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ヒナちゃんねる。
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4:多喜田友佑
玄関に行くとまだ力の姿はなかった。その代わりと言っては何だがちょうど勝ちゃんが外靴を取り出しているところだった。
勝ちゃんの隣にはいつもの如く男鹿くんがおり、更には男鹿くんと同じ部活だという白鳥さんもいた。珍しい3人組に僕は無意識に下駄箱の陰に隠れた。
「しっかし多喜田も曽田も頑張ってるよな! よっぽどヒナちゃんが気になるんだな! 俺もファンだから気になるけど知っちまうのもどうなのかって悩んじまうぜ!」
「でもあれだけ綺麗な方ですから会ってみたいですよね。私、ついついヒナちゃんと同じ化粧品とか集めちゃいます! アドバイスしてほしいなぁ」
「やっぱインフルエンサーの使う化粧品って高いのか?」
「ヒナちゃんはだいたいプチプラですよ。でもファンデーションだけは高いですね。流石に私も手を出せないです。本当、どんな傷や跡も消してしまえるやつなんですよ!」
「へぇー!」
靴を履き終え男鹿くんと白鳥さんが歩き出そうとするが、勝ちゃんはスマホを見て足を止める。そんな勝ちゃんを二人が不思議そうに見た。
「都筑、どうかしたか?」
「……力から。何か話あるって」
「都筑って曽田と仲いいよなぁ! じゃあ俺等帰るぜ?」
「おう」
「さようなら」
バスケ部の2人が勝ちゃんを置いて帰っていく。勝ちゃんはそんな2人をじっと見つめて送ったあと、僕の隠れている靴箱の方を見た。
え、バレてる?
「何で隠れてんだよ」
「あ、バレちゃった?」
「うぜぇ。てか、力から連絡きたがテメェの差し金か?」
「いや、違うけど……」
力が勝ちゃんに話ってなんだろう……。僕と帰る約束をしていたのにわざわざ連絡をしたということは僕を含んでの用事だろう。
それにしても、男鹿くんの言う通りで勝ちゃんは力と仲が良い。他の人に何か言われたら怒鳴り散らすくせに、力に言われたことはすぐに応じる。
そこでふと、男鹿くんと白鳥さんの話が蘇る。
傷も跡も隠せるファンデーション。
僕は確かにヒナちゃんの動画は全部見ているけど、化粧品の動画の内容はそこまで覚えていなかった。可愛い物を使っているなくらいにしか思っていなかったのだ。
でも、ファンデーションにだけ強く拘るのは何故だろう。よっぽど隠したい傷や跡があるだろうか。
「……ンだよ」
「いや、」
辻褄は、合うんじゃないだろうか。
僕らと同じ東保育所出身者で、朱梨ちゃんのお母さんの写真を持っている。
顔に隠したいだろう傷跡がある。
やけに詳しい保育所時代の話。
力の家に通うほどの親しい人物。
そして、力は演劇部で化粧ができる。
彼の赤い目を、見つめる。彼の炎のような瞳は自信に満ち溢れていて、強く光っている。
その仏頂面は、決して『彼』には見えない。それでも『彼』の完璧な動画配信の内容が沸々と頭に過ぎる。
完璧な化粧。完璧な料理。完璧な笑顔。そして、人間味のある完璧に下手くそに見えるイラスト。
『完璧』な『彼』なら、全てができるだろう。
そう、『彼』なら……僕は納得できてしまうのだ。
「勝ちゃん、君、『ヒナちゃん』なんだよね?」
ポロッと言葉が漏れた。深く考えた訳ではなく、自然と、だけど僕はやけにその答えに確信を持っていた。
それだけ勝ちゃんは完璧な男だった。想像はつかないけど、それでももし彼が力から化粧や演技を教わったなら……確実にそれを熟すだろうと思えた。
