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脅迫状編
カメオ・ミニアチュール=キャラ缶バッチ・アクスタ
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話が一段落した時点で、シグルドは部屋の中を見渡した。
「この部屋に入った時から気になってたんだけど、何だいコレ?」
彼が指差したのは、セシルの部屋を占領する巨大キャンバス群だ。
布が被せられているので、何が書かれているのかわからないが画家のアトリエと言っても過言ではない数だ。
絵に圧迫されるからか室内には最低限の家具しかない。
部屋に通された時、シグルドは一瞬物置に入ったかと思ったくらいだ。
「俺が描いた絵だ。お前が来るから片付けたんだ」
「片付けた? この状態で?」
「お前が帰ったら元の位置に戻す」
「へえ……何を描いたんだか」
「あ。こら! 止めろ!」
セシルの静止を無視してシグルドは布を剥いだ。
「……」
(言う通りに止めておけばよかった)と、シグルドは後悔した。
*
絵は全てラインハルトだった。
フリート家の3兄弟は顔がよく似ているが、10人中10人が彼だと言い切るほど、写実的でクオリティが高い。
写真と遜色ない程精密。
魂がこもっていると言うべきか、今にも動き出しそうだ。
「……何で全部等身大なんだ?」
キャンバスの大きさはまちまちだが、描かれているラインハルトのサイズは一律。
「この絵はここに。――ほら、椅子に乗せることによって、ラインハルト様とお茶してるように錯覚できるだろう?」
セシルとしては画期的なアイデアのつもりなのだろうが、致命的な末期の発想だ。
「俺はラインハルト様であれば、忠実に描くことができるが。実物からサイズを変えるのは難しいんだ。持ち歩き用の全身像のミニアチュールは苦戦している」
「逆にサイズが正確な事が恐ろしいよ。コレとか半裸じゃないか」
シグルドが指差したのは一番大きなキャンバス。
背中に白い羽を生やしたラインハルトが天へと手を伸ばしている。
忠実とは程遠いが、セシルには常人では視認できないラインハルトの翼が見えているのかもしれない。
体に纏っているのは薄布のみ。大事な所は隠れているが、足とか腋とか日常生活で露出しない場所が剥き出しだ。
「日々観察していれば、服の下も推測できる」
「普通はできないよ」
「服装が違うとシルエットに影響するが、土台が一緒だから差異を補正するんだ。骨格と筋肉の厚みがわかれば、人体の構造は共通だから形にするのは容易だ。再現できないのは、被露出部位の黒子の位置くらいだ」
「君は芸術科じゃないよな」
「物理学科だ」
「……」
本能的にシグルドは一歩下がった。
(真面目が拗らすとこんなに危険な感じになるのか)
今後は遊び相手は選ぼうと、シグルドは気を引き締めた。
「それにしても凄いな。長い付き合いだけど、君にこんな才能があるとは知らなかった。いつから絵画を?」
「独学だ。此処にあるのは全て一年以内の作品だ」
「嘘だろ!? 本職顔負けだぜ!」
「俺はラインハルト様しか描けない。逆にラインハルト様であれば幾らでも描ける」
「彼が君の創造の泉か。筋金入りだな。そうだ! 試しに俺を描いてみてよ」
シグルドとしては、軽い提案のつもりだった。
セシルの走り書きの画力を試してみたかったのだが、彼は10分くらいペンを握ったまま静止したかと思うと崩れ落ちた。
「駄目だ。ラインハルト様以外を描こうとすると、この身が汚れるようで耐えられない!」
「俺は君の友人だよな?」
「友だろうが猫だろうが、生理的に無理だ!」
「地味に傷付いたぞ」
気を取り直したセシルは最新作について語り始めた。
「絵画は持ち歩き難いから、今はカメオを制作している」
「君は芸術科じゃないよな」
「物理学科だ」
「……」
