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この街の掟
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僕は最近この街に引っ越してきた。
住みやすいのか?と聞かれると、どうにも答えに困る街だ。人は多いし店も賑わっているけれど、それはただ「人が集まっているだけ」の活気にも思える。
そしてこの街には、奇妙な特徴がある。
ここは法律の外にある、いわゆる治外法権の街。理由は不明だが、とにかく「法」が存在しない。
だから道路交通法もない。代わりにあるのは「道路交通お気持ち」だった。
最初は笑ってしまったが、暮らしていくと意味がわかってくる。つまり標識に書かれているのは「住民の願望」だということだ。
たとえば家の前で子どもが遊ぶ家庭は、こんな看板を立てる。
「ここは時速30キロでお願いします」
お願い、つまりお気持ちである。
速度は場所によって10キロだったり、50キロだったり。本当にバラバラだ。
さらに近年は、看板を守らなかった車へ「独自の罰」を与える人も増えてきた。
監視カメラを置き、速度超過を見つけたらタイヤを壊したり、車を傷つけたりする。
法がない以上、それが妥当なのかどうかも誰にも判断できない。
むしろ「うちの前は3キロだからね」という場所すらあるから、守るほうが難しい。
普通ならとっくに崩壊している街のはずだが、それでも人が集まる。
外の世界では「罰」がある。だからこそ、この街の極端な自由に惹かれてくる人が後を絶たないのだ。
しかし状況が変わり始めた。
SNSの普及で「この街は自由で楽しい」という噂だけが広まり、肝心の「法がない」という本質が伝わらなくなった。
そして、外の世界で育った「普通の感覚」を持った移住者が急に増えていった。
彼らはこの街のルールのなさを知らないまま住み始める。
その頃、街の流れを変える人物が現れた。
途中移住者の青年は「伊藤ライ」と呼ばれている。
ライがこの街へ来た目的は二つあった。
ひとつは「法のない自由を使って金を稼ぐこと」。彼は密造酒を売ったりしていた。
もうひとつは「恋人と駆け落ちして結婚すること」だった。
恋人の志乃(しの)は貴族の家系の娘で、結婚など許されるはずがなかった。
だから二人は誰にも縛られないこの街へ逃げてきた。
しかし、ライはこの街で暮らすうちに不安を抱くようになる。自由は魅力だが、守ってくれるものが何もない。ここで志乃と生きていく未来が想像できなくなった。
そこでライは住民に呼びかけ始める。チラシを配り、マイクを持ち、街を「多少は正すべきだ」と主張した。
本来なら誰にも相手にされなかったはずだ。だが今の街には、法律を知っている移住者が多い。彼らはライの意見に賛同し、次第に街に広まっていく。
やがて、お気持ちは「法」に変わった。
……
「それで?その街はどうなったの?」
話を聞いていた少女が、無邪気に尋ねる。
僕は続きを語る。
結果として、ライは一人きりになった。
彼自身も含め、自由だからこそ輝けていた人たちは、法によって光を失ったのだ。無茶で過激で、外の世界では生きられなかった人たちが、この街では輝けた。
だがその環境を、ライは自分の手で壊してしまった。
街には平穏が訪れた。
しかしそれは、ライが生まれた外の街と同じ「窮屈な平穏」だった。
職も失い、志乃も失い、彼はただ一人残った。
「自分は、この街で何ができていたのかを知らなかったんだよ」
僕は少女に言う。
「あいまいなままのほうがいい世界もある。白黒をつければ、何も起きなくなる世界もある」
「それが良いのか悪いのかは、わからない」
リュックを背負い直し、少女に手を振った。
「僕はさらに地下へ行くよ。まだ自由が残っている場所だ」
伊藤ライの手記
間違ったことをしたとは思っていない。
でも、僕は僕自身を追い詰めてしまった。
混沌を少し正したかった。それが僕の望みだった。
だけど、自由も、志乃も、仕事も失った。
法で守られた平和は確かに大切だ。
でも、それを受け入れられないなら、もうひとつの道があったのだと今になって気づく。
