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7 ネイビーブルー・カタストロフィ(その1)
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静刻はその目線をギィアからスクリーンに戻す。
桜の葉は変色し、地面にはまだ少し早い数枚の枯れ葉が落ちている。
もちろん鉄扉の貼り紙は影も形もない。
画面隅の日付表示も一九九二年の秋に変わっている。
なによりも今の静刻の目には鉄扉の脇に凝結しているファージの姿が見える。
静刻を二〇二〇年へ追い返し、そのあとでギィアを襲ってクラス七・〇〇の凝結ガスで固められた直後の姿なのだろう。
一方、静刻の目には見えてなかった“二〇二〇年の鉄扉脇に固められていたファージ”は、“別時代からの侵入者ギィア”が二〇二〇年を去ったことで消失しているに違いない。
もっとも触れることも見ることもできない以上、静刻にとっては二〇二〇年のファージはどうでもいい存在なのだが。
そんなことを思う静刻に――
「それより早く教えるのです」
――ギィアがごねるこどものように地団駄を踏む。
静刻は自分なりに考えて、というより、自身の実体験から推測した“船引和江の論拠”を語る。
「なんのことはない。船引当人の価値観じゃなくばあちゃん、つまり祖母の価値観を踏襲してるだけだ」
ギィアが予想外の言葉に戸惑いの表情を浮かべる。
「な、なぜそうなるのです」
「第六エロ魔王が言ってただろ。“日常はエロを凌駕する”って。船引にとっては“日常”だが、船引の祖母にとってはブルマのあの形状は下着かセパレート水着のボトムスにしか見えない。人前で若すぎる娘が着用していいもんじゃない」
「でもそれはあくまでも“祖母の価値観”なのです。“当人の価値観”となった経緯がわからないのです」
「そうだな。だからオレの想像になるんだが、一九九二年で、さらに田舎だとまだまだ昔の価値観が根強いんだ。“こどもの人権”なんて言葉すらない。こどもが親と相反する意見や個別の価値観を持つだけで“ナマイキだ”と、ぶん殴られるのが当たり前の時代なんだよ。つまり、両親や祖父母みたいな年長者の意見には盲従するのが当然の世界なのさ。いいことか悪いことはわからないが。おそらく船引以外の否定派女子も似たような経緯だと思うぜ」
「生まれてもないのに、見てきたような言い方なのです」
「だてに古い本ばかり読んでねえよ。貧乏だからってのもあるけど」
自嘲気味に苦笑する。
「そもそも、そんな難しい話でもないしな。一緒に住んでりゃいろいろ似てくるもんだ。一緒にテレビ見てて親が嫌悪感を示すタレントがいれば、自然にこどももそのタレントを不快に思ったりする。親が映画好きならこどもも映画好きになる。逆に親が読書嫌いならこどもも本を読まなくなる。そんな具合に親の好き嫌いや主義信条を身近で聞かされて育てばそれがこどもの価値観として刷り込まれる。それだけのことだ」
確信を持ってそれが言えるのは静刻自身が父の“やりかけたことはやりとげる”の刷り込みを受けて育ったからに他ならない。
さらに思い出して付け加える。
「あと、“透けブラ”の話を憶えているか?」
「もちろん、憶えているのです」
ブルマをエロ目線で見られたからといってそれがブルマ廃止につながるとは限らない、なぜならば“透けブラ”という公然とエロ目線にさらされている現象に対して女生徒の多くは白セーラーという自衛手段が用意されているにもかかわらず放置しているからだ――との第六エロ魔王の言葉を思い出す。
「ブルマの認知度が一気に上がったのは一九六四年の東京オリンピックなのは知ってるよな?」
当然のように問う静刻だが、静刻自身がそれを知ったのはもちろん一度二〇二〇年に戻ってから検索した結果である。
「常識なのです」