ラインハルト関連であれば、彼の創作意欲は留まるところを知らないらしい。
「……君の作るカメオなら、本当に動き出しそうだな」
「そうだったら良いのに。どこにでも持ち歩けて、お話ししてくれるラインハルト様とか……至福すぎる」
シグルドとしてはホラーのつもりで言ったのだが、セシルにとってはご褒美のようだ。
そのうちラインハルト人形を作って「動き出さないかな」とか言いそうだ。
「そんなに好きなら考古学科を専攻すれば良かったじゃないか。――あれ? 何で科が違うのに、日々観察できてるんだ?」
彼等の通う大学は、大きく4棟の建物に分けられる。
文系、理系、芸術系で一棟ずつ。更に事務所や大きな講堂、専攻関係ない講義が行われる、多目的な棟。
ラインハルトは基本的に文系の棟から出る事は無い。
セシル、シグルドは既に研究室に所属している身なので、活動は理系の棟がメインだ。
「出会ったのが入学後だったんだ。学科変更は親に却下された。今は考古学科の学生に紛れて、ラインハルト様の講義に参加している」
「おいおい」
「大丈夫だ。バレたことはない」
「コツがあるんだ」とドヤ顔で、セシルは伊達メガネを取り出した。
躊躇う事なく手で髪をくしゃくしゃにする。
どこにでも居そうな没個性の冴えない男子生徒の出来上がりだ。
「あ! 君のそれ、そういう目的だったのか!」
派手さはないものもののセシルは綺麗な顔立ちをしている。
黒い髪と瞳で色気のあるシグルドと、栗色の髪と瞳で綺麗な顔をしているセシルは目立つ2人組だった。
寄宿舎時代はあれだけ人目を集めた彼が、大学に入ってからもっさりしたのは意図的なものだったらしい。
「ラインハルト様は受講生一人一人の顔を覚えているからな。流石はラインハルト様だ。尊敬すべき美点だが、紛れ込むのに苦労する」
狙い目は20人以上参加する講義。
ラインハルトの視界から外れやすい窓際の席をキープし、宿題を忘れた生徒の様に気配を消す。
1コマ丸々緊張状態を強いられるが、リスクに見合うだけの成果が得られる。
ラインハルトの美声を聴きながら、じっくりその姿を堪能できるのだ。セシルにとってこれ以上はない至福の時間だ。
「この部屋に入った時から気になってたんだけど、何だいコレ?」
彼が指差したのは、セシルの部屋を占領する巨大キャンバス群だ。
布が被せられているので、何が書かれているのかわからないが画家のアトリエと言っても過言ではない数だ。
絵に圧迫されるからか室内には最低限の家具しかない。
部屋に通された時、シグルドは一瞬物置に入ったかと思ったくらいだ。
「俺が描いた絵だ。お前が来るから片付けたんだ」
「片付けた? この状態で?」
「お前が帰ったら元の位置に戻す」
「へえ……何を描いたんだか」
「あ。こら! 止めろ!」
セシルの静止を無視してシグルドは布を剥いだ。
「……」
(言う通りに止めておけばよかった)と、シグルドは後悔した。
*
絵は全てラインハルトだった。
フリート家の3兄弟は顔がよく似ているが、10人中10人が彼だと言い切るほど、写実的でクオリティが高い。
写真と遜色ない程精密。
魂がこもっていると言うべきか、今にも動き出しそうだ。
「……何で全部等身大なんだ?」
キャンバスの大きさはまちまちだが、描かれているラインハルトのサイズは一律。
「この絵はここに。――ほら、椅子に乗せることによって、ラインハルト様とお茶してるように錯覚できるだろう?」
セシルとしては画期的なアイデアのつもりなのだろうが、致命的な末期の発想だ。
「俺はラインハルト様であれば、忠実に描くことができるが。実物からサイズを変えるのは難しいんだ。持ち歩き用の全身像のミニアチュールは苦戦している」
「逆にサイズが正確な事が恐ろしいよ。コレとか半裸じゃないか」
シグルドが指差したのは一番大きなキャンバス。
背中に白い羽を生やしたラインハルトが天へと手を伸ばしている。
