ネイビーブルー・カタストロフィ――誰が○○○を×したか――

古間降丸

文字の大きさ
32 / 44

7 ネイビーブルー・カタストロフィ(その1)

しおりを挟む
 静刻はその目線をギィアからスクリーンに戻す。
 桜の葉は変色し、地面にはまだ少し早い数枚の枯れ葉が落ちている。
 もちろん鉄扉の貼り紙は影も形もない。
 画面隅の日付表示も一九九二年の秋に変わっている。
 なによりも今の静刻の目には鉄扉の脇に凝結しているファージの姿が見える。
 静刻を二〇二〇年へ追い返し、そのあとでギィアを襲ってクラス七・〇〇の凝結ガスで固められた直後の姿なのだろう。
 一方、静刻の目には見えてなかった“二〇二〇年の鉄扉脇に固められていたファージ”は、“別時代からの侵入者ギィア”が二〇二〇年を去ったことで消失しているに違いない。
 もっとも触れることも見ることもできない以上、静刻にとっては二〇二〇年のファージはどうでもいい存在なのだが。
 そんなことを思う静刻に――
「それより早く教えるのです」
 ――ギィアがごねるこどものように地団駄を踏む。
 静刻は自分なりに考えて、というより、自身の実体験から推測した“船引和江の論拠”を語る。
「なんのことはない。船引当人の価値観じゃなくばあちゃん、つまり祖母の価値観を踏襲してるだけだ」
 ギィアが予想外の言葉に戸惑いの表情を浮かべる。
「な、なぜそうなるのです」
「第六エロ魔王が言ってただろ。“日常はエロを凌駕する”って。船引にとっては“日常”だが、船引の祖母にとってはブルマのあの形状は下着かセパレート水着のボトムスにしか見えない。人前で若すぎる娘が着用していいもんじゃない」
「でもそれはあくまでも“祖母の価値観”なのです。“当人の価値観”となった経緯がわからないのです」
「そうだな。だからオレの想像になるんだが、一九九二年で、さらに田舎だとまだまだ昔の価値観が根強いんだ。“こどもの人権”なんて言葉すらない。こどもが親と相反する意見や個別の価値観を持つだけで“ナマイキだ”と、ぶん殴られるのが当たり前の時代なんだよ。つまり、両親や祖父母みたいな年長者の意見には盲従するのが当然の世界なのさ。いいことか悪いことはわからないが。おそらく船引以外の否定派女子も似たような経緯だと思うぜ」
「生まれてもないのに、見てきたような言い方なのです」
「だてに古い本ばかり読んでねえよ。貧乏だからってのもあるけど」
 自嘲気味に苦笑する。
「そもそも、そんな難しい話でもないしな。一緒に住んでりゃいろいろ似てくるもんだ。一緒にテレビ見てて親が嫌悪感を示すタレントがいれば、自然にこどももそのタレントを不快に思ったりする。親が映画好きならこどもも映画好きになる。逆に親が読書嫌いならこどもも本を読まなくなる。そんな具合に親の好き嫌いや主義信条を身近で聞かされて育てばそれがこどもの価値観として刷り込まれる。それだけのことだ」
 確信を持ってそれが言えるのは静刻自身が父の“やりかけたことはやりとげる”の刷り込みを受けて育ったからに他ならない。
 さらに思い出して付け加える。
「あと、“透けブラ”の話を憶えているか?」
「もちろん、憶えているのです」
 ブルマをエロ目線で見られたからといってそれがブルマ廃止につながるとは限らない、なぜならば“透けブラ”という公然とエロ目線にさらされている現象に対して女生徒の多くは白セーラーという自衛手段が用意されているにもかかわらず放置しているからだ――との第六エロ魔王の言葉を思い出す。
「ブルマの認知度が一気に上がったのは一九六四年の東京オリンピックなのは知ってるよな?」
 当然のように問う静刻だが、静刻自身がそれを知ったのはもちろん一度二〇二〇年に戻ってから検索した結果である。
「常識なのです」
「で、学校現場で採用されたのは一般的には一九六〇年代後半ってことになってる。しかし、そりゃ都市部での話だ。ネットのない時代なら都市部の流行に田舎が追いつくまでには三年から五年の時差があっておかしくない。むしろ、都会での流行が即座に田舎に伝播すると考える方が無理がある」
