【完結】 婚約破棄間近の婚約者が、記憶をなくしました

瀬里@SMARTOON8/31公開予定

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第二部

第19話 船上の告白

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 楽団に声をかけた男は、港町ハーフェン近郊の漁港の漁師だった。
 ハーフェンからマレに向かう客船は、マレの政情不安を理由に出港停止になったが、漁港までは国の取り締まりが追い付いていない状態らしい。
 よって漁師たちは、目端の利くものが中心になって、これを機にひと稼ぎしようと、ハーフェンで客引きをしている真っ最中だった。

 漁師たちは、金払いがよさそうな人を探して、次々に声をかけて漁港へと連れてきている。マレに行かなければならない多くの人々が漁港へと集まってきていた。

 マレまでは、風によるが船で6時間から8時間ほどだ。
 取り締まりが始まるのは時間の問題だから、皆出発を急いでいる。
 漁船は客を乗せて次々に港を出ていく。

 バステト達も、夕方に出る船に乗船することになった。
 この船は、漁船ではなく、少し大きさのある商用のガレー船だった。この国のガレー船は、複数の漕ぎ手が人力でこぐ船だ。帆もついており、風と方向があうときには、それも利用して速度を稼ぐ。
 ただし、それでも歌劇団の全員が乗ることはできず、何艘かの船に分乗することになった。マレの港には、行きつけの宿があるらしく、そこで皆集合することにしたようだ。
 船長は、ハーフェンの港が閉鎖されるのをいち早く聞きつけて、船をハーフェンでなく、こちらの漁港に回したそうだ。積み荷を運び込んだ後、余裕があるということでバステトと、歌劇団の何人かも乗り込むことになった。ルルとイーサー、ナディアが一緒だ。
 ちなみに行先のマレの港は、灯台がしっかりしているので、夜の航海もさほど危険がないらしい。

 バステト達4人は、船の1室を借り切っていた。この船は遠出をするような船ではないため、ベットのある客室はない。
 休憩所兼荷物置き場のような場所だったが、ナディア達は慣れたもので、即座に荷物を寄せたり布をかけたりして居心地のよいスペースを作り出していた。


  ◇◇◇◇◇◇
 

『なあ、遅くないか?』
 少し前、外の空気を吸いに行く、といって船室を出て行ったテトラが戻ってこない。まだ夕方でさほど暗くもないので一人で行かせたが、心配になってきた。
『俺、見てくる』
『じゃあ、私も』
『ついてくんな』
 こいつは、さっきから、俺がテトラと話すのをことごとく邪魔する。
『ルル、さすがにイーサーが可哀そうよ』
『ナディア姉ー、だってー』
『もう、会えなくなっちゃうんだし、少しぐらい二人でお話させてあげたら?』
 ぐっ。それは、俺が告白しようとしていたのを察して、振られてしまうことまで見越してのフォローか?さすがナディア姉だ。だいぶダメージを受けた。
『そうよね。会えなくなっちゃんだし』
 ルルがさらにダメ押しをする。
『うるせー!』

『ふふ。イーサー、でも、不埒なことしちゃだめよ。テトラちゃん、お嬢様みたいだから、そんなことしたら、怖い人が出てきちゃうかもしれないわよ』
『しねえってば!』

 部屋を出て、廊下をずかずかと歩く。
 だいたい、何で俺が振られる前提なんだ。自慢じゃないけど、女の子に振られたことなんてない。
 それに、もちろん不埒な事にも興味はあるし、経験もこの年でないとは言わないが、テトラには絶対しない。まだダメだ。絶対大事にする。今まで付き合った女の子達と彼女は全く違うのだ。
 船を降りてこれっきりなんて絶対嫌だ。付き合ってもらえるよう、告白する。
 
 イーサーは、そんな決意を胸に、夕闇の中、テトラを探し甲板を歩く。
 ほどなく、テトラの姿は見つかった。
 しかし、声をかけようとした喉が凍り付く。

 彼女の前には、一人の男が跪いていた。
 そして、それを見つめる彼女の表情は、先ほどまでの頼りない、可愛いテトラではなかった。
 決意を秘めた、凛とした強い光を放つ瞳。
 彼女を中心に周りの空気までもが、変化しているようだった。

 その場所に、イーサーは近づくことすらできなかった。
 あんな光景、今まで見たことなんてなかった。
 まるで、お城の騎士が高貴なお姫様にするような……。

 テトラは、
 イーサーは、見てはいけない光景を見てしまったように感じ、その場所を後にするしかなかった。

 呆然と甲板を歩いていると、見張り台の裏から、話し声が聞こえてきた。

「合流が遅れてるらしく合図が上がらねえ。取引が始まるまであと5時間はこのままだ」
「ちっ海の上で待ちぼうけかよ」
「しっかし、あのマレの女ども、倉庫の子供と一緒にすぐに売っちまうんだろう。もったいねえなあ。最近、マレの舞とやらが都で流行ってんだろ?あいつら、芸をするらしいじゃねえか。見てみたかったな」
「はっ、おめえに芸術なんてわかるもんか。酒場の女の歌だって聞けねえのによ」
「違いねえ」