何より、僕らの問いに確実に答えるほどの保育所の記憶……完璧であるが故の記憶かもしれないけど……あれは『ヒナちゃん』として僕らに何かを伝えようとして話していたのではないだろうか。
勝ちゃんは表情を変えなかった。その瞳は望木くんや藤地くんのような動揺を全く見せることはない。ただ真っすぐに僕を見つめている。
長い沈黙だった。
「おまたせ!」
その沈黙を破ったのは力だった。力が走って僕らの元に駆け寄るが、僕らの異様な雰囲気にすぐに顔を顰める。
「えっと、ど、どうしたの?」
「力、僕に隠し事してたよね?」
「え、え?」
「勝ちゃんが、ヒナちゃんなんだよね? 知ってた……んだよね?」
「……!」
力のメガネの奥の瞳が心の動揺を映して揺らぐ。そして、彼はすぐに勝ちゃんの顔を伺った。
勝ちゃんは、やっと笑った。
その顔は、知らない顔だった。いや、実際にはよく見ている顔だった。無邪気でおどけたような幼い顔は、僕が大好きな『彼』の顔だったのだ。
「おめでとう、友佑クン」
幼馴染から、よく動画で聞いている声がする。僕は思わず唾を飲み込んだ。
「どう? 簡単だったかなぁ?」
「ほん、本当に勝ちゃんが……ひ、ヒナちゃん?」
「この声、ずーと聞いてるんだから友佑クンならわかるでしょ? ひだまりでもたくさんお喋りしたしねぇ。でも、ストーカーの藤地でも気付いてなかったなんてびっくりだなぁ」
僕が大好きだった声が、幼馴染の幼い笑顔から何度もあふれる。僕はその事実に頭を撃ち抜かれたような気分になった。
はじめ、顔に火傷があるからと真っ先に候補から外したのが勝ちゃんだった。でも、実際それ以外には除外する理由なんてなかった。何なら勝ちゃんの完璧主義なら完全に『ヒナちゃんねる』を演じきることも容易いと思っていたじゃないか。
「悲しいね、これで一人ファンを失っちゃったなぁ」
「なん、何で……いや、待って。力は知ってたんだよね?」
「……ごめん、友ちゃん。勝ちゃんが言わないなら黙っていた方がいいのかなって思って……」
「どうして力にだけ教えたの?」
「……力にはね、化粧を教えてもらったの。私はね、何でもできるつもりだけど、やっぱりできることしかできないんだよ。はじめは教えて貰わないとできない。力には先生になってもらったんだ」
上手になったでしょ? なんて無邪気に笑う勝ちゃんは、完全に僕の推していたヒナちゃんそのものだった。
力は僕に申し訳なさそうに頭を下げた。
「ごめんね、友ちゃん。でも、僕、勝手に勝ちゃんのこと話せなくて」
「力が謝らなくて良いんだよー。ぜーんぶ、私が勝手にやったことなんだから」
『ヒナちゃん』はそう言うと、スタスタと玄関に向かった。僕は項垂れる力の腕を引っ張りながら大股で歩く幼馴染の横に着く。
「勝ちゃんは、どうしてヒナちゃんねるを始めたの?」
「趣味」
「しゅ、……本当に? なら、どうしてその顔を選んだの?」
「あの顔が好きだったから」
勝ちゃんはそう言うと、ようやく『ヒナちゃん』から表情を変える。よく見るその仏頂面は間違いなく勝ちゃんのものだった。
「お前らが勝手に宮古朱梨の話と繋げてたが何も関係ねぇ。俺は朱梨の母親の顔が欲しかった。それだけだ」
「で、でも! 望木くんが勝ちゃんが朱梨ちゃんを好きだったって……」
力が慌てたように声を上げる。正体を知っていたはずの彼が困った顔をしながら勝ちゃんに疑問を呈しているこの状況が、僕にとっては不思議でしかなかった。
勝ちゃんは力の言葉にハァとため息を吐く。
「勝手に思い込んでるだけだろ。俺が好きなのは朱梨じゃなくて、朱梨の母親の顔」
「……」
「お前らのつまらねぇ探偵ごっこも終わりだな。ご苦労さん」