「で、学校現場で採用されたのは一般的には一九六〇年代後半ってことになってる。しかし、そりゃ都市部での話だ。ネットのない時代なら都市部の流行に田舎が追いつくまでには三年から五年の時差があっておかしくない。むしろ、都会での流行が即座に田舎に伝播すると考える方が無理がある」
「でもネットはなくてもテレビはあるのです。都会の流行はリアルタイムで田舎に伝わるのです」
「情報としては、な。都会のファッションや考え方を田舎の人間が“知る”のはギィアの言うとおりリアルタイムだが、田舎の人間がそれを“模倣”するのは情報を得たからといってすぐにとはいかない。“田舎者”が“都会の文化”を模倣するのは、それが多くの田舎者にとって“都会で流行の文化であること”が認知されてからなんだよ。つまり、都会でブルマの機能性やファッション性が認知されたという情報が田舎に伝わるのはすぐだろうけど、それを模倣する土壌ができるまでには数年の時差が生じるということだ」
そして、話を戻す。
「だから、田舎でブルマが採用されたのは一九七〇年代に入ってからだと思う。だとしたら、一九九二年に中学生の子を持つ田舎の親世代はブルマを経験してない可能性が高いってことだ」
「それが“透けブラ”とどうつながるのです?」
「ブルマ未体験の親世代でも“透けブラ”は経験しているってこと。だから、親世代から見れば“透けブラ”は“日常”、“ブルマ”は“非日常”となる。つまり、“透けブラ”が放置されてるのは“日常”だからであり、ブルマが廃止に向かうのは“非日常”だから――この扱いの差は、まさしく親世代が持つ“透けブラ”とブルマに対する価値観の違いを踏襲した結果だから、と考えられないか」
「静刻」
ギィアはじっと静刻を見上げている。
「うん?」
「第六エロ魔王みたいなのです。第七エロ魔王と呼ぶのです」
「やめろ」
一息置いて続ける。
「で、ここからだ」
「はいなのです」
「調べてみたんだが都会でブルマがエロアイテムとして売買されてることが全国ニュースとして伝わったのが一九九三年の夏だった。これも想像だが、一九九一年に船引が山葵坂中に入学して、そこで船引の祖母は初めてブルマというのを目の当たりにした可能性が高い」
「それは納得なのです」
「そこから一年もあれば保護者として一緒に暮らしてる祖母の価値観が船引に伝染するには十分だろう。つまり、最初は“日常”だったかもしれない船引のブルマへの認識が祖母によって“非日常”へと変わっていったんだ。これなら船引がブルマを“いやらしいもの”と捉えても不思議はない。そして、来年一九九三年の夏、船引が三年生の時にニュースが流れる。あとは――」
続きを察したギィアがごくりと唾を呑むのが静刻にもわかった。
「――前に言ったとおり、それをきっかけにして船引の“ブルマとはいやらしいものである”という言葉が信憑性を増し、“どっちでもいい”派女子が一気に否定派女子へと転じてネイビーブルー・カタストロフィが発動する。一九九四年の四月から山葵坂中はブルマを廃止、それを以て“百匹目の猿”が目覚めて絶滅連鎖へ続く……と」
「じゃあ、今、静刻が言った一連の流れをどっかで切ればネイビーブルー・カタストロフィを回避することができるということなのです。さっそく相談してみるのです」
ギィアは静刻の反応も見ることもなく、左手を頬に当てる。
「もしもし、あたしー」
相変わらず電話だと普通に話す。
「と、ゆーことなのよ。え、いやあ、それほどでも。えへへ。でさー、どーする? あー、そこね。うん、わかった。じゃ」
通話を終えて静刻を見る。
「いろいろな側面から検討した結果、最も確実で単純で効率がよくて成功率が高くてこの時代の他分野への影響範囲が小さい対処点として――」
「うん」
「――祖父母や両親といった保護者の価値観が生徒に伝染するのをブロックすることにしたのです」
言いながらファスナーを下ろして突っ込んだ手でその奥をもぞもぞとまさぐる。
「なので、そういう音源、つまり、“他人の価値観を盲信する慣習をキャンセルする音源”を記録したカセットテープが送られてくるのです」
静刻は最初に第二放送室で見た厚めの“プレート”を思い出しながら問い返す。