「でもネットはなくてもテレビはあるのです。都会の流行はリアルタイムで田舎に伝わるのです」
「情報としては、な。都会のファッションや考え方を田舎の人間が“知る”のはギィアの言うとおりリアルタイムだが、田舎の人間がそれを“模倣”するのは情報を得たからといってすぐにとはいかない。“田舎者”が“都会の文化”を模倣するのは、それが多くの田舎者にとって“都会で流行の文化であること”が認知されてからなんだよ。つまり、都会でブルマの機能性やファッション性が認知されたという情報が田舎に伝わるのはすぐだろうけど、それを模倣する土壌ができるまでには数年の時差が生じるということだ」
 そして、話を戻す。
「だから、田舎でブルマが採用されたのは一九七〇年代に入ってからだと思う。だとしたら、一九九二年に中学生の子を持つ田舎の親世代はブルマを経験してない可能性が高いってことだ」
「それが“透けブラ”とどうつながるのです?」
「ブルマ未体験の親世代でも“透けブラ”は経験しているってこと。だから、親世代から見れば“透けブラ”は“日常”、“ブルマ”は“非日常”となる。つまり、“透けブラ”が放置されてるのは“日常”だからであり、ブルマが廃止に向かうのは“非日常”だから――この扱いの差は、まさしく親世代が持つ“透けブラ”とブルマに対する価値観の違いを踏襲した結果だから、と考えられないか」
「静刻」
 ギィアはじっと静刻を見上げている。
「うん?」
「第六エロ魔王みたいなのです。第七エロ魔王と呼ぶのです」
「やめろ」
 一息置いて続ける。
「で、ここからだ」
「はいなのです」
「調べてみたんだが都会でブルマがエロアイテムとして売買されてることが全国ニュースとして伝わったのが一九九三年の夏だった。これも想像だが、一九九一年に船引が山葵坂中に入学して、そこで船引の祖母は初めてブルマというのを目の当たりにした可能性が高い」
「それは納得なのです」
「そこから一年もあれば保護者として一緒に暮らしてる祖母の価値観が船引に伝染するには十分だろう。つまり、最初は“日常”だったかもしれない船引のブルマへの認識が祖母によって“非日常”へと変わっていったんだ。これなら船引がブルマを“いやらしいもの”と捉えても不思議はない。そして、来年一九九三年の夏、船引が三年生の時にニュースが流れる。あとは――」
 続きを察したギィアがごくりと唾を呑むのが静刻にもわかった。
「――前に言ったとおり、それをきっかけにして船引の“ブルマとはいやらしいものである”という言葉が信憑性を増し、“どっちでもいい”派女子が一気に否定派女子へと転じてネイビーブルー・カタストロフィが発動する。一九九四年の四月から山葵坂中はブルマを廃止、それを以て“百匹目の猿”が目覚めて絶滅連鎖へ続く……と」
「じゃあ、今、静刻が言った一連の流れをどっかで切ればネイビーブルー・カタストロフィを回避することができるということなのです。さっそく相談してみるのです」
 ギィアは静刻の反応も見ることもなく、左手を頬に当てる。
「もしもし、あたしー」
 相変わらず電話だと普通に話す。
「と、ゆーことなのよ。え、いやあ、それほどでも。えへへ。でさー、どーする? あー、そこね。うん、わかった。じゃ」
 通話を終えて静刻を見る。
「いろいろな側面から検討した結果、最も確実で単純で効率がよくて成功率が高くてこの時代の他分野への影響範囲が小さい対処点として――」
「うん」
「――祖父母や両親といった保護者の価値観が生徒に伝染するのをブロックすることにしたのです」
 言いながらファスナーを下ろして突っ込んだ手でその奥をもぞもぞとまさぐる。
「なので、そういう音源、つまり、“他人の価値観を盲信する慣習をキャンセルする音源”を記録したカセットテープが送られてくるのです」
 静刻は最初に第二放送室で見た厚めの“プレート”を思い出しながら問い返す。
「今からか? すでに船引の価値観は影響を受けてるんだぜ。意味あるのか?」
「大丈夫なのです。今から対処すれば一年後に“都会でのブルマ売買ニュース”が流れる頃には船引和江も“どっちでもいい”派女子になってるのです。……届いたのです」