「まっ」
「俺はバイトだからお前らと話してる時間はねぇんだよ」
勝ちゃんはそう言うと家とは違う道を進もうとする。当然そちらは彼のバイト先であるガソリンスタンドの方向だった。
「良かったらこれからも動画見てね」
「しょ、ひ、」
勝ちゃんなのか、ヒナちゃんなのか。
不意に出されたヒナちゃんの声に何も答えられないまま、勝ちゃんは僕らの前からいなくなった。僕と力が取り残される。力はまだ僕に申し訳なさそうに俯いていた。
「……化粧、教えてあげたの?」
「……うん。突然相談あるって言われて、朱梨さんのお母さんの写真見せられて、この顔になりたいって言ってきたんだ。どうしてかなんて聞けなかった。何か、切羽詰まってて……今にも泣きそうな顔で、必死に頼まれたんだ。最初は動画とかしてなくて、顔さえ寄せられたら満足そうにしてた。それが突然動画配信はじめて……僕も全く意図がわからなかったし、朱梨さんのことも知らなかった」
「本当に朱梨ちゃんのお母さんの顔が好きなだけなのかな……」
「わかんない……」
でも、どうして僕の前に現れたんだろう。ひだまりに行くことを伝えなければこうやって真相を突き止められることもなかったはずだ。
そして、その頃にはじまった東保育所の関係者の殺人事件。
本当に、関係ない? これで『ヒナちゃんねる。』は無関係で終わり?
僕は何とも言えない気持ちで無言で力と一緒に帰路に着いた。
『こんにちは! ヒナちゃんねるです!』
幼馴染に正体を知られたヒナちゃんねるは、今日も変わらず動画を配信している。
珍しく0時という遅い時間に動画が上がった。今日は料理動画で、手際よく具材を切っては美味しそうなカレーを作っている。
「そういえば、今日面白いことがあって、何と身バレしました!」
ヒナちゃんは、何でもなかったかのように愉快そうに笑う。その顔は僕が惚れた顔と変わらないのに、どうしても幼馴染の顔が重なった。
「本当の私って汚いところいっぱいで、きっとそのファンの子は凄くショックだったんだよね。何も言えないって顔してて可哀想だった。幻滅したんだよね、きっと。うん、私もわかるよ。私も本当の私に戻るとき幻滅するから」
完璧な男は、完璧に悲しそうな顔をした。でも、それが都筑勝浬だと知っているから僕はその顔も計算された嘘なのだとわかってしまう。勝ちゃんは自分を卑下して話しているが、実際にはそんなことを思うような人じゃない。それはずっと見てきて知っている。
いや、本当に知っているのだろうか。こんな一面があることを知らなかったというのに。ドッヂボールごときで崩れた友情のくせに。
「でもね、嬉しかったこともあったんだ。私のこと、ずっと追いかけてくれたんだよ。やり方はちょっとアレだったけど……私のことを知ろうとしてくれた。それには感謝してる」
画面越しでも匂いが漂ってきそうなカレーが完成すると、ヒナちゃんは男子高校生なことを偽ることなく大量に盛り付ける。彼はそういう男らしいところも隠しはしなかった。所作は女性らしくすることが多いけど、身の回りのものも女性らしいものを身につけるけど、男であることを恥じない。
「いつか、みんなにも私のこと教えてあげるね」
優しく、美しく笑うヒナちゃんに「やっぱり好きだな」という気持ちと「この男は都筑勝浬なのだ」という事実がせめぎ合う。
そして、必ず抱く問は「何故彼が動画配信をしているのか」だった。
ヒナとしての顔を好きなのはわかったが、単なる趣味で他人の顔になって晒すのはどうなのか。しかも、自分の友人の母親の顔だ。
まだ、何か隠しているんじゃないだろうか。
ねえ、君は一体……『誰』なんだ?
