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3巻
3-2
しおりを挟む「……なら次だ。俺のエターナルなんちゃらはなんなんだ?」
「それはねえ、詳しくはわかってないのっ。でも、母なる龍様の意思が宿ってるって言われてるみたいっ」
「あー、その龍神王ってやつでもわからないのか?」
リモアは首をコテンとかしげる。
「あれっ? なんであなたは龍神王様を知ってるの?」
「知らねえよ、今お前が言ったんじゃねえか」
「あれっ? そうだっけ?」
「そうだよ、で、その龍神王も知らないのか?」
「うんっ、あーもしかしたら知ってるかも。リモア、わかんないっ」
「そっか」
(こいつバカだな。これなら、いくら強くても扱いやすい、なんとかなりそうだ。しかし、疑問が減っても減ってもどんどん増えやがる……。とはいえ、少しずつ進んではいるな。こいつの雰囲気からすると、引っ張れるのはこのくらいか。言わないこともあるくさいし)
「まあいい。で、本当についてくるのか?」
「もっちろん!」
「なんでだよ、お前に利点がないだろ? 何が目的だ?」
リモアはニマァと口を横に広げる。
「んふふ~~、それがあるんだなあ~」
「……なんだ?」
リモアは椅子の座面に立ち、指を立てながら言う。
「一つ! あなたのご飯美味しいから! もっと食べてみたいっ! 二つ! あなたの血が美味しいから! リモア、ヴァンパイアだしっ! 三つ! あなた、すぐ死ぬし! 守ってあげないと!」
「そんだけ? ……ぶっちゃけ、お前のことをまだ信用したわけじゃないんだが?」
「ぶぅ~。リモアって呼んで!」
「……リモア、俺はお前と行動したいと思うほど信用してない」
「でも迷宮行くんだよねっ? なら、リモアがいた方がいいと思うなぁ~」
「いや、俺たちは自分で――」
「ムリムリ~~っ! 絶対ムリだよっ!? 百階層までは、ほんっとーに大変なんだからっ!」
「ん? 百階層が最後なのか?」
「そうだよっ! 迷宮の下層は魔物が本っっ当に強いんだよっ! リモアだって危ないくらいっ」
「マジかよ……」
(オリハルコン級、しかも、モーラたちが強いと確信しているシマでさえまったく歯が立たないリモアが負ける? そんなかよ……戦力はあったほうが安心か?)
「…………本当についてくるのか?」
「しっつこぉ~い!」
リモアは両手を腰に当てて、薄い胸を張る。
「あっ、血はちょうだいねっ♪」
「……血はどのくらい必要なんだ?」
「ん~~っ、七日でこのコップ一杯でいいよっ」
(献血程度だな)
「最後に。リモアが一緒に来るなら、何か俺が安心できる材料が欲しい。いきなり現れていきなりシマと戦って、しまいには一緒に来ると言われても、信用しきれねえよ」
「むぅ~」
リモアは頬をぷくりと膨らませると、また腰に手を当てて胸を張った。
「仕方ないなあ! じゃあ、契約してあげるよっ!」
「契約?」
「あなたは、リモアにご飯と血をくれる。それとずっと一緒にいる。リモアはあなたを手伝う、外敵から守る。これで契約しよっ!」
「……それは絶対なのか?」
リモアの目がキラリと光る。
「うんっ! 契約は絶対だよっ! 契約違反はお互いの死に繋がるから。契約内容通りねっ!」
(本当に契約が絶対なら、身の安全の保証になる。まさかこれが嘘の契約ってことはないだろう。そんなことする必要がないくらい、簡単に俺を殺せるんだから……。契約までするならアリだな)
「……わかった、契約しよう」
「あなた、名前は?」
「ヨシト=サカザキだ」
「わかったっ!」
リモアは俺の前まで来て目をつむり、両手を前に出す。するとそこに三十センチほどの魔法陣が出現した。
リモアは透き通るような、しかし小さい声で詠唱を始める。
《我、ヨシト=サカザキと契約する》
《汝、血と食の盟約を結ぶ者なり》
《汝、離るることなかれ》
