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絶海の孤島編
恋の駆け引き
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「ラインハルト様……」
マクガーデン家の私室で、セシルは切なげに呟くと、愛しい人の残り香を求めて抱きしめていた物に顔を埋めた。
まんまとラインハルトのシーツを手に入れた後、セシルは予てより計画していた物を作成した。
普通の変態――人間なら、シーツに身を包み堪能するだけだが、彼はクリエイティブなオタクでもある。
セシルは刺繍を始めた。
彼が刺したのは勿論ラインハルト(等身大)。
刺繍のプロでも製作に何ヶ月も掛かるようなサイズだが、愛する人が関わると人間を辞めた状態になるセシルはあっという間に完成させた。
眠気が出たり集中力が切れると、手にした布の匂いで活力をチャージ。ラインハルトの匂いは、カフェインよりもセシルに翼を授けるのだ。
絵と違い写実的とは言い難く、若干イラストちっくになってしまったが、誰もがラインハルトだと分かるくらいにはクオリティが高い大作が出来上がった。
セシルはバスローブ姿の肌色率高めなデザインと迷ったが結局、普通のパジャマ姿を採用した。
(うん。セクシーなのも良いけど、日常感がある方がドキドキする)
ラインハルトが刺繍されたシーツを袋状に縫い、綿を入れる。
そう、セシルは等身大抱き枕(匂い付き)を作り上げたのである。
勿論彼に前世の記憶は無い。ある意味天才的な発想の持ち主である。
もしセシルの情熱がもっと健全な方向に発揮されていたら、歴史に名を残したかもしれない。
*
「ラインハルト様が足りない……」
「そもそも足りるものなのか?」
「五月蝿い」
大学の食堂でセシルは机に突っ伏した。
因みにラインハルトを見送ったのは昨日である。
「お前は余裕そうだな。お兄様とは順調なのか?」
「まあ、概ね計画通りかな。良い頃合いだし一旦距離を置くよ」
「何でそんな事するんだ?」
「駆け引きだよ。出会ってから今まで、連日俺の存在を刻んできたんだ。少し離れる事で、物足りなさを感じてもらうんだよ」
したり顔でグラスにつけるシグルドからは、余裕がうかがえる。
「へぇ」
「ジークさんは分かりやすい人だから、結構効くと思うぜ」
「俺には気難しくて、分かりにくい印象なんだが」
セシルがジークハルトに会ったのは二回だけだが、ぶっきらぼうで口数の少ない人だった。
「いいや。あれは口下手で、ベースがしかめ面なだけ。表情を取り繕う事をしないから、慣れれば簡単。分かりにくいって言うのは、ラインハルト先生みたいな人のこと」
「一理あるな。……なあ、その駆け引きはラインハルト様にも有効なのか?」
シグルドはこの手の分野において経験豊富だ。
出張で会えないのは辛いが、耐える事によってラインハルトがセシルを恋しく思ってくれるならまだ我慢できる。
「全然。ラインハルト先生タイプは押して、押して押しまくる。先生のペースを乱さないと、上手く流されて試合終了。先ずはあのポーカーフェイスを崩さないと」
「押す……」
「声を荒げたり、言葉遣いが乱暴になったり……そのくらい素を引き出さないと暖簾に腕押しだな。その点じゃセシルはだいぶ好い線いってるよ」
「本当か!?」
セシルの目が輝く。彼が自分のスタイルに、持ってはいけない自信を持ってしまった瞬間である。
もしラインハルトがこの場にいたら、無責任な発言をしたシグルドを締め上げただろう。
「そうだ、ちょうど良い。俺達もロドストへ行かないか?」
「何だって?」
「ジークさんから離れるのに、それっぽい理由が必要なんだよ。後でフォローできる内容じゃないと困るんだ」
「俺はともかく、お前は長期欠席したらマズイだろ」
薬学科は卒業時に国家試験の受験資格が与えられる為、医学部同様出席に厳しい。
年度内に全ての単位を取得しないと留年となる上、授業の出席率が8割を切ると単位取得の為のテストを受けさせてもらえない。
「そこは正攻法で上手くやるよ」
思い立ったら即実行のシグルドは、大学の事務に「家庭の事情により、2~3週間出席できない」と短期の休学届けを提出した。
一般家庭であれば認められないが、公爵家の家庭の事情である。下手に問い質すと政治問題になりかねない。
テストを一発クリアする事を条件に、特例措置が認められた。
*
問題児達が旅の準備を始めた頃、ランスロットの耳にシグルドの意味深な休学届けの件が報告された。
アーサーの暴走に居合わせたランスロットは、後日ラインハルトから一連の事情を説明された。
現在ラインハルト側の人間で、セシルの危険性を正しく認識しているのはランスロットだけだ。
ロドストへの出発前、ラインハルトは「僕の不在時に、セシル君が何かしでかさないか、余裕があれば見張って欲しい」とランスロットに頼んでいた。
ランスロットは寄宿学校、大学共に学生会役員であり顔が広い。度々部活の助っ人を引き受けていたので、科を跨いだ人脈があり、恩を売った人間も多い。
彼は知人達に、要注意人物に動きがあれば知らせるよう頼んでいた。
シグルドの行動から、彼等が何をしようとしているのか察したランスロット。
普通の学生なら「外国まで好きな人に会いに行く」なんて金銭的に不可能だが、幸か不幸か2人の家は資産家。普通じゃできない事もできてしまうのである。
ランスロットは「ラインハルトの仕事の邪魔になる」と2人を説得し、渡航そのものを思い留まらせようとした。
しかしそんなもので止まる連中では無い。
「邪魔はしない。近くに滞在して、会うのは仕事が終わった時間だけ」と揃って聞く耳を持たなかった為、ランスロットはお目付役として同行することにした。
彼には2人が野放し状態で現地入りしたら、絶対にラインハルトの邪魔をするという確証があった。
セシルより付き人らしいランスロット。
ラインハルトは彼に給料を払うべきかもしれない。少なくとも今回の旅費は出すべきだ。
*
ラインハルトから数日遅れで出発した3人。
焼け落ちた橋を見て、ランスロットは町に救援を求める為引き返した。
シグルドは荷物を彼に預け谷を踏破、セシルはラインハルトへの差し入れだけ身につけてその後を追った。
これがロドスト国のフランシス邸に、ワールドワイドなストーカーが現れた経緯である。
マクガーデン家の私室で、セシルは切なげに呟くと、愛しい人の残り香を求めて抱きしめていた物に顔を埋めた。
まんまとラインハルトのシーツを手に入れた後、セシルは予てより計画していた物を作成した。
普通の変態――人間なら、シーツに身を包み堪能するだけだが、彼はクリエイティブなオタクでもある。
セシルは刺繍を始めた。
彼が刺したのは勿論ラインハルト(等身大)。
刺繍のプロでも製作に何ヶ月も掛かるようなサイズだが、愛する人が関わると人間を辞めた状態になるセシルはあっという間に完成させた。
眠気が出たり集中力が切れると、手にした布の匂いで活力をチャージ。ラインハルトの匂いは、カフェインよりもセシルに翼を授けるのだ。
絵と違い写実的とは言い難く、若干イラストちっくになってしまったが、誰もがラインハルトだと分かるくらいにはクオリティが高い大作が出来上がった。
セシルはバスローブ姿の肌色率高めなデザインと迷ったが結局、普通のパジャマ姿を採用した。
(うん。セクシーなのも良いけど、日常感がある方がドキドキする)
ラインハルトが刺繍されたシーツを袋状に縫い、綿を入れる。
そう、セシルは等身大抱き枕(匂い付き)を作り上げたのである。
勿論彼に前世の記憶は無い。ある意味天才的な発想の持ち主である。
もしセシルの情熱がもっと健全な方向に発揮されていたら、歴史に名を残したかもしれない。
*
「ラインハルト様が足りない……」
「そもそも足りるものなのか?」
「五月蝿い」
大学の食堂でセシルは机に突っ伏した。
因みにラインハルトを見送ったのは昨日である。
「お前は余裕そうだな。お兄様とは順調なのか?」
「まあ、概ね計画通りかな。良い頃合いだし一旦距離を置くよ」
「何でそんな事するんだ?」
「駆け引きだよ。出会ってから今まで、連日俺の存在を刻んできたんだ。少し離れる事で、物足りなさを感じてもらうんだよ」
したり顔でグラスにつけるシグルドからは、余裕がうかがえる。
「へぇ」
「ジークさんは分かりやすい人だから、結構効くと思うぜ」
「俺には気難しくて、分かりにくい印象なんだが」
セシルがジークハルトに会ったのは二回だけだが、ぶっきらぼうで口数の少ない人だった。
「いいや。あれは口下手で、ベースがしかめ面なだけ。表情を取り繕う事をしないから、慣れれば簡単。分かりにくいって言うのは、ラインハルト先生みたいな人のこと」
「一理あるな。……なあ、その駆け引きはラインハルト様にも有効なのか?」
シグルドはこの手の分野において経験豊富だ。
出張で会えないのは辛いが、耐える事によってラインハルトがセシルを恋しく思ってくれるならまだ我慢できる。
「全然。ラインハルト先生タイプは押して、押して押しまくる。先生のペースを乱さないと、上手く流されて試合終了。先ずはあのポーカーフェイスを崩さないと」
「押す……」
「声を荒げたり、言葉遣いが乱暴になったり……そのくらい素を引き出さないと暖簾に腕押しだな。その点じゃセシルはだいぶ好い線いってるよ」
「本当か!?」
セシルの目が輝く。彼が自分のスタイルに、持ってはいけない自信を持ってしまった瞬間である。
もしラインハルトがこの場にいたら、無責任な発言をしたシグルドを締め上げただろう。
「そうだ、ちょうど良い。俺達もロドストへ行かないか?」
「何だって?」
「ジークさんから離れるのに、それっぽい理由が必要なんだよ。後でフォローできる内容じゃないと困るんだ」
「俺はともかく、お前は長期欠席したらマズイだろ」
薬学科は卒業時に国家試験の受験資格が与えられる為、医学部同様出席に厳しい。
年度内に全ての単位を取得しないと留年となる上、授業の出席率が8割を切ると単位取得の為のテストを受けさせてもらえない。
「そこは正攻法で上手くやるよ」
思い立ったら即実行のシグルドは、大学の事務に「家庭の事情により、2~3週間出席できない」と短期の休学届けを提出した。
一般家庭であれば認められないが、公爵家の家庭の事情である。下手に問い質すと政治問題になりかねない。
テストを一発クリアする事を条件に、特例措置が認められた。
*
問題児達が旅の準備を始めた頃、ランスロットの耳にシグルドの意味深な休学届けの件が報告された。
アーサーの暴走に居合わせたランスロットは、後日ラインハルトから一連の事情を説明された。
現在ラインハルト側の人間で、セシルの危険性を正しく認識しているのはランスロットだけだ。
ロドストへの出発前、ラインハルトは「僕の不在時に、セシル君が何かしでかさないか、余裕があれば見張って欲しい」とランスロットに頼んでいた。
ランスロットは寄宿学校、大学共に学生会役員であり顔が広い。度々部活の助っ人を引き受けていたので、科を跨いだ人脈があり、恩を売った人間も多い。
彼は知人達に、要注意人物に動きがあれば知らせるよう頼んでいた。
シグルドの行動から、彼等が何をしようとしているのか察したランスロット。
普通の学生なら「外国まで好きな人に会いに行く」なんて金銭的に不可能だが、幸か不幸か2人の家は資産家。普通じゃできない事もできてしまうのである。
ランスロットは「ラインハルトの仕事の邪魔になる」と2人を説得し、渡航そのものを思い留まらせようとした。
しかしそんなもので止まる連中では無い。
「邪魔はしない。近くに滞在して、会うのは仕事が終わった時間だけ」と揃って聞く耳を持たなかった為、ランスロットはお目付役として同行することにした。
彼には2人が野放し状態で現地入りしたら、絶対にラインハルトの邪魔をするという確証があった。
セシルより付き人らしいランスロット。
ラインハルトは彼に給料を払うべきかもしれない。少なくとも今回の旅費は出すべきだ。
*
ラインハルトから数日遅れで出発した3人。
焼け落ちた橋を見て、ランスロットは町に救援を求める為引き返した。
シグルドは荷物を彼に預け谷を踏破、セシルはラインハルトへの差し入れだけ身につけてその後を追った。
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