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第6章 ― 変容の方程式 ―
しおりを挟む北畑へと続く小道は、一歩ごとに形を変えるかのようだった。まるで、エレノアの足元の大地そのものが、ゆっくりと変容しているかのように。霧は層を成し、太く縄状のひもが、巨大な生物の触手のように、意図的な動きを見せていた。その幽玄の障壁の隙間から、彼女は夜の闇を進む他の姿をちらりと捉えた。彼らの姿は、次第に人間の体とはかけ離れた、不気味な形状へと変わっていた。
エレノアが納屋に近づくと、手に持っていた箱は次第に温もりを帯び、その保護符号が、建物の歪んだ板の間から放たれる病的な赤い輝きに対抗するかのように、かすかな青い光を脈打たせ始めた。納屋に近づくにつれ、その真の姿が明らかになった。単なる倉庫ではなく、何か古より伝わる神殿のような造り。人間の大工技術と、遥か昔のものとの不思議な融合が感じられた。
巨大な扉には、ねじれた木のシンボルが支配的に刻まれていたが、ここではそれが驚くほど精密に表現されていた。エレノアは、モートンの祖父が残した図面の一部を思い出した―物理的な変容のみならず、現実そのものの再編成を記述する数学的要素。このパターンは、単なる装飾や魔法ではなく、存在の根本法則を書き換える方程式そのものだった。
そのとき、霧の中から夜番の者たちの声が近づいてきた。エレノアは素早く、朽ち果てた藁束の陰に身を潜めた。腐敗が完璧なフラクタルを形成しているのを、彼女は恐怖と共に目撃する―分解の各層が、先ほどの図面と同じ数学的パターンに従っていた。
「子は、ますます強くなっている」
と、特徴的な多重音で語るエルダー・トーマスの声が響いた。「もうすぐ、最終変容の時が来る」
「そして、その人類学者は?」
と、マーサ・ブラックウッドらしき声がほとんど聞き取れないほど低く続いた。「彼女はまだ、町のどこかに隠れている」
「隠れさせておけ。方程式は既に動き出している。彼女が聖なる空気を一息ごとに吸うたび、少しずつ変わっていくのだ。見つかったときには、収穫祭における役割を受け入れる準備ができているだろう」
探索者たちがエレノアの隠れ場所に近づいたとき、彼女は初めて彼らの変容した姿をはっきりと目にした。身体は伸び、関節は通常ありえない角度に曲がり、肌は古木の樹皮のような質感に変わっていた。しかし、何よりも彼女が凍りついたのは、その顔であった。人間の枠を超えた多次元的な姿が、あらゆる角度から現れ、到底理解しがたい幾何学を感じさせた。
彼らが通り過ぎると、エレノアは納屋の側壁へと忍び寄った。歪んだ板が作り出す隙間から中を覗くと、外観とは裏腹に、内部は想像を絶する広さを持っていた。壁際には、ピクルス樽がずらりと並び、その暗い中身が、霧と同じ不吉な光を放っていた。
だが、納屋の中心部に目を奪われたのは、そこにある一つの穴だった。ねじれた木のシンボルに囲まれたその穴には、初めは胎児のように丸まった、子供大の姿が見えた。しかし、エレノアの目が奇妙な光に慣れると、その姿は全体のごく一部に過ぎないことが分かった。残りは、彼女の理解を超えた空間に存在し、無限に自己折り畳む幾何学を示唆していた。
その存在は、遠くのドラムの音に合わせるように脈打ち、音の一拍ごとに、周囲の現実に微妙な波紋を広げた。しばらく観察すると、わずかな瞬間、顔が現れた。エレノアは思わず叫び声をこらえた―その顔は、これまで姿を消した旅人たち、かつて「祝福」された村人たち、そして長い年月にわたって慎重に育まれたオークヘイヴンの住民たちの血統の痕跡そのものだった。
その「子」は、人間と非人間の要素を融合させた、生きた方程式そのものであり、現実と異次元との架け橋となる存在であった。そして文書によれば、既にその目的を果たす寸前に達している――畑の奥深くで眠るものの扉を開くために。
そのとき、背後の物音にエレノアは振り返った。そこには、変容がほぼ完成したサラが立っていた。彼女のトウモロコシの皮の冠は、もはや自らの肉と一体化し、暗い成長が空へと伸び、まるで触手のように見えた。
「結局、見なければならなかったのね?」
サラの声は、複数の音色が重なり合い、波紋のように広がっていた。「ちょうど、私が三年前に見たように。ちょうどモートンの祖父が見たように。子は、知識を求める者に呼びかける。理解されることを望んでいるの」
「収穫祭では、一体何が起こるのですか?」
エレノアが問いかけると、心の片隅で既に答えを予感していた。
「子には母が必要なの―産むためではなく、導くために。学者の知性を持ち、人間としても非人間としても、その両面を理解できる者が。過去の試みは、器が不十分だったから失敗した。しかし、あなたは…」
サラの笑みが不気味に広がり、鋭い牙が並ぶ。その笑いには、過去の悲劇を彷彿させる重みがあった。
「あなたは、生涯を人間と非人間の交差点を研究してきた。あなたは完璧なのです」
エレノアは箱をより強く握りしめ、保護符号が掌に焼き付くのを感じた。
「モートンの祖父は、変容を止める方法、すなわちその逆転法を見つけたはずです」
「そう…」
サラの顔が、ある種の古(いにしえ)で飢えた様相を浮かべ、そして人間の仮面の下に隠された何かが現れた。
「そして、見てください。深部のピクルス樽には、失敗した方程式が蓄えられているのです。偉大な業績を打ち消そうとした者たちを、そこに収めているわ」
霧が次第に固まり、まるで実体を持つかのように形を変えていく。エレノアの手の中で箱はさらに熱を帯び、保護符号が周囲の暗闇に抗うかのように脈打った。
「明日の月に合わせて、収穫祭は始まる」
サラは、関節が多すぎるかのような手で語りかけた。「あなたは逃げても隠れても無駄。すでに方程式は血となってあなたの中で動き出している。日没までに気づくだろうし、月が昇れば、その役割を受け入れるに違いない。子は、あなたを必要としている、エレノア。深淵の者たちは、待ち続けたのです」
エレノアは後ずさりしながら、モートンの祖父の最後の記録に記された図面や方程式、そして示唆を必死に思い巡らせた。これを止める、逆転させる方法があれば――オークヘイヴンのみならず、すべてを飲み込む前に、変容を阻止しなければならなかった。
そのとき、子はその穴の中でわずかに動き、現実もそれに合わせて変わった。霧が歌い始め、その旋律の中に、エレノアは自らの声が変わり、すでに何かへと変容しつつあるのを聞いた。
収穫祭は近づいている。そして、それは、存在の根本法則すら書き換える変容をもたらす。もし、モートンの祖父が最後に完成を試みて命を落とした、あの方程式を解けなければ――その方程式は、人類を救うかもしれないが、あまりにも恐ろしい代償を伴うものだった。
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