「今からか? すでに船引の価値観は影響を受けてるんだぜ。意味あるのか?」
「大丈夫なのです。今から対処すれば一年後に“都会でのブルマ売買ニュース”が流れる頃には船引和江も“どっちでもいい”派女子になってるのです。……届いたのです」
ファスナーからカセットテープを取り出す。
しかし――
「ん? んんんんん? なのです」
――ギィアがカセットテープの表面に目を凝らす。
「どうした」
「これは違うのです」
「違うって、なにが」
「この中に入ってるのは最初に流した“ブルマへの性的執着を消す”音源なのです」
「まちがえて同じのを送ってきたのか」
「そんなはず……」
言いかけたところで左手を頬に当てる。
静刻にはわからなかったが着信があったらしい。
ギィアの表情が一転して曇った。
「え~。ううううう。じゃあ、それで。うん。しょーがないっしょ。じゃね」
ため息とともに左手を下ろす。
その明らかに落胆した様子に声を掛ける。
「どうした」
「ダメなのです」
「ダメって……音源を送れないってこと?」
ギィアが頷く。
「さっきの“二十八年遡り”で過去方向へ時代間移動できる物資の上限に余裕がなくなったのです。だから――カセットテープレコーダー」
そう言ってファスナーからカセットテープより一回り大きい機械を取り出す。
「なんだこれ」
もちろん、静刻は“カセットテープレコーダー”がなんなのか知らない。
「カセットテープに音声データーを記録できる機械なのです。“物体”はこれしか送れないとのことなのです」
「いやどう見たってこっちの方がでかいだろ。これじゃなくて新しい音源の入ったカセットテープとやらを送り直せば……」
「時代間転送で制限を受けるのは“容量”や“重量”ではないのです。小さかったり軽かったりすればOK、大きかったり重かったりすればNGってわけではないのです。ざっくり言うと転送量の残りが一二〇ダレンに対してカセットテープレコーダーなら一〇〇ダレンの転送量で済むのです」
ダレンというのが単位らしい。
「じゃあ新しい音源は?」
「十五ダレン」
「残り一二〇に対して一五だったら余裕でいけるじゃねえか」
「と思うでしょう? でもこの十五という数値は音源データーだけの転送量なのです。これを収めたカセットテープとして転送すると――」
「転送すると?」
「――転送量はなんと二八〇〇ダレンになるのです」
「なんでだっ」
「単純な足し算ではないのです」
「じゃあ、今、手に持ってるその“最初の音源”はいくらだよ」
中身が違うとはいえ同じ“音源を収めたカセットテープ”なら転送量も同じくらいではないのか、“最初の音源”を送ることができた以上は“新しい音源”も送ることができたのではないのか。
しかし、ギィアの答えは――。
「これはゼロなのです」
「は?」
「一回送ったものはキャッシュを作成するので二回目以降は転送量が計上されないのです。こんな具合に」
ギィアがファスナーの奥から“円盤”を引っ張り出す。
静刻はこの円盤に見覚えがある。
第二放送室で放送機材を操作していた“円盤型万能運転ロボ”である。
円盤は垂らせたコードを触手のように操り、カセットテープレコーダーをまさぐって操作方法を解析する。
「なので、今からあたしのアタマへ送られてくる音声データーを、ここでこのカセットテープに上書きするしかないのです」
円盤のコードがギィアの手からカセットテープを受け取り、カセットテープレコーダーへセットする。
「じゃあ今から上書きするのです。静かにしててほしいのです」
ギィアの言葉に静刻が頷く。
円盤のコードが“rec”のボタンを押し、赤いランプが点灯する。
ギィアはカセットテープレコーダーをマイクのように両手で握り、口元へ寄せると静かに唇を動かす。
それはまるで歌っているようにも見えるが、第二放送室から流した音源と同様に静刻の耳にはなにも聞こえない。
十分ほど過ぎて“聞こえない歌”が終わった。
円盤が“stop”と“eject”のボタンを押し、取り出したカセットテープをギィアに渡す。
