ネイビーブルー・カタストロフィ――誰が○○○を×したか――

古間降丸

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1 セーラー童女とバニー美女

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 小幌静刻こぼろしずときは闇を縫って流れる寂しげな旋律に気が付いた。
 後ろ手に玄関のドアを閉じ、右手に提げたコンビニ袋をその場に下ろすと、壁に伸ばしてまさぐった指先が触れた照明のスイッチをぱちんと入れる。
 満ちた光に照らされたそこは見慣れた自分のワンルーム。
 正面でベランダへと続く窓をカーテンが覆い、右の壁沿いにはベッドと本棚、向かい合う左の壁にはパソコンデスクと本棚とテレビ、そして、部屋の真ん中には一メートル四方ほどの座卓がひとつ。
 その座卓に乗っているオルゴールから旋律は流れている。
 静刻はこのオルゴールを知らない。
 とはいえ音の出どころさえわかれば慌てることもない。
 とりあえず座卓とベッドの間に腰を下ろし、背もたれ代わりのベッドに体重を預けて天井を見上げる。
 そして、流れ続ける旋律に耳を澄ます。
 静刻がミステリー系の小説コンテストで特別賞を受賞したのは高校二年の春だった。
 たとえばSF界隈では半世紀以上にわたって使い回されているアイデアで書いたものを一般エンタメのコンテストに応募した場合、SFとは無縁な審査委員によって「このアイデアはすばらしい」「斬新だ」などと評価されて世に出てしまうケースというのはわりと珍しくない。
 静刻が受賞したのもそのパターンだった。
 正攻法による正面突破とは言いがたいものの、それでも自信を得た静刻は進学も就職もせずに卒業と同時に家を出た。
 そして、アルバイトをしながら古本を読みあさって出すアテのない原稿を書き続ける――そんな日々を始めて、二年と少しが過ぎていた。
「どうなるのかねえ、これから先」
 “まだ焦るような年齢としでもない”と思いつつ無意識につぶやく。
 同時に視界が暗転した。
 将来への不安がよぎったのと同時に停電とは縁起でもないのにほどがある――そんなことを考えるいとまもなく、静刻は顔面全体に圧迫されている感触を覚える。
 なにかが載っている、覆い被さっている。
 気付くと同時に“それ”を払いのけ、上体を起こし振り返る。
 ベッドの上には、背後の壁にぶつけたらしい後頭部をさする涙目の少女がいた。
 小柄でセーラー服でショートヘアな見た目は、“少女”というよりローティーンの“童女”と言った方が近いかもしれない。
 たった今自分の顔面に載っていたもの、そして、自分が払いのけたものの正体が彼女であることを瞬時に理解した静刻だが、その顔に面識はない。
「ご、ごめんなさい――なのです」
 セーラー服の“童女”は、きょろきょろと室内を見渡す。
 その様子が“初めて飼い主の家に連れてこられた小動物”を思わせるのは、やはり“童女”であることと大きな瞳のせいだろう。
「あの、ここって、山葵坂わさびざか中学校、なのです、よね?」
 おずおずと口を開いた“童女”の問い掛けに、静刻は“中学校とワンルームのアパートをどう見間違えるんだ”と思いながら答える。
「いや、オレの部屋だけど」
 確かに山葵坂中学校ならこの近くにある。
 どのくらい近いかと言えば、このアパートの前を通る道路が通学路になっていることはもちろん、体育の授業における長距離走や陸上部を始めとするクラブ活動のロードワークコースになっているくらい近い。
 “童女”は改めて問い直す。
「こ、ここって山葵坂中学校じゃないんです? 一九九二年の」
「オレの部屋だよ、二〇二〇年の」
 そして、最も気になっていることを訊いてみる。
「誰?」
 しかし、当人はそれどころではないらしい。
「に、二〇二〇年? どどどどどどどーしてなのですっ、なのです?」
 うろたえる大きな目が静刻の肩越しに座卓を捉えた。
「そ、それはっ」
 息をのむ“童女”につられて静刻も振り返る。
 座卓の上ではさっきまでと変わらずオルゴールが流れている。
 これがどうかしたのか? ってより誰なんだよ、どこから入ったんだよ――と改めて静刻が口を開こうとしたのと同時に“童女”が悲鳴にも似た声を上げる。
「時代間移動体誘導トラップっ」
 間髪入れず静刻が問い返す。
「なんだそりゃ」
 “問い返す”というより“突っ込む”と言った方が的確かもしれないタイミングではあったが、同時に女の声が静刻の“突っ込み”を押し流す。
「そのとおりぴょん」
 静刻がオルゴールから顔を上げると同時にパソコンデスクのイスがくるりとまわり、いつのまにか座っている女が姿を現す。
 なぜかバニーガールである。
 腕と足を組み、パールホワイトのバニースーツで押さえつけた巨乳を誇示するように胸を突き出して静刻――の背後にいる“童女”を見ている。
「だから誰なんだよ、どこから入ったんだよ、いつからいるんだよ」
 きょろきょろと戸惑いつつやっと放った静刻の疑問は、またしてもバニーガールが“童女”に向けた言葉によって“亡きもの”となる。
「あなたが“レクス・ギィア580”ぴょんね。私は“ゆきうさぎ・イプシロン・セブン”ぴょん。超時代結社“事象の時平線”から送られてきたと言えばわかるぴょん?」
 ふたりを見比べる静刻をほったらかしにして“童女”が答える。
「“事象の時平線”って、まさか……、なのです」
「そうぴょん。あなたが“ネイビーブルー・カタストロフィ”を回避させようとしているのを妨害するために、とりあえずこの時代二〇二〇年にトラップをセットして……」
 言い終えるのを待たず、“童女”がバニーガールの背後を指差し、声を張り上げる。
「ファージがいるのですっ」
「げっ」
 言葉途中のバニーガールは飛び退くようにイスから離れ、振り返る。
 同時に、なにが起きているのかわからずぽかんと見ている静刻の背中に“童女”がのしかかった。
 驚いた静刻が振り返ろうと顔を向ける。
 すぐ横に“童女”の顔があった。
 背中に感じる暖かく柔らかい触感に静刻の意識が奪われる。
 “童女”は構わず、座卓へ手を伸ばしながら叫ぶ。
「嘘なのですっ」
 その手がオルゴールをぱたんと閉じる。
 旋律が止まった。
 同時にバニーガールが舌打ちとともに振り返り、“童女”の姿が消え、それらを見ていた静刻の視界がぐにゃりと歪んだ。
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