 男たちが話している言葉はケイリッヒ語で、訛りがきつく、聞き取りづらかったが、内容は、密輸や人身売買の話だった。
 テトラ達が、売られる?
 イーサーは、あまりにも驚いたため身じろぎし、甲板に置かれた樽に体をぶつけてしまう。
 ガタン、と大きな音を立ててしまった。

 一気に体温が下がるのを感じ、体を固くする。

 足音がこちらに近づき、角から男たちの姿が見える。
 が、その瞬間、男たちは、力をなくし、床に崩れるように倒れ込んだ。

 その男たちの背後に立っていたのは、見間違いでなければ、先ほどテトラに跪いていた男だ。

 背後からは、小さな足音が近づいてくる。
 イーサーは、後ろを振り返る。

『イーサー、力を貸してほしい』

 それは、夕闇の中、翠緑の瞳にきらめく光をまとわせた、テトラだった。


  ◇◇◇◇◇◇


 おしゃべりに興じる他のメンバーを船室に残して、バステトは、船の廊下に出ていた。
 階段を上がり、甲板へと向かう。夕刻のこの時間は、客船でないこの船は、皆忙しくしている時間なのだろう。人の姿はない。
 船の帆先へと向かって歩き、歩みを止める。白のワンピースがふわりと揺れた。

 事ここに至っては、バステトも悟らざるを得なかった。
 バステトは、声を落として、いるはずのに、声をかけた。

「いるのだろう?そこに。ここまで、何も問題なく来られるなんて、誰かが助けてくれてることぐらい、私にもわかる。」

 バステトの推測が正しければ、その人は、ずっとバステトを守ってくれていた。
 だって、世間知らずのバステトが、何事もなく王宮を抜け出して、なんのトラブルもなくここまでやってこれるわけなんてない。そんな幸運は馬鹿なバステトだっていくら何でも信じてはいない。

 振り返ると、そこには、いつの間にか、跪いた騎士の姿があった。
 鎧は身に着けておらず、簡素ななりをしていたが、体つき、ふるまいは明らかに騎士のものだ。
 目鼻立ちは整っているいえるだろう。黒髪に、黒い目、硬い表情をした、20代半ばと思しきケイリッヒ人だった。
「名前を教えて。あなたはバステトの護衛なのか?」

「ヴァルター。皇女殿下の護衛の命を受けている」


 ヴァルターは、落ち着いた、低い声音で、必要最低限の言葉だけを返してくる。
 彼は、ルークの命令で、バステトに気づかれないように学園から護衛の任についていた。
 彼が受けた命令は、皇女の身を守り、皇女がつつがなく過ごせるように取り計らうこと。命の危険があるとき以外は、皇女に触れないこと。学園をでたときに止めなかった理由は、それだったらしい。
 そして、この船の一味は人身売買を行っていて、間もなく船上取引が行われることと、船倉には、さらわれた子供たちが8人捕らえられていることを伝えてきた。

 人身売買でもうすぐ売られそうになるこの状況までバステトを放っておいた理由を問うと、
「皇女殿下を安全にお連れするルートは常に確保していた。皇女殿下の要望を最大限叶えることを優先させた」
 と答えてきた。
 ……普通、人身売買にかかわる前に止めるべきだと思う。
 おそろしく融通がきかない護衛だということは、バステトもすぐに分かった。

「皇女殿下。御身の安全のため、これからあなたは船を降り、確保した小舟でケイリッヒまで戻る。人身売買については、これからケイリッヒへ連絡を取り、ハーフェンの海上警備隊に対応させる」

 そして、確定事項のように語りだしたこの護衛に、バステトは慌てた。
 
「待て、ヴァルター! 私はマレに行かなければならない!」

 バステトは、マレに向かわなけらばならないのだ。
 バステトは、愚かな自分に決別すると誓った。
 ルークのように、バステトも自分のできること、すべきことをする。
 それは、マレにある。
 マレにいかなければ、何も始まらないのだ。

「皇女の身の安全が優先される」

 どうしたらいい?
 今連れ戻されたら、もうきっとマレには行けないだろう。

 バステトは必死に考える。
 この護衛はここまで自由にさせてくれた。かなり融通が利かないがある意味そのおかげだ。
 自由にさせてくれた理由は、安全が確保できていたから。

 安全に。

「お前は、どのくらい強い? 一人だと、この船の皆を安全を守ることは難しい?」

 バステトは、慎重に問いかけた。

「敵の暗殺と、民間人を傷つける可能性に多少目をつぶれば可能だ。しかし、今回は、殺生を伴わない手段で十分対応可能なので、わざわざそれを選ぶ必要はない」

 強さには自信があるらしい。
 ならば、きっと、彼らの手を借りればできるはずだ。
 安全に、誰も傷つかずに、マレに行くことが。

「では、誰も傷つかない安全な手段でこの船を掌握する。そして、私は、このままマレに向かう」

 バステトは、ヴァルターの目をしっかりと見つめ、彼にそう宣言した。
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