今時異世界如きは、言葉さえ通じればどうとでもなる

はがき

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第1章 異世界に立つ

第七話

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 数分もすると、店の入り口にリアカーが置かれ、その上には布団からタオルから、服や歯ブラシなどまで積まれていた。本当に至れり尽くせりである。すると婆さんはリアカーの端っこにチョンと座り、

「ではアキハルさん、初めてのお仕事です。荷車ごと私を家まで運んでもらえるかしら?」
「……わかりました」

 リアカーの持ち手部分に入り、腰を入れて力を入れる。

キイイ

 軋む音がして、動かなかった。するとオッサンが出てきて、

「おっと、悪いな。ちと待ってろ」

 オッサンが店に入り、小瓶を片手に戻ってくると、金属製の車輪の軸受けに液体をかけだした。俺はそれをじっくりと見る。
 なるほど、タイヤはゴムのようだ。魔物?の素材かゴムの木から抽出したものだろうか。多少のクッションにはなるだろうが、これでは馬車の乗り心地は悪そうだな。それに車輪の軸を受ける軸受にベアリングらしきものが付いているのを確認出来た。現在の日本のベアリングには程遠いレベルの物だが、ベアリングの概念があるくらいの文明があることがまた一つ証明出来た。しかし精度か強度が低いのか、かなりの頻度で油なりを差さなきゃダメそうだな。
 俺は気づかなかったが、婆さんはリアカーを調べている俺をずっと見ていた。

「では頑張ってくださいね、アキハルさん」

 俺はリアカーに腰掛けている婆さんから声をかけられ、頭を上げてリアカーの持ち手に戻る。

「はい」

 力を入れる。
 重い、重いが動く。ベアリングが悲鳴をあげている気がするが、これならばなんとか移動出来そうだ。

『あちらに向かってくださいね』
「はい」

 婆さんの言葉に答えながら振り返ると、婆さんは驚いたような表情をしたが、すぐに落ち着いた表情を取り戻した。俺は婆さんの指示の下、一生懸命リアカーを押した。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



「はあ、はあ、はあ、はあ!」

 遠いよ!どんだけ押させるんだよ!既にリアカーを押し出してから1時間は経っている。
 

 初めは街並みを見学しながらリアカーを押していた。だが、いつまで経ってもゴールに辿りつかない。そのうち必死にリアカーを押していると、なんと5m以上ありそうな壁と、壁と同サイズの開かれた門にたどり着いた。そこで足を止めて辺りを見渡すと、どうやらこの街は、この高い壁に囲まれた街らしい。それに壁の果てが見えない。街の規模も相当ありそうだ。婆さんは門番と話をしていて、門番との話が終わると、

「アキハルさん、出発ですよ?」
「……門の外に?」
「ええ、もうすぐですから」
「……はい」

 目の前が真っ暗になりそうなほどの絶望感に包まれるが、ここまで来た以上ここでごねても仕方がない。半ばヤケになり、

「……くそっ、やってやるよ!」
 
 と、気合を入れた。

『あらあら、若いって素敵ですわね、期待が持てますわ』
「はあ!はあ!こっちはお先真っ暗だっつうの!」

 俺はリアカーを再度押し始める。ババアは何を考えてるのか、一人で納得するかのようにウンウン頷きながらコロコロ笑っている。

 門の外に出てから1時間以上経ち、流石にギブアップして立ち止まった。

「はあ、はあ、はあ、はあ!遠いよ!婆さん!どこまで行くんだよ!」

 俺は木の水筒を婆さんから受け取り、一気に水を飲む。

「あらあら、情けないですね、これでは体力作りから始めなきゃいけませんね、勇者さん」

 体力作りって。確かにインキャでモヤシ属性だけど、荷物と人1人乗せて古ぼけたリアカーを2時間以上押せただけでも充分体力があるとは言えないか?…………って、

「……勇者?」

 ゆっくりと婆さんに振り返ると、婆さんはにっこりと微笑んでいた。

「あらあら、無駄だと思いますけどおとぼけになりますか?勇者のアキハルさん。それもはぐれ・・・の」
「……」

 おかしい、いつ気づいた?しかも何故か確信を持ってるようだ。勇者とは間違いなく異世界召喚者って意味だろう。女神も勇者召喚と言っていたし。しかしどこで?今まで微塵もそんなそぶりは見せなかったのに。確かに金の価値を聞いたのは失敗したが、それだけで俺が異世界召喚者と確信出来るものか?

