【完結】予言の聖王女は覇王を導く

瀬里@SMARTOON8/31公開予定

文字の大きさ
8 / 15

7. 月夜の逃亡

しおりを挟む
「寝てるのね」
「ええ、母君の側近のスレイン一族は、薬や毒に秀でた影を使いますので」

 西の塔に配置された衛兵は全て眠らされており、フェイラエールは、迎えにきたシリルと一緒になんなく塔を抜け出ることができた。
 フェイラエールは、シリルに連れられ皇宮の裏門を抜ける。
 行く先々は、まるで手配されたかのように見張りに穴が空き、抜け道を案内する者がおり、フェイラエールとシリルは、労せずに城を出ることができた。

「ねえ、シリル。お母様は、何かおっしゃっていた?」
「……もう、王宮に戻ってくるなと。姫に、聖王家から離れ、自由になってほしいと」
「そう」

 シリルが、西の塔からフェイラエールを助け出すことができたのは、母の手の者の協力があってこそだった。
 シリルが、実家のつてを使ったのだろう。
 シリルの実家であるアドマース家は、古くから聖王家に仕えて来た一族だった。
 伯爵の爵位を持つが、その裏では「影」と呼ばれる特別に訓練された間諜を操る。
 そして、これら聖王家に仕える一族は複数あり、緩い横つながりを維持しながら、歴代の聖王女を補佐していた。
 フェイラエールにはアドマース家、母にはスレイン家、というように。

 母の口からフェイラエールが欲しかった予言の内容は語られなかったが、皇帝の行動から、だいたいのところは推測できていた。
 だから、フェイラエールにとって大切なのは、母に助けられたという事実だけだった。

(お母様は、私を助けてくれたわ)

 つながりの薄かった母が協力してくれたという事実は、ひりついていたフェイラエールの心をわずかに慰めるのだった。



 シリルに背後から支えられ、夜道を馬で走ること数時間。
 フェイラエールは山間《やまあい》にある小さな猟師小屋に到着した。

 周囲に気を配りながら馬を降りると、小屋の影から数名の人影が現れた。
 緊張するフェイラエールの肩を安心させるようになでると、シリル自身も、ほっとしたようにつぶやく。

「大丈夫。味方です」

 月の光を受けて、青く輝く黒髪に、フェイラエールは息を飲む。

「どうして」
「約束しただろう。『騎馬の民は、恩義に報いる』と」
「でも、危険すぎるわ。あなたたちが協力したのがばれたらっ」
「あの時、お前が皇帝暗殺を止めなかった場合と同じ結果になるだけだ。それに、悪いが俺たちの協力は、最短で自由都市ザロワテまでお前たちを送り届けること、それだけだ」

 姿を現したのは騎馬の民の英雄タキス=トゥーセだった。
 それだけといいながら、ザロワテまでの道は簡単ではない。
 そして、この中原で最も旅を知り尽くした騎馬の民の助力を得られるのは、なにものにも代えがたいほどの僥倖《ぎょうこう》だった。

 今のフェイラエールは、何も持たない。
 彼に返せるものは、何もないのだ。

「あ、りがとう」
「な、お前、泣くなっ」
「泣いてないわよっ。月が目にしみたの」
「聖王女の目には、月すらも目の毒なのです。姫の貴重なご尊顔をこれ以上お前の目に触れさせるわけにいきません」
「……シリル、逆に恥ずかしい……」

 フェイラエールの顔を隠すように抱きしめるシリルの腕も、緊張が解け力が抜けているのが分かった。
 舞踏会の時のようにタキスに冷たく当たっているが、きっと彼らがここにいると知って誰よりも安心している。

(きっと大丈夫。全てうまくいくわ)

 不安材料はいくつもあるが、ここまでは全て上手くいっている。
フェイラエールは、自分自身にそう言い聞かせて、再び前を向くのだった。


 ──それが過信に過ぎないことを、この時の彼女はまだ知らなかった。


◇◇◇◇◇◇◇


 元皇妃レキシスが姦淫罪の罪状を持って閉じ込められた北の塔には、平時に似つかわしくない荒々しい靴音が響いていた。
 侍女の止める声も空しく、近づいた足音はためらいなくドアをあけ放つ。