「じゃあ、行くのです」
受け取ったギィアがきりりと静刻を見る。
桜の葉は変色し、地面にはまだ少し早い数枚の枯れ葉が落ちている。
もちろん鉄扉の貼り紙は影も形もない。
画面隅の日付表示も一九九二年の秋に変わっている。
なによりも今の静刻の目には鉄扉の脇に凝結しているファージの姿が見える。
静刻を二〇二〇年へ追い返し、そのあとでギィアを襲ってクラス七・〇〇の凝結ガスで固められた直後の姿なのだろう。
一方、静刻の目には見えてなかった“二〇二〇年の鉄扉脇に固められていたファージ”は、“別時代からの侵入者ギィア”が二〇二〇年を去ったことで消失しているに違いない。
もっとも触れることも見ることもできない以上、静刻にとっては二〇二〇年のファージはどうでもいい存在なのだが。
そんなことを思う静刻に――
「それより早く教えるのです」
――ギィアがごねるこどものように地団駄を踏む。
静刻は自分なりに考えて、というより、自身の実体験から推測した“船引和江の論拠”を語る。
「なんのことはない。船引当人の価値観じゃなくばあちゃん、つまり祖母の価値観を踏襲してるだけだ」
ギィアが予想外の言葉に戸惑いの表情を浮かべる。
「な、なぜそうなるのです」
「第六エロ魔王が言ってただろ。“日常はエロを凌駕する”って。船引にとっては“日常”だが、船引の祖母にとってはブルマのあの形状は下着かセパレート水着のボトムスにしか見えない。人前で若すぎる娘が着用していいもんじゃない」
「でもそれはあくまでも“祖母の価値観”なのです。“当人の価値観”となった経緯がわからないのです」
「そうだな。だからオレの想像になるんだが、一九九二年で、さらに田舎だとまだまだ昔の価値観が根強いんだ。“こどもの人権”なんて言葉すらない。こどもが親と相反する意見や個別の価値観を持つだけで“ナマイキだ”と、ぶん殴られるのが当たり前の時代なんだよ。つまり、両親や祖父母みたいな年長者の意見には盲従するのが当然の世界なのさ。いいことか悪いことはわからないが。おそらく船引以外の否定派女子も似たような経緯だと思うぜ」
「生まれてもないのに、見てきたような言い方なのです」
「だてに古い本ばかり読んでねえよ。貧乏だからってのもあるけど」
自嘲気味に苦笑する。
「そもそも、そんな難しい話でもないしな。一緒に住んでりゃいろいろ似てくるもんだ。一緒にテレビ見てて親が嫌悪感を示すタレントがいれば、自然にこどももそのタレントを不快に思ったりする。親が映画好きならこどもも映画好きになる。逆に親が読書嫌いならこどもも本を読まなくなる。そんな具合に親の好き嫌いや主義信条を身近で聞かされて育てばそれがこどもの価値観として刷り込まれる。それだけのことだ」
確信を持ってそれが言えるのは静刻自身が父の“やりかけたことはやりとげる”の刷り込みを受けて育ったからに他ならない。
さらに思い出して付け加える。
「あと、“透けブラ”の話を憶えているか?」
「もちろん、憶えているのです」
ブルマをエロ目線で見られたからといってそれがブルマ廃止につながるとは限らない、なぜならば“透けブラ”という公然とエロ目線にさらされている現象に対して女生徒の多くは白セーラーという自衛手段が用意されているにもかかわらず放置しているからだ――との第六エロ魔王の言葉を思い出す。
「ブルマの認知度が一気に上がったのは一九六四年の東京オリンピックなのは知ってるよな?」
当然のように問う静刻だが、静刻自身がそれを知ったのはもちろん一度二〇二〇年に戻ってから検索した結果である。
「常識なのです」
「で、学校現場で採用されたのは一般的には一九六〇年代後半ってことになってる。しかし、そりゃ都市部での話だ。ネットのない時代なら都市部の流行に田舎が追いつくまでには三年から五年の時差があっておかしくない。むしろ、都会での流行が即座に田舎に伝播すると考える方が無理がある」
「でもネットはなくてもテレビはあるのです。都会の流行はリアルタイムで田舎に伝わるのです」
