ネイビーブルー・カタストロフィ――誰が○○○を×したか――

古間降丸

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6 時代巡り(その4)

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 二階の廊下を体育館へと走りながら静刻は思い出す。
 この廊下を二十八年前にも歩いたことを。
 正面奥の突き当たりは体育館、そして、振り向けばその先には図書室。
 改めて窓から外を眺めて二十八年前の景色と比べてみたい気がしないでもないが、今はそんなことをしている場合ではない。
 さっきの教師たちが戻ってくるかもしれないと体育館への足を速める。
 が、またしても、正面奥の体育館から中年教師が姿を現す。
「動くなっ」
 さらに、通り過ぎつつあるかたわらの階段を、若い教師が上がってくるのが見えた。
 静刻は躊躇することなく、その階段を駆け上がり屋上を目指す。
 行ったことはないけれど、屋上伝いでも体育館へ行けたはずだ。
 階段を上がりきった突き当たりで屋上への扉を開く。
 そして、初夏間近に相応しい日差しと青空の下を走る。
 体育館そのものの屋根はいわゆる“かまぼこ型”だが、その周囲をぐるりと安全点検や清掃用の通路――というよりもむき出しの足場が取り囲んでいる。
 その足場を伝ってたどりついた体育館の裏手で、静刻は手すりから身を乗り出すように眼下を見る。
 真下に青々とした葉を茂らせた桜の木があった。
 目を凝らすがどこにもファージの姿は見えない。
 オペレーションルームが健在であり、“歴史改変を目的とした他時代からの侵入者”であるギィアがまだいるのであれば、ファージもまたこの近くにいるはずである。
 しかし、“この時代の人間”である静刻の目にファージが見えることはない。
 だから、不安になる。
 どこにもファージの姿が見えないのは、すでにギィアがこの時代を去っているからなのか。
 それとも、ギィアは一九九二年と同様に今もオペレーションルームにいて、ファージも存在しているが、静刻の目に見えてないだけなのか。
「そこ、動くなあっ」
 怒声に振り向くと、数人の男性教師が校舎の屋上から向かってくるのが見えた。
「しょうがないか、しょうがないな。博打になるけど……しょうがない」
 静刻はつぶやき、手すりに足を掛けてよじ登る。
 その上端を右足で跨いだ瞬間、残った左の足首を掴まれた。
「おとなしくしろっ」
 その声に振り返り、見下ろす。
 逆光ゆえに静刻の顔の子細までは視認できないらしい男性教師が、初夏の太陽に目を細めて見上げている。
 逆に静刻の目にはその男性教師の顔がはっきりと見える。
 その小太りで丸顔で二重あごで眼鏡をかけた男の顔が。
 静刻が口を開く。
「オマエも教師になったのか――」
 続ける。
「――第六エロ魔王」
 その名を聞いた瞬間、足首を掴む手が緩んだ。
 静刻を見上げている眼鏡越しの目が見開かれる。
「誰だ、オマエっ」
「ごめんな」
 静刻は左足を振りほどくと、教師となっていた第六エロ魔王、堀切弥平の顔面を蹴り、手すりの向こう側へと身を投げた。
 そして、落下しながらかたわらに立つ桜の幹へと手を伸ばす。
 その手が瑞々しい青葉をまとっている桜の枝に触れた次の瞬間、静刻の身体はオペレーションルームの床で腹這いになっていた。
「まだあった!」
 感動のあまり思わず叫んだ静刻は慌てて立ち上がると、懐かしい室内をきょろきょろと見渡す。
 “探しているもの”はすぐに見つかった。
 “それ”はカウチタイプのソファにじっと横たわっている。
 死んでいるように、眠っているように。
 静刻は半ば無意識にその名をつぶやく。
「……ギィア」
 最後に静刻がかけていった毛布が畳まれてベッドの上に置かれていること、そして、なによりもギィアの姿勢自体が一九九二年の最後に見た時と違って仰向けであることから、静刻がここを出たあとでギィアが起きたことが窺える。
「ギィアっ、起きろっ」
 駆け寄り、揺さぶる。
 しかし、ギィアは反応しない。
 静刻の心中で急速に不安が広がる。
 もしかして故障しているのか?
 電源が切れているのか?
 いや、電源は自動充電だと言っていた。
 まさかバッテリーが劣化したのか?
 それなら自分にはどうしようもない。
 ただ、叫び続けることしかできない。
「ギィアっ、ギィア、起きろ」
 それでも動かないギィアに、静刻の視界が滲む。
 気が付けば両手で肩を掴んでがくがくと強く揺さぶっていた。
 しかし、ギィアは動かない。
「ギィアっ」
 何度目かにその名を呼んだ時、セーラー服の胸ポケットから覗く紙片に気が付いた。
 そっと抜き取ったそれにはたどたとしい文字が並んでいる。

 ごめんなさいなのです
 もしゆるしてくれるなら
 もし帰ってきてくれたなら
 起こしてくださいなのです
 右耳を下に引っ張りながら左まぶたを長押ししてくださいなのです
 ごめんなさい