翌日、望木海士が何者かに襲われた。
腹部を刺された後に両手をチェンソーのようなもので切断されたらしい。
時刻は23時で……現場はあの、宮古朱梨が橋から落ちて亡くなった橋だった。
彼は親に内緒でこっそり家を飛び出したようだった。彼のSNSのメッセージに匿名の連絡が入っていたらしい。
そこまでの情報が学校からのメッセージで届き、僕らは自宅待機になったのだ。
偶然なわけが無い。
僕はすぐに勝ちゃんに電話を入れる。自分で作ったヒナちゃんねるのグッズをぼんやりと眺めながら彼が電話に出るのを待った。
『ンだよ』
10コールくらいして勝ちゃんの低い声がした。明らかに不機嫌そうな声に、僕は何故か安堵する。まだ昨日の今日で彼をヒナちゃんと受け入れることが難しかったのだ。
「望木くんの話、聞いたでしょ?」
『だから?』
「本当に君は関係ないんだよね? 今までの事件に、関係ないんだよね?」
『何言ったってテメェは信じねぇだろ』
「……」
『探偵ごっこ、続けてぇならやりゃいいだろ。俺は止めねぇよ。だが、俺がお前に話せることはもうねぇ』
「それって」
『友佑クン、あんまり話したら、ヒナちゃんねるのネタがなくなっちゃうでしょ?』
「っ」
わざと出されたヒナちゃんの声に胸がどきりと鳴った。当然、彼は僕の動揺を見越しており、電話越しにバカにするように鼻で笑って電話を切った。
だが、あの言い方は無関係ではないのではないだろうか。
そもそも、何故ヒナちゃんねるのネタが尽きることになる? 事件関連の動画を配信するってこと?
僕は彼の言い分を理解できないまま、昨日のカレー動画を見る。何も変わらないヒナちゃん。それなのに、僕にとってはかつての彼ではない。それが何とも言えない虚しさを感じる。
『珍しく肉大きいね』
何気ないコメントに、僕は思わず目を留める。
いや、別に勝ちゃんだって切るのがうまくいかないことだってあるだろう。
でも、そこじゃなかった。
ヒナちゃんは料理は1から撮る。つまり具材を切るところから撮っているのだ。
でも、昨日の動画は肉が切られるところはカットされている。生肉は殆ど映らずにカレーの中に煮だったものしか映っていないのだ。
大したことではないかもしれない。でも……もしかしたら。
「嘘、だよね」
そんなはずはない。
でも、何故こんなに胸騒ぎがするのだろうか……。
僕は抑えられない悪寒を抱えながら、慌てて家を飛び出した。
玄関に行くとまだ力の姿はなかった。その代わりと言っては何だがちょうど勝ちゃんが外靴を取り出しているところだった。
勝ちゃんの隣にはいつもの如く男鹿くんがおり、更には男鹿くんと同じ部活だという白鳥さんもいた。珍しい3人組に僕は無意識に下駄箱の陰に隠れた。
「しっかし多喜田も曽田も頑張ってるよな! よっぽどヒナちゃんが気になるんだな! 俺もファンだから気になるけど知っちまうのもどうなのかって悩んじまうぜ!」
「でもあれだけ綺麗な方ですから会ってみたいですよね。私、ついついヒナちゃんと同じ化粧品とか集めちゃいます! アドバイスしてほしいなぁ」
「やっぱインフルエンサーの使う化粧品って高いのか?」
「ヒナちゃんはだいたいプチプラですよ。でもファンデーションだけは高いですね。流石に私も手を出せないです。本当、どんな傷や跡も消してしまえるやつなんですよ!」
「へぇー!」
靴を履き終え男鹿くんと白鳥さんが歩き出そうとするが、勝ちゃんはスマホを見て足を止める。そんな勝ちゃんを二人が不思議そうに見た。
「都筑、どうかしたか?」
「……力から。何か話あるって」
「都筑って曽田と仲いいよなぁ! じゃあ俺等帰るぜ?」
「おう」
「さようなら」
バスケ部の2人が勝ちゃんを置いて帰っていく。勝ちゃんはそんな2人をじっと見つめて送ったあと、僕の隠れている靴箱の方を見た。
え、バレてる?
