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絶海の孤島編
赤の他人
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「どうかご無事で。俺は一日千秋の思いでラインハルト様のお戻りをお待ちしています」
場所は港。ロドスト国行きの船に乗り込もうとするラインハルトに対し、目を潤ませて戦地に夫を送り出す妻のような台詞を吐くセシル。
ラインハルトが港に着いた時には、既にセシルがスタンバイしていた 。
毎度の事ながらラインハルトは戦慄した。
ラインハルトとセシル。2人の関係を一言で表現するなら他人である。
実は他にも色々と言い様があるのだが、一番マシな表現が「他人」だ。
「ストーカーと被害者」「強姦魔と被害者」「オタクと推し/嫁」と、その他の候補は軒並み酷いので「他人」と評するのが最も温情ある措置なのだ。
「僕はいつどの便で出発するか、君に話した覚えは無いんですが……」
「ラインハルト様のスケジュールは常に把握しています」
「手段を聞いても?」
「いくらラインハルト様でも秘密です」
「僕の個人情報なんですが」
「秘密です」
正直に答えたら対策されると考えたのだろう、セシルはラインハルトの問いに笑って誤魔化した。
考えたく無いが、フリート家の使用人に情報漏洩している者が居る可能性がある。
*
「暫く離れるからと戴いたシーツ。ラインハルト様だと思って大事にしますね」
「あたかも僕が、自主的にあげたような言い方は止めてください」
そもそも遠く離れるからとシーツを渡す習慣なんてこの国にはない。
出張を知ったセシルがラインハルトの元へ押しかけて迫ったのだ。
不在の間、彼の味を覚えていたいので入浴前の全身を舐めさせるか、彼の香りに包まれたいので未洗濯のシーツを寄越すか。
前者の選択肢は明らかに常軌を逸しているが、これがセシルの通常運転だ。
ラインハルトはどちらも断りたかったが、それをすると両方決行されかねない。
譲歩的要請法(ドア・イン・ザ・フェイス)だと分かっていても、彼はシーツを差し出すしかなかった。
**
ラインハルト出立の日から遡る事1ヶ月前――。
「僕だけですか?」
「相手がラインハルト君を指名してるんだよ。僕も正直この歳で長時間の船旅はキツい。今後のことも考えて、今のうちに君に引き継げる事は任せておきたい」
教授から呼び出されたラインハルトは、思わぬ申し出に首を傾げた。
今回ラインハルトを招待したのは、隣国であるロドスト国のフランシス侯爵。
この世界はまだ飛行機が誕生していない。長距離移動手段は船一択の為、隣国とは言え時間がかかる。
海外旅行の敷居は高く、ラインハルトも数える程しか渡航歴が無い。
*
フランシス侯爵は裕福な篤志家で、古代文明研究を熱心に支持している。
彼自身、若い頃は大学の研究室に所属して遺跡発掘に参加したり、論文をいくつか発表している。
家を継いでからは前線からは退いたが、研究者支援として寄附などの支援を行うようになった。
ラインハルトの所属する研究室も彼の支援の恩恵を受けている為、定期的に御礼状を同封した会報誌等を送っていた。
似た者師弟の為、ラインハルト同様教授も手紙を書くのが苦手だ。
必然的に准教授のラインハルトが、教授の代わりに支援に対する御礼状を書く事になる。
私信は筆不精なラインハルトだが、仕事ならまだ割り切れる。定型分の組み合わせなので深く考える必要が無いのが大きい。更に相手も紋切り型の、送付状を兼ねた手紙なんて流し見だろうから気が楽だ。
つまり大学としては長年付き合いがあるが、ラインハルト個人としては先方とは接点がなく、今まで交流した覚えもない。
*
招待主のフランシス侯爵は先日代替わりした。
古代文明に執心していたのは先代。当代の情報は少なく、今後の支援がどうなるのかは不明なのでその辺りも今回ラインハルトは探りをいれなければいけない。
支援をアテにしていると言うよりは、研究室の年間計画を建てる上で計算に入れても良いのかどうか早めにハッキリさせないと困る事になるからだ。
