7 / 15
6. 聖王女と皇帝
しおりを挟む
皇帝の婚約宣言に騒然とする中、フェイラエールは父の側近に連れられ、西の塔に放り込まれた。
西の塔は、愛人を囲ったり、貴人の収監施設に使われたりという曰く付きの居所《きょしょ》だ。
内装は豪華だが、出入りに見張りが立てられ、人の出入りが制限される。
表向きは「皇帝の婚約者の身辺警護のため」とされていたが、体のいい監禁だった。
身支度のためのメイドも追い出し一人になると、フェイラエールは、無駄に豪華なベッドに転がった。
(よりによって、自分の父親と婚約とはね)
現実味がなさ過ぎて怒る気力すら起きないが、最悪のケースも考えておくべきだ。
例えば──。
部屋の扉が前触れもなく開けられ、フェイラエールは心の中で悪態をついた。
ベッドの上で体を起こし、入り口をにらみつける。
「ノックぐらいしていただきたかったわ──お父様」
「ほう、まだ父と呼ぶのか? 相変らず飲みこみが悪いな」
先触れもノックすらもなく、突然この部屋を訪れたのは、先ほど婚約の宣言をした皇帝アテルオンだった。
背後に控えた侍従を下がらせ、一人で、部屋の中に入ってくる。
年齢を感じさせない金髪碧眼の美貌の皇帝は、フェイラエールの苦情は無視したまま、彼女のいるベッドまでやってきて、腰を下ろした。
表情のない、普段通りの酷薄な眼差しは、品定めをするようにフェイラエールに向けられた。
真価を見定めているようなその眼差しに、気分が悪くなる。
「では、私の父は、どなたなのですか?」
「お前が知る必要はない」
「でも、お母様は──」
「お前は、私の婚約者になった。結婚式は、三か月後だ」
「いやです。私は、愛する方と結婚して幸せになりたいのですっ」
「お前は聖王家の血を引いているがゆえに生かされたにすぎん。敗戦国の王女の私生児、それも不義密通の罪の子であるお前に選択肢はない」
皇帝の雰囲気が冷ややかに変わってきたのを見ても、フェイラエールは口をつぐまなかった。
フェイラエールは「色を好み、奔放で礼儀をわきまえない愚かな娘」だから。
「納得できません。お母様は、不義を犯す方ではっ……っつ」
その瞬間、頬から頭に焼け付く熱さを感じ、その熱さごと、フェイラエールはベッドに倒れ込んだ。
「面倒だ。ここで手折《たお》っておけば、あきらめもつくだろう。女色《じょしょく》ということで放置していたが、放っておくと、今日のように蛮族にすら手を出すかもしれんしな」
頬を殴られがんがんする頭のまま、フェイラエールは奥歯をかみしめる。
その日のうちに、皇帝がフェイラエールの体を奪いに来ることは考えられる最悪のケースだった。
皇帝は、羽織っていた上着を投げ捨てると、ベッドの端に体重をかける。
フェイラエールは、横目でそれを見ると、倒れ込んだ先に隠してあったそれに手を伸ばした。
「触らないでください!」
カタカタと震える手で、自らの喉元に、隠しておいたペーパーナイフを突き当てる。
「ちっ」
熟練の戦士でも一瞬では間を詰められない微妙な距離。
青ざめ、思い詰めた娘は、相手の動きに驚いて手元を狂わせれば簡単に死んでしまう──ように皇帝に思わせれば、フェイラエールの勝ちだ。
(皇帝は、私を殺すことはない。多分、私には、聖王家の末裔という以外に何か価値があるから)
「そんなことをすれば、お前の女騎士も、一族郎党この世から消えることになる」
「シリルに会えなくなるなら、今死んでも同じことだわっ」
「一週間やろう。お前に、俺を選ぶ以外選択肢はないということを、わからせねばならぬからな。この先、あの女騎士がどうなるかは、お前次第だ」
動揺したかのように肩を震わせるフェイラエールを、皇帝は、冷たく見下ろす。
「よく考えることだな。従順な婚約者には、側付きを選ぶ権利を与えてやるかもしれぬぞ」
そう言い残すと、皇帝は部屋を後にした。
「冗談じゃないわっ。なんで私とシリルが皇帝に飼殺されないといけないのよっ」
怒りで肩を震わせていたフェイラエールは、皇帝の去った扉に手に持ったペーパーナイフを投げつけた。
とりあえず、少し時間を確保することができたが、状況はあまりよくない。
(はっきりしていることは、皇帝は、私を生かしておきたいし、私が自分からいう事を聞く状態にさせたいということ)
聖王家をつぶしたいだけならば、新興貴族からも社会通念に反しているとの謗りを受けかねないやり方で、娘であったフェイラエールを妻にする必要はない。
聖王女の血筋が欲しいだけなら、先に薬漬けにでもして、フェイラエールの意思を奪って無理やり子供を作ればいいだけだ。
生きたフェイラエールに、ある程度フェイラエール自身の意思で、何かをさせたいのだろう。
「まさか」
一つの可能性にゆきあたり、フェイラエールは、その言葉を口に出す。
「私は、予言の啓示を受けた者だったということ?」
西の塔は、愛人を囲ったり、貴人の収監施設に使われたりという曰く付きの居所《きょしょ》だ。