「情報としては、な。都会のファッションや考え方を田舎の人間が“知る”のはギィアの言うとおりリアルタイムだが、田舎の人間がそれを“模倣”するのは情報を得たからといってすぐにとはいかない。“田舎者”が“都会の文化”を模倣するのは、それが多くの田舎者にとって“都会で流行の文化であること”が認知されてからなんだよ。つまり、都会でブルマの機能性やファッション性が認知されたという情報が田舎に伝わるのはすぐだろうけど、それを模倣する土壌ができるまでには数年の時差が生じるということだ」
そして、話を戻す。
「だから、田舎でブルマが採用されたのは一九七〇年代に入ってからだと思う。だとしたら、一九九二年に中学生の子を持つ田舎の親世代はブルマを経験してない可能性が高いってことだ」
「それが“透けブラ”とどうつながるのです?」
「ブルマ未体験の親世代でも“透けブラ”は経験しているってこと。だから、親世代から見れば“透けブラ”は“日常”、“ブルマ”は“非日常”となる。つまり、“透けブラ”が放置されてるのは“日常”だからであり、ブルマが廃止に向かうのは“非日常”だから――この扱いの差は、まさしく親世代が持つ“透けブラ”とブルマに対する価値観の違いを踏襲した結果だから、と考えられないか」
「静刻」
ギィアはじっと静刻を見上げている。
「うん?」
「第六エロ魔王みたいなのです。第七エロ魔王と呼ぶのです」
「やめろ」
一息置いて続ける。
「で、ここからだ」
「はいなのです」
「調べてみたんだが都会でブルマがエロアイテムとして売買されてることが全国ニュースとして伝わったのが一九九三年の夏だった。これも想像だが、一九九一年に船引が山葵坂中に入学して、そこで船引の祖母は初めてブルマというのを目の当たりにした可能性が高い」
「それは納得なのです」
「そこから一年もあれば保護者として一緒に暮らしてる祖母の価値観が船引に伝染するには十分だろう。つまり、最初は“日常”だったかもしれない船引のブルマへの認識が祖母によって“非日常”へと変わっていったんだ。これなら船引がブルマを“いやらしいもの”と捉えても不思議はない。そして、来年一九九三年の夏、船引が三年生の時にニュースが流れる。あとは――」
続きを察したギィアがごくりと唾を呑むのが静刻にもわかった。
「――前に言ったとおり、それをきっかけにして船引の“ブルマとはいやらしいものである”という言葉が信憑性を増し、“どっちでもいい”派女子が一気に否定派女子へと転じてネイビーブルー・カタストロフィが発動する。一九九四年の四月から山葵坂中はブルマを廃止、それを以て“百匹目の猿”が目覚めて絶滅連鎖へ続く……と」
「じゃあ、今、静刻が言った一連の流れをどっかで切ればネイビーブルー・カタストロフィを回避することができるということなのです。さっそく相談してみるのです」
ギィアは静刻の反応も見ることもなく、左手を頬に当てる。
「もしもし、あたしー」
相変わらず電話だと普通に話す。
「と、ゆーことなのよ。え、いやあ、それほどでも。えへへ。でさー、どーする? あー、そこね。うん、わかった。じゃ」
通話を終えて静刻を見る。
「いろいろな側面から検討した結果、最も確実で単純で効率がよくて成功率が高くてこの時代の他分野への影響範囲が小さい対処点として――」
「うん」
「――祖父母や両親といった保護者の価値観が生徒に伝染するのをブロックすることにしたのです」
言いながらファスナーを下ろして突っ込んだ手でその奥をもぞもぞとまさぐる。
「なので、そういう音源、つまり、“他人の価値観を盲信する慣習をキャンセルする音源”を記録したカセットテープが送られてくるのです」
静刻は最初に第二放送室で見た厚めの“プレート”を思い出しながら問い返す。
「今からか? すでに船引の価値観は影響を受けてるんだぜ。意味あるのか?」
「大丈夫なのです。今から対処すれば一年後に“都会でのブルマ売買ニュース”が流れる頃には船引和江も“どっちでもいい”派女子になってるのです。……届いたのです」