 ファスナーからカセットテープを取り出す。
 しかし――
「ん? んんんんん? なのです」
 ――ギィアがカセットテープの表面に目を凝らす。
「どうした」
「これは違うのです」
「違うって、なにが」
「この中に入ってるのは最初に流した“ブルマへの性的執着を消す”音源なのです」
「まちがえて同じのを送ってきたのか」
「そんなはず……」
 言いかけたところで左手を頬に当てる。
 静刻にはわからなかったが着信があったらしい。
 ギィアの表情が一転して曇った。
「え~。ううううう。じゃあ、それで。うん。しょーがないっしょ。じゃね」
 ため息とともに左手を下ろす。
 その明らかに落胆した様子に声を掛ける。
「どうした」
「ダメなのです」
「ダメって……音源を送れないってこと?」
 ギィアが頷く。
「さっきの“二十八年遡り”で過去方向へ時代間移動できる物資の上限に余裕がなくなったのです。だから――カセットテープレコーダー」
 そう言ってファスナーからカセットテープより一回り大きい機械を取り出す。
「なんだこれ」
 もちろん、静刻は“カセットテープレコーダーこれ”がなんなのか知らない。
「カセットテープに音声データーを記録できる機械なのです。“物体”はこれしか送れないとのことなのです」
「いやどう見たってこっちの方がでかいだろ。これじゃなくて新しい音源の入ったカセットテープとやらを送り直せば……」
「時代間転送で制限を受けるのは“容量”や“重量”ではないのです。小さかったり軽かったりすればOK、大きかったり重かったりすればNGってわけではないのです。ざっくり言うと転送量の残りが一二〇ダレンに対してカセットテープレコーダーなら一〇〇ダレンの転送量で済むのです」
 ダレンというのが単位らしい。
「じゃあ新しい音源は?」
「十五ダレン」
「残り一二〇に対して一五だったら余裕でいけるじゃねえか」
「と思うでしょう? でもこの十五という数値は音源データーだけの転送量なのです。これを収めたカセットテープとして転送すると――」
「転送すると?」
「――転送量はなんと二八〇〇ダレンになるのです」
「なんでだっ」
「単純な足し算ではないのです」
「じゃあ、今、手に持ってるその“最初の音源”はいくらだよ」
 中身が違うとはいえ同じ“音源を収めたカセットテープ”なら転送量も同じくらいではないのか、“最初の音源”を送ることができた以上は“新しい音源”も送ることができたのではないのか。
 しかし、ギィアの答えは――。
「これはゼロなのです」
「は?」
「一回送ったものはキャッシュを作成するので二回目以降は転送量が計上されないのです。こんな具合に」
 ギィアがファスナーの奥から“円盤”を引っ張り出す。
 静刻はこの円盤に見覚えがある。
 第二放送室で放送機材を操作していた“円盤型万能運転ロボ”である。
 円盤は垂らせたコードを触手のように操り、カセットテープレコーダーをまさぐって操作方法を解析する。
「なので、今からあたしのアタマへ送られてくる音声データーを、ここでこのカセットテープに上書きするしかないのです」
 円盤のコードがギィアの手からカセットテープを受け取り、カセットテープレコーダーへセットする。
「じゃあ今から上書きするのです。静かにしててほしいのです」
 ギィアの言葉に静刻が頷く。
 円盤のコードが“rec”のボタンを押し、赤いランプが点灯する。
 ギィアはカセットテープレコーダーをマイクのように両手で握り、口元へ寄せると静かに唇を動かす。
 それはまるで歌っているようにも見えるが、第二放送室から流した音源と同様に静刻の耳にはなにも聞こえない。
 十分ほど過ぎて“聞こえない歌”が終わった。
 円盤が“stop”と“eject”のボタンを押し、取り出したカセットテープをギィアに渡す。
「じゃあ、行くのです」
 受け取ったギィアがきりりと静刻を見る。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