「何で隠れてんだよ」
「あ、バレちゃった?」
「うぜぇ。てか、力から連絡きたがテメェの差し金か?」
「いや、違うけど……」
力が勝ちゃんに話ってなんだろう……。僕と帰る約束をしていたのにわざわざ連絡をしたということは僕を含んでの用事だろう。
それにしても、男鹿くんの言う通りで勝ちゃんは力と仲が良い。他の人に何か言われたら怒鳴り散らすくせに、力に言われたことはすぐに応じる。
そこでふと、男鹿くんと白鳥さんの話が蘇る。
傷も跡も隠せるファンデーション。
僕は確かにヒナちゃんの動画は全部見ているけど、化粧品の動画の内容はそこまで覚えていなかった。可愛い物を使っているなくらいにしか思っていなかったのだ。
でも、ファンデーションにだけ強く拘るのは何故だろう。よっぽど隠したい傷や跡があるだろうか。
「……ンだよ」
「いや、」
辻褄は、合うんじゃないだろうか。
僕らと同じ東保育所出身者で、朱梨ちゃんのお母さんの写真を持っている。
顔に隠したいだろう傷跡がある。
やけに詳しい保育所時代の話。
力の家に通うほどの親しい人物。
そして、力は演劇部で化粧ができる。
彼の赤い目を、見つめる。彼の炎のような瞳は自信に満ち溢れていて、強く光っている。
その仏頂面は、決して『彼』には見えない。それでも『彼』の完璧な動画配信の内容が沸々と頭に過ぎる。
完璧な化粧。完璧な料理。完璧な笑顔。そして、人間味のある完璧に下手くそに見えるイラスト。
『完璧』な『彼』なら、全てができるだろう。
そう、『彼』なら……僕は納得できてしまうのだ。
「勝ちゃん、君、『ヒナちゃん』なんだよね?」
ポロッと言葉が漏れた。深く考えた訳ではなく、自然と、だけど僕はやけにその答えに確信を持っていた。
それだけ勝ちゃんは完璧な男だった。想像はつかないけど、それでももし彼が力から化粧や演技を教わったなら……確実にそれを熟すだろうと思えた。
何より、僕らの問いに確実に答えるほどの保育所の記憶……完璧であるが故の記憶かもしれないけど……あれは『ヒナちゃん』として僕らに何かを伝えようとして話していたのではないだろうか。
勝ちゃんは表情を変えなかった。その瞳は望木くんや藤地くんのような動揺を全く見せることはない。ただ真っすぐに僕を見つめている。
長い沈黙だった。
「おまたせ!」
その沈黙を破ったのは力だった。力が走って僕らの元に駆け寄るが、僕らの異様な雰囲気にすぐに顔を顰める。
「えっと、ど、どうしたの?」
「力、僕に隠し事してたよね?」
「え、え?」
「勝ちゃんが、ヒナちゃんなんだよね? 知ってた……んだよね?」
「……!」
力のメガネの奥の瞳が心の動揺を映して揺らぐ。そして、彼はすぐに勝ちゃんの顔を伺った。
勝ちゃんは、やっと笑った。
その顔は、知らない顔だった。いや、実際にはよく見ている顔だった。無邪気でおどけたような幼い顔は、僕が大好きな『彼』の顔だったのだ。
「おめでとう、友佑クン」
幼馴染から、よく動画で聞いている声がする。僕は思わず唾を飲み込んだ。
「どう? 簡単だったかなぁ?」
「ほん、本当に勝ちゃんが……ひ、ヒナちゃん?」
「この声、ずーと聞いてるんだから友佑クンならわかるでしょ? ひだまりでもたくさんお喋りしたしねぇ。でも、ストーカーの藤地でも気付いてなかったなんてびっくりだなぁ」
僕が大好きだった声が、幼馴染の幼い笑顔から何度もあふれる。僕はその事実に頭を撃ち抜かれたような気分になった。