忠実とは程遠いが、セシルには常人では視認できないラインハルトの翼が見えているのかもしれない。
体に纏っているのは薄布のみ。大事な所は隠れているが、足とか腋とか日常生活で露出しない場所が剥き出しだ。
「日々観察していれば、服の下も推測できる」
「普通はできないよ」
「服装が違うとシルエットに影響するが、土台が一緒だから差異を補正するんだ。骨格と筋肉の厚みがわかれば、人体の構造は共通だから形にするのは容易だ。再現できないのは、被露出部位の黒子の位置くらいだ」
「君は芸術科じゃないよな」
「物理学科だ」
「……」
本能的にシグルドは一歩下がった。
(真面目が拗らすとこんなに危険な感じになるのか)
今後は遊び相手は選ぼうと、シグルドは気を引き締めた。
「それにしても凄いな。長い付き合いだけど、君にこんな才能があるとは知らなかった。いつから絵画を?」
「独学だ。此処にあるのは全て一年以内の作品だ」
「嘘だろ!? 本職顔負けだぜ!」
「俺はラインハルト様しか描けない。逆にラインハルト様であれば幾らでも描ける」
「彼が君の創造の泉か。筋金入りだな。そうだ! 試しに俺を描いてみてよ」
シグルドとしては、軽い提案のつもりだった。
セシルの走り書きの画力を試してみたかったのだが、彼は10分くらいペンを握ったまま静止したかと思うと崩れ落ちた。
「駄目だ。ラインハルト様以外を描こうとすると、この身が汚れるようで耐えられない!」
「俺は君の友人だよな?」
「友だろうが猫だろうが、生理的に無理だ!」
「地味に傷付いたぞ」
気を取り直したセシルは最新作について語り始めた。
「絵画は持ち歩き難いから、今はカメオを制作している」
「君は芸術科じゃないよな」
「物理学科だ」
「……」
ラインハルト関連であれば、彼の創作意欲は留まるところを知らないらしい。
「……君の作るカメオなら、本当に動き出しそうだな」
「そうだったら良いのに。どこにでも持ち歩けて、お話ししてくれるラインハルト様とか……至福すぎる」
シグルドとしてはホラーのつもりで言ったのだが、セシルにとってはご褒美のようだ。
そのうちラインハルト人形を作って「動き出さないかな」とか言いそうだ。
「そんなに好きなら考古学科を専攻すれば良かったじゃないか。――あれ? 何で科が違うのに、日々観察できてるんだ?」
彼等の通う大学は、大きく4棟の建物に分けられる。
文系、理系、芸術系で一棟ずつ。更に事務所や大きな講堂、専攻関係ない講義が行われる、多目的な棟。
ラインハルトは基本的に文系の棟から出る事は無い。
セシル、シグルドは既に研究室に所属している身なので、活動は理系の棟がメインだ。
「出会ったのが入学後だったんだ。学科変更は親に却下された。今は考古学科の学生に紛れて、ラインハルト様の講義に参加している」
「おいおい」
「大丈夫だ。バレたことはない」
「コツがあるんだ」とドヤ顔で、セシルは伊達メガネを取り出した。
躊躇う事なく手で髪をくしゃくしゃにする。
どこにでも居そうな没個性の冴えない男子生徒の出来上がりだ。
「あ! 君のそれ、そういう目的だったのか!」
派手さはないものもののセシルは綺麗な顔立ちをしている。
黒い髪と瞳で色気のあるシグルドと、栗色の髪と瞳で綺麗な顔をしているセシルは目立つ2人組だった。
寄宿舎時代はあれだけ人目を集めた彼が、大学に入ってからもっさりしたのは意図的なものだったらしい。
「ラインハルト様は受講生一人一人の顔を覚えているからな。流石はラインハルト様だ。尊敬すべき美点だが、紛れ込むのに苦労する」
狙い目は20人以上参加する講義。
ラインハルトの視界から外れやすい窓際の席をキープし、宿題を忘れた生徒の様に気配を消す。
1コマ丸々緊張状態を強いられるが、リスクに見合うだけの成果が得られる。
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