 その文面から察したところ、ギィアは静刻が怒って出て行ったと思っているらしい。
 しかし、静刻にはまったく身に覚えがない。
「ま、なにはともあれ」
 静刻はつぶやくと、書いてあるとおりにギィアの右耳を引っ張り、左まぶたを長押しする。
 かすかにモーターの唸るような音が一瞬聞こえた。
 そして、ギィアが目を開く。
「ただいま」
 ぽかんと見ているギィアに静刻が口を開く。
「お、おかえりなのです」
 ギィアが答える。
「べ、別に寂しくなかったのです」
 涙目のギィアは赤い頬で言いながら、おろおろと次の言葉を探している。
 その頭を静刻がくしゃくしゃと撫でる。
 そして、訊いてみる。
「どーしてオレが怒ってることになってんだ」
「それはもちろん――」
 顔を伏せてしょぼーん状態のギィアがたどたどしく答える。
「――否定派女子たちの説得に失敗した、から……なのです」
「そういや確かにあったな、そんなこと」
 静刻の“すっかり忘れてた”風の口調に、ギィアは“えっ”と顔を上げる。
「お、怒ってないのです?」
「ないよ。なんなら、あれ、なんだっけ。本心透過灯? で確かめてもいいぞ」
「使うまでもないのです。静刻がそう言うなら信じるのです。でも――」
「うん?」
 首を傾げる静刻を上目遣いで見上げる。
「――どこに行ってたのです?」
 あっさり答える。
「ファージにやられてた」
 ギィアの表情が一転して驚いたものに変わる。
「ファージに、なのです?」
 ころころとよく変わる表情だな――静刻はそんなことを思いながら答える。
「おう。後ろから覆い被さられてな。次の瞬間には元のアパートにいた。ていうか気付いてないだろうけど今は二〇二〇年な」
「げっ、なのです」
 飛び跳ねるように立ち上がったギィアが手のひらを壁に向けると、そこにスクリーンが現れ外の様子を表示する。
 改めて静刻はスクリーンの中の様子と一九九二年で見た景色と比較する。
 まず目につくのは体育館の屋上からも見下ろした桜の葉である。
 今は夏前の鮮やかな緑に覆われているが、一九九二年に見たものは所々が茶色がかったくすんだ緑だった。
 そして、体育館の鉄扉には一九九二年にはなかった“ペンキ塗り立て”の貼り紙がされている。
 画面の隅に表示されている現在日時を確認しながらギィアがささやく。
「静刻はこの時代の人間だから見えてないですけれど、あの扉の脇にファージを凝結してあるのです」
 言われて目を凝らすがギィアの言うとおり、静刻の目にはなにも見えない。
「オレを襲ったやつか」
「おそらく。あたしが、その、静刻を探して外へ出た時にも襲いかかってきたので、さらにハイグレードなクラス七・〇〇の凝結ガスを取り寄せて固めたのです」
 少しの間を置いてぽつりと続ける。
「ファージが静刻を送り返したのは、おそらく静刻が人間だからなのです」
 思わぬ言葉に静刻が問い返す。
「人間だと送り返されるのか。なんで?」
「たとえば二〇二〇年から一九九二年に現れた静刻をファージが殺したとしたら、二〇二〇年以降の歴史が変わることは想像に難くないのです。ファージの目的は歴史の改変を防ぐこと。ならば、元の時代に送り返すのが最も歴史の傷を浅く済ませるベストな選択なのでしょう」
「確かに」
 一旦は納得する静刻だが、しかし、すぐに新たな疑問が湧き上がる。
「でも、それと“人間だから”ってのがどう結びつくんだ。人間以外のものは送り返さないのか?」
 ギィアが答える。
「人間は目的ありきで生み出される一代限りの機械とは違って未来に様々なものを残す“無限の可能性を持つ存在”なのです。大発明や新発見、あるいは後世に継がれる言葉や名品や思想やルールやシステム等々を創り出すのも人間だけで、それらは機械にはできないことなのです。もちろん、子々孫々といった存在によって世代をつなぐことも。それゆえに消失した際の未来への影響が機械の場合よりはるかに大きいのです」
 静刻の目に、ギィアの表情が一瞬だけ寂しげに見えた。
「これまで時代を超えて送り込んだ無人探査機やアンドロイドはみんなファージに取り込まれて消息を絶っているのです。おそらくファージの身体そのものが異空間へのゲートになってて、そっちへ隔離されているのでしょう。逆にこれまで人間がファージに取り込まれた前例はなかったのです。だから取り込まれれば帰れるなんて知らなかったのです。本当なのです。信じてほしいのです」
 かつて静刻に語った“ネイビーブルー・カタストロフィを回避させる以外に帰る方法はない”というのが“騙したわけではない”と言いたいらしい。
 静刻は即答する。
「信じるよ。ていうか、なんのためにわざわざオレがこの部屋へ戻ってきたと思ってんだ」
「そ、それは……」
 一旦は口ごもったギィアだが、たどたどしく続ける、頬を染めて。
「あ、あたしに対する、その、熱い思いみたいな」
 しかし、静刻は聞いてない。
「なにぼそぼそ言ってんだ」
「ももももちろん冗談なのです。あたしだってたまにはこういうふざけたことを言ってみたりもするのです」
 慌てて取り繕い、そして、真顔になる。
「で、なんのためなのです?」
「船引和江の論拠がわかったんだよ。だから早く戻ろう。一九九二年へ」
「り、了解なのです」
 そして間髪入れず――。
「戻ったのです」
「早いなっ」
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