族が単身でやってきたの? しかも、デルマーでの被害は無かったのでしょ? デルマーの占拠を放棄して、軍を撤退させたうえに、将軍だけ王都に来る理由は?」
「その点においては、こう考えております」

 王都に魔族を潜伏させる何らかの目的がある。
 そして、その前にハルアキと接触する必要があり、デルマーの占拠はそのためのだった。


「ハルアキと接触する必要? 魔族にとって彼は何らかの利用価値があるということ?」

 ラウルは「あくまでも仮定ですが……」と前置きして――

「ハルアキは召喚者です。我々の知らない知識を有している可能性があります。その知識を魔族が利用しようと考えているのかもしれません」

 それに……と付け加える。
「ハルアキは妹を人質に取られています。そのため、魔族と何らかの取引を行ったとも考えられます」
「取引?」

「例えば、我々人間に利用価値が存在していて、ハルアキはその方法を魔族に伝えようとしているとか……」

 人間の利用価値? フィリシアは息を呑む。

「その……利用価値とは?」
「あくまでも例えです。どんなモノかはわかりません」

 どれもこれも仮定ばかりで、ハルアキを犯罪者にでっち上げよう――そう企てているように思えるのだが……

「いずれにせよ、彼のことは疑って掛かった方がよろしいでしょう」

 今の時勢、疑心暗鬼に陥るのは仕方ないとして、それをハルアキに押し付けるのはどうかと思うフィリシア。

「……それで、ハルアキがどうやってデルマーまで行って、魔族と接触したの?」

「それについては、裁判の尋問で明らかになっていくことでしょう」
 ラウルの言うとおりだ。今ここで議論する事ではない……

 フィリシアが「わかったわ」と伝えると、ラウルは部屋を出て行った。


「フィリシア様、私はやっぱり腑に落ちません」

 そう意見をしたのは、相談があると彼女へ会いに来ていた聖女エリーネであった。

「ハルアキ様と魔族が手を組む理由がわかりません」
「……さっきも言ったように、ハルアキは妹さんを人質にされている。だから、魔族の指示に従わざる得ない。そういうことなのでは?」

 エリーネは頭を振る。
「確かにハルアキ様には理由があります。しかし、魔族が――あの、知略の優れた者が、そんな見え透いた相手と取引するでしょうか?」

 そこがフィリシアにもわからないところである。
 魔族なら、もっと緻密に作戦を練ってくるはずで、上位魔族が捕らわれる――なんてヘマをするとは思えない。

「それに、デルマーの件も気になります」
「デルマーの件?」

「魔族が街を占拠したというのに、何もせずに撤退するということがあり得るでしょうか?」

 それはフィリシアも同意見であった。しかし――

「それじゃ、どうして撤退したのだと思う?」

 エリーネは一息置いて、やはり言うべきと決心する。
「撤退したのではなくて、全滅したと考えられませんか?」

 フィリシアは呆気に取られる。全滅?

「魔族――それも全軍が? こちらの損害も無しに? そんなことを誰が? どうやって?」
 さすがに、それは考えられないという表情だ……

「どうやって――は、知識不足でわかりません。だけど、誰かは――」

 エリーネの言おうとしている名前は、フィリシアにもわかった。
「ハルアキが、魔族を全滅させて、将軍を捕虜にしたというの?」
「もしくは、将軍を仲間にしたか……」

「仲間⁉ 味方に引き入れたというの⁉ そんなことできるわけが……」

 さすがにそれは信じられないという表情をするフィリシアだが、エリーネはこう述べる。

「従属魔法のようなモノで魔族を従属させた――という可能性はあります」


 従属魔法はこの世界にも存在する。ただし、相手を従属させるためにはいくつかの条件がある。最も重要なのは、相手を屈服させるのに充分な実力があること。対等で従属させることはムリなのだ。


「ちょっと待って! ハルアキに悪魔、それも上位魔族を従属させるほどのチカラがあるというの?」

 エリーネはしばらく黙ってから、意を決したように口を開く。

「私、占ってみたんです。この世界のどこかに『勇者』様がいらっしゃらないのか……と」
「……えっ?」

「そうしたら、『もう勇者様に合っている。そして、今は北東の方向にいる』、そういう結果が出たのです」


 エリーネの占いは百発百中であった。そのほとんどが抽象的な言葉のため、その時にはわからなくても、後々になって、それがどういう意味だったのかわかるのである。


 王都の北東にある街がデルマー。つまり、エリーネが占った時、ハルアキは北東にいたのだ。

「だからといって、ハルアキが勇者というのは早計では?」
 確かに、それだけの条件なら、該当する人物などいくらでもいる。

「わかっています。でも、占いの結果を見た時、真っ先に浮かんだ顔がハルアキ様だったのです」

「それだけで……」
 
やはり、まだ納得できないという顔のフィリシアだった。

 それに、ハルアキが『勇者』であるとするなら、可笑しな点がいくつも出てくる。

「……もしそうなら、なぜハルアキは『自分にチカラが無い』と言ったの?」

 ハルアキは王宮で、「自分には魔物を退治するチカラは無い」と断言していた。

「あの時は……ハルアキ様自身も、自分のチカラに気付いていらっしゃらなかったのでは?」
「……………………」

 ハルアキは若い。確かに、まだ自分のチカラに気付いていなかった可能性はある。

「それじゃ、魔王が言っていたことはどうなの? ハルアキには『並みの人間の魔力も持たない』と言っていたのよ」


 悪魔は人の魔力量を見極める能力がある。魔王が魔力量を見誤るとは思えないし、嘘を吐いたとも考えられない――のだが……

「もし、ハルアキ様が有しているチカラが、魔力ではない別のチカラであるとするなら……魔王もそれを気付けなかった可能性はあります」

「魔力以外のチカラ⁉ そんなのがあるというの⁉」

「ゴメンナサイ……そこまでは……」

 申しわけなさそうに謝るエリーネに、フィリシアはため息をつく。

 どうして、そこまでしてハルアキを擁護するのだろう……
 自分の失敗を取り繕う――他の人間ならそんなことをするかもしれないが、エリーネに限ってそれはない……

(だからといったって……)

 この際、ハルアキが勇者かどうかの結論は後に回して――

「それで、私は何をすれば良いの?」

 エリーネは相談したいと言って会いに来た。何かを頼みに来たことくらい、今までの付き合いで良くわかっている。

「ハルアキ様を助けて欲しいのです」
「……エリーネの気持ちはわかったわ。でも、それは難しいのよ」

 いくらこの国が王政を敷いていても、裁判への介入は難しい。

 せめて、ハルアキが勇者のチカラを示してくれたら――
 そう思うのだが……

「そうですよね……スミマセン。ムリなことをお願いして……」

 悲しそうな表情のエリーネに、フィリシアはまたため息をつく。

「わかったわ。できるだけのことはしてみる」


 そうは言ってみたものの、どうすればいいのか、まったく見当も付かないフィリシア。
 また、厄介なことに首を突っ込んでしまったと、その時は後悔したのだった。
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