内装は豪華だが、出入りに見張りが立てられ、人の出入りが制限される。
表向きは「皇帝の婚約者の身辺警護のため」とされていたが、体のいい監禁だった。
身支度のためのメイドも追い出し一人になると、フェイラエールは、無駄に豪華なベッドに転がった。
(よりによって、自分の父親と婚約とはね)
現実味がなさ過ぎて怒る気力すら起きないが、最悪のケースも考えておくべきだ。
例えば──。
部屋の扉が前触れもなく開けられ、フェイラエールは心の中で悪態をついた。
ベッドの上で体を起こし、入り口をにらみつける。
「ノックぐらいしていただきたかったわ──お父様」
「ほう、まだ父と呼ぶのか? 相変らず飲みこみが悪いな」
先触れもノックすらもなく、突然この部屋を訪れたのは、先ほど婚約の宣言をした皇帝アテルオンだった。
背後に控えた侍従を下がらせ、一人で、部屋の中に入ってくる。
年齢を感じさせない金髪碧眼の美貌の皇帝は、フェイラエールの苦情は無視したまま、彼女のいるベッドまでやってきて、腰を下ろした。
表情のない、普段通りの酷薄な眼差しは、品定めをするようにフェイラエールに向けられた。
真価を見定めているようなその眼差しに、気分が悪くなる。
「では、私の父は、どなたなのですか?」
「お前が知る必要はない」
「でも、お母様は──」
「お前は、私の婚約者になった。結婚式は、三か月後だ」
「いやです。私は、愛する方と結婚して幸せになりたいのですっ」
「お前は聖王家の血を引いているがゆえに生かされたにすぎん。敗戦国の王女の私生児、それも不義密通の罪の子であるお前に選択肢はない」
皇帝の雰囲気が冷ややかに変わってきたのを見ても、フェイラエールは口をつぐまなかった。
フェイラエールは「色を好み、奔放で礼儀をわきまえない愚かな娘」だから。
「納得できません。お母様は、不義を犯す方ではっ……っつ」
その瞬間、頬から頭に焼け付く熱さを感じ、その熱さごと、フェイラエールはベッドに倒れ込んだ。
「面倒だ。ここで手折《たお》っておけば、あきらめもつくだろう。女色《じょしょく》ということで放置していたが、放っておくと、今日のように蛮族にすら手を出すかもしれんしな」
頬を殴られがんがんする頭のまま、フェイラエールは奥歯をかみしめる。
その日のうちに、皇帝がフェイラエールの体を奪いに来ることは考えられる最悪のケースだった。
皇帝は、羽織っていた上着を投げ捨てると、ベッドの端に体重をかける。
フェイラエールは、横目でそれを見ると、倒れ込んだ先に隠してあったそれに手を伸ばした。
「触らないでください!」
カタカタと震える手で、自らの喉元に、隠しておいたペーパーナイフを突き当てる。
「ちっ」
熟練の戦士でも一瞬では間を詰められない微妙な距離。
青ざめ、思い詰めた娘は、相手の動きに驚いて手元を狂わせれば簡単に死んでしまう──ように皇帝に思わせれば、フェイラエールの勝ちだ。
(皇帝は、私を殺すことはない。多分、私には、聖王家の末裔という以外に何か価値があるから)
「そんなことをすれば、お前の女騎士も、一族郎党この世から消えることになる」
「シリルに会えなくなるなら、今死んでも同じことだわっ」
「一週間やろう。お前に、俺を選ぶ以外選択肢はないということを、わからせねばならぬからな。この先、あの女騎士がどうなるかは、お前次第だ」
動揺したかのように肩を震わせるフェイラエールを、皇帝は、冷たく見下ろす。
「よく考えることだな。従順な婚約者には、側付きを選ぶ権利を与えてやるかもしれぬぞ」
そう言い残すと、皇帝は部屋を後にした。
「冗談じゃないわっ。なんで私とシリルが皇帝に飼殺されないといけないのよっ」
怒りで肩を震わせていたフェイラエールは、皇帝の去った扉に手に持ったペーパーナイフを投げつけた。
とりあえず、少し時間を確保することができたが、状況はあまりよくない。
(はっきりしていることは、皇帝は、私を生かしておきたいし、私が自分からいう事を聞く状態にさせたいということ)
聖王家をつぶしたいだけならば、新興貴族からも社会通念に反しているとの謗りを受けかねないやり方で、娘であったフェイラエールを妻にする必要はない。
聖王女の血筋が欲しいだけなら、先に薬漬けにでもして、フェイラエールの意思を奪って無理やり子供を作ればいいだけだ。
生きたフェイラエールに、ある程度フェイラエール自身の意思で、何かをさせたいのだろう。
「まさか」
一つの可能性にゆきあたり、フェイラエールは、その言葉を口に出す。
「私は、予言の啓示を受けた者だったということ?」
0
あなたにおすすめの小説
主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します
白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。
あなたは【真実の愛】を信じますか?
そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。
だって・・・そうでしょ?
ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!?
それだけではない。
何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!!
私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。
それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。
しかも!
ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!!
マジかーーーっ!!!
前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!!
思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。
世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。
サレ妻の娘なので、母の敵にざまぁします
二階堂まりい
大衆娯楽
大衆娯楽部門最高記録1位!
※この物語はフィクションです
流行のサレ妻ものを眺めていて、私ならどうする? と思ったので、短編でしたためてみました。
当方未婚なので、妻目線ではなく娘目線で失礼します。
いっとう愚かで、惨めで、哀れな末路を辿るはずだった令嬢の矜持
空月
ファンタジー
古くからの名家、貴き血を継ぐローゼンベルグ家――その末子、一人娘として生まれたカトレア・ローゼンベルグは、幼い頃からの婚約者に婚約破棄され、遠方の別荘へと療養の名目で送られた。
その道中に惨めに死ぬはずだった未来を、突然現れた『バグ』によって回避して、ただの『カトレア』として生きていく話。
※悪役令嬢で婚約破棄物ですが、ざまぁもスッキリもありません。
※以前投稿していた「いっとう愚かで惨めで哀れだった令嬢の果て」改稿版です。文章量が1.5倍くらいに増えています。
絶対婚約いたしません。させられました。案の定、婚約破棄されました
toyjoy11
ファンタジー
婚約破棄ものではあるのだけど、どちらかと言うと反乱もの。
残酷シーンが多く含まれます。
誰も高位貴族が婚約者になりたがらない第一王子と婚約者になったミルフィーユ・レモナンド侯爵令嬢。
両親に
「絶対アレと婚約しません。もしも、させるんでしたら、私は、クーデターを起こしてやります。」
と宣言した彼女は有言実行をするのだった。
一応、転生者ではあるものの元10歳児。チートはありません。
4/5 21時完結予定。
私ですか?
庭にハニワ
ファンタジー
うわ。
本当にやらかしたよ、あのボンクラ公子。
長年積み上げた婚約者の絆、なんてモノはひとっかけらもなかったようだ。
良く知らんけど。
この婚約、破棄するってコトは……貴族階級は騒ぎになるな。
それによって迷惑被るのは私なんだが。
あ、申し遅れました。
私、今婚約破棄された令嬢の影武者です。
幼馴染以上、婚約者未満の王子と侯爵令嬢の関係
紫月 由良
恋愛
第二王子エインの婚約者は、貴族には珍しい赤茶色の髪を持つ侯爵令嬢のディアドラ。だが彼女の冷たい瞳と無口な性格が気に入らず、エインは婚約者の義兄フィオンとともに彼女を疎んじていた。そんな中、ディアドラが学院内で留学してきた男子学生たちと親しくしているという噂が広まる。注意しに行ったエインは彼女の見知らぬ一面に心を乱された。しかし婚約者の異母兄妹たちの思惑が問題を引き起こして……。
顔と頭が良く性格が悪い男の失恋ストーリー。
※流血シーンがあります。(各話の前書きに注意書き+次話前書きにあらすじがあるので、飛ばし読み可能です)
どうぞお好きに
音無砂月
ファンタジー
公爵家に生まれたスカーレット・ミレイユ。
王命で第二王子であるセルフと婚約することになったけれど彼が商家の娘であるシャーベットを囲っているのはとても有名な話だった。そのせいか、なかなか婚約話が進まず、あまり野心のない公爵家にまで縁談話が来てしまった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる