『オークヘイヴンの収穫祭』

takehiro_music

文字の大きさ
12 / 13

第8章 ― 解体の文法 ―(後半)

しおりを挟む


その瞬間は暗い蜜のように伸び、まるで時そのものが、今起ころうとしている出来事の重大さに合わせて歪み始めた。エレノアは、子の覚醒が多次元にわたって共鳴し、その意識がありえない幾何学で作られた花のように開いていくのを感じた。オークヘイヴンの変容した風景には、ねじれた木のシンボルが燃えるように浮かび上がり、それぞれが現実を書き換える一文の一語となっていた。

彼女はすべてを理解した――深淵の者たちが何世紀も前にその言語の種を蒔き、世代を超えた慎重な血統の継承と儀式を通じて、変容の文法を丹念に育んできたことを。ピクルス樽は単なる容器ではなく、変化そのものの本質を保存する図書館であり、あらゆる犠牲と変容が、彼らの異界の言語に語彙を加えていったのだ。

エレノアの心の中に浮かぶ方程式は、全体のパターンを示していた。

井戸の寸法は、ねじれた木のシンボルの完全な負像を形成していた―物理的な面だけでなく、数学的かつ言語的にも。あれは文の終止符のようなものであり、その終止符は、現実の織物に書き込まれる文を完成させるか、否定するかのいずれかの役割を果たす。子は完成の言葉を発し、変容を恒久的なものとする。しかし、完全な文法を理解する者が否定の言葉を発すれば、深淵の者たちの変容は逆転するパラドックスが生じる。

月は正確な整列を迎え、その光はありえぬ角度に曲がっていた。エレノアは、子が息を吸い、その最初の言葉が雷のように築かれていくとき、現実が震えるのを感じた。変容した村人たちは井戸の周囲に集い、身体は物質より数学そのものとなり、空気を結晶化させるような周波数で歌い上げた。

「選択は常にお前にあった」と、エルダー・トーマスの声が多次元を越えて響いた。「だからこそ、我々はお前をここに呼んだのだ。人間と非人間の交差点を研究する人類学者―変容の文法を理解するにふさわしい者だ」

「あなたが意図した以上のことが、私には理解できています」と、エレノアは答えた。その声は、もはや人間のものとは言えぬ倍音を宿していた。「現実は部分的に書き換えられるものではなく、完全に変わらなければ崩壊する」

子の声は納屋の方向から高まり、音として存在すべき枠を超えた次元で語り始めた。現実はねじれ、建物も人も、さらには空気すら、深淵の者たちの文法に従って変容し始めた。

エレノア自身の変容も加速し、心の中で方程式が一層明るく燃え上がった。彼女は、ありえぬ角度を透視し、人間の意識では捉えきれぬ意味を知覚できるようになった。ねじれた木のシンボルは、深淵の者たちの原初の現実、オークヘイヴンの地下で長い眠りについていた存在、そして彼らが再び我々の世界に住めるように世界を書き換えようとする計画を、すべて見せてくれた。

だが、同時に彼女は、モートンの祖父が発見した「解体」の可能性も目の当たりにした。井戸の負の空間は、彼らの変容言語全体を否定する文法的構造を形成していた。必要なのは、解体の言葉を完全に理解し、発する者だけ―しかし、その理解は、発する者の人間性をすべて破壊してしまう。

子の言葉は次第に強さを増し、一音ごとに現実はさらにねじれた。エレノアは、変容が自らの意識に刻まれ、深淵の者たちの変容した世界への一員となるよう誘ってくるのを感じた。一瞬、彼女は自らがどう変貌するのかを垣間見た―純粋な数学と意味の存在として、人間の理解を超えた次元に在る姿を。

しかし、彼女はまた、もしその変容を受け入れれば何が起こるかも見た。人間性そのものが書き換えられ、深淵の者たちの異界の言語に組み込まれ、生きた文字として存在するようになる。ねじれた木のシンボルは、オークヘイヴンを越えて広がり、意識ある全ての人間を、新たな現実へと書き換えていく―人間性が残るのは、もはや数学的なこだまだけとなる。

