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3 むかしのがっこう(その2)

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 外に出た静刻は背後の桜を見上げた。
 今のような残暑時期では桜と聞いて連想する“仄かなピンクの花”も“鮮やかな緑の葉”も面影すら存在せず、ぽつぽつと変色し始めたくすんだ葉がこれから訪れる落葉の季節を待っている。
 その幹に触れればさっきのオペレーションルームへ入れるが、もちろん、入ることができるのは“この時代の者ではない”静刻とギィアのふたりだけである。
 桜のかたわらには凝結したままのファージが突っ立っている。
 これももちろん図書室の時と同様に、静刻とギィアにしか見ることができない。
 その凍り付いたように動かない姿に、覗き込んだ静刻は目を見張る。
 最初に図書室で見た時は全身が淡いグレー一色だったのに対し、今、目の前で固まっているそれは所々に黒い斑点が浮かんでおり、さらに背中全体からぽつぽつと数十センチの突起が生えていて、体長も一回り大きくなっているような気がする。
「これが成長した姿……なのか」
 つぶやく静刻の背後でギィアが答える。
「そうなのです」
 ファージは別時代からの来訪者の出現によって姿を現し、その来訪者の思考や行動が歴史を変える確率が増すほどに成長して凶悪化する。
「じゃあこいつはこの先も、オレたちがネイビーブルー・カタストロフィの回避に向けて行動すればするほど、図書室から出てきた時みたいに成長して、また動き出すってことか」
「そうなのです。でも大丈夫……と思うのです」
 振り向く静刻に、ギィアは開いたスカートのファスナーをまさぐりながら答える。
「今、凝固させているガスはクラス五・〇〇とかなりグレードの高いものなので、現時点からあるていど成長しても破られることはないのです」
 静刻は改めてファージに目を戻す。
「じゃあこいつは未来永劫ここでハリツケになってるようなものなのか」
「ファージがそこから消えるとしたら考えられるパターンはふたつしかないのです。ひとつは歴史改変を目的として未来からやってきたあたしたちがこの時代を去った時。もうひとつはあたしたちが目的を果たした時、なのです」
 そして補足する。
「あたしたちがネイビーブルー・カタストロフィの回避に成功すれば、それが“正史”となるのです。そうなるとあたしたちにとってファージは脅威ではなくなるのです。ファージの目的は“正史を改変する者”を排除することなのですから」
「なるほどねえ」
 改めて振り向く。
 いつのまにかギィアは手に風船を持っていた。
 さっきファスナーをまさぐっていたのはこれを取り出していたらしい。
「なんだそれ」
「捕集装置なのです。いずれ明らかになるでしょう」
 意味ありげに微笑むと、バスケットボールが床を叩く音と喧噪が漏れてくる体育館へと足を向ける。
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