35 / 44
7 ネイビーブルー・カタストロフィ(その4)
しおりを挟む
静刻と別れた階段の踊り場で、ギィアは結晶化したファージに組み伏せられていた。
動かないファージの下でギィアは数秒前のことを反芻する。
階段を降りて体育館へと戻ったギィアの正面で、ファージが覆い被さろうと上体を持ち上げる。
ギィアはすでにファスナーから伸ばしていたホースのノズルを向け、すかさず凝結ガスを吹き付ける。
しかし、残圧が足りないのかガスに勢いがない、吹き出る量が少ない。
ギィアは階段を一段ずつ後ろ向きに上がりながらガスを浴びせ続ける。
踊り場に達したのと同時にファージが力尽きる、同時にガスの残量がゼロになる。
“相打ち”だった。
凝結ガスにより固まったファージはギィアを仰向けに押し倒すような形で覆い被さる。
まるで掛け布団のように覆い被さったファージの下で、首だけを出したギィアは思う。
あと数分もすればガスの効果は消えてファージは自由の身になる。
それと同時に自分は取り込まれて異空間へ隔離されるのだろう。
しかし――。
その数分で十分だ。
その数分で円盤型ロボが放送設備の操作方法を解析し、新たな音源を校内へ流す。
その数分で歴史が変わる。
歴史が変わればファージも消える。
そして――。
ギィアは意識がもうろうとしてきていることに気付く。
それは自身の存在確率が急速にゼロに向かっていることを示している。
最初の音源で失敗した時のことを思い出す。
「ちゃんとやったよー。わかんない。うん。え? 確認の電話はいらないって……どーゆーこと?」
〈〈ネイビーブルー・カタストロフィの回避に成功すればギィアの存在自体が消えるからだよ。ネイビーブルー・カタストロフィが発生しなかった時間軸には、ネイビーブルー・カタストロフィを回避するために生み出されたギィアは存在しないのだから〉〉
「あ、そーか。……そーだよね。うん、わかった。じゃね」
そんなことを思い出している間にも、無意識にサーチしたファージのパラメータが数値を上げていくのを感じる。
それはファージがこの期に及んでさらに成長しようとしていることを意味している。
ギィアの存在自体が消えようとしているのと対照的に、ファージの凶悪度は増していく。
このいずれもが静刻の行動が歴史改変に直結していることを意味している。
間もなく、静刻の手によって第二放送室へ持ち込まれた音源が校内に流れ、ブルマ否定派女子はその根拠を失う。
そして、その結果、ネイビーブルー・カタストロフィは回避される。
すでにファージの下敷きになっているギィアの身体に感覚はない。
消えつつある意識の中でギィアは思う。
これで目的を果たせるのです。
これ以上の栄誉はないのです。
後悔なんてないのです。
ありがとうなのです。
静刻。
静刻。
静刻静刻静刻静刻静刻静刻静刻静刻静刻静刻静刻静刻静刻静刻静刻静刻静刻静刻。
薄れつつある意識の中でギィアは――
「ひとつ訊いていいか」
――静刻の声を聞いた。
動かないファージの下でギィアは数秒前のことを反芻する。
階段を降りて体育館へと戻ったギィアの正面で、ファージが覆い被さろうと上体を持ち上げる。
ギィアはすでにファスナーから伸ばしていたホースのノズルを向け、すかさず凝結ガスを吹き付ける。
しかし、残圧が足りないのかガスに勢いがない、吹き出る量が少ない。
ギィアは階段を一段ずつ後ろ向きに上がりながらガスを浴びせ続ける。
踊り場に達したのと同時にファージが力尽きる、同時にガスの残量がゼロになる。
“相打ち”だった。
凝結ガスにより固まったファージはギィアを仰向けに押し倒すような形で覆い被さる。
まるで掛け布団のように覆い被さったファージの下で、首だけを出したギィアは思う。
あと数分もすればガスの効果は消えてファージは自由の身になる。
それと同時に自分は取り込まれて異空間へ隔離されるのだろう。
しかし――。
その数分で十分だ。
その数分で円盤型ロボが放送設備の操作方法を解析し、新たな音源を校内へ流す。
その数分で歴史が変わる。
歴史が変わればファージも消える。
そして――。
ギィアは意識がもうろうとしてきていることに気付く。
それは自身の存在確率が急速にゼロに向かっていることを示している。
最初の音源で失敗した時のことを思い出す。
「ちゃんとやったよー。わかんない。うん。え? 確認の電話はいらないって……どーゆーこと?」
〈〈ネイビーブルー・カタストロフィの回避に成功すればギィアの存在自体が消えるからだよ。ネイビーブルー・カタストロフィが発生しなかった時間軸には、ネイビーブルー・カタストロフィを回避するために生み出されたギィアは存在しないのだから〉〉
「あ、そーか。……そーだよね。うん、わかった。じゃね」
そんなことを思い出している間にも、無意識にサーチしたファージのパラメータが数値を上げていくのを感じる。
それはファージがこの期に及んでさらに成長しようとしていることを意味している。
ギィアの存在自体が消えようとしているのと対照的に、ファージの凶悪度は増していく。
このいずれもが静刻の行動が歴史改変に直結していることを意味している。
間もなく、静刻の手によって第二放送室へ持ち込まれた音源が校内に流れ、ブルマ否定派女子はその根拠を失う。
そして、その結果、ネイビーブルー・カタストロフィは回避される。
すでにファージの下敷きになっているギィアの身体に感覚はない。
消えつつある意識の中でギィアは思う。
これで目的を果たせるのです。
これ以上の栄誉はないのです。
後悔なんてないのです。
ありがとうなのです。
静刻。
静刻。
静刻静刻静刻静刻静刻静刻静刻静刻静刻静刻静刻静刻静刻静刻静刻静刻静刻静刻。
薄れつつある意識の中でギィアは――
「ひとつ訊いていいか」
――静刻の声を聞いた。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
冤罪で辺境に幽閉された第4王子
satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。
「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。
辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。
つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました
蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈
絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。
絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!!
聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ!
ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!!
+++++
・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)
魅了が解けた貴男から私へ
砂礫レキ
ファンタジー
貴族学園に通う一人の男爵令嬢が第一王子ダレルに魅了の術をかけた。
彼女に操られたダレルは婚約者のコルネリアを憎み罵り続ける。
そして卒業パーティーでとうとう婚約破棄を宣言した。
しかし魅了の術はその場に運良く居た宮廷魔術師に見破られる。
男爵令嬢は処刑されダレルは正気に戻った。
元凶は裁かれコルネリアへの愛を取り戻したダレル。
しかしそんな彼に半年後、今度はコルネリアが婚約破棄を告げた。
三話完結です。
異世界帰りの少年は現実世界で冒険者になる
家高菜
ファンタジー
ある日突然、異世界に勇者として召喚された平凡な中学生の小鳥遊優人。
召喚者は優人を含めた5人の勇者に魔王討伐を依頼してきて、優人たちは魔王討伐を引き受ける。
多くの人々の助けを借り4年の月日を経て魔王討伐を成し遂げた優人たちは、なんとか元の世界に帰還を果たした。
しかし優人が帰還した世界には元々は無かったはずのダンジョンと、ダンジョンを探索するのを生業とする冒険者という職業が存在していた。
何故かダンジョンを探索する冒険者を育成する『冒険者育成学園』に入学することになった優人は、新たな仲間と共に冒険に身を投じるのであった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる