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思惑
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しおりを挟む「お前……なんで急に部活出るようになったの?」
「……へ?」
一つ先輩のオーケストラ部の副部長――伊藤亮平が、突然直也に聞いてきた。 亮平は不審そうな面持ちで自分をじろじろと見てくる。そういえば、幽霊部員を許可してくれたのは亮平だったかもしれない。そんなことを思いながら、直也は口を開いた。
「……なんとなくですよ。気分っていうかなんというか……」
「へー……。じゃあ女にますます冷たくなったっていうのも気分って訳か」
「…………」
含み笑いを漏らしながら亮平が言って、直也は無言になった。
今、二人は音楽準備室にいる。顧問の教師から片づけを命じられたのだ。しかし片づけを命じられたにも関わらず、中はそれほど散らかっていなくて、作業はすぐに終わった。
「あ……やべっ。音楽室に鞄忘れた」
突然、亮平が声を上げた。
準備室には二つのドアがある。直接廊下に出られるドアと、音楽室に繋がるドア。直也はすぐにでもこの狭くじめじめした空間を抜けたかったため、亮平の言葉にため息をついた。
「……戻るんすか?」
「戻る。お前も来いよ」
「はいはい」
直也はもうひとつため息をつくと、亮平のあとに従った。
亮平はドアノブを回して、ドアを押す。しかしドアはガチャリと音をさせただけで開かなかった。
「……あれ? 俺、鍵閉めたっけ」
「さあ」
「ま、いいや。あーと……鍵は……」
亮平はズボンのポケットの中を探る。目当ての鍵を見つけ出して、ドアの鍵穴にさし込んだ。
ドアを開けた瞬間、女の泣き叫ぶ声が聞こえた。
すぐに、直也も亮平もその状況を把握する。突然の状況に半ば茫然としていたが、亮平が次の瞬間恐慌に陥ったように叫んだ言葉を聞いて、直也は失神するかと思った。
「……妃芽子ッ!」
すぐさま亮平は駆けだして、男を殴り倒す。直也も状況把握よりも先に身体が動いた。
おそらくこれ以上強く人を殴ったことはないだろうというぐらいの強さで、直也は男を殴った。我を忘れていたと言ってもいいかもしれない。妃芽子に覆い被さっていた男を蹴り倒すと、直也は彼女を抱き起こした。
「ふ……ふじ……さわ……く……」
「今村! 大丈夫か?!」
「う……っ……くっ」
妃芽子は両手で口元を押さえた。吐きそうになったのをどうにか堪えたらしい。直也は彼女を安心させようと、彼女のことをぎゅっと抱き込めた。
「大丈夫。もう大丈夫だから」
「う、ん……。ふじ、沢くん……わた、し……」
妃芽子は震えていた。直也は男たちに対する怒りで、どうにかなりそうだった。ガタンッと椅子を蹴るような音がして、直也は顔を上げる。
「――妃芽子ッ!」
そして、亮平が殺気だった様子で駆け寄ってきた。男三人を完全に失神させたらしい。床に転がっている男たちは、ぴくりとも動かなかった。ただ生きているという証に一定の間隔で腹の膨らみが上下していた。
「妃芽子!」
亮平がもう一度妃芽子の名を呼ぶと、彼女は直也の胸に押しつけていた顔をゆっくりと上げた。
「りょ、亮、ちゃ……」
「こいつら誰だよ! なんでこんな――」
「先輩!」
亮平の問いは今の妃芽子にはきつすぎる。
直也は亮平の言葉を止めようとしたが、相当頭にきているらしい彼には聞こえていないようだった。亮平が我を忘れるぶん、直也は何とか少しは冷静になることができた。
「妃芽子!」
「わ、かん、ない……。誰、かに、頼まれたって……」
妃芽子は震えながらも、亮平に答えを返した。直也はそれを見ていられず、亮平の気を静めようと口を開いた。
「先輩! やめてください。まだ――」
「黙ってられるか! こんな」
「先輩!」
直也の声は苛立っていた。自分だって許せない。しかし、今の妃芽子に亮平の問いは本当に酷なものなのだ。
直也から発せられる怒りを感じたためか、亮平は口をつぐんだ。そして、亮平は妃芽子の頭にそっと自分の手を乗せた。
「妃芽子、ごめん」
「……りょ、ちゃん……」
「何も考えなくていい。俺が何とかするから。……だから、妃芽子は安心しろよ。な?」
妃芽子は小さくこくりと頷いた。
そしてそのまま、彼女は意識を手放した。
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