《我は汝を外敵から護る者なり》
リモアはゆっくりと目を開ける。
何も言わないが、魔法陣に手を当てればいいのだろうか。
俺はゆっくりとリモアの両手に合わせるように、魔法陣に手のひらを当てる。すると、魔法陣が光を放った。
《今、双方の合意のもと、成立せり》
「契約!」
体に何かが流れる感覚があった後、魔法陣が消え去った。
◇
夜の見張りは完全に必要なくなった。
元々魔物が接近すれば、シマが確実に教えてくれていたのだが、リモアは敵が近づけば俺が視認する前に倒してくれる。そもそも、リモアがいるとほとんどの魔物が近づかないらしい。
鉄級はもちろんのこと、銅級、銀級あたりは、百パーセント近づいてこないらしい。便利だ。
普通、強い魔物の方が知能が高く、相手の力量を察知したりして、近づいてこなそうなものだが、リモアはかなり気配を抑えているらしく、金級からしたら同等ぐらいに感じるそうだ。
「じゃっ、さっそくっ、血をもらうねっ!」
テントに入り、俺がベッドに座ると、リモアはそう言った。
それはいい、契約したんだから。ただ唐突だったので面食らってしまう。
「……本当に吸うんだな……」
そして、ニヤニヤと嬉しそうな顔をする。
「んふふ~~、楽しみっ!」
「コップ一杯分だろうな?」
「大丈夫だって!」
「こえーんだよ!」
「くどすぎぃ~。殺すつもりはないって言ってるでしょ!? 契約もしたもん」
「……わかったよ……」
俺がもたもたしてると、リモアは子供が待ちきれないときのように、両手をグーにして自身の胸の前でブンブンと振る。
「ほらっ、早くっ! さっきちょっと舐めたとき、ちょ~~~~美味しかったのっ!」
「なんだよ、ちょ~~って……」
俺は観念して、上着の首回りを手で広げた。
「んふふ~~」
リモアが、ベッドに腰かける俺の腿にまたがって座る。向かい合う形になったわけだ。リモアは見た目は可愛らしく、扇情的な格好をしているが、俺はロリコンではないので反応することはない。これがモーラあたりならちょっとヤバイかもしれないけどな。
「……」
「じゃっ、いっただっきま~~すっ! かぷっ!」
リモアは小さな口で俺の首に噛みついてくる。
「あっ」
俺は小さな声を出して、気を失った。
◇
翌朝目覚めると、俺はベッドに寝ていた。
隣では幼女が黒のビキニ姿で大の字になり、可愛い寝息を立てている。テントの中の床を見ると、シマもまるまって寝ていた。
「……本当に魔物は寄ってこないんだな……」
今までの経験から、シマの察知能力の高さは知っている。そのシマがここまで安心しているならば、リモアが言っていたことは真実なのだろう。
ふと、俺は首に手を当てる。
歯形のような傷はなさそうだ。リモアが消したのだろうか。しかし、コップ一杯と言ったくせに、俺は気を失った。まあこれといって体調に変化はない。本当に問題ないくらいの量だったのだろう。
テントから出て、食事の準備をする。
朝だからおにぎりと味噌汁だ。
「……んぅ……おはよう…………」
「まんまガキだな」
リモアが起きてきて、眠そうな目を擦りながらテーブルにつく。
大体、ヴァンパイアって夜寝るのかよ。そんで朝起きるとか、どんな設定だと問い詰めたい。
リモアは黙っておにぎりを食べ、味噌汁を飲んだ。
「なあ、リモア。お前、十字架とかにんにくとか大丈夫なの?」
「んぅ? だ~いじょ~ぶ……」
まだ寝ぼけているらしい。
いらないかまどや椅子、風呂セットなどを片づけて、出発の準備をする。
テントを収納するころには、やっとリモアも調子が戻ってきた。
「よしっ、じゃっ、行こっか!」
「はいはい」
俺たちは南に向かって歩き出した。
◇
フェル王国に向かって歩いているが、一切の魔物と遭遇しない。安全は安全なのだが、リモアがどの程度の戦闘力なのか、この目で確認をしたかったのに、それができない。
「なあ、言いたいことはあるが、まずは歩いてくれねーか?」