『私の声が聞こえますか?アキハルさん』
「……聞こえてる」

 すると婆さんはニッコリと笑う。

「そうですか。今話しかけた言葉はエルフ語なんですが、意味がわかるのですね」
「っ!」
「エルフ語を使える人族を、私は見たことがありませんよ。そのお歳でエルフ語が使えるなんて、本当はエルフなのですか?」

 婆さんはニコニコしている。
 なんだこの流れは。まさか嵌められているのか。つうか【翻訳】は常時発動なのかよ!!じゃあネコ共はどうして?!

「あらあら、警戒しないでくださいね。むしろ私はアキハルさんを助けたくて、アキハルさんを雇ったのですよ?」
「……」

 多分、完全にバレている。逃げるか?どこへ?今日食う飯も水もないのに?だがバレたらどうなるのか。
 ………………、いや、婆さんを信じてみるしかないか。ここで足掻いても無駄な足掻きになりそうだ。

「……いつから……」

 婆さんは笑顔のまま、

「そうですね、初めからですかね」
「なんで」
「初めは黒目黒髪で変わった服を着ていて、勇者みたいだなと思いました」
「……黒目黒髪は他にもいる」
「ですね。雇うのは本当に誰でも良かったのよ?でもエルフは勇者が好きですから。勇者っぽいアキハルさんでも良いかなと思っただけです。でもアキハルさんはお金の価値を知らなかった。私はそれで本物かもと思いました」

 やはりあれが失敗か。

「500ルクって、屋台で二つも串焼きのお肉を買ったら終わりですよ?いくら食事と住むところを用意すると言っても、働きたい人が働けるお給金じゃありません」
「……」

 こんなところにも罠が……。

「住むところと飯が食えれば良いと思って」
「確かに孤児の方ならそうでしょう。私もそういう方が来ると思ってましたから。でも孤児はそんな良い服を着ていません。お金がないならその服を売れば良いのですから」
「……」

 ぬかった。その手があったか。別に制服に未練はない。金になるならそうすればよかった。

「アキハルさんの名前を聞いて確信に変わりました。やはり独特の癖のある名前ですからね」

 これも抵抗があった。偽名を名乗ろうとも思ったが、これから世話になるのにそれも礼儀に欠けるとか思ってしまった。

「珍しくもない荷車をずいぶん見てましたね。故郷の荷車との違いを比べていたのですか?」

 ここまで色々と見られていたか。

「ダメ押しに、会話の所々でエルフ語を使ってみました。アキハルさんはそれにきちんと答えてくれました。知ってますか?初代と一部の勇者は、万物の声を聞くことが出来たのですってよ。そんなことが出来るのは勇者だけです」

 トドメは【翻訳】か。
 クソが。このスキルが役立つどころか足枷になったじゃねえか!トコトン使えねえな!

「…………はぐれってのは?」
「ここ数百年、いえ、極一部の勇者以外は、全てセントブレイブ教に管理されています。そこからはぐれているからはぐれ・・・です」
「セントフォーリアじゃ?」
「その辺のお話も折りを見て教えてあげましょう。それよりもアキハルさん」
「……はい」
「まずは体力作りですね。私はこれでも少しは名の売れた魔法使いなのです。魔法をじっくりと教えてあげますが、魔法使いにも体力は必要ですよ?」

 おお!婆さんはただのエロババアじゃなかったか!
 女神も魔法は訓練すれば誰でも使えるようになると言っていた。体力には自信はないが、【翻訳】しかない俺にとって、魔法を覚えることは異世界生活の最も重要たる項目だ。これはチャンスだ、何もかもをぶちまけてでも、生きる力を手に入れたい。

「やる気になってくれたようですね」
「ありがとうございます!」
「言葉も無理しなくて良いですよ」
「……わかった、ありがとう、婆さん」
「名前も。私のことはメイリーちゃんと呼んでください」
「……調子に乗るなよ、ババア……」

 婆さんはコロコロと笑っていた。確かに可愛げはある。若い頃はずいぶん綺麗だったのだろう。

「さて、休憩は終わりです。あそこに見えるのがアキハルさんのお家になりますよ」

 婆さんが杖で指し示す方向に、小さく建物らしきものが見えた。

「遠いよ……」
「さあ、頑張ってくださいね。体力作りも魔法の修行の一環ですからね」
「しゃーねえか……、うし!やったるかあ!!」

 俺は再度気合を入れ直して、リアカーを押した。
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