「陛下。おかけくださいな。一緒にお茶でもいかがですか」

 深い藍の髪と紫の瞳の美しい女が、部屋の中で一人、紅茶を口元に運んでいた。
 あどけない笑みで、血塗れの剣を携えた皇帝アテルオンの顔を見上げる。

「娘を逃がしておいてしらじらしいな」
「陛下をお救いしたかったのです」
「救うだと?」
「はい。あの娘の予言は、関わる者を不幸にするものです。まずは、お手元から手放された方がよろしいかと」

 皇帝の碧眼に光が宿るのを見て、レキシスは笑みを深めて話し続ける。

「歴代の聖王女は、皆、神の予言を賜り生まれて参ります。けれど、その予言が人心を惑わすような危険なものであった場合は、王家により秘匿されて参りました。私の予言も。──あの娘の予言も」
「お前は『聖王国を破滅させ』た」
「ええ、あの娘は『中原の覇王を選ぶ』でしょう」

 賜った予言は、――それこそが、聖王家がその地位を保ち続けた所以《ゆえん》だった。

「御託《ごたく》はいい。なぜ、手放す必要がある?」
「陛下もご存じの、あの娘の予言には続きがあるのです」

  この者選びし者
  覇王と為りて中原《ちゅうげん》に降り立たん

  然《さ》れどこの者奪いし者
  その身に破滅を導かん

 レキシスが歌うように告げる予言を耳にした皇帝は、レキシスに刃を突きつけた。

「何故黙っていた」
「フェイラエールは皇女。奪うなどという大逆を犯せば、破滅は道理。当然のことでございます。幼い娘にあえて『破滅』などという不吉な言葉を背負わせたくなかったのです──けれど、此度の婚約を聞き、あることに思い至りました」

 沈黙の中、お互いの意図を暴くかのように皇帝と皇妃は見つめ合った。

「『奪う』は、聖王国の古語にて、という意味を持ちます」

 その言葉を受けて、皇帝は、抜身の剣でレキシスのいるテーブルの上の茶器を払い落した。
 陶器の割れる耳障りな音が響き、レキシスの顔には、皇帝の剣についていた鮮血が飛び散った。

「俺は、俺をたばかるものを許しはしない。それは、あの娘をな」

 皇帝の冷ややかな声に、レキシスは、自分の失敗を悟った。
 表情からあどけなさが消え、その瞳に異様な熱がゆらぐ。

「知っているぞ。お前が俺に近づく女をどれだけ殺させてきたか」
「だからこそ……っ、その力を持つからこそ、私は役に立ちます、陛下。あんな愚かな小娘、何もできませんっ。私の持つスレイン家の影は、あの娘の影よりよほど優秀ですっ」
「お前は間違えた。出すぎる駒は手元におけん」
「陛下っ。お慕いしているのです。愛しております。陛下の妻の座をあんな小娘にやったりはしないっ。あんな愚かな娘など……」

 床を這い、皇帝の足元に縋るレキシスは必死に言い募る。
 皇帝はうるさそうに自分のマントに手をかけたレキシスの腕を切り落とした。

「あ、や、いやあああああああーーーーっ!!」

 レキシスの絶叫が室内に響き渡る。
 皇帝は冷たく見下ろし、血のしたたり落ちる剣を投げ捨てた。
 毛足の長い絨毯が赤く染まっていく。

「地下牢に入れておけ」
「は」

 音もなく背後に控えていた側近がその命を受け、叫ぶレキシスは、その場から連れ出された。

「騎士団を経由して賊に奪われた皇帝の婚約者フェイラエールの捜索を命じろ。そして、市井に噂を流せ。内容は──」

 皇帝アテルオンは、マントを翻し、部屋を後にする。

「奪い合い、そして滅ぼしあえ。愚かな娘には、最後に俺を選ぶチャンスをやろう──中原の覇王は、この私だ」


◇◇◇◇◇◇◇


 陽の入らぬ地下牢で、左腕を落とされたレキシスは、固いベッドに横たわり、荒い息を吐いていた。
 手当てをされた左腕からは血が滲み、顔は青ざめ憔悴しきっていたが、その瞳の奥の異様な熱は失われていなかった。

「全部、全部、あの娘のせいよ。……あの娘があんな予言を持って生まれてこなければ……許せない……許せない」

 レキシスの枕元には、いつの間にか、フードを被り、顔を隠した小柄な人影が立っていた。

「あの娘を、陛下の妻になんてさせない。そうよ、あの娘を、予言と一緒にならず者どもに与えてしまえばいいのよ。下らない男に囚われて檻の中で飼われるような生活を一生味合わせてやる。私だけがこの地下牢で過ごすなんて、そんなの間違っているわ。そうでしょう、影」