リモアは俺の隣を飛んでいるのだ。
「え~~~っ、チョーめんどいっ」
「コギャルか、お前は……」
時代を感じさせる単語を出しても、リモアはまったく意に介さずに飛び続ける。
「フェル王国に行ったときに、お前が魔物だとバレると面倒なんだが」
「そーんなの全部っ、ぶっ――あーエルフか~、仕方ないなあ」
リモアはぶつぶつ言いながら、地上に降りて歩き出した。
「それとさ、魔物が出ないとちょっと困るんだが」
「ん? なんでっ」
リモアは首をかしげて、俺を見上げる。
「リモアがどのくらい戦えるのか見たかったんだよ」
だが、リモアは意味がわからないという顔をする。
「食べるの?」
「いや、食いはしないが」
「食べないのに殺すの? あとで食べるの?」
単純な言葉のやり取りだが、何か不穏な壁を感じる。
俺が言葉に詰まっていると、リモアが問いを投げかけてくる。
「何のために殺すの?」
リモアの表情は、純真な子供のようにまっすぐだ。
「どうしてリンゴが赤いのか」と子供に聞かれているような気持ちになる。
「あ、いや――」
「魔物も人間を殺すよ? 食べるためにねっ。自分の命を繋ぐ行為だよねっ? ヨシトは今、何のために殺したいの?」
「…………」
はっきり言って衝撃である。
異世界に来てから感覚がおかしくなってしまったのだろうか。なんの躊躇もなく、生物を殺せと俺は言い、リモアはまるで博愛主義者みたいなことを言う。
(これ、ひょっとしたら、魔物と人間の感覚の違いだからで済ませていい問題じゃない気がする。リモアの問いに対して答えられない自分がいる)
魔物に襲われてるわけでもない。むしろ襲ってこないのだから諸手を挙げて喜ぶところだ。だが、俺は今、魔物を呼び寄せて殺そうと考えていた。
(恐ろしい……俺はどうしたんだ……)
リモアは何も追及せずに、俺を推し測るようにじっと見つめていた。
俺たちは急に口数が少なくなってしまった。
いや、俺が喋れなくなった。
昼間のリモアの問いかけが、楔のように俺の心に刺さっている。
夕飯を作り、テントを広げ、眠りにつく。
今日は吸血もない。
シマはもちろんだが、二人ともほぼ無言で一緒にベッドに入った。
俺はあまりに考えごとに没頭していて、そのときは気づかなかった。
リモアが一日中俺の顔を見ていたことに。
◇
徒歩で移動を始めて三日目だ。順調に旅は進む。
俺の胸中以外は。
夕方になるくらいだろうか、簡単な柵で囲まれた村らしきものが見えてきた。
普通に村に入ろうとすると――
「何しに来た」
入り口にエルフの男が立っていた。ブロンドの髪のほっそりしたイケメンだ。腰には剣を差している。
「あっ、俺はケーンズから旅をしていて、今日はここで泊めてもらえないかと思ったんですが」
「人族を泊める家はない。帰れ」
怒鳴りつけられたりはしてないが、とりつく島がない感じだ。
ふと隣で動いているものが視界に入った。そちらを見ると、リモアがエルフに対し、俺の顔を指でさし示している。
そして、俺のけつを押して、背中を向けさせる。
「なっ!!!!!! まさか!!!」
突然、エルフは大声を上げた。
「し、しばし待たれよ!」
そう言うと、風のように走っていった。どうやらメイがそうだったように、エルフは紋章を持つ者を勇者として扱うことを、リモアは利用したようだ。
俺はリモアをジト目で睨む。
「それ、やっちゃう?」
「このほうが早いじゃんっ!」
「つうか、なんでそんなことまで知ってんだよ…………ほんとに魔物かよ」
「い~~じゃん! リモアがいるんだから、ヨシトは安全だしっ!」
「ほんとかよ、ったく」
すると、大勢のエルフが押し寄せてきた。中央には年老いたエルフがいる。
その年寄り以外の村人全員が、俺の前に来るなり、片ヒザをついて頭を下げた。
「勇者様、遠路はるばるお越しいただき、ありがとうごさいます」
と言ってから、年寄りも頭を下げる。