先代フランシス侯爵は、数多の古代文明関連のコレクションを所有していた。
フランシス・コレクションと呼ばれる程、その存在は広く知られているが、個人の所有物なのでその一部しか世間には公表されていない。
今回は秘密のベールに包まれたマニア垂涎の品々が公開される貴重な機会だ。
今回フランシス侯爵が開催するのは、現役の研究者を対象にした有識者会議だ。
内容的にもラインハルトよりも教授の方が相応しいと思うのだが、名指しされた点と教授の体のこともあり断ると言う選択肢は存在しない。
何よりラインハルトは、フランシス・コレクションに興味があった。
*
(ビエルサ・フランシスと面識は無いけど、合理的な切れ物なんだろうな)
充分な引き継ぎのないまま、先代フランシス侯爵は他界した。高齢だったこともあり、誤嚥性肺炎からあっという間に死に至ったと言う。
突然莫大なコレクションを残された新しい当主は、遺品の扱いに頭を悩ませる事になった。
このまま個人所有していても良いのか、もしくは寄贈すべきか。
所有するならどう保管すべきか。
寄贈するなら何処へどのような形にすべきか。
当代が若いこともあり、有識者と偽って騙そうとする輩が後を立たない為、身元確かな専門家を複数招待しまとめて意見を求めると言うのが集まりの主旨だ。
効率的且つ、同業者の目がある手前各々下手な事は言えない。
*
あの事件が解決した今も、セシルはラインハルトの付き人を続けている。
ラインハルトが止めるよう言っても、好きでやっている事だからと聞く耳を持たない。
保護者であるマクガーデン夫婦は、受験を決意したルイーゼの事で手一杯。縁談は消えたが彼等のラインハルトに対する信頼は厚く、セシルの手綱を握ってくれるなら有難いと息子を諌める事はない。
商売で成功しているだけあり図太い親子である。
(ストーカーの子守りなんて冗談じゃない)
ラインハルトは言葉で説得することを諦めて無視しようとしたが、セシルの存在感が強すぎて無理だった。黙っていると、これ幸いと都合の良いように解釈するのでタチが悪い。
現地での滞在期間は一週間程度だが、往復にも同等の時間が掛かるので、約半月ラインハルトは大学を離れる事になる。
セシルと物理的に距離を置けるのは嬉しいが、不在の間に何かするんじゃないかと不安もある。
場所は港。ロドスト国行きの船に乗り込もうとするラインハルトに対し、目を潤ませて戦地に夫を送り出す妻のような台詞を吐くセシル。
ラインハルトが港に着いた時には、既にセシルがスタンバイしていた 。
毎度の事ながらラインハルトは戦慄した。
ラインハルトとセシル。2人の関係を一言で表現するなら他人である。
実は他にも色々と言い様があるのだが、一番マシな表現が「他人」だ。
「ストーカーと被害者」「強姦魔と被害者」「オタクと推し/嫁」と、その他の候補は軒並み酷いので「他人」と評するのが最も温情ある措置なのだ。
「僕はいつどの便で出発するか、君に話した覚えは無いんですが……」
「ラインハルト様のスケジュールは常に把握しています」
「手段を聞いても?」
「いくらラインハルト様でも秘密です」
「僕の個人情報なんですが」
「秘密です」
正直に答えたら対策されると考えたのだろう、セシルはラインハルトの問いに笑って誤魔化した。
考えたく無いが、フリート家の使用人に情報漏洩している者が居る可能性がある。
*
「暫く離れるからと戴いたシーツ。ラインハルト様だと思って大事にしますね」
「あたかも僕が、自主的にあげたような言い方は止めてください」
そもそも遠く離れるからとシーツを渡す習慣なんてこの国にはない。
出張を知ったセシルがラインハルトの元へ押しかけて迫ったのだ。
不在の間、彼の味を覚えていたいので入浴前の全身を舐めさせるか、彼の香りに包まれたいので未洗濯のシーツを寄越すか。
前者の選択肢は明らかに常軌を逸しているが、これがセシルの通常運転だ。
ラインハルトはどちらも断りたかったが、それをすると両方決行されかねない。
譲歩的要請法(ドア・イン・ザ・フェイス)だと分かっていても、彼はシーツを差し出すしかなかった。
**
ラインハルト出立の日から遡る事1ヶ月前――。
「僕だけですか?」
「相手がラインハルト君を指名してるんだよ。僕も正直この歳で長時間の船旅はキツい。今後のことも考えて、今のうちに君に引き継げる事は任せておきたい」
教授から呼び出されたラインハルトは、思わぬ申し出に首を傾げた。
今回ラインハルトを招待したのは、隣国であるロドスト国のフランシス侯爵。
この世界はまだ飛行機が誕生していない。長距離移動手段は船一択の為、隣国とは言え時間がかかる。
海外旅行の敷居は高く、ラインハルトも数える程しか渡航歴が無い。
*
フランシス侯爵は裕福な篤志家で、古代文明研究を熱心に支持している。
彼自身、若い頃は大学の研究室に所属して遺跡発掘に参加したり、論文をいくつか発表している。
家を継いでからは前線からは退いたが、研究者支援として寄附などの支援を行うようになった。
ラインハルトの所属する研究室も彼の支援の恩恵を受けている為、定期的に御礼状を同封した会報誌等を送っていた。
似た者師弟の為、ラインハルト同様教授も手紙を書くのが苦手だ。
必然的に准教授のラインハルトが、教授の代わりに支援に対する御礼状を書く事になる。
私信は筆不精なラインハルトだが、仕事ならまだ割り切れる。定型分の組み合わせなので深く考える必要が無いのが大きい。更に相手も紋切り型の、送付状を兼ねた手紙なんて流し見だろうから気が楽だ。
つまり大学としては長年付き合いがあるが、ラインハルト個人としては先方とは接点がなく、今まで交流した覚えもない。
*
招待主のフランシス侯爵は先日代替わりした。
古代文明に執心していたのは先代。当代の情報は少なく、今後の支援がどうなるのかは不明なのでその辺りも今回ラインハルトは探りをいれなければいけない。
支援をアテにしていると言うよりは、研究室の年間計画を建てる上で計算に入れても良いのかどうか早めにハッキリさせないと困る事になるからだ。
先代フランシス侯爵は、数多の古代文明関連のコレクションを所有していた。
フランシス・コレクションと呼ばれる程、その存在は広く知られているが、個人の所有物なのでその一部しか世間には公表されていない。
今回は秘密のベールに包まれたマニア垂涎の品々が公開される貴重な機会だ。
今回フランシス侯爵が開催するのは、現役の研究者を対象にした有識者会議だ。
内容的にもラインハルトよりも教授の方が相応しいと思うのだが、名指しされた点と教授の体のこともあり断ると言う選択肢は存在しない。
何よりラインハルトは、フランシス・コレクションに興味があった。
*
(ビエルサ・フランシスと面識は無いけど、合理的な切れ物なんだろうな)
充分な引き継ぎのないまま、先代フランシス侯爵は他界した。高齢だったこともあり、誤嚥性肺炎からあっという間に死に至ったと言う。
突然莫大なコレクションを残された新しい当主は、遺品の扱いに頭を悩ませる事になった。
このまま個人所有していても良いのか、もしくは寄贈すべきか。
所有するならどう保管すべきか。
寄贈するなら何処へどのような形にすべきか。
当代が若いこともあり、有識者と偽って騙そうとする輩が後を立たない為、身元確かな専門家を複数招待しまとめて意見を求めると言うのが集まりの主旨だ。
効率的且つ、同業者の目がある手前各々下手な事は言えない。
*
あの事件が解決した今も、セシルはラインハルトの付き人を続けている。
ラインハルトが止めるよう言っても、好きでやっている事だからと聞く耳を持たない。
保護者であるマクガーデン夫婦は、受験を決意したルイーゼの事で手一杯。縁談は消えたが彼等のラインハルトに対する信頼は厚く、セシルの手綱を握ってくれるなら有難いと息子を諌める事はない。
商売で成功しているだけあり図太い親子である。
(ストーカーの子守りなんて冗談じゃない)
ラインハルトは言葉で説得することを諦めて無視しようとしたが、セシルの存在感が強すぎて無理だった。黙っていると、これ幸いと都合の良いように解釈するのでタチが悪い。
現地での滞在期間は一週間程度だが、往復にも同等の時間が掛かるので、約半月ラインハルトは大学を離れる事になる。
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