はじめ、顔に火傷があるからと真っ先に候補から外したのが勝ちゃんだった。でも、実際それ以外には除外する理由なんてなかった。何なら勝ちゃんの完璧主義なら完全に『ヒナちゃんねる』を演じきることも容易いと思っていたじゃないか。
「悲しいね、これで一人ファンを失っちゃったなぁ」
「なん、何で……いや、待って。力は知ってたんだよね?」
「……ごめん、友ちゃん。勝ちゃんが言わないなら黙っていた方がいいのかなって思って……」
「どうして力にだけ教えたの?」
「……力にはね、化粧を教えてもらったの。私はね、何でもできるつもりだけど、やっぱりできることしかできないんだよ。はじめは教えて貰わないとできない。力には先生になってもらったんだ」
上手になったでしょ? なんて無邪気に笑う勝ちゃんは、完全に僕の推していたヒナちゃんそのものだった。
力は僕に申し訳なさそうに頭を下げた。
「ごめんね、友ちゃん。でも、僕、勝手に勝ちゃんのこと話せなくて」
「力が謝らなくて良いんだよー。ぜーんぶ、私が勝手にやったことなんだから」
『ヒナちゃん』はそう言うと、スタスタと玄関に向かった。僕は項垂れる力の腕を引っ張りながら大股で歩く幼馴染の横に着く。
「勝ちゃんは、どうしてヒナちゃんねるを始めたの?」
「趣味」
「しゅ、……本当に? なら、どうしてその顔を選んだの?」
「あの顔が好きだったから」
勝ちゃんはそう言うと、ようやく『ヒナちゃん』から表情を変える。よく見るその仏頂面は間違いなく勝ちゃんのものだった。
「お前らが勝手に宮古朱梨の話と繋げてたが何も関係ねぇ。俺は朱梨の母親の顔が欲しかった。それだけだ」
「で、でも! 望木くんが勝ちゃんが朱梨ちゃんを好きだったって……」
力が慌てたように声を上げる。正体を知っていたはずの彼が困った顔をしながら勝ちゃんに疑問を呈しているこの状況が、僕にとっては不思議でしかなかった。
勝ちゃんは力の言葉にハァとため息を吐く。
「勝手に思い込んでるだけだろ。俺が好きなのは朱梨じゃなくて、朱梨の母親の顔」
「……」
「お前らのつまらねぇ探偵ごっこも終わりだな。ご苦労さん」
「まっ」
「俺はバイトだからお前らと話してる時間はねぇんだよ」
勝ちゃんはそう言うと家とは違う道を進もうとする。当然そちらは彼のバイト先であるガソリンスタンドの方向だった。
「良かったらこれからも動画見てね」
「しょ、ひ、」
勝ちゃんなのか、ヒナちゃんなのか。
不意に出されたヒナちゃんの声に何も答えられないまま、勝ちゃんは僕らの前からいなくなった。僕と力が取り残される。力はまだ僕に申し訳なさそうに俯いていた。
「……化粧、教えてあげたの?」
「……うん。突然相談あるって言われて、朱梨さんのお母さんの写真見せられて、この顔になりたいって言ってきたんだ。どうしてかなんて聞けなかった。何か、切羽詰まってて……今にも泣きそうな顔で、必死に頼まれたんだ。最初は動画とかしてなくて、顔さえ寄せられたら満足そうにしてた。それが突然動画配信はじめて……僕も全く意図がわからなかったし、朱梨さんのことも知らなかった」
「本当に朱梨ちゃんのお母さんの顔が好きなだけなのかな……」
「わかんない……」
でも、どうして僕の前に現れたんだろう。ひだまりに行くことを伝えなければこうやって真相を突き止められることもなかったはずだ。
そして、その頃にはじまった東保育所の関係者の殺人事件。
本当に、関係ない? これで『ヒナちゃんねる。』は無関係で終わり?