「いや、勘弁してよ。泊まりたかっただけだし。……ほら、頭を上げて」
エルフ全員の頭を上げさせた。
(すげー効果だな。さすが勇者ってか? まあ、ドン引きだが)
「ありがとうごさいます。本日はささやかながら、勇者様をおもてなしさせていただきます」
「いやいや、なんもしてないから。……つうか、迷惑なら野宿で大丈夫だし」
「とんでもない!!!」
年寄りは年に似合わない大声を上げる。
「我々にお任せください。ささっ、どうぞ中へ」
ニヤニヤしているリモアを見下ろしながら、俺は気まずいまま村に入っていく。
幸いなことに、リモアの楔を今だけは忘れることができた。
◇
「勇者様、失礼を承知でお願いいたします。皆に紋章のご威光を施してはくださらぬでしょうか」
「……」
村の中に招き入れられ、俺とシマ、リモアは歓待を兼ねて宴会を開いてもらったのだが、始まってそうそうにこれである。
俺は軽くため息をつき、仕方なく首筋をみんなに見せた。
「「「「「おおおおおおおおお!!!」」」」」
盛大な歓声が上がる。
ぶつぶつと何かをつぶやいたり、手を合わせたり、中には拝むやつまで出る始末。
(つうか、メイの方がましなんじゃねーか? これがモノホンの聖龍教か……。あー、やりづれえ)
俺は半分自棄になった。
「あー、無礼講で頼む。男も女も無礼講だ! 君、ちょっと来て」
俺は年寄りの隣に座っている若い男を呼ぶ。彼は俺が声をかける前からガチガチに緊張していた。
「は、はい!」
怯えるように近づいてきた彼を、俺の前に座らせる。
「いいか? 俺の真似をしろ? わかるな?」
「は、はい!」
いくらなんでも、ビビりすぎじゃなかろうか。俺はこの男の肩に右手を置く。
「……真似して」
「え?」
「真似して」
「む、無理です!」
まるで俺が脅しているようだ。
「やらなきゃ帰る。真似して」
ブルブルと震え上がるエルフの男に、年寄りが指示を出す。
「お真似しなさい」
「ですが……」
「お真似しなさい」
「は、はい……」
お真似しなさいなんて言葉はねーよって突っ込みたいところだが、話が進まないからここは我慢だ。
男は俺の肩におずおずと手を置く。
俺はエルフの肩に置いた手を持ち上げてから、ポンポンと振り下ろす。
「真似」
「はい!」
男もビビりながらも真似をする。
そのあと、俺はあえて下品な声を出した。
「おい! 人族! 飲んでるか!? ほら飲めよ! 飲み足りねーだろ! ……さんはい」
「お、おい! ひ、ひと、ひと、できません!」
だがここで、俺はビビる男に追い討ちをかける。
「できねーじゃねえ! やるんだ! お前の村をお前が救え!」
意味不明な発破をかけると、男はビビりながらも瞳に力が入る。
「お、おい! ひと、ひ、勇者様! 飲んでるか! 俺の酒を飲め!」
男はやりきった。清々しい顔をしている。
俺はニヤリと笑う。
「やりゃあ、できるじゃねーか」
「あっ、ありがとうごさいます!!!」
男は涙を流す。号泣だ。俺は大声を張り上げる。
「これが勇者のもてなし方だっ! みんなっ! 飲み、騒げえええええ!!!」
「「「「「おおおおおおおお!」」」」」
全員が笑顔になり、立ち上がった。
「これ、これだよ、リモア」
「まったく意味がわからなぁ~い」
「弱いな、突っ込みが」
俺は酒を呷った。シマは呆れたような冷たい目線で俺をチラリと見ると、皿に注がれた酒をペロペロと飲みはじめた。
――だが俺は気づかなければいけなかった。軽はずみな行動はしてはいけないと。こいつらは普通じゃないのだと。
なぜなら、若い男とのやりとりが終わった後、まったく同じセリフで俺の肩を叩くエルフが五百人も列をなしたからだ。
彼らは俺の行動を、そのように解釈してしまったのだ。
応援ありがとうございます!
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