ネイビーブルー・カタストロフィ――誰が○○○を×したか――

古間降丸

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3 むかしのがっこう(その1)

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「ここがこの時代の作戦室――すなわちオペレーションルームになります、です」
 教室の半分ほどの部屋にあるものはカウチタイプのソファにテレビ、そして、セミダブルのベッドとダイニングテーブルが一台ずつ。
 壁の一画にはキャビネットがずらりとならんでいる。
 ギィアがそのひとつを開く。
「このキャビネットの中に食事が送られてくるのです。扉の数だけメニューが用意されてるので気に入るものが見つかるまで片っ端から開ければいいのです。あとそっちのキャビネットは食器返却口、さらに向こうの扉は洗濯物投入口になってるのです。投入した洗濯物は即座に未来で洗浄消臭除菌されて投入した直後の時間に送り返されてくるのでございますなのです」
 そして、ベッドを指差す。
「シーツは汚れ具合が検出値を超えると自動で交換されるので、衛生面の心配は不要なのです。あとはえーと、テレビのチャンネルを説明するのです」
「いや説明されてもな――」
 静刻のつぶやきに、背を向けたギィアの動きがぴたりと止まる。
「――長居するつもりはないし」
「えーと……」
 不意に訪れた沈黙が室内を満たしていく。
 その圧力に耐えかねたのか、ギィアが静刻に向き直り、深々と頭を下げる。
「その件については、ごめんなさいなのです」
「ごめんなさい?」
 訝しげに見る静刻にギィアは答えず目を逸らす。
 その様子に静刻がぽつり。
「すげえイヤな予感がするんだが」
 あっさり観念したらしくギィアが返す。
「正解なのです。帰れないのです」
「は?」
「あたしの時間移動機能は過去方向のみなのです。だから、一九九二年の現時点から二〇二〇年に移動することはできないのです」
 そして――
「静刻には申し訳ないことになってしまったのです。……ごめんなさい」
 ――そう言うとうつむき、ぼろぼろと涙をこぼす。
 その様子に静刻は声を掛けることもできず、ため息交じりに室内を見渡す。
「じゃあ、オレはずっとここにいるしかないのか」
「いえ、ひとつ帰る方法があるのです」
 両手で頬を伝う涙を拭いながら、ぐじゅぐじゅと鼻声で答える。
「どんな?」
「あたしがプロジェクトを完遂させることなのです」
「ネイビーブルー・カタストロフィを回避させること、か」
 と言えばなにかかっちょいが、その内容は“ブルマ廃止の回避”である。
「そうなのです」
 静刻にはわからない。
 なぜ自分がギィアの目的達成への人質みたいになってるのだ?
 そんな思考を読んだか悟ったか、あるいは無関係にか、ギィアが補足する。
「ネイビーブルー・カタストロフィが回避されれば、あたしがこの時代を訪れることはないのです。つまり、静刻が今回の件に巻き込まれることもなくなるのです。なので、ネイビーブルー・カタストロフィの回避が確定した瞬間、歴史の復元作用によって静刻は元の時代へ戻ることになるのです」
 そして、思い出したように付け足す。
「ごめんなさいなのです」
 またうつむいて、えぐえぐとしゃくり上げる。
「まあ、そう泣くな――」
 他に音のない密閉された室内で泣き続けられる空気の重みから逃れるべく、静刻が声を掛ける。
「――別にギィアが悪いわけじゃないし、誰も責めてないし、怒ってもない」
「許してくれるのです?」
「許すもなにもない、てか、許すしかない。どうしようもないんだから。だから泣かなくていい」
「本当にそう思ってるのです?」
「思ってる」
「確かめさせてもらってもいいのです?」
「いいぞ」
 でも、どーやって?――とりあえず承諾したもののそんなことを思う静刻に構わず、ギィアはスカートのファスナーを下ろし、がさがさと中をまさぐる。
「本心透過灯」
 そうつぶやいて取り出したのはペンライトに似た筒状の機械。