「黙って、この街を去ればよかった」
住みやすいのか?と聞かれると、どうにも答えに困る街だ。人は多いし店も賑わっているけれど、それはただ「人が集まっているだけ」の活気にも思える。
そしてこの街には、奇妙な特徴がある。
ここは法律の外にある、いわゆる治外法権の街。理由は不明だが、とにかく「法」が存在しない。
だから道路交通法もない。代わりにあるのは「道路交通お気持ち」だった。
最初は笑ってしまったが、暮らしていくと意味がわかってくる。つまり標識に書かれているのは「住民の願望」だということだ。
たとえば家の前で子どもが遊ぶ家庭は、こんな看板を立てる。
「ここは時速30キロでお願いします」
お願い、つまりお気持ちである。
速度は場所によって10キロだったり、50キロだったり。本当にバラバラだ。
さらに近年は、看板を守らなかった車へ「独自の罰」を与える人も増えてきた。
監視カメラを置き、速度超過を見つけたらタイヤを壊したり、車を傷つけたりする。
法がない以上、それが妥当なのかどうかも誰にも判断できない。
むしろ「うちの前は3キロだからね」という場所すらあるから、守るほうが難しい。
普通ならとっくに崩壊している街のはずだが、それでも人が集まる。
外の世界では「罰」がある。だからこそ、この街の極端な自由に惹かれてくる人が後を絶たないのだ。
しかし状況が変わり始めた。
SNSの普及で「この街は自由で楽しい」という噂だけが広まり、肝心の「法がない」という本質が伝わらなくなった。
そして、外の世界で育った「普通の感覚」を持った移住者が急に増えていった。
彼らはこの街のルールのなさを知らないまま住み始める。
その頃、街の流れを変える人物が現れた。
途中移住者の青年は「伊藤ライ」と呼ばれている。
ライがこの街へ来た目的は二つあった。
ひとつは「法のない自由を使って金を稼ぐこと」。彼は密造酒を売ったりしていた。
もうひとつは「恋人と駆け落ちして結婚すること」だった。
恋人の志乃(しの)は貴族の家系の娘で、結婚など許されるはずがなかった。
だから二人は誰にも縛られないこの街へ逃げてきた。
しかし、ライはこの街で暮らすうちに不安を抱くようになる。自由は魅力だが、守ってくれるものが何もない。ここで志乃と生きていく未来が想像できなくなった。
そこでライは住民に呼びかけ始める。チラシを配り、マイクを持ち、街を「多少は正すべきだ」と主張した。
本来なら誰にも相手にされなかったはずだ。だが今の街には、法律を知っている移住者が多い。彼らはライの意見に賛同し、次第に街に広まっていく。
やがて、お気持ちは「法」に変わった。
……
「それで?その街はどうなったの?」
話を聞いていた少女が、無邪気に尋ねる。
僕は続きを語る。
結果として、ライは一人きりになった。
彼自身も含め、自由だからこそ輝けていた人たちは、法によって光を失ったのだ。無茶で過激で、外の世界では生きられなかった人たちが、この街では輝けた。
だがその環境を、ライは自分の手で壊してしまった。
街には平穏が訪れた。
しかしそれは、ライが生まれた外の街と同じ「窮屈な平穏」だった。
職も失い、志乃も失い、彼はただ一人残った。
「自分は、この街で何ができていたのかを知らなかったんだよ」
僕は少女に言う。
「あいまいなままのほうがいい世界もある。白黒をつければ、何も起きなくなる世界もある」
「それが良いのか悪いのかは、わからない」
リュックを背負い直し、少女に手を振った。
「僕はさらに地下へ行くよ。まだ自由が残っている場所だ」
伊藤ライの手記
間違ったことをしたとは思っていない。
でも、僕は僕自身を追い詰めてしまった。
混沌を少し正したかった。それが僕の望みだった。
だけど、自由も、志乃も、仕事も失った。
法で守られた平和は確かに大切だ。
でも、それを受け入れられないなら、もうひとつの道があったのだと今になって気づく。
「黙って、この街を去ればよかった」
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