ファスナーからカセットテープを取り出す。
しかし――
「ん? んんんんん? なのです」
――ギィアがカセットテープの表面に目を凝らす。
「どうした」
「これは違うのです」
「違うって、なにが」
「この中に入ってるのは最初に流した“ブルマへの性的執着を消す”音源なのです」
「まちがえて同じのを送ってきたのか」
「そんなはず……」
言いかけたところで左手を頬に当てる。
静刻にはわからなかったが着信があったらしい。
ギィアの表情が一転して曇った。
「え~。ううううう。じゃあ、それで。うん。しょーがないっしょ。じゃね」
ため息とともに左手を下ろす。
その明らかに落胆した様子に声を掛ける。
「どうした」
「ダメなのです」
「ダメって……音源を送れないってこと?」
ギィアが頷く。
「さっきの“二十八年遡り”で過去方向へ時代間移動できる物資の上限に余裕がなくなったのです。だから――カセットテープレコーダー」
そう言ってファスナーからカセットテープより一回り大きい機械を取り出す。
「なんだこれ」
もちろん、静刻は“カセットテープレコーダー”がなんなのか知らない。
「カセットテープに音声データーを記録できる機械なのです。“物体”はこれしか送れないとのことなのです」
「いやどう見たってこっちの方がでかいだろ。これじゃなくて新しい音源の入ったカセットテープとやらを送り直せば……」
「時代間転送で制限を受けるのは“容量”や“重量”ではないのです。小さかったり軽かったりすればOK、大きかったり重かったりすればNGってわけではないのです。ざっくり言うと転送量の残りが一二〇ダレンに対してカセットテープレコーダーなら一〇〇ダレンの転送量で済むのです」
ダレンというのが単位らしい。
「じゃあ新しい音源は?」
「十五ダレン」
「残り一二〇に対して一五だったら余裕でいけるじゃねえか」
「と思うでしょう? でもこの十五という数値は音源データーだけの転送量なのです。これを収めたカセットテープとして転送すると――」
「転送すると?」
「――転送量はなんと二八〇〇ダレンになるのです」
「なんでだっ」
「単純な足し算ではないのです」
「じゃあ、今、手に持ってるその“最初の音源”はいくらだよ」
中身が違うとはいえ同じ“音源を収めたカセットテープ”なら転送量も同じくらいではないのか、“最初の音源”を送ることができた以上は“新しい音源”も送ることができたのではないのか。
しかし、ギィアの答えは――。
「これはゼロなのです」
「は?」
「一回送ったものはキャッシュを作成するので二回目以降は転送量が計上されないのです。こんな具合に」
ギィアがファスナーの奥から“円盤”を引っ張り出す。
静刻はこの円盤に見覚えがある。
第二放送室で放送機材を操作していた“円盤型万能運転ロボ”である。
円盤は垂らせたコードを触手のように操り、カセットテープレコーダーをまさぐって操作方法を解析する。
「なので、今からあたしのアタマへ送られてくる音声データーを、ここでこのカセットテープに上書きするしかないのです」
円盤のコードがギィアの手からカセットテープを受け取り、カセットテープレコーダーへセットする。
「じゃあ今から上書きするのです。静かにしててほしいのです」
ギィアの言葉に静刻が頷く。
円盤のコードが“rec”のボタンを押し、赤いランプが点灯する。
ギィアはカセットテープレコーダーをマイクのように両手で握り、口元へ寄せると静かに唇を動かす。
それはまるで歌っているようにも見えるが、第二放送室から流した音源と同様に静刻の耳にはなにも聞こえない。
十分ほど過ぎて“聞こえない歌”が終わった。
円盤が“stop”と“eject”のボタンを押し、取り出したカセットテープをギィアに渡す。
「じゃあ、行くのです」
受け取ったギィアがきりりと静刻を見る。
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