むっつり金持ち高校生、巨乳美少女たちに囲まれて学園ハーレム

ピコサイクス
青春
顔は普通、性格も地味。 けれど実は金持ちな高校一年生――俺、朝倉健斗。 学校では埋もれキャラのはずなのに、なぜか周りは巨乳美女ばかり!? 大学生の家庭教師、年上メイド、同級生ギャルに清楚系美少女……。 真面目な御曹司を演じつつ、内心はむっつりスケベ。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

影武者の天下盗り

井上シオ
歴史・時代
「影武者が、本物を超えてしまった——」 百姓の男が“信長”を演じ続けた。 やがて彼は、歴史さえ書き換える“もう一人の信長”になる。 貧しい百姓・十兵衛は、織田信長の影武者として拾われた。 戦場で命を賭け、演じ続けた先に待っていたのは――本能寺の変。 炎の中、信長は死に、十兵衛だけが生き残った。 家臣たちは彼を“信長”と信じ、十兵衛もまた“信長として生きる”ことを選ぶ。 偽物だった男が、やがて本物を凌ぐ采配で天下を動かしていく。 「俺が、信長だ」 虚構と真実が交差するとき、“天下を盗る”のは誰か。 時は戦国。 貧しい百姓の青年・十兵衛は、戦火に焼かれた村で家も家族も失い、彷徨っていた。 そんな彼を拾ったのは、天下人・織田信長の家臣団だった。 その驚くべき理由は——「あまりにも、信長様に似ている」から。 歴史そのものを塗り替える——“影武者が本物を超える”成り上がり戦国譚。 (このドラマは史実を基にしたフィクションです)

リボーン&リライフ

廣瀬純七
SF
性別を変えて過去に戻って人生をやり直す男の話

織田信長IF… 天下統一再び!!

華瑠羅
歴史・時代
日本の歴史上最も有名な『本能寺の変』の当日から物語は足早に流れて行く展開です。 この作品は「もし」という概念で物語が進行していきます。 主人公【織田信長】が死んで、若返って蘇り再び活躍するという作品です。 ※この物語はフィクションです。

同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。

ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。 真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。 引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。 偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。 ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。 優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。 大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

サイレント・サブマリン ―虚構の海―

来栖とむ
SF
彼女が追った真実は、国家が仕組んだ最大の嘘だった。 科学技術雑誌の記者・前田香里奈は、謎の科学者失踪事件を追っていた。 電磁推進システムの研究者・水嶋総。彼の技術は、完全無音で航行できる革命的な潜水艦を可能にする。 小与島の秘密施設、広島の地下工事、呉の巨大な格納庫—— 断片的な情報を繋ぎ合わせ、前田は確信する。 「日本政府は、秘密裏に新型潜水艦を開発している」 しかし、その真実を暴こうとする前田に、次々と圧力がかかる。 謎の男・安藤。突然現れた協力者・森川。 彼らは敵か、味方か—— そして8月の夜、前田は目撃する。 海に下ろされる巨大な「何か」を。 記者が追った真実は、国家が仕組んだ壮大な虚構だった。 疑念こそが武器となり、嘘が現実を変える—— これは、情報戦の時代に問う、現代SF政治サスペンス。 【全17話完結】

処理中です...