 そのスイッチを入れる。
 が――。
「あれ? 点かないのです」
 先端部を覗き込みながらスイッチのオンオフを繰り返す。
 点いた。
 不意に照らされた光の中でギィアが笑う。
「くくっ、男なんて乙女の涙にかかればちょろいもんなのです」
 やべっという表情でギィアが静刻を見る。
 その頭頂部を静刻の振り下ろしたチョップが打つ。
「これで許してやる」
「はいなのです」
 泣いて、うろたえて、最後は“しょぼーん”なギィアの様子がおかしく、静刻は思わず苦笑する。
 ギィアの本心がどうであろうと、怒ってもしょうがないという静刻の本心は変わらないのだ。
「じゃあ行ってきます、なのです」
「どこへ」
「原因究明へ、なのです。静刻はここで好きにしてたらいいのです。あと他に必要なものがあればなんでも言ってくださいなのです。静刻のために用意した部屋でもあるのですから」
「オレのため?」
「そうなのです。この時代に滞在するのがあたしだけならせいぜい甲殻型シェルターカプセルだけで十分なのです。急ごしらえの部屋で申し訳ないのです。足りないものがあれば言ってほしいのです」
「そうだな、とりあえず――靴、だな」
「はい?」
 その意図するところがわからずぽかんと見返すギィアに答える。
「オレも行く。待ってるのも退屈だし、一九九二年への好奇心もあるし、ひとりに任せるよりふたり一緒にやった方が早く帰れそうだし。あと……なんでもない」
 言いかけてやめる。
 オレの部屋を見て“一九九二年の中学校ですよね”とか訊いてくるようなのに任せてて大丈夫か――という不安があることを。
 しかし、ギィアは――。
「なんなのです? 言ってください。気になるのです」
 気になる気になると両拳をぶんぶん振りながら地団駄を踏むギィアに、静刻はひとつため息をついて思い浮かんだ言葉を告げる。
「やりかけたことはやりとげる――」
「は?」
「――て、ウチの親父がよく言ってた」
「なるほど、お父さんの遺言なのですね」
「生きてるよ」
「……靴です」
 ギィアがスカートのファスナーから取り出した新しいスニーカーと二本の靴紐を差し出す。
 静刻が受け取り、足裏の汚れを払って履いてみる。
「ヒモは自動で通って結ぶのでなにもしなくていいのです」
 その言葉通りに静刻が履いた靴の表面を靴紐が生き物のように這い回る。
 静刻は足元から顔を上げ、訊いてみる。
「そのスカートってどうなってんだ」
 これまで気になってはいたもののスカートの中に関心を持つことを告げるのが気恥ずかしく、あえて気にしないようにしていた。
 しかし、しばらくは一緒に行動する間柄となった以上は訊いてもいいだろう。
「このファスナーはそのまま倉庫代わりの圧縮空間につながっているのです」
 ギィアがそう言って、開いてみせる。
 静刻は純粋に好奇心から顔を寄せて、覗き込む。
 ギィアが慌てて手で塞ぐ。
「なんかいやらしいのです」
 言われて初めて“開いたファスナーからスカートの奥を覗き込んでいる姿勢であること”に気が付いた。
「ごめん」
「あと、これを貼ってくださいなのです」
 そう言って小さな絆創膏を差し出す。
「いや別にケガとかしてないし」
 眉根を寄せながらも受け取る静刻にギィアは自身の右手人差し指をぴんと伸ばしてみせる。
 そこにはすでに同じ絆創膏がぐるりと貼られている。
「これは認識誘導膏といって一種の催眠波を出すのです。それによって周囲の人からは部外者であっても違和感なく認識されるのです」
「ふーん。どこでもいいのか」
「どこでもいいのです」
 左手の甲に貼ってみた。
 もちろん自分自身にはなんの変化もない。
「それからこれを」
 次に渡されたのは液体の入った小さな容器。
「点眼型ARデバイスなのです。使い方は目薬と同じなのです」
 促されるまま静刻が滴下するのを待って、ギィアが歩き出す。
「こっちなのです」
 ギィアを追って目を向けた壁には扉を意味するようにフレームが描かれていた。
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