僕は何とも言えない気持ちで無言で力と一緒に帰路に着いた。
『こんにちは! ヒナちゃんねるです!』
幼馴染に正体を知られたヒナちゃんねるは、今日も変わらず動画を配信している。
珍しく0時という遅い時間に動画が上がった。今日は料理動画で、手際よく具材を切っては美味しそうなカレーを作っている。
「そういえば、今日面白いことがあって、何と身バレしました!」
ヒナちゃんは、何でもなかったかのように愉快そうに笑う。その顔は僕が惚れた顔と変わらないのに、どうしても幼馴染の顔が重なった。
「本当の私って汚いところいっぱいで、きっとそのファンの子は凄くショックだったんだよね。何も言えないって顔してて可哀想だった。幻滅したんだよね、きっと。うん、私もわかるよ。私も本当の私に戻るとき幻滅するから」
完璧な男は、完璧に悲しそうな顔をした。でも、それが都筑勝浬だと知っているから僕はその顔も計算された嘘なのだとわかってしまう。勝ちゃんは自分を卑下して話しているが、実際にはそんなことを思うような人じゃない。それはずっと見てきて知っている。
いや、本当に知っているのだろうか。こんな一面があることを知らなかったというのに。ドッヂボールごときで崩れた友情のくせに。
「でもね、嬉しかったこともあったんだ。私のこと、ずっと追いかけてくれたんだよ。やり方はちょっとアレだったけど……私のことを知ろうとしてくれた。それには感謝してる」
画面越しでも匂いが漂ってきそうなカレーが完成すると、ヒナちゃんは男子高校生なことを偽ることなく大量に盛り付ける。彼はそういう男らしいところも隠しはしなかった。所作は女性らしくすることが多いけど、身の回りのものも女性らしいものを身につけるけど、男であることを恥じない。
「いつか、みんなにも私のこと教えてあげるね」
優しく、美しく笑うヒナちゃんに「やっぱり好きだな」という気持ちと「この男は都筑勝浬なのだ」という事実がせめぎ合う。
そして、必ず抱く問は「何故彼が動画配信をしているのか」だった。
ヒナとしての顔を好きなのはわかったが、単なる趣味で他人の顔になって晒すのはどうなのか。しかも、自分の友人の母親の顔だ。
まだ、何か隠しているんじゃないだろうか。
ねえ、君は一体……『誰』なんだ?
翌日、望木海士が何者かに襲われた。
腹部を刺された後に両手をチェンソーのようなもので切断されたらしい。
時刻は23時で……現場はあの、宮古朱梨が橋から落ちて亡くなった橋だった。
彼は親に内緒でこっそり家を飛び出したようだった。彼のSNSのメッセージに匿名の連絡が入っていたらしい。
そこまでの情報が学校からのメッセージで届き、僕らは自宅待機になったのだ。
偶然なわけが無い。
僕はすぐに勝ちゃんに電話を入れる。自分で作ったヒナちゃんねるのグッズをぼんやりと眺めながら彼が電話に出るのを待った。
『ンだよ』
10コールくらいして勝ちゃんの低い声がした。明らかに不機嫌そうな声に、僕は何故か安堵する。まだ昨日の今日で彼をヒナちゃんと受け入れることが難しかったのだ。
「望木くんの話、聞いたでしょ?」
『だから?』
「本当に君は関係ないんだよね? 今までの事件に、関係ないんだよね?」
『何言ったってテメェは信じねぇだろ』
「……」
『探偵ごっこ、続けてぇならやりゃいいだろ。俺は止めねぇよ。だが、俺がお前に話せることはもうねぇ』
「それって」
『友佑クン、あんまり話したら、ヒナちゃんねるのネタがなくなっちゃうでしょ?』
「っ」
わざと出されたヒナちゃんの声に胸がどきりと鳴った。当然、彼は僕の動揺を見越しており、電話越しにバカにするように鼻で笑って電話を切った。
だが、あの言い方は無関係ではないのではないだろうか。
そもそも、何故ヒナちゃんねるのネタが尽きることになる? 事件関連の動画を配信するってこと?
僕は彼の言い分を理解できないまま、昨日のカレー動画を見る。何も変わらないヒナちゃん。それなのに、僕にとってはかつての彼ではない。それが何とも言えない虚しさを感じる。
『珍しく肉大きいね』
何気ないコメントに、僕は思わず目を留める。
いや、別に勝ちゃんだって切るのがうまくいかないことだってあるだろう。
でも、そこじゃなかった。
ヒナちゃんは料理は1から撮る。つまり具材を切るところから撮っているのだ。
でも、昨日の動画は肉が切られるところはカットされている。生肉は殆ど映らずにカレーの中に煮だったものしか映っていないのだ。
大したことではないかもしれない。でも……もしかしたら。
「嘘、だよね」
そんなはずはない。
でも、何故こんなに胸騒ぎがするのだろうか……。
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