 フードの人影は、狂気を孕んでうっそりと笑う聖王女に小さく頷くと、懐から取り出した小瓶の液体を与えた。
 荒い息が穏やかな寝息へと変わる頃には、地下牢の中に残されたのは、隻腕の聖王女ただ一人だけだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します

白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。 あなたは【真実の愛】を信じますか? そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。 だって・・・そうでしょ? ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!? それだけではない。 何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!! 私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。 それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。 しかも! ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!! マジかーーーっ!!! 前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!! 思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。 世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。

サレ妻の娘なので、母の敵にざまぁします

二階堂まりい
大衆娯楽
大衆娯楽部門最高記録1位! ※この物語はフィクションです 流行のサレ妻ものを眺めていて、私ならどうする? と思ったので、短編でしたためてみました。 当方未婚なので、妻目線ではなく娘目線で失礼します。

いっとう愚かで、惨めで、哀れな末路を辿るはずだった令嬢の矜持

空月
ファンタジー
古くからの名家、貴き血を継ぐローゼンベルグ家――その末子、一人娘として生まれたカトレア・ローゼンベルグは、幼い頃からの婚約者に婚約破棄され、遠方の別荘へと療養の名目で送られた。 その道中に惨めに死ぬはずだった未来を、突然現れた『バグ』によって回避して、ただの『カトレア』として生きていく話。 ※悪役令嬢で婚約破棄物ですが、ざまぁもスッキリもありません。 ※以前投稿していた「いっとう愚かで惨めで哀れだった令嬢の果て」改稿版です。文章量が1.5倍くらいに増えています。

絶対婚約いたしません。させられました。案の定、婚約破棄されました

toyjoy11
ファンタジー
婚約破棄ものではあるのだけど、どちらかと言うと反乱もの。 残酷シーンが多く含まれます。 誰も高位貴族が婚約者になりたがらない第一王子と婚約者になったミルフィーユ・レモナンド侯爵令嬢。 両親に 「絶対アレと婚約しません。もしも、させるんでしたら、私は、クーデターを起こしてやります。」 と宣言した彼女は有言実行をするのだった。 一応、転生者ではあるものの元10歳児。チートはありません。 4/5 21時完結予定。

私ですか?

庭にハニワ
ファンタジー
うわ。 本当にやらかしたよ、あのボンクラ公子。 長年積み上げた婚約者の絆、なんてモノはひとっかけらもなかったようだ。 良く知らんけど。 この婚約、破棄するってコトは……貴族階級は騒ぎになるな。 それによって迷惑被るのは私なんだが。 あ、申し遅れました。 私、今婚約破棄された令嬢の影武者です。

【完結短編】ある公爵令嬢の結婚前日

のま
ファンタジー
クラリスはもうすぐ結婚式を控えた公爵令嬢。 ある日から人生が変わっていったことを思い出しながら自宅での最後のお茶会を楽しむ。

幼馴染以上、婚約者未満の王子と侯爵令嬢の関係

紫月 由良
恋愛
第二王子エインの婚約者は、貴族には珍しい赤茶色の髪を持つ侯爵令嬢のディアドラ。だが彼女の冷たい瞳と無口な性格が気に入らず、エインは婚約者の義兄フィオンとともに彼女を疎んじていた。そんな中、ディアドラが学院内で留学してきた男子学生たちと親しくしているという噂が広まる。注意しに行ったエインは彼女の見知らぬ一面に心を乱された。しかし婚約者の異母兄妹たちの思惑が問題を引き起こして……。 顔と頭が良く性格が悪い男の失恋ストーリー。 ※流血シーンがあります。(各話の前書きに注意書き+次話前書きにあらすじがあるので、飛ばし読み可能です)

どうぞお好きに

音無砂月
ファンタジー
公爵家に生まれたスカーレット・ミレイユ。 王命で第二王子であるセルフと婚約することになったけれど彼が商家の娘であるシャーベットを囲っているのはとても有名な話だった。そのせいか、なかなか婚約話が進まず、あまり野心のない公爵家にまで縁談話が来てしまった。

処理中です...