エレノアは井戸の縁に立ち、解体の方程式が自らの中で燃え上がるのを感じた。子の言葉は頂点に達し、現実はその意味を受け入れるために伸びやかに変容しようとしていた。彼女には、変容を受け入れるか、すべてを解体する言葉を発するかの、ほんの一瞬の選択しか残されていなかった――自らを含めた全てを消し去るかどうか。

月は完全に整列し、子の声は現実をねじ曲げるほどに高まった。そして、オークヘイヴンに人間の風習を求めて訪れたエレノア・ミッチェルは、人間の意識では決して保持できない解体の言葉を口にする準備を整えた。

その代償は、彼女自身の人間性、すなわち意識そのものであった。しかし、現実が周囲で震え、変容し始める中、彼女はその代償を払う覚悟があると悟った。

エレノアは口を開き、解体の文法が聖なる炎のように、彼女の舌に宿った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

意味が分かると怖い話(解説付き)

彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです 読みながら話に潜む違和感を探してみてください 最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください 実話も混ざっております

怪奇蒐集帳(短編集)

naomikoryo
ホラー
この世には、知ってはいけない話がある。  怪談、都市伝説、語り継がれる呪い——  どれもがただの作り話かもしれない。  だが、それでも時々、**「本物」**が紛れ込むことがある。  本書は、そんな“見つけてしまった”怪異を集めた一冊である。  最後のページを閉じるとき、あなたは“何か”に気づくことになるだろう——。

短い怖い話 (怖い話、ホラー、短編集)

本野汐梨 Honno Siori
ホラー
 あなたの身近にも訪れるかもしれない恐怖を集めました。 全て一話完結ですのでどこから読んでもらっても構いません。 短くて詳しい概要がよくわからないと思われるかもしれません。しかし、その分、なぜ本文の様な恐怖の事象が起こったのか、あなた自身で考えてみてください。 たくさんの短いお話の中から、是非お気に入りの恐怖を見つけてください。

サレ妻の娘なので、母の敵にざまぁします

二階堂まりい
大衆娯楽
大衆娯楽部門最高記録1位! ※この物語はフィクションです 流行のサレ妻ものを眺めていて、私ならどうする? と思ったので、短編でしたためてみました。 当方未婚なので、妻目線ではなく娘目線で失礼します。

【⁉】意味がわかると怖い話【解説あり】

絢郷水沙
ホラー
普通に読めばそうでもないけど、よく考えてみたらゾクッとする、そんな怖い話です。基本1ページ完結。 下にスクロールするとヒントと解説があります。何が怖いのか、ぜひ推理しながら読み進めてみてください。 ※全話オリジナル作品です。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

花嫁御寮 ―江戸の妻たちの陰影― :【第11回歴史・時代小説大賞 奨励賞】

naomikoryo
歴史・時代
名家に嫁いだ若き妻が、夫の失踪をきっかけに、江戸の奥向きに潜む権力、謀略、女たちの思惑に巻き込まれてゆく――。 舞台は江戸中期。表には見えぬ女の戦(いくさ)が、美しく、そして静かに燃え広がる。 結城澪は、武家の「御寮人様」として嫁いだ先で、愛と誇りのはざまで揺れることになる。 失踪した夫・宗真が追っていたのは、幕府中枢を揺るがす不正金の記録。 やがて、志を同じくする同心・坂東伊織、かつて宗真の婚約者だった篠原志乃らとの交錯の中で、澪は“妻”から“女”へと目覚めてゆく。 男たちの義、女たちの誇り、名家のしがらみの中で、澪が最後に選んだのは――“名を捨てて生きること”。 これは、名もなき光の中で、真実を守り抜いたひと組の夫婦の物語。 静謐な筆致で描く、江戸奥向きの愛と覚悟の長編時代小説。 全20話、読み終えた先に見えるのは、声高でない確かな「生」の姿。

(ほぼ)5分で読める怖い話

涼宮さん
ホラー
ほぼ5分で読める怖い話。 フィクションから実話まで。

処理中です...